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しおりを挟む「やめて! 鳥を近づけないでって言ってるでしょ!」
ヒステリックな大声が聞こえた。
あきらかに私に向けて発せられた言葉ではないと、わかっているのに、意地悪く尖った声に胸をえぐられた気がする。なにごとだろうか。レースのカーテン越しに窓からおもてを見下ろしてみる。
道路を挟んですぐ向かいは公園だ。砂場にブランコやジャングルジムといった遊具が二、三、ところどころに芝生が敷かれ、いくつかのベンチに電灯、それから大型の自動販売機がある、それほど大きくはないけれど街中にしてはまあまあな広さの公園だ。
そんな公園の南端で、仁王立ちしたおばさんが、そばにちんまりと座っているおじいさんを見下ろしていた。Tシャツにスウェットを穿いたおばさんが、ちいさなおじいさんを叱りつけているように見える。
「返事くらいしたらどうなの!」
おばさんの大きな声があがる。
「ちょっと! 聞いてるの!」
おばさんは今にもおじいさんに飛びかかりそうなオーラを発して絡んでいる。
私はテレビ台の上の時計を振り返った。10時2分前。なんだ、10時じゃないか。え、10時。いつもならおじいさんだけが座っている時間だ。私は大慌てで部屋を出た。
スニーカーをつっかけて公園へ向かう。
公園には数人の人影が見える。さっきのおばさんは、集まってラジオ体操をするおばさんたちの一人だろう。毎週一回、日曜日に集まってラジオ体操をしている。開始時間は9時のはずではなかったか?
先週、先々週と、朧げな記憶をたどってみる。どの日がその日か、定かではないけれど、突如大音量で流れてきた音楽に、断片的に聞こえる井戸端会議に、なにがあったのかと心配になるくらいの大げさな笑いに、驚いて反射的に時計を見た記憶では、うん、やっぱり9時だ。
それが今日、時計は10時を示していた。いつもより一時間遅く公園に現れたおばさんたちは、おじいさんのことを知らないのだ。怪しい老人、とでも思っているのかもしれない。毎朝、ただそこに座っているだけのおじいさんなのに。
私の知る限り、おじいさんは毎日そこに座っている。すがすがしい空気と朝から昼に向かっていく独特の陽射しを使って活動開始前の活力をチャージしているようにも、慌ただしい朝の時間がひと段落ついたのだからゆったり過ごそうとくつろいでいる風にも見える姿で、ただ静かに、そこに座っている。
たいてい、おじいさんは鳥に囲まれている。ムクドリが近くで地面をツンツンと突き、なにかを啄んでいる。それが鳩のこともあれば、カラスのこともある。いや、鳥だけじゃない。どこから集まったのか、首輪をしたネコたちが集まっていたこともあった。おじいさんはいつも動物に囲まれている。
仙人のような、植物のような、自然のたたずまいで座るおじいさんのまわりに、動物たちが集まって来てしまうのも不思議はないように思える。危険を感じる要素がそこにはまったくないのだ。それは人間に対してもおなじだと思う。
とまあ、知った風なことを言っているけれど、おじいさんのことを、おじいさんが誰でどこに住んでいる、どんな人なのかを、知っているわけではない。公園で何度か見かけて印象に残り、いつからか街のどこかで見つけると、
「ああ、またいらっしゃいましたね」
そんなふうに思うようになっただけだ。私が一方的におじいさんのことを見ているだけ。見ているだけだけれど感じるのだ。おじいさんは悪い人ではないだろうと。
そんなことを言ったら、おばさんも悪い人ではないだろう。毎週日曜日にラジカセを持って現れるおばさんたちのうちの一人だ。5人か、多いときで6人が輪になり、ラジオ体操をしている。毎回、決まって9時にラジオ体操の音楽は流れていた。それがなぜか今日は10時になったのだ。
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