Firefly Wedding≪赤の魔女は恋をしない8≫

チャイムン

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13.Firefly〈最終話〉

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 まあ、お待ち。そのうちあんたも自分を呼んでいる光に気づくだろうよ」
 ベアトリスを抱きしめてデーティアは言う。
「今夜は泣いても、いつかはお笑い。ロタンダのためにもね。ロタンダは笑いが好きな男の子だったんだろう?」
 ベアトリスは頷いた。

 塔は瓦礫と化したが、ロッキングチェアと人形とぬいぐるみ達は無傷のまま地面に降り立った。
 朝日が射すとロッキングチェアと人形とぬいぐるみ達はもろりと砕けて風に飛ばされていった。

 ***

 フィランジェ王国はラバナン王国よりも寒冷で、夏の訪れも一か月ほど遅い。
 塔の倒壊から半月後、アンジェリーナの結婚式に参加する一行はラバナン王国を出立した。
 空を行く魔導車でも七日かかる。普通の馬車なら二か月ほどか。

 アンジェリーナを祝う一行は以下だ。
 国王代理を務める兄である王子ジルリアと王子妃のライラ。妹のベアトリスにシャペロン(付き添い人)のロナウ辺境伯令嬢フィリパことデーティア。ラバナン王国の貴族代表が二組。ワイアット公爵家から前公爵の未亡人のシャルロットと息子で現ワイアット公爵である十八歳のユージーン。ダンドリオン侯爵家から、アンジェリーナの姉のフランシーヌとその夫のブレイ。
 そしてこの旅は、ついでと言ってはなんだが、悪霊事件とその後のデーティアの躾ですっかりおとなしくなったビアンカをフィランジェ王国に返すことも含まれていた。

 一行は王家の近衛兵と衛兵に加え、王家の剣であるダンドリオン侯爵家の私兵に護られて進んんだ。

 いかなる乗り物も苦手なデーティアは魔導車の中でぐったりしていた。いつもは移動魔法でどこへでも行けるので、乗り物に乗ると酔うのだ。
 酔い止め薬を調合して飲んで、スキットルにも入れて度々飲んでいるのだが、この酔いは気持ちによるものらしくあまり効いていないようだ。

「おばあさま、酔い止め薬よりお好きな自家製のサクランボの火酒のほうがよろしかったのではないの?」
 ベアトリスがからかうと、デーティア力なく右手をひらひらさせた。

「十歳の時に初めて馬車に乗って王都へ行った時にね、ひどい揺れで死ぬかと思ったよ。だから移動魔法を早くに身につけたのさ」
 自嘲気味にデーティアが言う。
 ベアトリスはくすっと笑って、スキットルに入っているのは火酒であることを確信した。

 ロタンダとの別れ以来沈み込んでいるベアトリスは、家族以外の目から見れば淑やかな王女だ。
 休憩や宿泊の度に、ぐったりしたデーティアをシャルロット夫人が労わり、息子のユージーン・ワイアット公爵がベアトリスをエスコートしてくれた。

 フィランジェ王国に到着すると、ひとまず旅の疲れを癒すためにそれぞれの部屋に通された。ベアトリスはデーティアと同じ部屋だ。
 到着した翌日、両王国の顔合わせの晩餐会、二日後に親睦のためのガーデン・パーティー、三日目の夜には夜会が開かれた。その後の五日間は、結婚する二人の準備期間だ。

 ***

 一方ビアンカは父母である国王夫妻に泣きながら謝り、自分の愚かさを嘆いた。
「どうぞ修道院に送ってください」
 と心の底から言った。

 国王は告げた。
「二年やろう。二年間王族として努め上げたならば、修道院へは送るまい」
 王妃は腕を広げて娘を抱きしめた。

 ***

 フィランジェ王国の王太子ウィンダムとラバナン王国の王女アンジェリーナの結婚式は華々しく執り行われ、国民にも祝いとして王宮前の広場を開放し、数多くの食事が振舞われた。この振る舞いは、ジルリアの時と同じく、国中で行われた。

 若く美しい王太子夫婦は国民に祝われ、アンジェリーナは大歓迎を受けた。

 夜会が開かれたが、デーティアはまだ社交界にデビューしていないベアトリスのシャペロンとして、開会の時だけ出席してアンジェリーナを祝った。

 その後で、ベアトリスを連れて庭園に出た。
「あの茂みの向こうに池があって、フィランジェ王国では今が蛍の季節なのですって」
 傍にワイアット公爵ユージーンが護衛についているので口調は淑やかだ。
「蛍…」
 ベアトリスは小さな声で呟く。
「王女殿下は蛍がお好きなのですか」
 ユージーンが優しく尋ねる。
「好きです」
 静かに答えるベアトリス。

「では王女殿下、私が護衛につきますので行ってみましょう。フィリパ嬢は」
「いいえ、わたくしはもうしばらくここで休みます。遅くならないようベアトリスをお願いしますね」

 デーティアは二人を見送った。
 実はベアトリスとワイアット公爵ユージーンの縁談が持ち上がっているのだ。年は少々離れているが、血縁と王位継承権の優位性を保つために、定期的に公爵家へ王女を降嫁させる必要があるのだ。
 今はワイアット公爵家が有力候補だ。そのためにこの旅でのベアトリスの護衛を任されたのだが、ユージーンもベアトリスもはそのことを知らない。
 知らないながらもユージーンは、少し沈み込んだようなベアトリスになにくれとなく世話を焼き、今では愛しく思い始めていた。

「うまくいけばいいけど。この政略結婚には幸福の匂いがぷんぷんするよ」
 デーティアは独り言を呟く。
「あの子の本性のきかん気を知っても、気持ちが変わらなければ本物だね」

 ベアトリスは池の蛍を眺めた。
 大群だ。
 静かに明滅しながら飛び交う蛍の群れは、あの日のロタンダを思い起こさせた。

 知らず、ベアトリスの目から涙が溢れる。

 ユージーンは横でそれを見ない振りをした。
 姉の結婚で感傷的になっているのだろうと労わった。

 二人は無言で蛍の群れを見つめた。

 蛍は明滅しながら伴侶を呼んでいるのだ。

 今、ベアトリスは蛍の中に、あのロッキングチェアと人形とぬいぐるみ達、そしてロタンダの笑顔を見ていた。

 さようなら、ロタンダ。

 ベアトリスは心の中で、ロタンダと自分の子供時代とに別れを告げた。
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