宇宙人なのだと、おじいさんは言った

ちょこ

文字の大きさ
上 下
1 / 3

1/3話

しおりを挟む

「やめて! 鳥を近づけないでって言ってるでしょ!」

 ヒステリックな大声が聞こえた。

 あきらかに私に向けて発せられた言葉ではないと、わかっているのに、意地悪く尖った声に胸をえぐられた気がする。なにごとだろうか。レースのカーテン越しに窓からおもてを見下ろしてみる。

 道路を挟んですぐ向かいは公園だ。砂場にブランコやジャングルジムといった遊具が二、三、ところどころに芝生が敷かれ、いくつかのベンチに電灯、それから大型の自動販売機がある、それほど大きくはないけれど街中にしてはまあまあな広さの公園だ。

 そんな公園の南端で、仁王立ちしたおばさんが、そばにちんまりと座っているおじいさんを見下ろしていた。Tシャツにスウェットを穿いたおばさんが、ちいさなおじいさんを叱りつけているように見える。

「返事くらいしたらどうなの!」

 おばさんの大きな声があがる。

「ちょっと! 聞いてるの!」

 おばさんは今にもおじいさんに飛びかかりそうなオーラを発して絡んでいる。

 私はテレビ台の上の時計を振り返った。10時2分前。なんだ、10時じゃないか。え、10時。いつもならおじいさんだけが座っている時間だ。私は大慌てで部屋を出た。

 スニーカーをつっかけて公園へ向かう。


 公園には数人の人影が見える。さっきのおばさんは、集まってラジオ体操をするおばさんたちの一人だろう。毎週一回、日曜日に集まってラジオ体操をしている。開始時間は9時のはずではなかったか?

 先週、先々週と、朧げな記憶をたどってみる。どの日がその日か、定かではないけれど、突如大音量で流れてきた音楽に、断片的に聞こえる井戸端会議に、なにがあったのかと心配になるくらいの大げさな笑いに、驚いて反射的に時計を見た記憶では、うん、やっぱり9時だ。

 それが今日、時計は10時を示していた。いつもより一時間遅く公園に現れたおばさんたちは、おじいさんのことを知らないのだ。怪しい老人、とでも思っているのかもしれない。毎朝、ただそこに座っているだけのおじいさんなのに。

 私の知る限り、おじいさんは毎日そこに座っている。すがすがしい空気と朝から昼に向かっていく独特の陽射しを使って活動開始前の活力をチャージしているようにも、慌ただしい朝の時間がひと段落ついたのだからゆったり過ごそうとくつろいでいる風にも見える姿で、ただ静かに、そこに座っている。

 たいてい、おじいさんは鳥に囲まれている。ムクドリが近くで地面をツンツンと突き、なにかを啄んでいる。それが鳩のこともあれば、カラスのこともある。いや、鳥だけじゃない。どこから集まったのか、首輪をしたネコたちが集まっていたこともあった。おじいさんはいつも動物に囲まれている。

 仙人のような、植物のような、自然のたたずまいで座るおじいさんのまわりに、動物たちが集まって来てしまうのも不思議はないように思える。危険を感じる要素がそこにはまったくないのだ。それは人間に対してもおなじだと思う。

 とまあ、知った風なことを言っているけれど、おじいさんのことを、おじいさんが誰でどこに住んでいる、どんな人なのかを、知っているわけではない。公園で何度か見かけて印象に残り、いつからか街のどこかで見つけると、

「ああ、またいらっしゃいましたね」

 そんなふうに思うようになっただけだ。私が一方的におじいさんのことを見ているだけ。見ているだけだけれど感じるのだ。おじいさんは悪い人ではないだろうと。

 そんなことを言ったら、おばさんも悪い人ではないだろう。毎週日曜日にラジカセを持って現れるおばさんたちのうちの一人だ。5人か、多いときで6人が輪になり、ラジオ体操をしている。毎回、決まって9時にラジオ体操の音楽は流れていた。それがなぜか今日は10時になったのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...