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6.クリストフとレオン・シャバタ
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学院の新学期が始まった。
入学式の後、ささやかな歓迎の催しが行われた。
学院の一番広い庭園で軽食と飲み物が出る、立食式の新入生歓迎会だ。
学院でのクラス編成は庶民科は男女それぞれ分かれた二組で安堵したが、この歓迎会では中等部全員の生徒が集まっていて、私はまたいやな注目を集めていた。
いつもの四人で固まっていると、あのいやなクリストフ・ヤロシュが駆け寄ってきた。
クリストフも合格していたのだ。
彼はにこにこにこして話しかけてきた。
「サーシャ姫、元気だった?」
もちろん私は怒った。そしてクリストフに言った。
「姫と呼ばないで!!」
クリストフは面喰った顔をした。
なんてことだろう。二年前にあれだけいやがったのに、まだ"姫"と呼ぶなんて。大嫌いだわ。
「あなたなんて大嫌い!二度と話しかけないで!」
「でも、サーシャ姫…」
まだ言うのか。
「私はもう姫じゃないわ!庶民よ!二度と姫なんて呼ばないで!いいえ!話しかけないで!近づかないで!」
私は怒りのあまり、そこに居るのがいたたまれなくなって会場を飛び出そうと走った。
庭園の端にもう少しでたどり着きそうな時、急に腕を取られて転びそうになった。その腕は私は半ば抱きかかえるように向きを変えさせた。
目の前に知らない男がいた。
年は二つ三つ上だろうか?
金の髪に青い瞳、端正な顔立ちの男だった。
「君はサーシャ・バーレクだね?」
男はこの上もない優しい口調で言った。
「へえ。肖像画のレオナにそっくりだ」
母を知っているこの男は何者だろう。
両肩に置かれた手が気持ち悪い。
と、男は右手で私の顎と首の境目を掴み、私の顔を上に向かせた。
「綺麗な子だな。招待するからうちのサロンへおいで」
端正な顔なのだが、どこかぞっとするようないやらしさがあった。
私は男の手から逃れようともがいたが、全く敵わなかった。怖気と怒りで涙が出そうだった。
「放してください」
強い口調で言うと、男は鼻で笑った。
「庶民が貴族の逆らうのか?それに」
にやにやしながら続けた。
「君とはまんざら他人でもないんだよ。僕はレオン・シャバタ。君の母親の養父のシャバダ侯爵の息子だ」
シャバタ侯爵!
母を攫うように連れ去って、たった十四歳であの国王の第五妃に差し出した男だ。
私はさらにもがいた。
レオン・シャバタは私の首を掴んだ手ににぎりりと力を入れ、逃れようとつっぱった腕をまとめて手首を掴んだ。そして痛いほど力を入れた。
「おとなしくしていた方がいいよ。君は綺麗だから、僕の取り巻きにしてあげるよ。そうだ」
男はさらにいやな笑い顔になった。
「将来、妾にするのもいいな。母親も妾みたいなものだったから、君もそれでいいだろう?」
言葉も首も手首も痛かった。
泣き出したかった。
怒りで体が震えた。
母への侮辱を思いきり罵りたかった。
罠にかかったウサギのようにもがいていると、凛とした声が響いた。
「レオン様、一体何をしていらっしゃるの?」
レオン・シャバタの後ろからやってきたのは、イザドラ・レンネップ公爵令嬢だった。イザドラ様は近づいてきて、私達の様子を見ると厳しい口調で言った。
「レオン様、サーシャをお放しになってください。乱暴がすぎます」
レオン・シャバタは急に私を放したので、今まで力んでいた私は後ろ様によろけた。
イザドラ様はすぐに私の元へ駆け寄って、体を支えてくれた。
「一体なにごとですか。新入生に狼藉をはたらくなど、なんていうことでしょう」
イザドラ様が責めるように言うと、レオン・シャバタは打って変わって弱気な表情になった。
「いや、これは誤解だ。君も知っているだろう?この子の母親が僕の父の養女だったって。つい、親しい気持ちで話しかけていたんだよ」
「それにしては乱暴ですこと」
イザドラ様はレオン・シャバタをチラっと見て、私の首と手首を調べ始めた。
「まあ、こんなに赤くなってしまって。怖かったでしょう?」
優しく労わってくれた。
「レオン様、サーシャはわたくしの妹のような方です。以後、このような乱暴は許しませんことよ?」
厳しく言い渡した。
レオン・シャバタは、何か言い訳めいたことを口の中でもごもご言いながら去って行った。
「大丈夫?いえ、大丈夫じゃないわね。医務室へいきましょう。冷やしてさしあげるわ」
私はイザドラ様に付き添われて、医務室へ行った。
医務室で真っ赤になった手首と顎の下を冷やしてもらいながら、イザドラ様の話を聞いた。
「レオン様はわたくしの婚約者ですの」
私は心底驚いた。そして心配した。その顔を見たイザドラ様は笑って言った。
「この婚約はわたくしの望みなのです。だって…」
少しためらって
「レオン様のお顔はわたくしの理想の旦那様なのですもの。とてもお綺麗でしょう?あんな綺麗な殿方はそうそういらっしゃらないわ」
と言うのだ。
「性格や振舞いには難がございますけど…今にわたくしが改心させてみせますわ」
そして続けた。
「レオン様はシャバタ侯爵の第三夫人のお子様で、長男でいらっしゃるの。遅くに生まれた初めてのたった一人の男子なので、シャバタ公爵が甘やかしているのですわ。それに…」
ふうっとため息をついた。
「まだ十四歳なのに色好みでいらっしゃるの。もちろん」
強く言う。
「わたくしがいるからには他の女君は許しませんわ」
そして私の肩を撫でた。
「大丈夫。わたくしが守ってさしあげますから」
イザドラ様の言葉は心強かったが、学院初日は散々な目にあった私なのだ。
入学式の後、ささやかな歓迎の催しが行われた。
学院の一番広い庭園で軽食と飲み物が出る、立食式の新入生歓迎会だ。
学院でのクラス編成は庶民科は男女それぞれ分かれた二組で安堵したが、この歓迎会では中等部全員の生徒が集まっていて、私はまたいやな注目を集めていた。
いつもの四人で固まっていると、あのいやなクリストフ・ヤロシュが駆け寄ってきた。
クリストフも合格していたのだ。
彼はにこにこにこして話しかけてきた。
「サーシャ姫、元気だった?」
もちろん私は怒った。そしてクリストフに言った。
「姫と呼ばないで!!」
クリストフは面喰った顔をした。
なんてことだろう。二年前にあれだけいやがったのに、まだ"姫"と呼ぶなんて。大嫌いだわ。
「あなたなんて大嫌い!二度と話しかけないで!」
「でも、サーシャ姫…」
まだ言うのか。
「私はもう姫じゃないわ!庶民よ!二度と姫なんて呼ばないで!いいえ!話しかけないで!近づかないで!」
私は怒りのあまり、そこに居るのがいたたまれなくなって会場を飛び出そうと走った。
庭園の端にもう少しでたどり着きそうな時、急に腕を取られて転びそうになった。その腕は私は半ば抱きかかえるように向きを変えさせた。
目の前に知らない男がいた。
年は二つ三つ上だろうか?
金の髪に青い瞳、端正な顔立ちの男だった。
「君はサーシャ・バーレクだね?」
男はこの上もない優しい口調で言った。
「へえ。肖像画のレオナにそっくりだ」
母を知っているこの男は何者だろう。
両肩に置かれた手が気持ち悪い。
と、男は右手で私の顎と首の境目を掴み、私の顔を上に向かせた。
「綺麗な子だな。招待するからうちのサロンへおいで」
端正な顔なのだが、どこかぞっとするようないやらしさがあった。
私は男の手から逃れようともがいたが、全く敵わなかった。怖気と怒りで涙が出そうだった。
「放してください」
強い口調で言うと、男は鼻で笑った。
「庶民が貴族の逆らうのか?それに」
にやにやしながら続けた。
「君とはまんざら他人でもないんだよ。僕はレオン・シャバタ。君の母親の養父のシャバダ侯爵の息子だ」
シャバタ侯爵!
母を攫うように連れ去って、たった十四歳であの国王の第五妃に差し出した男だ。
私はさらにもがいた。
レオン・シャバタは私の首を掴んだ手ににぎりりと力を入れ、逃れようとつっぱった腕をまとめて手首を掴んだ。そして痛いほど力を入れた。
「おとなしくしていた方がいいよ。君は綺麗だから、僕の取り巻きにしてあげるよ。そうだ」
男はさらにいやな笑い顔になった。
「将来、妾にするのもいいな。母親も妾みたいなものだったから、君もそれでいいだろう?」
言葉も首も手首も痛かった。
泣き出したかった。
怒りで体が震えた。
母への侮辱を思いきり罵りたかった。
罠にかかったウサギのようにもがいていると、凛とした声が響いた。
「レオン様、一体何をしていらっしゃるの?」
レオン・シャバタの後ろからやってきたのは、イザドラ・レンネップ公爵令嬢だった。イザドラ様は近づいてきて、私達の様子を見ると厳しい口調で言った。
「レオン様、サーシャをお放しになってください。乱暴がすぎます」
レオン・シャバタは急に私を放したので、今まで力んでいた私は後ろ様によろけた。
イザドラ様はすぐに私の元へ駆け寄って、体を支えてくれた。
「一体なにごとですか。新入生に狼藉をはたらくなど、なんていうことでしょう」
イザドラ様が責めるように言うと、レオン・シャバタは打って変わって弱気な表情になった。
「いや、これは誤解だ。君も知っているだろう?この子の母親が僕の父の養女だったって。つい、親しい気持ちで話しかけていたんだよ」
「それにしては乱暴ですこと」
イザドラ様はレオン・シャバタをチラっと見て、私の首と手首を調べ始めた。
「まあ、こんなに赤くなってしまって。怖かったでしょう?」
優しく労わってくれた。
「レオン様、サーシャはわたくしの妹のような方です。以後、このような乱暴は許しませんことよ?」
厳しく言い渡した。
レオン・シャバタは、何か言い訳めいたことを口の中でもごもご言いながら去って行った。
「大丈夫?いえ、大丈夫じゃないわね。医務室へいきましょう。冷やしてさしあげるわ」
私はイザドラ様に付き添われて、医務室へ行った。
医務室で真っ赤になった手首と顎の下を冷やしてもらいながら、イザドラ様の話を聞いた。
「レオン様はわたくしの婚約者ですの」
私は心底驚いた。そして心配した。その顔を見たイザドラ様は笑って言った。
「この婚約はわたくしの望みなのです。だって…」
少しためらって
「レオン様のお顔はわたくしの理想の旦那様なのですもの。とてもお綺麗でしょう?あんな綺麗な殿方はそうそういらっしゃらないわ」
と言うのだ。
「性格や振舞いには難がございますけど…今にわたくしが改心させてみせますわ」
そして続けた。
「レオン様はシャバタ侯爵の第三夫人のお子様で、長男でいらっしゃるの。遅くに生まれた初めてのたった一人の男子なので、シャバタ公爵が甘やかしているのですわ。それに…」
ふうっとため息をついた。
「まだ十四歳なのに色好みでいらっしゃるの。もちろん」
強く言う。
「わたくしがいるからには他の女君は許しませんわ」
そして私の肩を撫でた。
「大丈夫。わたくしが守ってさしあげますから」
イザドラ様の言葉は心強かったが、学院初日は散々な目にあった私なのだ。
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