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1.足元は突然崩れる

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 五年前まで、私、サーシャ・バーレクは王女だった。

 王女と言っても第五妃の娘で第三王女、上には八人の兄姉がいる。

 私の母のレオナはたった十歳の時その美貌のせいで、バーレク商会の会長である祖父デニスと祖母ベルタの元から無理やりシャバタ侯爵の養女にさせられた。シャバタ侯爵は言葉巧みに祖父を騙した。
「亡き娘にそっくりだ」
 と涙ぐんだとか。そして
「娘が帰ってきたと思って大切に育てる」
 と縋り、貴族の権威を振りかざして、無理やりに金子を押し付けて母を連れ去った。
 確かにシャバタ侯爵は前年に母と同じ年の娘を失くしていた。しかし、シャバタ侯爵が実際に失ったのは、娘というよりも娘のもたらす利益と栄華の夢だった。シャバタ侯爵は娘を国王の後宮に入れるつもりだったのだ。

 祖父は何度も私の母のレオナの返還を求めたが、完全無視の梨の礫だった。
 その三年後、まだ十三歳の母をカテーナ王国の国王がシャバタ侯爵家の夜会で見初めた。エリク・シャバタの目論見通りだ。
 国王は色好みで、臣下の夜会へ軽々しく参加する男なのだ。
 翌年、十四歳の母レオナは国王の第五妃として召し上げられた。
 さらにその翌年、私が生まれた。

 その話を聞いたのは国が解体して、母の実家であるバーレク家に戻ってから五年経った、ごく最近のことだが、私は思ったものだ。

 鬼畜の所業だと。

 母は国王を嫌っており、彼が訪れるとことさら無口になり目を伏せて私を抱きしめて離さなかった。ほとんどの時は、国王が諦めて帰るまで無言を通した。
 母は私が生まれてから、私を理由に国王を拒み続けた。
 国王は度々母から私を引き離そうとしたが、母が
「一生お恨み申し上げます」
 と短剣を自らの腹に突き立てた事件から、無理強いしなくなった。
 その時私は五歳で、血を流す母に必死に縋りついて泣いた。
 幸い傷は浅く、大事には至らなかった。

 その後はこまごまとした嫌がらせをして、母の気持ちを向かせようとした。
 食事をわざと運ばず飢えさせたり、冬に暖炉の薪を届けず凍えさせたり。
 そんな中でも、母はどうにかして私の食べる分は調達したし、寒い日は二人でベッドの中で寄り添って温め合った。
 実は祖父が王宮の使用人に配下の者を入れており、その者達が便宜を図ってくれたのだ。

 そんな母に僅かに安息が訪れたのは私が七歳になったあたり。
 カテーナ王国が、というよりも王室がとうとう困窮してきたのだ。
 国王は寵姫に心を傾ける暇もなくなり、私達母娘は質素ながらも平安を得たのだ。私達にとって敵は国王だったのだ。

 私が九歳の時に第五王女のオティーリエ様が、隣国のインジャル王国に輿入れした。
 これでインジャル王国からの支援が得られると思った国王は、ご機嫌で母の元にやってきた。そして久しぶりに見た母の美貌に、再び恋に落ちたらしい。それからは連日やってきては、いやらしい目つきで母を見ていた。私を見る目はあからさまに邪魔者扱いだった。
 私達はそうされればされるほど、固くお互いに縋り身を守った。

 しかしそれもほんの束の間、半年もすると訪れもなくなった。それどころではない問題が起きたのだ。

 カテーナ王国の解体だ。

 私が十歳の秋、カテーナ王国は解体され、四公国となった。
 四大公爵家であるベレンゼ、ハーレン、レンネップ、ヨーセンが共同で国を治める四公国となったのだ。
 国王は伯爵位となり、王妃とその子供達と西方の領地と年俸を与えられて暮らすことになった。第二妃からは実家に戻された。

 カテーナ王国が解体して四公国になった時、シャバタ侯爵家では母の引き取りを拒んだのだ。
 それは母にとっても祖父母にとっても願ってもいない好機で、祖父は喜んで母と私を引き取ってくれた。

 こうして私達母娘はバーレク家へ引き取られた。
 実家のバーレク家に戻った時、母の心からの笑顔を初めて見た。
 
 母は十五年ぶりに再会した祖父母の腕の中に抱かれて泣いた。三人は涙の中に笑い合った。

 私はと言えば、初めて会うお祖父様とお祖母様にはにかんでいたが、二人の腕に母もろともに抱き込まれた。

 それからは驚きの連続だ。
 誰からも意地悪をされない生活。衣食住は満ち足りて、周りが笑い合う幸せな生活。
 窮屈なドレスはもう着なくてもいい。体に合った清潔な衣類がたくさん与えられた。食事は宮殿に居た頃よりもはるかに豊かで、食卓は和やかだ。

 母は言った。
「もう何も心配しなくていいのよ。あなたの学費も持参金も、わたくしが、いえ私が持っていたものを全部売ってもらったもので賄えるわ。好きな道を選びなさい」
 祖父も言った。
「可愛い孫の学費や持参金の心配なんかさせるものか。お前はまず好きな学校に通って、好きな道に進みなさい」
 祖母にして見れば十歳で奪われた我が娘が孫という形で帰ってきた心持だったのだろう。
「あなたに苦労はさせないわ」
 と、しばらくの間は度々涙ぐんでは抱きしめられた。

 バーレク家には母の上に兄がいて、彼が後継者だった。
 伯父のエリアスとその妻のデニサと従兄で十二歳のカミルも優しかった。

 私達の足元は突然崩れたが、下にはふんわりとした優しい雲が待ち構えていた。
 足元が崩れて不幸に落ちたのは、大嫌いな国王達だった。
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