絶望の白 〜狼の館から脱出せよ〜

番傘と折りたたみ傘

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諦めたくない

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 料理を片手にズンズンと席へと進んでいく。段々と見えてくる男。愛香の勢いに押されて引いている。その瞳が助けを求め周りを見渡した時、俺と視線が合って固まった。引いていた表情が、見る見るうちに驚きに表情が変わった。

 男を逃さない様に、席の真隣に立って料理を前に置いた。

「トマトとチョリソーのクリームパスタ、お待たせしました。山城聖司さん」

「な、何で貴方がここに……」

「え? 知り合いなんですか」

 愛香の問いかけを無視し、聖司を囲うように背もたれとテーブルに手を突く。

「教えて下さい。海斗と大地はどこですか!」

 相手は客だ。敬語を使い、問い詰める。

「待って下さい! 取り敢えず、落ち着いて下さい!」

「貴方に一目惚れしました! 連絡先教えて下さい!」

「貴女も少し、落ち着きなさい!」

 言葉の嵐に聖司の顔は、焦りに変わる。まるで、浮気現場を見つかった如くの騒ぎに周りの客が騒ぎ出す。

「何だ、聖司の兄貴。女だけじゃなくて、男にもナンパされてんのか?」

 その声が耳に入って、勢いよく振り返った。ニタニタと笑っていた男も、俺の顔を見るなり驚きの表情に変わっていく。

「は? 葉山彰、何でここに?」

 聖司に問い詰めても得られない答えを得る為に、苛立ちの矛先を拓也にぶつける事にした。
 聖司から離れ、スマホを片手に突っ立ている拓也に詰め寄った。相変わらずのデカさに首を上げて見ないといけない。俺もあれから大分身長伸びたんだけどなぁ。

「拓也! 海斗と大地はどこですか!」

 段々と言葉遣いが荒くなってしまう。

「おい、落ちつけ。そんなに大声出すなって」

「うるさい! こうでもしないとお前達は逃げるだろ!」

 とうとう崩壊してしまった言葉遣い。俺達の言葉の応酬に、マスターが厨房から出てきた。

「何をしてるんです! 二人ともやめなさい」

 マスターの制止に熱くなった頭が冴えてきた。場所を弁えずにこんな騒ぎを起こしてしまった。マスターに迷惑をかけるつもり無かったのに。

「うちの従業員が申し訳ありません」

「いえ、構いません。私達もお店で騒ぎを起こしてしまって、申し訳ない。もう、行きますので。拓也行きますよ」

 そう言った聖司が席を立つ。俺の近くにいた拓也も聖司と共に、店の入り口へと向っていく。行ってしまう。このままだと、俺はまた悔やんでしまう。嫌だ! 海斗と大地に、逢いたい!

 自然と駆け出した足は軽く、伸ばした手は二人のジャケットを強く握りしめた。引っ張られた二人が俺の方を向く。聖司と拓也が海斗と大地の様に思える度、俺は二人に恋焦がれている様だ。

「お願い! 置いて行かないで! 海斗と大地に逢いたいんだ」

 俺は卑怯者だ。弟達を置いて行った事に罪悪感を持っている二人にこの言葉をかけて、戸惑わせている。それでも、海斗と大地に逢えるなら俺はどんな事でもやってやる。欲しいものを今度こそ手に入れる。

 二人の表情は戸惑いと後悔に彩られていた。どうなるんだ。お願いだから、何か言ってくれと祈ったその時。聖司が溜息を吐いた。

「分かりました。バイトが終わるのはいつですか」

「……十六時」

「今が、十三時近くですから、後三時間ですね。それまで待ってます」

 それって二人に逢えるって事?

「後、勘違いされても困りますので、言っておきます。海斗達とは会わせられないので、そこだけは分かって下さい」

「え?」

「理由は後で話します。後、席を替えて下さい。長時間お邪魔する事になりますので、端の席でお願いしたいんですが」

 段々と聖司の言葉が理解できなくなっていく。二人には逢えない。その言葉が、俺の中で渦巻いた。

 神様は俺の欲しいと願ったものをくれない。この三年だって、忘れようと努力してきた。何も考えない様に勉強して、友と遊んで、バイトして、暇な時間を作らない様に努力してきた。しかし、二人は常に俺の頭の片隅にいて、忘れる事を許してくれなかった。
 夜は、特に酷い。二人に一杯愛された身体は、二人を求めて疼く。そんな身体を慰めればそれに応じて、二人に求められた心は二人に愛されたいと泣いた。そんな日々に終止符を打ちたかった。それなのに、神様は意地悪だ。結局は、諦めないといけないのか。

 ぼんやりとした俺に代わってマスターが聖司達を案内してくれていた。

「大丈夫かい?」

 マスターの思いやりの籠った声と肩に置かれた右手の温かさに、泣きそうになる。ダメだ、今はまだバイト中だ。それに店で泣く訳にはいかない。

「すみませんでした」

 頭を下げて謝罪した。店に迷惑を掛けてしまった。逢いたい、寂しいと訴えてくる心に蓋をする。もう、二人の事を諦めよう。聖司の話を聞いたとしても、逢えないのだから。大丈夫、二人を忘れられなくても愛された記憶で生きていける。もう、そうするしかない。

「良いんだ。珍しく葉山くんが感情的になっていたから。彼らは、大事な人かい?」

 言うべきか言わないべきか。言ったとしても何もならない。だが、俺は言わなくてもいい言葉を口にした。

「想い人の兄達です」

 誰かに知って欲しかった。俺にも愛している人がいるって事を。

「そうかい。その人の事が大好きなんだね」

 好き、大好き。愛してるんだ。ずっと一緒に居たかった。

「……はい」

「理由は聞かない。しかし、決して諦めてはいけない。その人と幸せになりたいのだとしたらね」

 俯いていた顔を上げる。そこにいたマスターは凛として、清々しく笑っていた。

「諦めなければ、道は拓けるよ」

 自信満々のその言葉に、導かれる様に頷いた。

「はい」

「さぁ、もう少しだ。頑張ろう」

 そこから、昼の戦争と三時のおやつ戦争を乗り越えた俺は、業務終了のタイムカードを記入した。

 スタッフルームでエプロンを外し、荷物をまとめて扉の前に立った。

 一呼吸置く、マスターの言葉が思い出された。

 諦めてはいけない。諦めなければ、道は拓ける。最初は、海斗と大地に逢えればそれでいいと思っていた。だが、マスターの言葉を聞いた俺は欲張りになってしまった。

 二人と一緒に幸せになりたいと願ってしまった。諦めたくない。もう、諦めない。

 何度決意し、打ち砕かれてきたか分からない。だが、もう諦めない。神様なんてもう信じない。俺は自分で二人との未来を勝ち取ってみせる。聖司は二人に会わせる事はできないと言った。だが、何か抜け道があるはずだ。聖司達と話をしながら、その抜け道を探し出して見せる。

 覚悟を決め、スタッフルームを後にした。
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