巻き毛のビーと学園の亡霊≪赤の魔女は恋をしない9≫

チャイムン

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8.ベロニカの呪い

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 文箱には呪いの魔法陣が描かれた羊皮紙とともに、ベロニカの日記が入っていた。デーティアはそれをペラペラとめくってみたが、決してベアトリスに触らせなかった。

「あたしはユージーンに賛成だよ」
 眉根を寄せて話し始める。
「今の両者の状況は、危うい均衡の上に成り立っている。両方を救うには策を弄さなければならないよ」
「策を弄する…」
 ベアトリスが繰り返す。

「ベロニカは解き放たれればアンドリューを探すだろう。今はもういないから、ワイアット公爵家へ累が及ぶだろうよ」
 難しい顔で首を振りながらデーティアは言う。
「単純なイザベラは呪いが解ければ、浄化の道へ進むだろうけど、性悪ベロニカは未練たっぷりだ。この世とアンドリュー・ワイアットにね」

 ベアトリスはベロニカの亡霊と対峙した時を思い出した。
「今思い返すとベロニカは、真っ暗な洞窟のような目をしていたわ。そこには話しかけているわたくしは映らなかった。亡霊だからと思っていたけれど、きっと生前からそうだったのでしょうね。自分の欲望だけを見つめていたのよ」
 少し震えてきた。

「今でもイザベラが動かないように監視しているのね。生きていた時の狂気に憑りつかれて」
 ぶるっと身を震わせてつづけるベアトリス。
「いきなり向きを変えた時、いま思い出すとわたくしを見ていなかったわ。ベロニカは自分の狂気だけを見ているみたいだわ」
「後生大事にね」
 デーティアがベアトリスの言葉を受け取る。
「やっぱり鋭いね、ビーは」
 ベアトリスの髪を撫でる。

「アンドリュー・ワイアットはとっくにあの世に逝っているからね。万が一ベロニカの執念がユージーン・ワイアットに向かったら困るね」
 ベアトリスはゾっとした。
 ユージーンを危険な目に遭わせるなんていやだ。

「日記によると、ベロニカがイザベラに呪いをかけたのがちょうど百三十年前。ワイアット家に嫁いですぐに呪いを依頼したなんて、ベロニカの性悪さがわかるね」
 珍しく深刻な顔のデーティア。
「呪いなんてかけたものが死ねば解けるものだけど、長命な種族でもなければ今は生きていないはず。でもこれは確かに人間の手によるものだ」
「でもロタンダの呪いは…」
「あれは呪いの触媒が、あの塔自体だったから何百年も効果があったんだよ」
 右手の人差し指で唇とトントンと叩きながら考え込むデーティア。過去を覗き込むデーティアは、仕草が幼い頃に戻っている。
「とすると…」
 独り言で確認するデーティア。
「この呪いを今でも"生かす"力があるわけだ」
 デーティアはベアトリスに向き合う。

「十中八九、ベロニカの執念だろうね。あそこにベロニカが"縛られている"のはイザベラが呪ったからではないだろうよ。イザベラへの呪いをベロニカ自身の執念が生かして、その結果イザベラも縛り付けているに違いないよ」
 ベアトリスは青ざめる。
 ベアトリスは今まで接してきた亡霊は、どれも無邪気なものだった。
 王宮の亡霊達は、自分が死んだことをわかっていなかったり、自分の思いを聞いてくれる人を探したりして彷徨っているような者達だった。
 ロタンダだけが強固な呪いに縛られていたが、性質は善で、その上ベアトリスの"友達"だった。

 ベアトリスにはどうしたらいいのかわからない。

 そんなベアトリスにデーティアは提案する。
「ビー、あんたはどうしたって霊や死と関わっていかなくてはならないらしいよ。こうなったら腹を決めよう」
「わたくし、どうすればいいのか…おばあさま、教えてくださる?」
 デーティアはベアトリスを抱き寄せた。
「可愛いビーを危険な目に遭わせるものかね。指導してくれる適役に心当たりがあるよ」
「おばあさまが霊媒師に縁があるなんて知らなかったわ」
 フンとせせら笑うデーティア。
「よくいる霊媒師なんてインチキ商売さ」
「ええ!じゃあどうしたらいいの?」
 驚き困るベアトリスの肩を軽く叩くデーティア。

「呪いや亡霊や死やあの世のことは、アンダーテイカーの領分さ」
「アンダーテイカー?」
「王宮の墓守人だよ」
「墓守人!?」

 デーティアは静かに教える。
「墓守人はただ墓を守っているだけじゃない。全ての交渉ごとの請負人でもある。もちろん呪いや亡霊やあの世を繋ぐ交渉もね」
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