巻き毛のビーと学園の亡霊≪赤の魔女は恋をしない9≫

チャイムン

文字の大きさ
上 下
3 / 13

3.おさげと癇癪

しおりを挟む
「ねえ、おばあさま」
 話をそらしたいベアトリスが質問する。
「おばあさまは短い髪だったけれど、なぜなの?いつからなの?学園時代はおさげだったのでしょう?」
「あたしが小娘だった頃の話を聞きたいのかい?くだらない話だよ」
「聞きたいわ」
 デーティアは笑って話はじめた。

「あたしは学園の高等部を十五歳で卒業したことは、もう話しただろう?」
「ええ、知っているわ」
「卒業してから、学園入学の後見人になってくれた魔女のルチアの手伝いによく行ったのさ。エルフの村と街や行商人との取引も任されていたしね。あたしはみかけは人間と変わらないからね」
 小さな耳を見せて言う。
「あれは四十代後半、四十七くらいの時だったかね。流れ者の旅商人の若造がうるさくつきまとっていたんだよ」
「もう、魔女になってからね」
「そう。魔法はかなり使えたよ」
「それで?それでどうしたの?」
 待ちきれないとばかりに先を急かすベアトリス。
「その頃は見かけは十五歳やそこいらだったね。初心うぶな小娘だと思ったんだろうね。ちょっと甘い言葉をかければコロっとモノにできるような」
「今のわたくしくらいね」
 ベアトリスは母親譲りの灰青色の瞳を瞬かせる。
「ある日、その男はあたしのおさげの片方を掴んでね、口づけして『可愛い人』とか『あなたの髪が私の心に火をつけたのです』とかなんとか歯の浮くような口上を始めた。全く、怖気を奮ったね」
 笑いだすベアトリス。

「あまりに頭にきて、癇癪を起したのさ」
 目を閉じて右手をひらひらさせる。
「ちょうど菜園の手入れをしていた時で、鎌を持っていてね、一向に放そうとしない片方のおさげを切ってやった。それでも癇癪はおさまらなくて、男の鳩尾を蹴り飛ばしたよ。男はあたしのおさげを持って尻もちをついて、目を白黒させていたね」
 ベアトリスはきゃっきゃと笑った。
「それでもおさまらなくて、男が握っている髪を燃やしてやった。男は悲鳴を上げて這いつくばるようにして逃げて行ったよ」

 ベアトリスに片目をつぶって見せて続ける。
「翌日、男の親方が謝罪にきたけどね。親方は短くなったあたしの髪を見て驚いていたよ。男は手をひどく火傷していたようで包帯がぐるぐる巻かれていた。目も上げられないほど怯え切っていたものさ」
 くすくすと笑う。

「あの火傷が治るまでは、女を安易に口説いたり気安く触ろうとする気は起きなかっただろうさ」
「それからどうして短いままだったの?」
「なんてことないさ」
 デーティアは笑って言う。
「切ってみたら楽だったのさ。女衆の当たりはよくなったし、変わり者の魔女だって口説く男も減ったしね。何より手入れが楽だよ。ああ、早く切ってしまいたいね」
「おばあさま、でもあたしの…」
 ベアトリスは言いかけて口ごもる。
「あんたの結婚式までは切らないよ。十七歳になったら結婚するんだからね」
 頬を紅潮させて俯くベアトリスの頭を抱き寄せて囁く。
「幸せにおなり。可愛いビー」
 そして笑いながら付け加えた。
「本の中のは悪女と違って、ビーは優しい子だ。癇癪がおさえられればね」
 二人は抱き合って笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完全無欠な学園の貴公子は、夢追い令嬢を絡め取る

小桜
恋愛
伯爵令嬢フランシーナ・アントンは、真面目だけが取り柄の才女。 将来の夢である、城勤めの事務官を目指して勉強漬けの日々を送っていた。 その甲斐あって試験の順位は毎回一位を死守しているのだが、二位にも毎回、同じ男の名前が並ぶ。 侯爵令息エドゥアルド・ロブレスーー学園の代表、文武両道、容姿端麗。 学園の貴公子と呼ばれ、なにごとにも完璧な男だ。 地味なフランシーナと、完全無欠なエドゥアルド。 接点といえば試験の後の会話だけ。 まさか自分が、そんな彼と取引をしてしまうなんて。 夢に向かって突き進む鈍感令嬢フランシーナと、不器用なツンデレ優等生エドゥアルドのお話。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

処理中です...