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4.「"おねえさま"と呼んで」
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私は十二歳になり、公国立学院の試験を受けることになった。
最初は作法の試験だ。
学院のホールに受験生は集められた。幸いなことに男女別だ。
私達が集められたホールには、上級生の女子生徒が十数人いた。作法のサポートのための有志だが、全員貴族令嬢だった。
そこでも私にはおなじみの囁きが聞こえた。
「あの子でしょう?元王女の」
「今では庶民だけど」
「公国立学院に入るなんて、いつまで王族のつもりかしら」
など、一部には悪意のあるものがあった。
ここでも私にはどうしようもない過去が祟るのか。
元王女とは言え、私は今では庶民だ。貴族令嬢達に無礼をはたらくことはできない。
そんな思いで暗くなっている時、一人の上級生が手をパンパンと叩いて進み出た。
「あなた達、なんて無作法なの!」
一際華やかな令嬢だった。
「わたくし達は作法の試験のお手伝いにきたことをお忘れですか!?わたくし達こそ淑女でなくてはならないのに、恥ずかしい行いをするとはなにごとですか。まるで意地悪な噂烏のようでみっともないですわよ」
そしてその上級生は私に近づいてきて話しかけてきた。
「わたくし、レンネップ公爵家のイザドラよ。わたくしを覚えていらっしゃる?」
美しい微笑に、私は二年前のあの日を思い出した。王宮を去った日だ。
何人もの大人とメイドが部屋に入ってきて、私と母を引き離した。私は泣いて母から離れまいとしたが、そこへイザドラ・レンネップ嬢がやってきて、
「わたくしはイザドラ・レンネップよ。サーシャ様。わたくしがついているわ」
と私の肩を抱いた。それでも母を探して泣く私に
「大丈夫よ。お母様は荷造りをしているだけ。すぐに終わってここから出られますからね。それまでわたくしと一緒にいましょう」
と優しく宥めてくれた。
そして少しでも不安を和らげようと、母の姿が見える場所に連れて行ってくれた。
確かイザドラ様は私よりも二歳年上、当時十二歳だったはずだ。それなのに大人びておちついた方だった。今もその印象は変わらない。
「レンネップ公爵令嬢でいらっしゃいますね。二年前はありがとうございました」
はにかんでお礼を言うと、レンネップ公爵令嬢は首を振って笑った。
「少し大きくなられましたね。なんてお綺麗なお顔。わたくし綺麗な方が大好き」
とうっとりなさった。
「綺麗な波打つような金の髪に深い青の瞳も、お母様にそっくりね。わたくしともお揃いだわ」
レンネップ公爵令嬢は美しい真っすぐな金髪に、スミレのような瞳の持ち主だった。そしてレンネップ公爵令嬢おっしゃった。
「そんな他人行儀な呼び方はおよしになって。公式な場以外ではどうかわたくしを"おねえさま"と呼んでくださらない?」
私は面喰ってしまった。
レンネップ公爵家といえば、今は王家に変わって国政を担っている四公爵家のひとつだ。
それなのに、この令嬢は少しも驕ったところはなく、優しく親し気に接してくれる。
「そんな…不躾なこと…」
「二年前にお会いした時、なんて可愛い方かしらと思いましたのよ。あの時はゆっくりお話しできませんでしたけど、学院にお通いになるのならばぜひ親しくお付き合いしていただきたいわ。ね、どうぞ"おねえさま"と呼んでくださらない?」
戸惑う私に微笑みかけてなおも言うイザドラ様だった。
イザドラ様の強い要望に私は逆らえなかった。
貴族だから、身分が上だからと言う訳ではなく、その言葉には二心がなく真心から出たものだとわかったからだ。
「わたくしのことは、どうぞサーシャとお呼びください」
「ええ、よろしくね、サーシャ」
イザドラ様に私は、アナベルとエラとフィオナを紹介した。親しいお友達だと。
イザドラ様は
「サーシャのお友達なら、わたくしともお友達ね。どうぞ仲良くしてくださいね」
と優しくおっしゃった。
イザドラ様のお陰で私達四人の安全は保障された。そして公国立学院に無事入学できたあかつきには、私達の社交関係の道は広く平らかになることが約束されたようなものだった。そしてレンネップ公爵令嬢が後ろ盾になった私を、誰も公に腐すことができなくなった。
私はイザドラ様に深く感謝した。
この感謝の気持ちは、数年後にもっと深くなるのだった。
さて、作法の試験は実習形式で、お茶会の形をとって行われた。
各テーブルに上級生の貴族令嬢がつき、そこへ招かれる形式だ。
シャバダ侯爵家で厳しく躾けられ、王宮で磨かれた母仕込みの作法を習った私達四人には容易い試験だった。
その上、バーレク商会では流行の品物を扱っているので、話題には事欠かなかった。
私達四人はいち早く合格を言い渡された。
「合格おめでとう。可愛い上に、作法も完璧なのね」
イザドラ様は合格を喜んでくれた。
「学期がお休みになったら、ぜひわたくしのお茶会にいらしてね。楽しみだわ」
私達は試験よりも緊張せざるを得なかったが、謹んでお受けした。
次は学科の試験だ。
学科の試験は三日後であると告げられ、作法の合格証明書と学科試験の集合場所を書いた書類を渡されて、私達は帰途についた。
「ああ、緊張したわ」
フィオナが胸を押さえて言う。
「それよりレンネップ公爵家のお茶会なんて!!」
アナベルが頬を紅潮させている。
「サーシャはお茶会に出たことがある?」
エラの問いに
「ないわ。王宮を出たのは十歳だったもの」
と答えた。
王宮の思い出は苦々しいものだが、この三人には素直に言える。
「でも今日の試験のようにすればいいのよ」
と言えば
「そうね。それに試験のように点数もつけられないし」
とフィオナ。
「試験官もいないわ」
とアナベルが笑う。
「少し気が楽になったわ」
とエラは胸を撫で下ろすので、私達は笑い合った。
「それより学科試験よ。みんなで復習しましょう」
「ええ、がんばりましょうね」
私達は三日後の学科試験に向けて、額を寄せ合って勉強した。
そして学科試験の日がやってきた。
最初は作法の試験だ。
学院のホールに受験生は集められた。幸いなことに男女別だ。
私達が集められたホールには、上級生の女子生徒が十数人いた。作法のサポートのための有志だが、全員貴族令嬢だった。
そこでも私にはおなじみの囁きが聞こえた。
「あの子でしょう?元王女の」
「今では庶民だけど」
「公国立学院に入るなんて、いつまで王族のつもりかしら」
など、一部には悪意のあるものがあった。
ここでも私にはどうしようもない過去が祟るのか。
元王女とは言え、私は今では庶民だ。貴族令嬢達に無礼をはたらくことはできない。
そんな思いで暗くなっている時、一人の上級生が手をパンパンと叩いて進み出た。
「あなた達、なんて無作法なの!」
一際華やかな令嬢だった。
「わたくし達は作法の試験のお手伝いにきたことをお忘れですか!?わたくし達こそ淑女でなくてはならないのに、恥ずかしい行いをするとはなにごとですか。まるで意地悪な噂烏のようでみっともないですわよ」
そしてその上級生は私に近づいてきて話しかけてきた。
「わたくし、レンネップ公爵家のイザドラよ。わたくしを覚えていらっしゃる?」
美しい微笑に、私は二年前のあの日を思い出した。王宮を去った日だ。
何人もの大人とメイドが部屋に入ってきて、私と母を引き離した。私は泣いて母から離れまいとしたが、そこへイザドラ・レンネップ嬢がやってきて、
「わたくしはイザドラ・レンネップよ。サーシャ様。わたくしがついているわ」
と私の肩を抱いた。それでも母を探して泣く私に
「大丈夫よ。お母様は荷造りをしているだけ。すぐに終わってここから出られますからね。それまでわたくしと一緒にいましょう」
と優しく宥めてくれた。
そして少しでも不安を和らげようと、母の姿が見える場所に連れて行ってくれた。
確かイザドラ様は私よりも二歳年上、当時十二歳だったはずだ。それなのに大人びておちついた方だった。今もその印象は変わらない。
「レンネップ公爵令嬢でいらっしゃいますね。二年前はありがとうございました」
はにかんでお礼を言うと、レンネップ公爵令嬢は首を振って笑った。
「少し大きくなられましたね。なんてお綺麗なお顔。わたくし綺麗な方が大好き」
とうっとりなさった。
「綺麗な波打つような金の髪に深い青の瞳も、お母様にそっくりね。わたくしともお揃いだわ」
レンネップ公爵令嬢は美しい真っすぐな金髪に、スミレのような瞳の持ち主だった。そしてレンネップ公爵令嬢おっしゃった。
「そんな他人行儀な呼び方はおよしになって。公式な場以外ではどうかわたくしを"おねえさま"と呼んでくださらない?」
私は面喰ってしまった。
レンネップ公爵家といえば、今は王家に変わって国政を担っている四公爵家のひとつだ。
それなのに、この令嬢は少しも驕ったところはなく、優しく親し気に接してくれる。
「そんな…不躾なこと…」
「二年前にお会いした時、なんて可愛い方かしらと思いましたのよ。あの時はゆっくりお話しできませんでしたけど、学院にお通いになるのならばぜひ親しくお付き合いしていただきたいわ。ね、どうぞ"おねえさま"と呼んでくださらない?」
戸惑う私に微笑みかけてなおも言うイザドラ様だった。
イザドラ様の強い要望に私は逆らえなかった。
貴族だから、身分が上だからと言う訳ではなく、その言葉には二心がなく真心から出たものだとわかったからだ。
「わたくしのことは、どうぞサーシャとお呼びください」
「ええ、よろしくね、サーシャ」
イザドラ様に私は、アナベルとエラとフィオナを紹介した。親しいお友達だと。
イザドラ様は
「サーシャのお友達なら、わたくしともお友達ね。どうぞ仲良くしてくださいね」
と優しくおっしゃった。
イザドラ様のお陰で私達四人の安全は保障された。そして公国立学院に無事入学できたあかつきには、私達の社交関係の道は広く平らかになることが約束されたようなものだった。そしてレンネップ公爵令嬢が後ろ盾になった私を、誰も公に腐すことができなくなった。
私はイザドラ様に深く感謝した。
この感謝の気持ちは、数年後にもっと深くなるのだった。
さて、作法の試験は実習形式で、お茶会の形をとって行われた。
各テーブルに上級生の貴族令嬢がつき、そこへ招かれる形式だ。
シャバダ侯爵家で厳しく躾けられ、王宮で磨かれた母仕込みの作法を習った私達四人には容易い試験だった。
その上、バーレク商会では流行の品物を扱っているので、話題には事欠かなかった。
私達四人はいち早く合格を言い渡された。
「合格おめでとう。可愛い上に、作法も完璧なのね」
イザドラ様は合格を喜んでくれた。
「学期がお休みになったら、ぜひわたくしのお茶会にいらしてね。楽しみだわ」
私達は試験よりも緊張せざるを得なかったが、謹んでお受けした。
次は学科の試験だ。
学科の試験は三日後であると告げられ、作法の合格証明書と学科試験の集合場所を書いた書類を渡されて、私達は帰途についた。
「ああ、緊張したわ」
フィオナが胸を押さえて言う。
「それよりレンネップ公爵家のお茶会なんて!!」
アナベルが頬を紅潮させている。
「サーシャはお茶会に出たことがある?」
エラの問いに
「ないわ。王宮を出たのは十歳だったもの」
と答えた。
王宮の思い出は苦々しいものだが、この三人には素直に言える。
「でも今日の試験のようにすればいいのよ」
と言えば
「そうね。それに試験のように点数もつけられないし」
とフィオナ。
「試験官もいないわ」
とアナベルが笑う。
「少し気が楽になったわ」
とエラは胸を撫で下ろすので、私達は笑い合った。
「それより学科試験よ。みんなで復習しましょう」
「ええ、がんばりましょうね」
私達は三日後の学科試験に向けて、額を寄せ合って勉強した。
そして学科試験の日がやってきた。
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