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12.猫は尻尾で返事をする〈最終話〉

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 王宮では三人の愛妾をはじめ、関係者の取り調べが済み懲罰も済んだ。

 概要はこうだ。

 たまたま禁書の書庫の侵入に成功した魔導士ヨーハンが、現国王の父親の醜聞が書かれた書を読んだことが発端だ。
 魔導士ヨーハンは同じ師匠に師事した兄弟弟子のショーンより力があり、いや、この国一番の実力があると自負していた。しかし師匠はショーンを強く後押しして、宮廷魔導士としての地位もショーンの方が上なのが気に入らない。

 ヨーハンはこの国最高位の魔導士になりたかったという、お粗末な動機だった。

 そこでヨーハンは昔ハウランという魔導士が、当時の王太子キリアンに女を与えて国を混乱させるように仕組んだことを知った。
 キリアンの事件では、弟のエリアンが首謀者だったことをヨーハンは知らなかった。
 別の禁書を読めばわかっただろうが、そちらはヨーハンの力が及ばない封印が施されていたのだ。

 そこで三人の下級貴族の美しい娘を選りだし、王太子フィリップに魅了と服従の魔法をかけようと画策した。
 三人の娘に魅了と服従の魔法をかけ、自分の虜にし、何でも言うことを聞くように仕向けた。
 親たちには金子を与えて、未来の国母の座をチラつかせて娘達を差し出させたのだ。

 宮廷魔導士の男は魔法で去勢されている。
 娘達に魔法で恋焦がれさせても、成就させることはできない。
 しかし、王太子を手に入れた娘の心に応えると約束し、妊娠と流産騒ぎ、そして王妃ジャンヌが呪いをかけた嫌疑を仕組ませた。

 去勢された男であるが故に、男女の愛の機微に疎かったヨーハンはわからなかった。
 国王の愛する妻への思いを。

 王妃ジャンヌにのろいという濡れ衣をきせた怒りで、国王ジルリアは三人の娘達を側室どころか公妾にすることさえ拒否した。

 仕方なく愛妾となって、さびれた西の離宮を与えられた娘達は満たされない欲望を抱えさせられ、目的もなく欲のまま欲しがった。

 ヨーハンは邪魔な国王を殺そうとしたが、加護が強く、彼の呪いは弾かれて王妃ジャンヌに襲い掛かった。王妃ジャンヌは呪いによって死んだ。
 これはヨーハンにはある意味嬉しい誤算で、これで邪魔者は消えたと思ったが、国王ジルリアは頑なだった。

 そこで今度は王太子の唯一の息子である王子ジルリアに呪いをかけた。
 宮廷魔導士の地位を利用して誘い出し、魂を猫と取り換えた。
 王子が一歳の時だ。

 このまま猫の行動しかできない王子やそんな王子を産んだ王太子妃シャロンは見捨てられ、愛妾のうちの誰かが王妃と挿げ替えとまで行かなくても側室となり、子供を産み国母となるだろうと計算したのだ。
 三人の娘達は自分の意のままだ。
 彼女達が自分の地位を盤石にしてくれるだろうと思った。

 徹頭徹尾、お粗末で幼稚な目的と計画だ。

 三人の娘は王都の修道院で治療を受け、心身を癒された後はよい嫁ぎ先を王家が手配することになった。
 親達は国家反逆罪で領地の一部を没収の上、代替わりをさせられた。そして辺境の修道院へ生涯幽閉。

 廃人となったヨーハンは、辺境の砦の塔に送られて処刑。

 大臣達と魔導士達は厳しい叱責を受け、宮廷から出る給与を一年差し止め罰。王子ジルリアが猫になっていた時間だ。
 
 そして魔導士達は王宮の守りを見直すよう言い渡された。

 魔導士達が驚いたことには、王宮に張られた守りの結界が一層堅固なものになっていたのだ。

 魔法の素を調べ始めると、幻影が現れた。赤い髪の魔女だ。

「ぼんくら魔導士ども!」
 幻影はいきなり怒鳴りつけた。
「あたしが死ぬまで守ってやるよ。あと四百年くらいかね。その間にこれくらやれるようにしときな!」
 現れた時と同様に急に消えた幻影に、魔導士達は呆然とするしかなかった。

 ******

「今般のことは、騙された其方も悪かったが父も悪かった」
 国王ジルリアは王太子フィリップに謝罪した。
 王太子は自分の弱さと慢心を反省したが、デーティアにはおもしろくない感情を抱いていた。
「あの女はなんなのですか!父上!好き勝手やって!」

「まあ、そう言うな。デーティア大伯母上には大恩があるのだ」
「どんな恩ですか」

「よく聞け。デーティア大伯母上がいらっしゃらなかったら、私も其方もここにいなかったかもしれない。いや、いなかった」
「どういうことですか」

「デーティア大伯母上は産まれてすぐに森に捨てられた私を保護して、母上の元へ送り届けてくれた。当時、騒動になっていた私の父の醜聞もおさめてくれた。そしてデーティア大伯母上がいなかったら、私はジャンヌの真心に気づくことなく、他の者を妃に選んでいただろう。其方のように愛妾がいて騒ぎになっていたかもしれない」

 親子両者に痛いことをジルリアは萎れて言う。

「大伯母上は懐に入れた者には尽くす方だが、敵に回すと恐ろしい人だ。私の父親のキリアンは私を害する要因になったために幽閉され、狂気と苦しみの中で果てた」

「父上、あの方は危険ではないのですか?」
 王太子フィリップが父王に問う。
「危険とは?大伯母上には助けられてばかりだが?」
「そうではなく、あのような強大な魔力持ちで長命な方です。今後あの方から産まれた子供は王室にとって脅威ではないでしょうか?」

「ああ、その話か」
 国王は厳しい顔になった。

「確かに大伯母上はハーフ・エルフで長命だ。もし子供がうまれれば二百年や三百年生きるだろう。しかし…」
 国王はため息を吐いた。

「大伯母上は聡明な方でな。子供を産むのを放棄されているのだよ。気持ちの問題ではない。魔女になる時にその機能を捨てたのだ。魔導士が魔法で不妊にされるように」

 ******

 一週間してメグは青い雌鶏亭に帰ってきた。今までのことを謝ろうとしたが、その暇もなくエディがもたらした慶事の一報にメグは大歓迎で迎えられた。

 翌朝、サリーと共に家族の朝食を作りながら聞いた。
「おかあさんはデーティアさんに妬かなかったんですか?」
 メグが問う。
「妬くって何に?よくしてもらっているのに」
「ハンナおばあさんがデーティアさんを娘のように可愛がって…」
 サリーは吹き出した。
「あんた、それは逆だよ」
 笑うサリーの姿にメグはぽかんとする。
「デーティアさんがお姑さんを娘のように可愛がっていたんだよ。もちろんあたしもね。だってお姑さんが産まれた時に、デーティアさんが手伝ったんだから」
 サリーは元気に笑って言った。
「あんたの子供も孫もそのまた孫も、デーティアさんに可愛がられて看取られていくんだよ」

 ふと、デーティアの家で一緒にすごした"白鳥のお姫様"シャーリーを思い出したが、メグは首を振り穏やかに思った。
 もう田舎孔雀とは言わせない。青い雌鶏亭ここで町雌鶏になるのだ。

 ******

 事が収拾したので、デーティアはシャロンとジルを王宮に帰した。
 デーティアはシャロンとジル、そしてあと二ヶ月ほどで生まれるジルの妹達にも強い加護を与えた。

 穏やかな日常がデーティアにも戻ってきた。

 白猫ジルとの生活だ。

 ジルが猫だったのは幸運だったかもね。なにしろ猫には九つの命があるっていうから。それで助かったのかもね。
 デーティアは思った。

 デーティアはジルに聞いた。
「おまえさん、あといくつ命が残っているんだい?」
 白猫のジルはなにも答えず、尻尾をパタンと振った。
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