上 下
4 / 14

4.「"おねえさま"と呼んで」

しおりを挟む
 私は十二歳になり、公国立学院の試験を受けることになった。
 最初は作法の試験だ。

 学院のホールに受験生は集められた。幸いなことに男女別だ。
 私達が集められたホールには、上級生の女子生徒が十数人いた。作法のサポートのための有志だが、全員貴族令嬢だった。

 そこでも私にはおなじみの囁きが聞こえた。
「あの子でしょう?元王女の」
「今では庶民だけど」
「公国立学院に入るなんて、いつまで王族のつもりかしら」
 など、一部には悪意のあるものがあった。

 ここでも私にはどうしようもない過去が祟るのか。
 元王女とは言え、私は今では庶民だ。貴族令嬢達に無礼をはたらくことはできない。

 そんな思いで暗くなっている時、一人の上級生が手をパンパンと叩いて進み出た。
「あなた達、なんて無作法なの!」
 一際華やかな令嬢だった。

「わたくし達は作法の試験のお手伝いにきたことをお忘れですか!?わたくし達こそ淑女でなくてはならないのに、恥ずかしい行いをするとはなにごとですか。まるで意地悪な噂烏のようでみっともないですわよ」
 そしてその上級生は私に近づいてきて話しかけてきた。

「わたくし、レンネップ公爵家のイザドラよ。わたくしを覚えていらっしゃる?」
 美しい微笑に、私は二年前のあの日を思い出した。王宮を去った日だ。

 何人もの大人とメイドが部屋に入ってきて、私と母を引き離した。私は泣いて母から離れまいとしたが、そこへイザドラ・レンネップ嬢がやってきて、
「わたくしはイザドラ・レンネップよ。サーシャ様。わたくしがついているわ」
 と私の肩を抱いた。それでも母を探して泣く私に
「大丈夫よ。お母様は荷造りをしているだけ。すぐに終わってここから出られますからね。それまでわたくしと一緒にいましょう」
 と優しく宥めてくれた。
 そして少しでも不安を和らげようと、母の姿が見える場所に連れて行ってくれた。
 確かイザドラ様は私よりも二歳年上、当時十二歳だったはずだ。それなのに大人びておちついた方だった。今もその印象は変わらない。

「レンネップ公爵令嬢でいらっしゃいますね。二年前はありがとうございました」
 はにかんでお礼を言うと、レンネップ公爵令嬢は首を振って笑った。
「少し大きくなられましたね。なんてお綺麗なお顔。わたくし綺麗な方が大好き」
 とうっとりなさった。
「綺麗な波打つような金の髪に深い青の瞳も、お母様にそっくりね。わたくしともお揃いだわ」
 レンネップ公爵令嬢は美しい真っすぐな金髪に、スミレのような瞳の持ち主だった。そしてレンネップ公爵令嬢おっしゃった。
「そんな他人行儀な呼び方はおよしになって。公式な場以外ではどうかわたくしを"おねえさま"と呼んでくださらない?」

 私は面喰ってしまった。

 レンネップ公爵家といえば、今は王家に変わって国政を担っている四公爵家のひとつだ。
 それなのに、この令嬢は少しも驕ったところはなく、優しく親し気に接してくれる。

「そんな…不躾なこと…」
「二年前にお会いした時、なんて可愛い方かしらと思いましたのよ。あの時はゆっくりお話しできませんでしたけど、学院にお通いになるのならばぜひ親しくお付き合いしていただきたいわ。ね、どうぞ"おねえさま"と呼んでくださらない?」
 戸惑う私に微笑みかけてなおも言うイザドラ様だった。

 イザドラ様の強い要望に私は逆らえなかった。
 貴族だから、身分が上だからと言う訳ではなく、その言葉には二心がなく真心から出たものだとわかったからだ。
「わたくしのことは、どうぞサーシャとお呼びください」
「ええ、よろしくね、サーシャ」

 イザドラ様に私は、アナベルとエラとフィオナを紹介した。親しいお友達だと。
 イザドラ様は
「サーシャのお友達なら、わたくしともお友達ね。どうぞ仲良くしてくださいね」
 と優しくおっしゃった。

 イザドラ様のお陰で私達四人の安全は保障された。そして公国立学院に無事入学できたあかつきには、私達の社交関係の道は広く平らかになることが約束されたようなものだった。そしてレンネップ公爵令嬢が後ろ盾になった私を、誰も公に腐すことができなくなった。
 私はイザドラ様に深く感謝した。

 この感謝の気持ちは、数年後にもっと深くなるのだった。

 さて、作法の試験は実習形式で、お茶会の形をとって行われた。

 各テーブルに上級生の貴族令嬢がつき、そこへ招かれる形式だ。

 シャバダ侯爵家で厳しく躾けられ、王宮で磨かれた母仕込みの作法を習った私達四人には容易い試験だった。
 その上、バーレク商会では流行の品物を扱っているので、話題には事欠かなかった。

 私達四人はいち早く合格を言い渡された。

「合格おめでとう。可愛い上に、作法も完璧なのね」
 イザドラ様は合格を喜んでくれた。
「学期がお休みになったら、ぜひわたくしのお茶会にいらしてね。楽しみだわ」
 私達は試験よりも緊張せざるを得なかったが、謹んでお受けした。

 次は学科の試験だ。
 学科の試験は三日後であると告げられ、作法の合格証明書と学科試験の集合場所を書いた書類を渡されて、私達は帰途についた。

「ああ、緊張したわ」
 フィオナが胸を押さえて言う。
「それよりレンネップ公爵家のお茶会なんて!!」
 アナベルが頬を紅潮させている。
「サーシャはお茶会に出たことがある?」
 エラの問いに
「ないわ。王宮を出たのは十歳だったもの」
 と答えた。
 王宮の思い出は苦々しいものだが、この三人には素直に言える。
「でも今日の試験のようにすればいいのよ」
 と言えば
「そうね。それに試験のように点数もつけられないし」
 とフィオナ。
「試験官もいないわ」
 とアナベルが笑う。
「少し気が楽になったわ」
 とエラは胸を撫で下ろすので、私達は笑い合った。


「それより学科試験よ。みんなで復習しましょう」
「ええ、がんばりましょうね」
 私達は三日後の学科試験に向けて、額を寄せ合って勉強した。

 そして学科試験の日がやってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

処理中です...