絶望の白 〜狼の館から脱出せよ〜

番傘と折りたたみ傘

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豪邸の一部屋

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 お店を施錠してから聖司の車で向かった先は、豪華な住宅街で有名な場所だった。

 その一画にある、大きな豪邸を見上げて呆然とした。あの屋敷よりは断然小さいが、それでも周りの家よりでかい。周囲を白い壁で覆われて、立派な門の入り口をガードマンが守っていた。国境の検問所並みのセキュリティにドン引きである。

 門を抜け、豪邸の前で車が停まった。拓也が先に降りて、続いて車外に出てぼんやりと建物を見つめる。壁は白く、屋根は暗い赤いという何とも言えないコントラストの豪邸だった。


「さぁ、こちらにどうぞ」

 そう言った聖司の後を付いていき豪邸の中に入った。玄関も広いが、あの屋敷と違って調度品や絵画なく、どちらかと言えば機能的な内装だった。玄関を入ってすぐに、小部屋があって中には沢山の靴がずらっと並んでいた。

「お邪魔します」

 靴を脱いで小部屋の方に踵を向けて片隅に並べておいた。
 拓也が出してくれたスリッパを履いて、聖司の後を付いていく。多分この先にリビングがあるのだろうか。そう思っていたが、ふとある香りが鼻をついた。この香り……。無意識に足が違う方に向く。聖司から離れ、二階への階段を上がり廊下を進んでいく。目的の場所は階段から三番目の扉の前だった。

 その扉は何ともない普通の木製の扉。しかし、懐かしくて涙が出そうになる。取っ手を握りゆっくりと開いた。ふんわりと香る匂いに酔いしれて、心が温かくなる。部屋の中は相変わらず、物が少ない。机に椅子、クローゼットに書棚、クイーンサイズのベットがあるだけ。
 その部屋にゆっくりとした足取りで入っていく。部屋の中心で目を閉じ、この部屋の主を思い浮かべる。優しいその人が笑った顔が見えた気がした。

「やはり、ここにいましたか」

 その声を聞いて振り向く。聖司が優し気に微笑んでいる。

「よく海斗の部屋がわかりましたね。右隣が、もう一人の貴方の想い人の部屋ですよ」

「海斗と大地は?」

「まだ、皆んな帰宅していないみたいですね。私達が一番の様です」

「そうか……」

 すぐに逢えると思っていた為、落胆し肩落とす。

「その内帰って来ますよ。それより、下で拓也がお茶を淹れてくれています。頂きに行きましょう」

 聖司の後をついて行き、廊下に出る。海斗の部屋を見てから、右隣の部屋の扉を見る。あっちが大地の部屋。思い出された爽やかな匂いを嗅ぎたくて、行こうとした時右手を握られた。

 ぐっと引かれ、後ろを振り返ると聖司が困った様な表情をしていた。

「すぐに帰ってきます。名残惜しいかも知れませんが、お茶が冷めてしまいますから」

 逢いたい気持ちが強すぎて、二人の香りだけでもと思ってしまった。そんな事よりも、他人の家を勝手に散策するのは良くない行いだ。後ろ髪をひかれながらも聖司の言葉に従い、階段を降りた。

 階段を降り、廊下を通ってリビングへと入った。吹き抜けの広々としたリビングルームに、L字のソファと対面に二人掛けソファ、大型のテレビ、ガラス製のテーブルなどが置かれていた。大きな窓からは庭が見え、暖かな夕日が影を落としていた。リビングルームの奥にある対面型のキッチンで、拓也がお茶を用意してくれていた。

「さぁ、座って下さい」

「お邪魔します」

 淡い黄緑色のソファに腰掛けた。思ったよりもふわふわで、以前海斗達の家で座ったソファよりも柔らかい気がする。

 キッチンから拓也がやってくる。手に持っていたお盆が、ガラスのテーブルに置かれた。

 三人分のティーカップに茶色い液体が入っている。その隣に、ミルクと砂糖が入った小瓶もあった。

「紅茶は飲めるか?」

 拓也がティーカップを俺の前に置いてくれた。紅茶は白い湯気を立て、温かく淹れたてである事を教えてくれた。

「大丈夫」

 ミルクと砂糖を差し出されたが、ミルクだけ頂いた。甘いミルクティーも嫌いではないが、無糖のミルクティーの方が好きだ。温かな紅茶とクリーミーなミルクのハーモニーが堪らない。一口口に含み、驚いた。美味しい。マスターに負けず劣らずの紅茶だ。温度にお湯の入れ方、蒸らし方まできちんとこの人は知っている。茶葉もその辺で売っているようなものではない。

「随分と遅かったな。何してた?」

 拓也がソファに座って、ミルクも砂糖も入れずに紅茶を一口口に含んでから問いかけてきた。

「海斗の部屋で佇んでいましたよ」

 聖司がミルクと砂糖を紅茶に入れながら、俺の行動をばらしやがった。

「海斗の部屋? あの階、六人全員の部屋あるのによく分かったな。それ程、双子が恋しいんだな」

「別に良いだろ! そんな事より、紅茶美味しい……」

 俺の発言に驚いたのか、拓也の目が見開いた。

「わかるのか!? 紅茶の産地から直接買い付けたものなんだ」

 拓也が上体を前に倒し、目を輝かせている。相当、自慢の逸品のようだ。

「やっぱり、そうか。その辺で売ってる様なものじゃないなって思ってたんだ」

「そうか、海斗以外味音痴だからさ。分かってくれる奴がいると嬉しくなるな」

 にこにこと嬉しそうに笑う拓也を他所に、聖司が苦い顔をしている。

「音痴とは酷いですね。あなた方が敏感なだけでしょう」

 聖司の文句を無視し、拓也が体の前で腕を組んで、溜息を吐いた。

「最近は、料理も張り合いが無くなったから、つまらないんだ」

 張り合い? 誰かと料理で勝負でもしていたのだろうか。

「何で?」

「海斗さ。料理担当は俺と海斗なんだよ。それなのになぁ」

「海斗の料理、段々と酷い味になって来てますから」

 そう言った二人が同時に溜息を吐いた。

「へ? 海斗の料理不味いのか?」

 以前食べさせて貰ったが、そんなに変な味では無かった。逆に美味しすぎて箸が止まらなくなるほどだ。

「不味いも何も、あいつはその時の感情が料理の味に出るんだよ」

 感情? どう言う事だろうか。砂糖と塩を入れ間違えるとかするのだろうか。海斗はそんなミスし無さそうだが。

「あぁ、美味しい和食が食べたいですね」

「拓也が作れば良いんじゃないのか?」

 拓也なら作れそうだが、そうでも無いのだろうか。

「作れなくはないが、俺は中華と洋食の方が得意なんだよ」

「和食といえば、海斗ですからね」

 二人が溜息をまた同時に吐いた。相当、参っているようだ。

「だが、今日は美味い和食が食えそうだ」

 拓也が俺を見て言ってくる。まさか、俺に作らせようとしているのか。残念だが、俺もある程度の料理は可能だか、手の込んだ和食は無理だ。

「そうですね。久しぶりに筑前煮とか食べれそうですね」

 聖司もにこにこ微笑みながら俺を見てくる。筑前煮、無理だ! そんな手の込んだもの作れない。

「俺、筑前煮なんて作れない!」

 焦って言った言葉を聞いた二人が、くっくっと笑った。

「大丈夫。彰はいるだけで、極上の和食が出てくるから」

「そうです。貴方は居るだけで良い」

 二人はそう言ったが、俺は何が何だかよく分からず仕舞いだった。

 それから、べらべらと小一時間位話し込んでいる時だった。

 玄関の方からガチャっと扉が開く音が聞こえた。
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