ひらたい日々

ちょこ

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なにもしていないし、なにもできていない日々

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向上心は潰える。
この二年で実感した。

心配ごとがあったり、妙に落ち着かなかったり、日々を平穏に暮らせなくなると、気持ちはどんんどん落ちていくものらしい。そうなると現状維持に精一杯。場合によっては、ごはんやお風呂、買い物なんていう日常の一つ一つにすら、いっぱいいっぱいになってしまったりする。
あれ、今日ってなんかしたっけ? 昨日は? 今週、なにかした?
なにもしていない。なにもできていない。
そう思って、どんよりモヤモヤするばかり。ただ少し労働し、ごはんを作り、食べ、一日が終わる。読んでみようかな、と思った本は積まれ、勉強しようかなとブックマークしたページはワンスクロールでは表示されない場所へと流れていってしまった。
なにかしなければ、と思う。
正確には、多少はしているのだ。やらなければならないことは、最低限はやっている。けれど、問題はそこではない。もっとこう、やりたいことだったり、じぶん時間だったり、暮らしを豊かにするような、実りあるなにか、みたいなことが、したいのだ。
それなのに、なにもしていない。なにもできていない。わかっていてもどうにもならない。やる気は、向上心は、どこへいってしまったのか。
状況を打破するきっかけを掴めないまま、春は過ぎ、暑さに堕れ、秋に物悲しくなり、冬に凍え、ただ時間だけが過ぎていく。

していない。しなければ。
そういう思考のグルグルさえも、ついには面倒に感じ始めてしまう。

そんな中、諸事情あって先日、超初心者向けのslackの使い方勉強会に参加させてもらった。
年齢層はバラバラなのだけれど、おなじ組織に所属している、ごく少人数が参加して、「ではコメントを書き込んでみましょう」みたいに、実際に練習しながら進む会だった。先生の説明に、パソコンなりスマホなりの画面を見ながら、挨拶を投じたり、絵文字を入力したりする。
よくあるSNSやコニュニケーションツールと同様の使い方で、高度なことをやろうとしない限り、私でもそんなに苦労なく使えそうな感じだった。おなじような感じなのだろう、他の参加者たちもサクサクと課題を進めていく。
そんな中、
「すみません、今のところもう一回教えてください」
声を発する人がいた。年配の男性だった。
「今のところ? メンションのことですか?」
先生は立ち上がり、彼の近くへと向かいながら再び説明を始める。
「ああ、そうか、これですね!」
すぐ隣に立った先生にスマホの画面を見せながら、彼は、納得した、という声で話した。メガネを上げたり下げたりして、手元のスマホと先生の顔を交互に見て、嬉しそうに笑っている。
そんな彼の様子に、参加していた他の人たちは、「うんうん」と頷き、これもまた嬉しそうに見えた。
ああ、なんだかいい会だなぁ。私もそう思いながら、自然と頷いていた。
その後も、彼が何度か質問をし、そのタイミングで他の参加者も理解を深める、というような形で勉強会は進んだ。
「思い切って参加してよかった。一人じゃあちょっと、新しいことはなかなかできないし」
会の終わりに彼が言った。
「参加したからにはわかりたいと思って、いろいろ聞いてしまってすみませんでしたね」
彼は先生と、参加者みんなに向かって、そんなことも言った。
「いえいえ、ありがとうございました」
何人もがそう口にして、会は終わった。

ああ、なんだかいい会だったなぁ。そう思った。
定年退職後何年か経っているくらいだと思われる男性が、新しいことを学ぼうと勉強会に参加する。そして来たからにはと、積極的に訊く。そういう姿が、他の参加者にもなにかいい感じをもたらしていた。そう思った。そして私も、なんだか意欲のようなものを、私の内に感じた。

それから、私は先生と話をした。そしてさらにスッキリと気分が良くなる。
今回、私が参加をしたのは、この会で先生をつとめた女性に会うためだった。以前、お世話になった知人。4年ぶりくらいだろうか、久しぶりに会って、話をする。終わったばかりの勉強会のこと、この4年間のあいだのこと、最近のこと、お互いに思いつくことを取り留めなく話す。特別な間柄ではないのだけれど、飾らず、気取らず、本音で話ができる相手である彼女は、優しく柔らかい。
そうして話終わったとき、私は本当にスッキリしていた。モヤモヤと思い悩んでいたことはどこかに吹き飛び、さあて、なにをしようかな、という気持ちになっていた。なんでもできる。今でも、明日でも。そんな気になっていた。世情も、私を取り巻く状況も全く変わっていないのに、気持ちはすっかり変わっていた。

人に会うって、すごいな、と思った。
人に会うと、こんなにも影響があるのだ。
この二年ですっかり人と会わなくなっていた。それがどうだろう。たった一回、人に会っただけでこうだ。こんなにも気持ちが変わる。
こういうの忘れていた。いや、普通に誰とでも会えるときには、こんなにも影響があるものだって、わかっていなかった。だから知らなかったのだ。
「いいな、と思う人と付き合いなさい」
そんな言葉を思い出す。いいと思う相手、彼女のことだ。それから今日のあの彼も。

いいな、と思う人に、積極的に会いにいける、そういう関係や状況を築こう。なにもしていない、なにもできていないと悩む日にすべきことがわかった。いいと思う相手に連絡をしよう。会いにいこう。向上心や学習意欲は、自ずとそこから生まれてくれる。

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