ひらたい日々

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持ち去り人と盗っ人

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法律上はちがうのだと言われても、ゴミを持ち去る人は盗っ人だと私は思う、どこでも安心してはいけない、という話。

我が家の出した不燃ごみからフライパンが持ち去られるところを目撃した。

正確には、ごみ袋から取り出したフライパンを、自前と思われる大きなエコバッグにしまっているところを見た。ガチャガチャと物音がして窓から外を確認したら、ちょうどその場面だった。

ごみを盗られてる!

言葉が口をついて出たけれど、戸外の人に聞こえはしない。フライパンをしまい終えた、おばさんのように見える人は、すぐ近くに立つ、おじさんのように見える人と、平然と並んで歩いて行ってしまった。それでもじいっと見続けていたところ、二人組はもう一つ向こうのごみ集積場所を覗き込む仕草を見せたのち、目ぼしいものが無かったのか、またふつうに歩き出すと、我が家の窓から見える範囲を超えて、歩いて行ってしまった。


気分が悪かった。

不燃ごみの袋の中に入っていたのは、替え時期を迎えたフライパンと、壊れてしまったドライヤー、プラスチックのボックスが幾つかと、危険と書いて包んだ錆びたハサミ、おもちゃがいくつかに、その他雑多な燃えない小物。どれも役目を終え、処分しようと捨てたものだ。

捨てたものではあるけれど、それでも、それを持ち去られるのは、盗られた、という気がする。そしてそれ以前に、自分の出したごみ袋の中身を、ごそごそと確認されたのだと思うと気持ちが悪い。


湧き上がってくるイヤな気分を、どうすることもできずにモヤモヤしていると、今度は人の話し声が聞こえてきた。外国語だった。

反射的に窓を開け、外を見ると、自転車にまたがった、若い男性に見える人が立ち止まり、電話で話をしているようだった。なんだかイヤな感じがして、スマホを取りに離れ、窓辺に戻ったとき、もうひとり、部屋着にサンダル履きの、若い男性に見える人が現れていた。

自転車に乗った人が、ごみ集積場所を指さすと、部屋着の人はなにごとか言葉を発し、それからそこにあった不燃ごみの袋を二つ手に取り、歩き始めた。自転車に乗った人は部屋着の人とは逆方面へ自転車を走らせる。すぐに見えなくなる自転車を目で追った後、私はすぐに逆方向の、部屋着の人のほうへと振り返った。部屋着の人はごみ袋をぶら下げてゆっくりと、隣のアパートの階段へと消えていった。

スマホで動画を再生すると、今、書いたそのままが録画されていたから、まちがいはない。


ほんの数分の間に、盗っ人二組を目撃した。

なんてことだ。法律上はちがうのだと言われても、ゴミを持ち去る人は盗っ人だと私は思う。だから盗っ人と呼ぶ。こんなにも身近に盗っ人が二組。こんなにも治安の悪いところだったなんて、8年住んで初めて知った。もしかしてこれまで何度も、ごみは探られ、持ち去られていたのだろうか。気持ちが悪い。

そう思ってハッとした。治安うんぬんではなく、ちょっとおかしいかもしれないと、本当は2年前に気づいていたじゃないか。それを私は知らんぷりしようとしていた。


流行り病禍、一年が過ぎたくらいのころ、となりのアパートに住むおじいさんが、私の自転車を修理しているのが窓から見えた。

駅まで自転車で通勤しなくても済むようになり、あまり乗らなくなった自転車が、外出自粛でまったく乗らなくなったことで劣化し、本当に久しぶりに乗ろうとしたときにパンクしていた。まだまだ外出自粛は解けないだろうし、すぐには乗る予定がなかったから、あとのことはあとで考えようと、そのままにしていた。このまま処分することになるかも、という気持ちも少しあった。そんな自転車をひっくり返して、おじいさんが修理していた。

おじいさんとは知り合いではない。自転車は私のものでまちがいなかった。どうしたものか、と思いつつ、関わるのが面倒に思えて、放っておいた。

次の日、そっと自転車置き場を見に行くと、修理された自転車は、後部に買い物かごが設置され、車体に貼られた、数年前の自転車置き場の許可シールや、防犯シールが乱暴に剝がされた状態になっていた。

気分が悪かった。これはどうするべきだろうか。誰かになにかを言うべきだろうか。誰かって誰に?

自転車は私のものでまちがいなかった。いたずらかなにかでベルの蓋をなくしたことがあって、ベルを交換していたのだけれど、真っ赤で小さなベルは自転車の車体にはちぐはぐで、とても特徴的だった。だけど防犯ラベルも無き今、証明できるか、と言われたら、その術も無いように思われた。そしてなにより面倒だと思った。近所の老人と揉める、というようなことが。だから私は知らんぷりをした。

数日後、隣のおじいさんは、どこかのおばさんに私の自転車を譲ったらしい。知らないどこかのおばさんが、買い物かごを設置された、真っ赤な小さなベルのついた私の自転車に乗って行ってしまった。私はそれを知らんぷりしようとした。気分が悪い、とモヤモヤしながら。


ごみの持ち去りは盗みではないから許されるのか。

長期使用しなかったものは不用品とみなされ、勝手にどうにかしても許されるのか。

モヤモヤとしながらも、なにもしない私もおかしいのだろう。だって面倒だから、なにか言って反撃されたら、仕返しされたら怖いから、そんなふうに知らんぷりするのも、本当はおかしいことではないか、と思う。思うけれど。


日本は礼儀正しくマナーがあり安全である。

私もかつてはそんなふうに思っていた。自分もそれを担う一員だと思っていた。けれど、ちがう。どこでも誰でも安心してはいけない。


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