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12.平穏と暴挙
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新学期が始まった。学院での生活は今年を含めてあと二年だ。
中等部が四年で、高等部は二年だ。
ほとんどの庶民は中等部で卒業する。
貴族の女生徒でも高等部の卒業を待たずに、結婚する方もいる。
私達は文官コースで、楽しい学生生活を送っていた。
相変わらず男子クラスの男の子の一部に、「姫」とからかわれる。
そのにやにや顔を、今まで強く歯向かっていたのをイザドラ様の助言通り無視した。そこにいないものとして素通りした。
すると男の子達のにやにや顔は消えて、去って行く私の後ろから謝罪の言葉が聞こえるようになったのだ。
そのうち私を「姫」と皆呼ばなくなったが、ただ一人クリストフ・ヤロシュだけは「サーシャ姫」と呼び続けた。私はクリストフを無視し続けた。
侯爵家の嫡男レオン・シャバタ改め子爵家の居候レオン・アランナは、恥ずかしげもなく学院の高等部に通い続けている。相変わらず色好みで、女生徒を取り巻きにしようとしているが、避けられている。中等部の取り巻きの女生徒達がどうなったか、皆知っているので当たり前のことだ。その当たり前のことがわからないレオン・アランナなのだ。
イザドラ様とは相変わらず、良い交流が続いている。
マクシム・ベレンゼ様のことは、極力触れてこないことがとても嬉しい。
とてもそんな気になれないのだ。また貴族に戻るなんて考えられない。このまま平穏な日々を送りたかった。
「最近レオン様の目つきが気になりますの」
誰も聞き耳を立てているわけではないのに、イザドラ様が声を顰めて言った。
「どうかなさったのですか?」
「なにかあったわけではないのですが、とても暗くて陰鬱な目つきでねめつけてくるのです」
なんて無礼な。あれほど身分を笠に着た人なのに、自分の立場を弁えていないのか。私は憤慨した。
「お気をつけてくださいね」
「大丈夫でしょう。いくらなんでも、もう手出しはできませんわ。次に問題を起こしたら、さすがに放校になりますから」
イザベラ様はそう言ったが、少し不安そうだった。
私も不安だった。
その不安は的中した。
冬季休暇が迫ったある日、帰途につこうとした私に、おどおどした様子の上級生の女生徒が、手紙を渡しに来た。
「すぐに読んでください」
そう言って走り去った。
私は彼女の左頬が赤くなり、唇が切れているのを見逃さなかった。
「待ってください!そのお怪我は…」
呼び止めようとしたが、目もくれず走って行ってしまった。
手紙を開いて私は声を上げそうになった。
「イザドラの無事を願うなら、一人で旧校舎のホールへ来い。
レオン」
「どうしたの?サーシャ」
アナベル達が重なるように手紙を覗き込んだ。
三人とも驚きの声を上げた。
「なんてこと!」
「一人で行ってはいけないわ」
私は必死で考えながら
「でもイザドラ様が!!」
ともがくように言った。
「落ち着いて!!」
フィオナが宥める。
「レオン・アランナは愚かだわ。こんな証拠を残すなんて」
「そうだわ」
エラが続ける。
「私達が手分けして人を呼ぶわ」
「私はこの手紙を持って学長のところへ行くわ」
アナベルが手紙を持って走り出す。
「私達は他の人を呼ぶわ」
とフィオナ。
「危ないことはしないで。絶対にドアから中には入らないのよ」
エラはそう言って、フィオナと別の方向に走って行った。
私はがんがん鳴る頭と、痛いくらい強く波打つ鼓動に急かされて旧校舎へ急いだ。
旧校舎は冬季休暇のうちに壊されることになっていた。古い建物で、走っていると廊下の所々が軋んだ。
ホールのドアをい開けると、正面にイザドラ様がいた。
椅子に座っていたが、ぐったりとして意識がなかった。
遠目からも顔を殴打されたことがわかった。唇からは血が出ていた。
「イザドラ様!!」
呼びかけにもイザドラ様は応えがなかった。
「遅かったな。サーシャ」
いやな笑いがホールに響いた。
「もう少し遅かったら、イザドラで愉しもうと思っていた。こんな風に」
そう言うと、レオン・アランナは持っていた短剣でイザドラ様の上衣を切り開こうとした。
ビリっと音がした時、私は頭に血が上り、レオン・アランナに突進していた。
しかし私はレオン・アランナに捕まってしまった。
気づいた時には遅かった。
両手を掴まれたが、それでも必死に抵抗し、レオン・アランナを蹴り続けた。
レオン・アランナは一旦私の両手を放したが、間髪入れず私の顔を殴りつけた。何度も何度も。
私は何度目かの殴打で、人形のように体に力が入らなくなり、床へ沈んだ。
遠くでレオン・アランナが何か言っていた。
ビビっと音がして、胸元に熱さを感じた。
はっと目を覚ますと、レオン・アランナは私の上衣を短剣で引き切っていた。短剣に力を入れ過ぎて肌にも食い込んでいるらしい。熱さは痛みに変わった。
「誰か!!誰か来て!!」
私は声を限りに叫んだ。
するとがっと首をレオン・アランナに掴まれた。その手に力がこもる。
首を絞められ、私はもがいた。
「お前は僕の妾になるんだ!イザドラはお前の後に僕の女にして、婚約を取り戻してやる!レンネップの婚約者ならば肩身の狭い思いをしなくてもよくなる!」
レオン・アランナの絶叫に近い言葉が響く。
その時突然、レオン・アランナの体が横ざまに吹っ飛んだ。
そして私に誰かが覆いかぶさってきた。
イザドラ様だった。
中等部が四年で、高等部は二年だ。
ほとんどの庶民は中等部で卒業する。
貴族の女生徒でも高等部の卒業を待たずに、結婚する方もいる。
私達は文官コースで、楽しい学生生活を送っていた。
相変わらず男子クラスの男の子の一部に、「姫」とからかわれる。
そのにやにや顔を、今まで強く歯向かっていたのをイザドラ様の助言通り無視した。そこにいないものとして素通りした。
すると男の子達のにやにや顔は消えて、去って行く私の後ろから謝罪の言葉が聞こえるようになったのだ。
そのうち私を「姫」と皆呼ばなくなったが、ただ一人クリストフ・ヤロシュだけは「サーシャ姫」と呼び続けた。私はクリストフを無視し続けた。
侯爵家の嫡男レオン・シャバタ改め子爵家の居候レオン・アランナは、恥ずかしげもなく学院の高等部に通い続けている。相変わらず色好みで、女生徒を取り巻きにしようとしているが、避けられている。中等部の取り巻きの女生徒達がどうなったか、皆知っているので当たり前のことだ。その当たり前のことがわからないレオン・アランナなのだ。
イザドラ様とは相変わらず、良い交流が続いている。
マクシム・ベレンゼ様のことは、極力触れてこないことがとても嬉しい。
とてもそんな気になれないのだ。また貴族に戻るなんて考えられない。このまま平穏な日々を送りたかった。
「最近レオン様の目つきが気になりますの」
誰も聞き耳を立てているわけではないのに、イザドラ様が声を顰めて言った。
「どうかなさったのですか?」
「なにかあったわけではないのですが、とても暗くて陰鬱な目つきでねめつけてくるのです」
なんて無礼な。あれほど身分を笠に着た人なのに、自分の立場を弁えていないのか。私は憤慨した。
「お気をつけてくださいね」
「大丈夫でしょう。いくらなんでも、もう手出しはできませんわ。次に問題を起こしたら、さすがに放校になりますから」
イザベラ様はそう言ったが、少し不安そうだった。
私も不安だった。
その不安は的中した。
冬季休暇が迫ったある日、帰途につこうとした私に、おどおどした様子の上級生の女生徒が、手紙を渡しに来た。
「すぐに読んでください」
そう言って走り去った。
私は彼女の左頬が赤くなり、唇が切れているのを見逃さなかった。
「待ってください!そのお怪我は…」
呼び止めようとしたが、目もくれず走って行ってしまった。
手紙を開いて私は声を上げそうになった。
「イザドラの無事を願うなら、一人で旧校舎のホールへ来い。
レオン」
「どうしたの?サーシャ」
アナベル達が重なるように手紙を覗き込んだ。
三人とも驚きの声を上げた。
「なんてこと!」
「一人で行ってはいけないわ」
私は必死で考えながら
「でもイザドラ様が!!」
ともがくように言った。
「落ち着いて!!」
フィオナが宥める。
「レオン・アランナは愚かだわ。こんな証拠を残すなんて」
「そうだわ」
エラが続ける。
「私達が手分けして人を呼ぶわ」
「私はこの手紙を持って学長のところへ行くわ」
アナベルが手紙を持って走り出す。
「私達は他の人を呼ぶわ」
とフィオナ。
「危ないことはしないで。絶対にドアから中には入らないのよ」
エラはそう言って、フィオナと別の方向に走って行った。
私はがんがん鳴る頭と、痛いくらい強く波打つ鼓動に急かされて旧校舎へ急いだ。
旧校舎は冬季休暇のうちに壊されることになっていた。古い建物で、走っていると廊下の所々が軋んだ。
ホールのドアをい開けると、正面にイザドラ様がいた。
椅子に座っていたが、ぐったりとして意識がなかった。
遠目からも顔を殴打されたことがわかった。唇からは血が出ていた。
「イザドラ様!!」
呼びかけにもイザドラ様は応えがなかった。
「遅かったな。サーシャ」
いやな笑いがホールに響いた。
「もう少し遅かったら、イザドラで愉しもうと思っていた。こんな風に」
そう言うと、レオン・アランナは持っていた短剣でイザドラ様の上衣を切り開こうとした。
ビリっと音がした時、私は頭に血が上り、レオン・アランナに突進していた。
しかし私はレオン・アランナに捕まってしまった。
気づいた時には遅かった。
両手を掴まれたが、それでも必死に抵抗し、レオン・アランナを蹴り続けた。
レオン・アランナは一旦私の両手を放したが、間髪入れず私の顔を殴りつけた。何度も何度も。
私は何度目かの殴打で、人形のように体に力が入らなくなり、床へ沈んだ。
遠くでレオン・アランナが何か言っていた。
ビビっと音がして、胸元に熱さを感じた。
はっと目を覚ますと、レオン・アランナは私の上衣を短剣で引き切っていた。短剣に力を入れ過ぎて肌にも食い込んでいるらしい。熱さは痛みに変わった。
「誰か!!誰か来て!!」
私は声を限りに叫んだ。
するとがっと首をレオン・アランナに掴まれた。その手に力がこもる。
首を絞められ、私はもがいた。
「お前は僕の妾になるんだ!イザドラはお前の後に僕の女にして、婚約を取り戻してやる!レンネップの婚約者ならば肩身の狭い思いをしなくてもよくなる!」
レオン・アランナの絶叫に近い言葉が響く。
その時突然、レオン・アランナの体が横ざまに吹っ飛んだ。
そして私に誰かが覆いかぶさってきた。
イザドラ様だった。
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