ちいさな日常のはなし

シエ

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おとなになったら

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 子供には無限の可能性がある。
 選択肢がたくさんある中で、将来何をしたいか、どんな風になりたいか

 これから見つけてください。
 そのための、学校生活にしてください。
 そして、今やりたいこと、直感を大事にしてください。
 

 私はふと疑問に思った。どうしても知りたくて思ったことをそのまま口走ってしまう。
 
「じゃあ、大人には選択肢がないの?」

 先生は少し悩んで答えてくれた。

「あるにはあるが、ないとも言えるな」

 その先生の回答が心の中でモヤモヤを生む。
 結局、どちらなのか。
 
 選択肢を選んでいるのか、捨てているのか。

 小学6年生の私にはまだ曖昧で、はっきりしているわけではなかったけれど
 あの時の記憶を今も思い出す。


 
 あれから、一回り干支を巡って社会人3年目となった私は
 選択肢がどうとか、勉強がどうとか、そんなもの考えられなくなっていた。

 ある程度仕事を覚えて、後輩もできて、
 たまたま数字が出せたことで責任を負う仕事まで任されて、

 おとなになったら
 選択肢を選ぶことなんてない。与えらたものをただこなすだけだ。

 選択肢の中から選ぶとか捨てるとかそんな贅沢は今の私には存在しない。



 秋風が冷たくなり、冬の訪れを感じさせる。
 あと半年もすれば、社会人生活も丸3年が経つ今日のこの頃。

 朝は目覚めのシャワーとインスタントコーヒーを1杯。
 ちょっとの寝癖も束ねてしまえば気にならないだろう。
 まだマスクしいてもいいし、化粧は目元だけ時間をかければいいか。
 いや、今日は上司とランチミーティングがある。仕方がないからある程度はきめておこう。

 家から職場まで30分。初めは電車で2駅乗っていたが、今は自転車で通勤している。
 定期代もバカにならないから、雨の日以外はいつもそう。

 
 職場に着いたら再びコーヒーを飲んで、頭を無理やり覚醒させる。
 自分の席について、今日やり切る仕事を考えてリスト化する。これが私のルーティーン。
 今日のランチミーティングで来月の会議の資料作りを任されるだろうから、それを終わらせることを今日の目標としよう。


 
「この件、君はどっちを選ぶ?」
 
 思ってもいない問いかけにパスタを運ぼうとした右手が、口が、固まってしまった。

 「私が選べと言うのですか」
 
 席を一緒にする上司は小さく頷く。

 
 提示された選択肢は2つだった。
 このままチームリーダーを務めるか、本社で新しいプロジェクトのメンバーに加わるか。
 もちろんどちらもという答えはないし、上司からどちらかを命令されることもない。
 今まで、選択をすると言う機会は存在しないと思っていた私はすぐに答えが出せなかった。

 それどころかその日の仕事は何一つ手がつかなかった。


 結局、資料作りも任されなかったな


 そう、ふと思いながら、黒く染まりかけた空を横目に帰路につく。
 子供の頃に描いた、大人の未来図はホコリを被って、築いた理想郷は錆びてボロボロになって

 おとなになったら

 なんて、思い描いた自分がバカだったと、ずっと思っていた。
 ただ、言われた事をこなして、どうしたら楽になるか考えて、仕事をした気になっていたのに。

 どちらかなんて選べないよ。

 

 次の日、上司に相談した。
 自分では選べないから、代わりに命じて欲しいと。
 片方を選んで、もう片方は捨てるのは難しいと。
 側から見たら、情けないことかもしれない。けれど、私はその程度だから。急に選べなんて言われても、困る。

「これは、一方の仕事を選んで、もう一方の仕事を捨てるわけじゃないぞ」

 上司が何を言っているかわからなかった。
 選んでいる時点で、もう片方は自分のルートから外れているのに。
 少しそっぽを向ける私に、上司は続けた。

 
 
 これから先、選ばなかった選択肢に再び巡り会うこともある。そして、その巡り合わせはいつくるかわからない。
 3年後か5年後か、はたまた10年後か。
 そして、面白いことに我々は“あの時選ばなかった一方だ”とその場では気づかずに遭遇し、後から思い出す。
 つまり、選択をしているように見えて、どちらも経験することになる。
 もちろん、全く同じものではないと思うがな。

 直感を大事にしてみろ。もう一方はいつかどこかで巡り会う。
 今、やりたいもの選べばいい。



 

 それから3年。私はチームリーダーを務めている。
 今の職場はあの時お世話になった上司のいる職場だ。
 あの選択を迫られた時、私は本社勤務を選択し新規プロジェクトを経験し戻ってきた。リーダーを任された時は気づきもしなかったが
 上司からの言葉で記憶が巡られた。

 
「あの時選ばなかった一方も、ちゃんと選んでるじゃないか」


 おとなになったら
 
 選択肢はあるにはあるが、ないとも言える。

 それはどちらかを選び、どちらかを捨てる行為ではない。

 巡り巡って、選ばなかった一方に巡り会う瞬間が訪れるからだ。

 その場では選んだとしても、いつかどこかでもう一方も巡り会う。

 つまりそれは、選択肢がないとも言えること、かもしれない。
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