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折れた心
しおりを挟む男が去った食堂の中。床に座ったまま俺は、呆然としていた。少しの間ぼーっとしていたおかげで媚薬が抜けてきたのか、頭の中がすっきりとしてくる。
あっと言う間に、俺を犯して去っていった男。
あぁ、俺は間違っていた。これが正しい誘拐犯で強姦魔だ。俺を道具として使って自慰をする様に犯した男。海斗や大地が可笑しいのだ。彼奴らが優しくするから、俺は……。
「うぇぇぇぇ……」
胃の中の物を絨毯にぶち撒ける。止めようとしても止まらない。胃の中の物を全て吐き出して、ようやく落ち着いてきた。
口や体を拭いて、新しいワンピースに着替える。テーブルに投げ出されているスマホを手に取った時、男が俺に食わせて空になった器の中に小さな鍵を見つけた。食事に手を付けなければ見つけることができない様にするなんて、隠した奴は相当性格が悪い。鍵を手に取った。鍵を持った左手に滴が落ちてきて気づいた。
頬を涙が伝う。袖で目元を拭っても拭っても溢れ出る涙。苦しい。俺は、快楽に流されて自ら男のものを咥えてしまった。それだけではなく、男の前で自ら進んで自慰に耽りイってしまうなんて。最悪だ。その事に気づいてしまい、俺の心が折れてしまった。痛い苦しいと泣く心を押さえつけることができず、声を上げて泣いた。
海斗に初めて犯された時や、海斗と大地に縋り付いた時ですら、ここまで辛くなかった。人として扱われなかったのが、辛い。
犯された部屋に居たくなくて、食堂を走り出て廊下を駆ける。どこかに隠れたくて、エントランスの豪華な階段裏に入ったそこには何もなく、埃が薄らと積もっていた。構わずにそこで、頭を抱えて蹲った。
家に帰りたい。父さん、母さん、ばあちゃん。助けて。このままだと、俺が俺じゃなくなってしまう。そんなの嫌だ。誰でも良いから俺を助けて。
いつまで、蹲っていたのか分からない。涙も枯れて音を立てずに両足を抱えて座っていた。時折誰かが階段を降りる音や気配を感じる。狼が俺を探しているのだろう。だが、階段裏には気づく事なく去っていく。
泣き疲れて眠たい。寝てはいけないと思っていても、段々と目蓋が落ちきてしまい、眠りに落ちていった。
「いた!」
男の人の声が聞こえ、目を覚ました。父さん? 顔を上げてぼんやりとした視界に映ったのは、心配そうにこちらを見ている大地だった。
「海斗! あきくんいたよ!」
大地を見てほっとした。あの男じゃない。海斗もやって来て近づき、俺の前に座ってこちらを見てくる。
「あきちゃん、大丈夫かい?」
海斗だ。二人並ぶととてもそっくりでぱっと見じゃ分からない。だが、よく見るとわかる。俺の前に座っているのが海斗で右隣にいるのが大地だ。二人に囲まれて、安心している自分に驚いた。焦るべきなのは分かってる。でも、今は海斗達がいてくれて嬉しかった。
「なんで来るんだよ」
ついつい、言い方がキツくなってしまう。来てくれて嬉しいのに。
「聖司兄さんが襲ったって、聞いたから」
大地が心配そうに、俺の頭を撫ぜる。気持ちよくて、心が暖かくなる。
「変態野郎が、やりやがって」
海斗が苛立つ様に言うが、右手で俺の頬を撫ぜる手は優しい。お前も変態だろうと言ってやりたいが今は許そう。
「あきちゃん」
海斗が俺を抱き寄せ、背中を撫ぜる。海斗の胸の中で甘い香りが鼻腔をくすぐる。優しいその香りに力を奪われても構わない。海斗のスーツに染みができる。枯れていたと思った涙は枯れていなかった様だ。
「あきくん」
背中から、暖かみが染み込んでくる。爽やかな香りに包まれ、強張った心が優しく解されいく。二人の腕に囲われて心から安心した。
「貴方達、忘れたんですか。フォローは行けないと言われてるでしょう」
聞きたくない声が俺の耳に届いた。
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