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5.デーティア、説教する

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 さて、どんな火元があったものやら。

 デーティアは慎重に探りを入れる。

 王太子妃シャロンは二年前に王子を産んだ。
 シャロンが妊娠中、王太子は相次いで愛妾を囲い込んだ。
 キャリシア子爵令嬢エヴリーヌ、ピアン男爵令嬢リリアナ、サイアンス男爵令嬢シシィ。

 この辺から探って行こうか。

 まずはジルリアに会いに行こうかね。

 デーティアはその夜、白猫のジルを抱いて王宮へ忍び込んだ。

 居室に居た国王ジルリアは、突然現れたデーティアに心臓が止まるかと思うほど驚き、また慄いた。なぜなら王家は醜聞の真っただ中だ。それもこのデーティアの忌み嫌う色恋絡みだ。

 自分の妃を決める時に、ジルリアはこの大伯母であるデーティアをうっかり失言で怒らせ、手痛い小言と半年にわたるお仕置きをいただいたのだ。

「いい月夜だね、ジルリア」
 デーティアはジルリアが思っていたように怒ってはいないような、穏やかな挨拶をした。
「大伯母上、お久しぶりでございます」
「変わりはないかい?」
 微笑んで優しく問いかけるデーティア。
 ジルリアが言いよどむと、デーティアが続ける。
「あたしはひょんなきっかけでこの猫を飼い始めてね。可愛いだろう?あんたの小さい頃を思い出すよ」
 蕩けるような微笑を浮かべて、抱いている猫を撫でるデーティア。
「そ…それはよろしゅうございました」
 デーティアの猫のような緑の瞳がジルリアに向けられる。
「でもねえ、ちょっと困っているんだよ。と言っても…」

 デーティアは長椅子に猫を置き、その隣に自分も座るとジルリアを手招いた。
「あんたほどじゃないけどね。あんたの悩みもこの猫の悩みが解決すれば、大方片付くんだけどねえ」
 ジルリアは大人しくデーティアの傍に行った。

「顔をよくみせておくれ。いやだね、すっかり年をとって。隈ができているじゃないか。ちゃんと眠れているのかい?」
 微笑むデーティアは美しかった。まだ少女の面差し。渦巻く赤毛に少し吊り気味の大きな緑の瞳。
 エルフの美しさと、代々美姫を娶ってきた王家の美しさが溶けあってる。

「少々仕事が立て込んでいますが、変わりはなく…」
 言葉途中でデーティアはジルリアに猫をぐっと押し付けるように近づけた。

「嘘をお言いでないよ!この婆が連れてきた猫が何よりの証拠さね!よくご覧!」
 猫?なぜ猫?
 ジルリアは訝しんだ。

「その役立たずの王家の目玉じゃなく、心の目でご覧な!この猫の中にある魂を!」
 王家の人間の魔力は強い。ジルリアは魔法の素を纏って猫を視て驚いた。

「これは…この猫の中に孫のジルリアが…」
 デーティアは猫を抱き寄せて撫でた。
「この子はジルリアって名前なのかい?この名前の子供は厄介ごとに巻き込まれるんだね」

 先ほどと打って変わってデーティアは怒りを露わにしている。
「あんたの孫はあんたの息子の不始末で一年前から猫さ。息子と孫の異変くらい気が付かなかったのかい?」
「それは…」
 ジルリアは口ごもってこの二年あまりの出来事を打ち明けた。

 ******

 事は王太子妃シャロンの妊娠中に起こった。
 妊娠半年ほどになり、シャロンの腹部が膨らみ始めた頃に突然王太子フィリップの周辺が騒がしくなった。
 三人の貴族令嬢の親が「娘が王太子のお手付きになり、身籠りました」と言ってきたのだ。
 キャリシア子爵令嬢エヴリーヌ、ピアン男爵令嬢リリアナ、サイアンス男爵令嬢シシィの三人だ。

 当の王太子ははじめは断固として否定したが、事情聴取に三人を呼ぶと一転して肯定した。
 あまりの変わりように、当時存命だった王妃ジャンヌが「悪い魔法にかけられたのではないか」と言ったが、それを調べようとした矢先に三人の令嬢達が苦しみはじめた。

 急ぎ医師が呼ばれたが、三人が三人とも流産したのだ。
 三人は異口同音に「王子ジャンヌが呪った」と言った。
 国王ジルリアはそれを否定したが、王太子フィリップは
「責任を取る」
 と言い出して三人を囲ったのだ。

 王太子は側室か公妾にしようとしたが、国王が止めた。
「私はジャンヌを誹謗した三人を王室に入れるつもりはない」と。
 よって、伯爵以上のどの貴族も三人を養女として遇することを避けたため、三人は愛妾のままだった。
 伯爵以上の家格の娘でなければ、王家の一員として迎え入れることは不可能だ。
 三人が「王妃ジャンヌの呪いで流産した」と騒ぎ立てたことが悪手だった。

 その半年後、シャロンが王子を産んで二か月後にジャンヌは急に倒れてそのまま命を失った。

「王子誕生で喜びのあまり頭の血管が切れたのでしょう」
 と医師は言ったが、ジルリアは釈然としないものが心にわだかまった。
 ジルリアは産まれた王子に害が及ばないように、守りを固めた。

 王子ジルリアはすくすくと成長し、一歳の誕生日前には立って歩いていた。
 そんなある日、王子ジルリアは姿を消した。
 王宮を探し回ったところ、王宮の西の離宮の庭園で眠っている王子が発見され、みな胸を撫で下ろしたのだが…

 西の離宮は王太子フィリップの愛妾達を住まわせているところだったので、息を詰めて王子は見守られた。

 果たして王子ジルリアは目が覚めると、様子が変わっていたのだ。
 すでに立ち歩き、可愛い片言でしきりに喋っていたのに、一向に立つことがなくなり言葉も発さなくなった。厳密には「あー」とか「おー」くらいしかお声を出さない。
 スプーンを握って食べる真似事を始めていたのに、皿に顔を突っ込んで舐めとるように食べる。
 椅子に座るのを嫌がり、寝る時は体を丸め、気ままに這って過ごした。

 

 思った言葉は飲み下された。
 二歳になった今日まで、その様子は変わっておらず、シャロンは心を痛めていた。

 最近では奇矯な子供を産んだシャロン王太子妃排斥とまではいかないが、愛妾を側室にして次の世継ぎをという声も上がりだしていた。

 ******

 ここまで聞くとデーティアはジルリアの前に仁王立ちになった。
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