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溢れる血と涙 俺の推測
しおりを挟むその穏やかな雰囲気の中で、カランという何かが床に落ちる音が耳に入った。誰も反応していない所を見ると、聞こえていない様だ。しかし、聞こえたのは確かだ。
音が聞こえた方を向く、そこにいたのは右手に真剣を持った良太だった。松明の光を反射し、ギラギラと輝き刀が本物であると言うことを物語っている。無表情の顔にある瞳は怒りも悲しみも何も映していない。そんな瞳と視線が合った。一瞬見えた感情の色はすぐに消え去った。そんな良太の姿を見て、感じたものは俺も経験した事のある感情だった。
「……良太」
俺の呟きに、気付いたみんなが良太を振り返った。
「良太兄さん! やめて下さい! もう、終わったんです!」
悲鳴の様な叫びが聖司の口から吐き出される。その叫びに、良太の瞳から僅かに残る輝きが失われていく。
まさか、真剣で襲ってくる気なのか。真剣相手に、勝てる筈がない。
「くそ、木刀に仕込んでいたのか。だから、一撃が重かったのか」
打ち合いをしていた海斗が言うのだ。本当に仕込まれていたんだ。
「良太の兄貴! 頼む! もうやめてくれ!」
拓也の悲痛の叫びが広場内に響く。その叫びを聞いた良太の顔が俯いた。
「心配するな。もう、誰も襲わない。お前達は自由だ」
静かに聞こえる良太の声。その声は単調だが、冷たさを感じない。何だ、何か変だ。
ゆっくりと一歩一歩、真剣を持ったまま良太が屋敷への入り口へと向かって行く。
「待ってください! 何処に行くのですか? 私も」
聖司が負傷した肋骨を庇いながら、良太の方に足を踏み出したその時。
「来るな! 一人にして欲しいんだ」
真剣を構えた良太。その動きが、まるで怯えを隠す様に見えた。どうしてそう見えたのか分からない。
何かに気付いた聖司の顔が青ざめる。
「……まさか。ダメだ!!」
聖司の叫びに、何かを察した拓也の顔も青い。
「やめろ!!」
聖司と拓也が良太へ向かって駆け出した。それを見た良太が、二人を裏切る行為を始めてしまった。
「来るんじゃねぇ!!」
良太の持つ真剣が白く儚げな皮膚に添えられる。切れ味の良い刃が柔らかな皮膚を断ち、赤い鮮血を溢れ出させた。それを見た聖司と拓也が立ち止まった。
「頼む。皆んなの前ではちゃんとした兄で居たいんだ」
そう良太の口から溢れた言葉と微笑む表情を見て、胸が苦しくなって行く。その言葉を聞いて、俺が間違っていた事に気づいた。
「貴方は、ちゃんとした兄です。だから、やめて下さい」
「そうだ。だから、真剣を此方に渡してくれ」
そう言った二人がゆっくりと良太に近づいて行く。
「来るなって言ってんだ!!」
海斗達のやめろという悲鳴が響き渡る。それでも、刀の刃を首に押し当てていく良太。一筋の赤い血が良太の白い首を伝った。段々と血が傷口から溢れていく光景に胸が痛い。
嫌だ。死んで欲しくない。駆け出す足を止められない。
行くな、やめろと外野の声が段々と聞こえなくなっていく。俺に聞こえるものは、悲しみと苦痛に喘ぎ、涙を零す良太の小さな声だけだった。
良太の驚いた表情。来るな、切るぞと脅しながらも震える声。寂しさを怒りで必死に隠そうとする瞳。良太なら俺が到着する前に自害できる。良太なら俺を切れる。それなのに、それをしない良太はきっと優しいお兄さんだ。
良太の胸に飛び付く。胸に押しあてた耳に、しっかりと脈打つその鼓動音が聞こえて来た事に感謝した。瞳から溢れる涙が止まらない。
大切なピースは揃っていた。それを俺が嵌め損なっていたんだ。
良太は皆んなを守りたかっただけ。その為に苦渋を飲んで皆んなを置いて行った。大人に成り切れていない良太が悪魔召喚なんて思い付くはずがない。“儀式をすれば、願いが叶う”そう、誰かが良太を唆したんだ。
良太が欲したもの。それは、世界征服なんかじゃない。冷たい世の中を無くして、悪い噂のない世界が欲しかっただけなんだ。いざ、やろうとして守ろうとした兄弟から拒絶され、離れていってしまったと思い込み絶望した良太。だから、自害しようとしたんだ。
誰も良太を、置いて離れて行っていないのに。
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