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壊された幸せ
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彰の画像が入ったスマホを大事に抱えて、マンションに帰った。
胸の高鳴りがなかなか治らず、外の空気を吸おうとリビングの窓からベランダに出た。ベランダの縁から外を覗く。夕日に照らされた空や街並みは赤く染まっていた。
今日は良い事があったと思っていた。その時、彰が歩道を歩いているのが見えた。良かった。俺の忠告を素直に受け取ってくれた様だ。だが、とぼとぼと歩く姿はとても切なく見える。すぐに駆けつけて、大丈夫だと言って慰めてあげたくなった。
そう思っていると彰がある家に入って行った。赤い屋根の庭付き一軒家。あそこが彼の家のなのか。彰が入って数分後に家の中に灯りが入った。家に誰もいないのか。
ぼんやりと見ていると、彰が庭に面している窓から出てきた。ゆっくりと歩きながら、庭に置かれているテーブルと椅子に近づいていく。一つの椅子に座り、段々と沈んでいく夕日を見始めた。夕日に照らされた彼は、とても綺麗なのに今にも消えてしまいそうな程に儚く見えた。
彰を見ていると胸が苦しくなる。それでも見ていたいと思った。彰を見る為に、俺は生きて行きたい。そう思う程に俺は彼に溺れた。
そう、俺は彰に一目惚れしていたようだ。
あの時から、ずっと片想いをして彰をベランダから見ていた。告白なんて出来やしない。
男同士で歳の差が七つもある。唯一誇れる所といえば、社長である事以外ない。彼はお金や地位だけじゃ惹かれないだろう。彰が女の子だったら、俺に恋してくれただろうか。いや、そうだったとしても俺が一目惚れしなかっただろう。男であるから彼なのだ。それなら、俺が女だったら良かったのに……。学校へ向かう彰の後ろ姿を見ながら、五回目の溜息をついた。
そんな日々を過ごしていたある日、いつも登校する時間になっても彰が家から出てこない。風邪でもひいたのかと心配していると、スマホが鳴った。呼び出し画面に表示されていた名前は、山城良太。一番上の兄だった。
大地と共に呼び出された場所は、母さんが大好きだった花が沢山咲き乱れる屋敷だった。四年前に出て行った屋敷。幼い頃の記憶が息づくそこは俺にとって複雑な場所だ。幸せだった日々と全てを無くした場所。
玄関に入ると、ホールには黒髪をオールバックにしている男がいた。綺麗めの顔つきに、二重目蓋の茶色よりの黒い瞳。あれは多分、聖司兄さんだ。幼い頃から全てを見通すような目つきをしているのは聖司兄さんだけだった。
「聖司兄さんだよね。久しぶり」
十年前に出て行ったきり会っていなかったから、大人になって一段と美丈夫になった聖司兄さんに少し驚いた。
「お久しぶりです。海斗……ですか?」
自信なさげな返答。十年会っていないのだ。俺が戸惑うのと同じで聖司兄さんも成長した俺達に戸惑っているのだろう。それと多分、俺と大地の区別が付かないのだろう。俺達は一卵性双生児だから、見比べる事のできる人なんていない。両親ですら、俺たちの区別が付かなかった程だ。
「俺達の区別もつかなくなったの。それでも、兄なの」
大地の言葉がキツくなる。大地は置いて行った兄達をいまだに恨んでいた。俺だって恨んでいた。だが、幸平に同じような事をしてしまった罪悪感と彰への恋心が恨みを薄めてくれていた。
「そうですね。申し訳ないと思っています」
相変わらずの冷たい瞳と態度に、大地がもうどうでも良いと言うようにそっぽを向いてしまった。
「貴方達に来てもらったのは、手伝って欲しい事があるんです」
「手伝い? 何の?」
「一緒に来てください」
聖司兄さんに連れられて向かった先は、地下の白い部屋だった。
部屋の中を見渡す。こんな部屋以前は無かった。ここは客室だった様気がする。
兄弟皆勢揃いしていた。良太兄さんに拓也兄さん、聖司兄さん、俺に大地、そして幸平。
幸平が睨むよう俺を見てくる。分かっていた。幸平に恨まれてもおかしくない事を俺はしたのだ。一人にしてしまった事で、幸平は……。
「何で、今頃になって呼び出したのかな。教団で良いことでもあった?」
大地が兄さん達を睨みつけている。
「お前達も必要だと、神の思し召しがあった」
その声に良太兄さんを見る。最後に見たのは十年以上前だ。黒髪を短くしているが、とても美しく女性としか思えない程の綺麗な姿は以前と何一つ変わらない。それなのに、何も映していない漆黒の瞳が以前の兄と違うという事を物語っていた。
俺達を守ってくれていた良太兄さんはどこに行ってしまったんだ。何が兄さんをこんなにしてしまったんだ。
「神……」
教団で何があったんだ。
「そうだ。お前達には悪いが俺達の為だ。協力してくれ」
その声に拓也兄さんを見る。相変わらずのデカさだ。190cm以上はある。縦にも横にもゴツい体格は兄弟の中で最大だ。黒髪を刈り込んで、切れ長の黒い瞳はヤクザでもやっているんじゃないかと思う程だ。
「お兄ちゃん達には、断る権利なんてないから」
幸平の声に罪悪感が揺さぶられる。以前より大きくなった背を見て、切なくなった。長い黒髪を後で一本に縛って、少し垂れ目の真っ黒瞳は置いて行ってしまった事で、キツく俺を睨みつけてくる。
「まさか、幸平……お前まで……」
「俺、今良太お兄ちゃんと一緒だから平気さ。誰のせいだろうね。海斗お兄ちゃん」
幸平の言葉に何も言えなかった。何を言ったとしても、幸平には届かないだろう。
「はいはい。それで、何をやらせようとしてんの」
溜息をついた大地が早く要件を言えと急かした。
「これを見ろ」
そう言って、促された場所を見て唖然とした。寝台が一つ、部屋の真ん中に置かれていた。誰かが寝かされているのか、真っ白な掛け布が盛り上がっている。
寝台に近づくと、良太兄さんが掛け布を外した。真っ白な寝台の上に、真っ白なワンピースを着せられ眠っている人が目に入った。
その寝顔を見て、愛おしさと戸惑いが俺を襲った。
その男の子は、俺の初恋の子だった。
胸の高鳴りがなかなか治らず、外の空気を吸おうとリビングの窓からベランダに出た。ベランダの縁から外を覗く。夕日に照らされた空や街並みは赤く染まっていた。
今日は良い事があったと思っていた。その時、彰が歩道を歩いているのが見えた。良かった。俺の忠告を素直に受け取ってくれた様だ。だが、とぼとぼと歩く姿はとても切なく見える。すぐに駆けつけて、大丈夫だと言って慰めてあげたくなった。
そう思っていると彰がある家に入って行った。赤い屋根の庭付き一軒家。あそこが彼の家のなのか。彰が入って数分後に家の中に灯りが入った。家に誰もいないのか。
ぼんやりと見ていると、彰が庭に面している窓から出てきた。ゆっくりと歩きながら、庭に置かれているテーブルと椅子に近づいていく。一つの椅子に座り、段々と沈んでいく夕日を見始めた。夕日に照らされた彼は、とても綺麗なのに今にも消えてしまいそうな程に儚く見えた。
彰を見ていると胸が苦しくなる。それでも見ていたいと思った。彰を見る為に、俺は生きて行きたい。そう思う程に俺は彼に溺れた。
そう、俺は彰に一目惚れしていたようだ。
あの時から、ずっと片想いをして彰をベランダから見ていた。告白なんて出来やしない。
男同士で歳の差が七つもある。唯一誇れる所といえば、社長である事以外ない。彼はお金や地位だけじゃ惹かれないだろう。彰が女の子だったら、俺に恋してくれただろうか。いや、そうだったとしても俺が一目惚れしなかっただろう。男であるから彼なのだ。それなら、俺が女だったら良かったのに……。学校へ向かう彰の後ろ姿を見ながら、五回目の溜息をついた。
そんな日々を過ごしていたある日、いつも登校する時間になっても彰が家から出てこない。風邪でもひいたのかと心配していると、スマホが鳴った。呼び出し画面に表示されていた名前は、山城良太。一番上の兄だった。
大地と共に呼び出された場所は、母さんが大好きだった花が沢山咲き乱れる屋敷だった。四年前に出て行った屋敷。幼い頃の記憶が息づくそこは俺にとって複雑な場所だ。幸せだった日々と全てを無くした場所。
玄関に入ると、ホールには黒髪をオールバックにしている男がいた。綺麗めの顔つきに、二重目蓋の茶色よりの黒い瞳。あれは多分、聖司兄さんだ。幼い頃から全てを見通すような目つきをしているのは聖司兄さんだけだった。
「聖司兄さんだよね。久しぶり」
十年前に出て行ったきり会っていなかったから、大人になって一段と美丈夫になった聖司兄さんに少し驚いた。
「お久しぶりです。海斗……ですか?」
自信なさげな返答。十年会っていないのだ。俺が戸惑うのと同じで聖司兄さんも成長した俺達に戸惑っているのだろう。それと多分、俺と大地の区別が付かないのだろう。俺達は一卵性双生児だから、見比べる事のできる人なんていない。両親ですら、俺たちの区別が付かなかった程だ。
「俺達の区別もつかなくなったの。それでも、兄なの」
大地の言葉がキツくなる。大地は置いて行った兄達をいまだに恨んでいた。俺だって恨んでいた。だが、幸平に同じような事をしてしまった罪悪感と彰への恋心が恨みを薄めてくれていた。
「そうですね。申し訳ないと思っています」
相変わらずの冷たい瞳と態度に、大地がもうどうでも良いと言うようにそっぽを向いてしまった。
「貴方達に来てもらったのは、手伝って欲しい事があるんです」
「手伝い? 何の?」
「一緒に来てください」
聖司兄さんに連れられて向かった先は、地下の白い部屋だった。
部屋の中を見渡す。こんな部屋以前は無かった。ここは客室だった様気がする。
兄弟皆勢揃いしていた。良太兄さんに拓也兄さん、聖司兄さん、俺に大地、そして幸平。
幸平が睨むよう俺を見てくる。分かっていた。幸平に恨まれてもおかしくない事を俺はしたのだ。一人にしてしまった事で、幸平は……。
「何で、今頃になって呼び出したのかな。教団で良いことでもあった?」
大地が兄さん達を睨みつけている。
「お前達も必要だと、神の思し召しがあった」
その声に良太兄さんを見る。最後に見たのは十年以上前だ。黒髪を短くしているが、とても美しく女性としか思えない程の綺麗な姿は以前と何一つ変わらない。それなのに、何も映していない漆黒の瞳が以前の兄と違うという事を物語っていた。
俺達を守ってくれていた良太兄さんはどこに行ってしまったんだ。何が兄さんをこんなにしてしまったんだ。
「神……」
教団で何があったんだ。
「そうだ。お前達には悪いが俺達の為だ。協力してくれ」
その声に拓也兄さんを見る。相変わらずのデカさだ。190cm以上はある。縦にも横にもゴツい体格は兄弟の中で最大だ。黒髪を刈り込んで、切れ長の黒い瞳はヤクザでもやっているんじゃないかと思う程だ。
「お兄ちゃん達には、断る権利なんてないから」
幸平の声に罪悪感が揺さぶられる。以前より大きくなった背を見て、切なくなった。長い黒髪を後で一本に縛って、少し垂れ目の真っ黒瞳は置いて行ってしまった事で、キツく俺を睨みつけてくる。
「まさか、幸平……お前まで……」
「俺、今良太お兄ちゃんと一緒だから平気さ。誰のせいだろうね。海斗お兄ちゃん」
幸平の言葉に何も言えなかった。何を言ったとしても、幸平には届かないだろう。
「はいはい。それで、何をやらせようとしてんの」
溜息をついた大地が早く要件を言えと急かした。
「これを見ろ」
そう言って、促された場所を見て唖然とした。寝台が一つ、部屋の真ん中に置かれていた。誰かが寝かされているのか、真っ白な掛け布が盛り上がっている。
寝台に近づくと、良太兄さんが掛け布を外した。真っ白な寝台の上に、真っ白なワンピースを着せられ眠っている人が目に入った。
その寝顔を見て、愛おしさと戸惑いが俺を襲った。
その男の子は、俺の初恋の子だった。
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