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彰VS聖司
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ホールに行くと、店内はマスターと聖司、拓也だけだった。おかしい。今の時間だと学生や主婦の方々がお茶をしている事が多い筈だ。
ぼんやりと突っ立ていた俺に気づいたマスターが近づいてくる。
「はい、戸締り頼むね」
そう言って渡された物は、四葉のクローバーのキーホルダーがついた鍵だった。
「後、ポットに余った珈琲がある。処分を宜しくね」
「マスター、もしかして……」
「葉山くん、君なら大丈夫。諦めないで、大事なものの為に最後まで戦いなさい」
そう言ったマスターはスタッフルームへと行ってしまった。
渡された鍵を見下ろす。マスターは世話焼きが大好きだ。俺の為に、閉店を早めてくれる程の優しい人だ。マスターの思いが詰まった鍵を握り締め、カウンターへ行った。三人分のカップと珈琲が入ったポットをお盆に乗せて、いざ戦場へと向った。
角の席、その席は、誰にも邪魔されずにゆっくりできると人気の席の一つだ。そこの席に、本を読んでいる聖司とスマホを弄っている拓也がいた。
俺は、お盆をテーブルに乗せた。ここからは重要だ。四人が座れる席に、対面で座っている聖司と拓也。聖司の隣に座るか、又は拓也の隣に座るか。はたまた、椅子を持ってきて座るか。納得させないといけないのは聖司だ。ここは聖司の隣に座って、ご機嫌を取りながら話を進めていくのがベストだと思った。覚悟を決めて俺はその席に座った。
「バイト終わったみたいですね」
「あぁ」
聖司と話をしながら、カップに三人分の珈琲を入れた。その一つを目の前に座る聖司の前に置いた。
そう、俺は拓也の隣に座ったのだ。聖司のご機嫌取りをする為に、隣に座るべきなのは分かっている。だが、聖司に正々堂々とぶつかってみたかった。あの大地と戦った人。この人を打ち負かさないと大地達が手には入らない。俺を守ってくれた大地。今度は俺が聖司から、大地達を奪ってみせる。
「結論から言います。私達は執行猶予の身です。だから、貴方とは会えないですよ」
「執行猶予? 実刑じゃないのか?」
「誰から聞いたか分かりませんが、執行猶予五年です。その間に悪い事をすれば刑務所で七年です」
そうか、両親が苦しんでいる俺を思って嘘をついたのか。
「海斗達も同じなのか」
「えぇ、そうです」
さぁ、どうする。押し切りで勝てるとは思えない。頭の良い聖司とやり合うのは一筋縄では行かないだろう。執行猶予五年と言うことは、後二年待てば海斗達に逢えるようになると言う事だが、そう簡単に逢わせてくれるとは思えない。犯人と被害者だ、再犯防止の観念からしても拒否されるだろう。それに後二年は待てない。三年待っただけで心が擦り切れそうなのだ。二年は長すぎる。
俺がこの戦いで切れるカードは二つ。俺を誘拐し犯したと言う罪悪感の利用。減刑してくれるようにしたと言う事実。しかし。二つとも決定的なものが足りない。それこそ、執行猶予の為に悪い事はできないと言い切られたら終わりだ。
「海斗と大地は元気なのか?」
「えぇ、元気ですよ。やっと、彼らも自分の人生を歩き出せたのですから」
嫌な予感がする。これは早めに切り込んでいかないとまずい。
「そうか。俺」
「貴方はそんな彼らの人生に割り込むのですか」
「え?」
聖司が俺を冷たい視線で捉えてきた。冷たいそれは全てを飲み込む吹雪の様だ。
「母親を亡くし、父親は失踪。兄達はいなくなり、弟を抱えて生きてきた彼らはやっと自由になれたんです。貴方と出会い恋に落ち、結ばれることのない恋に苦しみやっと立ち直った彼らの努力を貴方は踏み躙れるんですか」
先手を取られた。一気にたたみ込まれて、俺に罪悪感を植え付けてくる。
「俺だって、誘拐されて」
「えぇ、ですから、私達は罰を受けています」
「減刑だって」
「それには、感謝しています。ですが、それは貴方が自分勝手にしたこと。私達は頼んでいません」
「……。」
「きつく言い過ぎました。ですが、分かって下さい。私達は相容れない立場。貴方も私達の事は忘れて人生を謳歌して下さい。それを海斗達も望んでいます」
ダメだ。何を言おうとしても、反論されてしまう。まるで俺がそう言ってくるであろうと想定して、言葉を考えていたかの様に論破されてしまう。
二人と幸せになる事がいかに悪い事であるという様に言われて悔しい。どうすれば、この状態を打開できるか考えないといけないのに真っ白に染まった頭では何も考えられない。
「私も鬼ではありませんから、海斗達に何か伝える事ありませんか?」
そう言われて、もう俺にチャンスは無くなったと理解した。
二人との未来を勝ち取るって決めたのに。聖司は強い。俺の負けなのか。
言いたい事は沢山ある。何で、俺を置いて居なくなった。一人にしないって言ってたのに。一緒に居たかった。逢いたい。好き。大好き。愛してる。
しかし、俺はそれらの言葉じゃない事を伝えてもらう事にした。二人がこの先も幸せである様に、そう願って。
「兄弟喧嘩しないで仲良く元気で楽しく過ごしてくれって……伝えて下さい。」
泣かないように笑って言った。言えたよな俺。ごめんなさい、マスター。俺、もうダメだ。二人の人生を潰す事なんて出来ない。
さようなら……海斗、大地。
その時、盛大な溜息が隣から聞こえてきた。
ぼんやりと突っ立ていた俺に気づいたマスターが近づいてくる。
「はい、戸締り頼むね」
そう言って渡された物は、四葉のクローバーのキーホルダーがついた鍵だった。
「後、ポットに余った珈琲がある。処分を宜しくね」
「マスター、もしかして……」
「葉山くん、君なら大丈夫。諦めないで、大事なものの為に最後まで戦いなさい」
そう言ったマスターはスタッフルームへと行ってしまった。
渡された鍵を見下ろす。マスターは世話焼きが大好きだ。俺の為に、閉店を早めてくれる程の優しい人だ。マスターの思いが詰まった鍵を握り締め、カウンターへ行った。三人分のカップと珈琲が入ったポットをお盆に乗せて、いざ戦場へと向った。
角の席、その席は、誰にも邪魔されずにゆっくりできると人気の席の一つだ。そこの席に、本を読んでいる聖司とスマホを弄っている拓也がいた。
俺は、お盆をテーブルに乗せた。ここからは重要だ。四人が座れる席に、対面で座っている聖司と拓也。聖司の隣に座るか、又は拓也の隣に座るか。はたまた、椅子を持ってきて座るか。納得させないといけないのは聖司だ。ここは聖司の隣に座って、ご機嫌を取りながら話を進めていくのがベストだと思った。覚悟を決めて俺はその席に座った。
「バイト終わったみたいですね」
「あぁ」
聖司と話をしながら、カップに三人分の珈琲を入れた。その一つを目の前に座る聖司の前に置いた。
そう、俺は拓也の隣に座ったのだ。聖司のご機嫌取りをする為に、隣に座るべきなのは分かっている。だが、聖司に正々堂々とぶつかってみたかった。あの大地と戦った人。この人を打ち負かさないと大地達が手には入らない。俺を守ってくれた大地。今度は俺が聖司から、大地達を奪ってみせる。
「結論から言います。私達は執行猶予の身です。だから、貴方とは会えないですよ」
「執行猶予? 実刑じゃないのか?」
「誰から聞いたか分かりませんが、執行猶予五年です。その間に悪い事をすれば刑務所で七年です」
そうか、両親が苦しんでいる俺を思って嘘をついたのか。
「海斗達も同じなのか」
「えぇ、そうです」
さぁ、どうする。押し切りで勝てるとは思えない。頭の良い聖司とやり合うのは一筋縄では行かないだろう。執行猶予五年と言うことは、後二年待てば海斗達に逢えるようになると言う事だが、そう簡単に逢わせてくれるとは思えない。犯人と被害者だ、再犯防止の観念からしても拒否されるだろう。それに後二年は待てない。三年待っただけで心が擦り切れそうなのだ。二年は長すぎる。
俺がこの戦いで切れるカードは二つ。俺を誘拐し犯したと言う罪悪感の利用。減刑してくれるようにしたと言う事実。しかし。二つとも決定的なものが足りない。それこそ、執行猶予の為に悪い事はできないと言い切られたら終わりだ。
「海斗と大地は元気なのか?」
「えぇ、元気ですよ。やっと、彼らも自分の人生を歩き出せたのですから」
嫌な予感がする。これは早めに切り込んでいかないとまずい。
「そうか。俺」
「貴方はそんな彼らの人生に割り込むのですか」
「え?」
聖司が俺を冷たい視線で捉えてきた。冷たいそれは全てを飲み込む吹雪の様だ。
「母親を亡くし、父親は失踪。兄達はいなくなり、弟を抱えて生きてきた彼らはやっと自由になれたんです。貴方と出会い恋に落ち、結ばれることのない恋に苦しみやっと立ち直った彼らの努力を貴方は踏み躙れるんですか」
先手を取られた。一気にたたみ込まれて、俺に罪悪感を植え付けてくる。
「俺だって、誘拐されて」
「えぇ、ですから、私達は罰を受けています」
「減刑だって」
「それには、感謝しています。ですが、それは貴方が自分勝手にしたこと。私達は頼んでいません」
「……。」
「きつく言い過ぎました。ですが、分かって下さい。私達は相容れない立場。貴方も私達の事は忘れて人生を謳歌して下さい。それを海斗達も望んでいます」
ダメだ。何を言おうとしても、反論されてしまう。まるで俺がそう言ってくるであろうと想定して、言葉を考えていたかの様に論破されてしまう。
二人と幸せになる事がいかに悪い事であるという様に言われて悔しい。どうすれば、この状態を打開できるか考えないといけないのに真っ白に染まった頭では何も考えられない。
「私も鬼ではありませんから、海斗達に何か伝える事ありませんか?」
そう言われて、もう俺にチャンスは無くなったと理解した。
二人との未来を勝ち取るって決めたのに。聖司は強い。俺の負けなのか。
言いたい事は沢山ある。何で、俺を置いて居なくなった。一人にしないって言ってたのに。一緒に居たかった。逢いたい。好き。大好き。愛してる。
しかし、俺はそれらの言葉じゃない事を伝えてもらう事にした。二人がこの先も幸せである様に、そう願って。
「兄弟喧嘩しないで仲良く元気で楽しく過ごしてくれって……伝えて下さい。」
泣かないように笑って言った。言えたよな俺。ごめんなさい、マスター。俺、もうダメだ。二人の人生を潰す事なんて出来ない。
さようなら……海斗、大地。
その時、盛大な溜息が隣から聞こえてきた。
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