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11.無邪気な悪霊
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白々とした夜明け、目覚めたベアトリスの顔は涙で濡れていた。
ロタンダ。
夢の男の子。
わたくしの初めてのお友達。
どうしたらあなたを助けられるの?
***
その日の夕刻から国王の執務室で、国王ジルリア、王太子フィリップ、王子ジルリアとデーティアが鳩首していた。
「おばあさま、悪霊の正体はわからないのですか?」
王子のジルリアが問う。
「悪霊なもんかね、全く悪意も害意も感じない」
デーティアは戸惑い顔だ。
「そもそも、この王宮はあたしの護りで固められていて、悪意のある者は入れないはずなんだ。それにそれが崩されたわけでもない。わけがわからないね」
「大伯母上でも正体が掴めないのですか」
デーティアは眉根を寄せた。
「西の塔にも何も悪意は感じられないよ。今は全く異分子の気配はないね。ただ…」
思案しながらデーティアが続けた。
「事件が起きた場所には、同じ血族の気配がしたよ」
「血族ですか。ということは王族の?」
フィリップが問う。
「そう、あたし達と同じ血族だよ。なんだろう?子供か大人かわからない」
その時、執務室のドアが開き、ベアトリスが入ってきた。
ベアトリスはデーティアに相談する機会を待っていたが、どう切り出して言いかわからないまま日が過ぎていた。今も執務室の前で聞き耳を立てていたのだ。
「おばあさま、きっとロタンダよ」
ベアトリスが言う。
「ロタンダ?」
異口同音に聞き返す。
「夢の中の子なの。ずっと夢でお友達だった男の子」
大人達はベアトリスを見つめる。
「そういえばあんたは小さな頃によく夢の中の男の子の話をしたっけね」
「何年もロタンダの夢を見なかったのだけど、最近また夢に現れるようになったの。でも前と違って影に隠れて姿が見えなくて、悲しそうなの」
ベアトリスは悲しそうに言った。
「ロタンダが言ったの。『僕は外に出ると悪霊になっちゃうんだ。助けて』って」
ベアトリスは夢で、ロタンダという男の子から聞いた話をした。
「それは三代国王の息子の話ではないか」
国王ジルリアが言った。
「王家の歴史書では『邪悪だったので塔に封じられた』と書かれていた」
歴史書では『邪悪な悪霊ロタンダ』と評されており、わずか十歳で笑いながら側妃の娘を殺したので王家の籍から外され、幽閉された、と記されていた。幽閉されて五年間災いが続いたので、幽閉場所ごと焼かれたとも。
西の塔は石材で作られた堅固な塔だ。そこを焼かれたとしても壊れはしない。ロタンダ王子は生きながら煙に巻かれて死んだのだろう。
まるで魔女の火刑じゃないか。
デーティアは眉をひそめた。
トントンと椅子のひじ掛けを指で叩いてフィリップが考え込みながら口を開いた。
「口が裂けていたのも包帯のようなもので顔を覆われていたと言う証言も、顔を焼かれていたからだったのですね」
「王の側妃に顔を焼かれた上に無実の罪で閉じ込め、火をかけられたのですね」
ジルリアが強張った顔で言う。
「側妃の娘が死んだのは、おそらく側妃自身がやったんだろうね」
デーティアも沈痛な顔だ。
国王のジルリアが続ける。
「この王宮は二百年ほど前に作られたもので、その前は石造りの砦のような城だったと記録に残っている。その名残が西の塔だ。あの塔は決して壊してはいけないと戒められている。今までは…」
沈痛な面持ちになる。
「罪を犯した王族を封じた塔だと思っていたのだが…」
ベアトリスの頭を撫でる。
「ベアトリスの話からすると、無実の罪で封じられた王子ロタンダだったのだな」
「あのね、お祖父様」
ベアトリスがじれったそうに言う。
「ロタンダが言うの。茶色の髪の女の人が扉を壊したから、心の一部が外へ出られるようになったって。でもビーの所には行けない。だって外に出たロタンダは悪霊になっちゃうからって」
そして悲し気に呟いた。
「ロタンダは蛍が見たかったのですって。乳母が話してくれた湖の大群の蛍を」
「その扉を壊したのはあのはねっかりビアンカの仕業だね。行方不明騒動の時に西の塔に行って、扉を壊したんだね。いや…古い塔だから脆かっただけかもしれない」
「あの事件以降、大人しくなって暗闇を怖がるようになったのは、悪霊の姿のロタンダを見たからですね」
ジルリアが言うと、デーティアがくつくつと笑った。
「ごめんよ。思い出しちまってさ。あの子、顔が煤で真っ黒で埃だらけで見つかって、口の両端が切れて、鼻血を出していたじゃないか」
ああ、と一同が納得する。
「あのわがまま娘が、悪霊に手を口に突っ込まれて、床板に顔からぶん投げられたと思ったら…」
笑いを禁じえなかったのはデーティアだけではなかった。
「さあ、笑っている場合じゃなかったね」
デーティアは立ち上がった。
外はもう暗かった。
「行くよ、ビー。ロタンダを救えるのはあんただけだ」
デーティアはベアトリスの手を取った。
「すぐに兵を」
「お待ち」
国王ジルリアの言葉をデーティアは遮った。右手をひらひらさせる。
「兵なんかいらないよ。相手は無邪気な子供じゃないか。子供は子供同士で遊ぶものさ」
デーティアがベアトリスの手をとると窓が開き、風が吹き込んできた。
「あんた達はここでじっとしているんだね。後始末があんた達の役目だよ」
デーティアはベアトリスを連れて、窓から西の塔まで飛んで行った。
ロタンダ。
夢の男の子。
わたくしの初めてのお友達。
どうしたらあなたを助けられるの?
***
その日の夕刻から国王の執務室で、国王ジルリア、王太子フィリップ、王子ジルリアとデーティアが鳩首していた。
「おばあさま、悪霊の正体はわからないのですか?」
王子のジルリアが問う。
「悪霊なもんかね、全く悪意も害意も感じない」
デーティアは戸惑い顔だ。
「そもそも、この王宮はあたしの護りで固められていて、悪意のある者は入れないはずなんだ。それにそれが崩されたわけでもない。わけがわからないね」
「大伯母上でも正体が掴めないのですか」
デーティアは眉根を寄せた。
「西の塔にも何も悪意は感じられないよ。今は全く異分子の気配はないね。ただ…」
思案しながらデーティアが続けた。
「事件が起きた場所には、同じ血族の気配がしたよ」
「血族ですか。ということは王族の?」
フィリップが問う。
「そう、あたし達と同じ血族だよ。なんだろう?子供か大人かわからない」
その時、執務室のドアが開き、ベアトリスが入ってきた。
ベアトリスはデーティアに相談する機会を待っていたが、どう切り出して言いかわからないまま日が過ぎていた。今も執務室の前で聞き耳を立てていたのだ。
「おばあさま、きっとロタンダよ」
ベアトリスが言う。
「ロタンダ?」
異口同音に聞き返す。
「夢の中の子なの。ずっと夢でお友達だった男の子」
大人達はベアトリスを見つめる。
「そういえばあんたは小さな頃によく夢の中の男の子の話をしたっけね」
「何年もロタンダの夢を見なかったのだけど、最近また夢に現れるようになったの。でも前と違って影に隠れて姿が見えなくて、悲しそうなの」
ベアトリスは悲しそうに言った。
「ロタンダが言ったの。『僕は外に出ると悪霊になっちゃうんだ。助けて』って」
ベアトリスは夢で、ロタンダという男の子から聞いた話をした。
「それは三代国王の息子の話ではないか」
国王ジルリアが言った。
「王家の歴史書では『邪悪だったので塔に封じられた』と書かれていた」
歴史書では『邪悪な悪霊ロタンダ』と評されており、わずか十歳で笑いながら側妃の娘を殺したので王家の籍から外され、幽閉された、と記されていた。幽閉されて五年間災いが続いたので、幽閉場所ごと焼かれたとも。
西の塔は石材で作られた堅固な塔だ。そこを焼かれたとしても壊れはしない。ロタンダ王子は生きながら煙に巻かれて死んだのだろう。
まるで魔女の火刑じゃないか。
デーティアは眉をひそめた。
トントンと椅子のひじ掛けを指で叩いてフィリップが考え込みながら口を開いた。
「口が裂けていたのも包帯のようなもので顔を覆われていたと言う証言も、顔を焼かれていたからだったのですね」
「王の側妃に顔を焼かれた上に無実の罪で閉じ込め、火をかけられたのですね」
ジルリアが強張った顔で言う。
「側妃の娘が死んだのは、おそらく側妃自身がやったんだろうね」
デーティアも沈痛な顔だ。
国王のジルリアが続ける。
「この王宮は二百年ほど前に作られたもので、その前は石造りの砦のような城だったと記録に残っている。その名残が西の塔だ。あの塔は決して壊してはいけないと戒められている。今までは…」
沈痛な面持ちになる。
「罪を犯した王族を封じた塔だと思っていたのだが…」
ベアトリスの頭を撫でる。
「ベアトリスの話からすると、無実の罪で封じられた王子ロタンダだったのだな」
「あのね、お祖父様」
ベアトリスがじれったそうに言う。
「ロタンダが言うの。茶色の髪の女の人が扉を壊したから、心の一部が外へ出られるようになったって。でもビーの所には行けない。だって外に出たロタンダは悪霊になっちゃうからって」
そして悲し気に呟いた。
「ロタンダは蛍が見たかったのですって。乳母が話してくれた湖の大群の蛍を」
「その扉を壊したのはあのはねっかりビアンカの仕業だね。行方不明騒動の時に西の塔に行って、扉を壊したんだね。いや…古い塔だから脆かっただけかもしれない」
「あの事件以降、大人しくなって暗闇を怖がるようになったのは、悪霊の姿のロタンダを見たからですね」
ジルリアが言うと、デーティアがくつくつと笑った。
「ごめんよ。思い出しちまってさ。あの子、顔が煤で真っ黒で埃だらけで見つかって、口の両端が切れて、鼻血を出していたじゃないか」
ああ、と一同が納得する。
「あのわがまま娘が、悪霊に手を口に突っ込まれて、床板に顔からぶん投げられたと思ったら…」
笑いを禁じえなかったのはデーティアだけではなかった。
「さあ、笑っている場合じゃなかったね」
デーティアは立ち上がった。
外はもう暗かった。
「行くよ、ビー。ロタンダを救えるのはあんただけだ」
デーティアはベアトリスの手を取った。
「すぐに兵を」
「お待ち」
国王ジルリアの言葉をデーティアは遮った。右手をひらひらさせる。
「兵なんかいらないよ。相手は無邪気な子供じゃないか。子供は子供同士で遊ぶものさ」
デーティアがベアトリスの手をとると窓が開き、風が吹き込んできた。
「あんた達はここでじっとしているんだね。後始末があんた達の役目だよ」
デーティアはベアトリスを連れて、窓から西の塔まで飛んで行った。
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