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31.思わぬ解決

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 その日のお茶は、王妃殿下もご一緒だった。私達は度々このような、楽しく穏やかな時間を過ごしていた。私は冷えた果実水を飲んでいた。冬に入ったのだが、なんとなく暑い気がするのだ。悪阻はもうおさまったが、果物以外の甘いものを受け付けずセイボリーばかり食べている。食欲は旺盛だ。

「オティーリエさん、昨日、ストラウケン男爵から贈り物があったのですって?」
 王妃殿下はオティーリエ様の親族が接触してきたことで、彼女が傷つけられていないかを案じていた。
「はい。紅茶とお菓子をいただきました。でも…」
「どうかしましたか?」
「粗悪品でした。それにちょっと気になりました」
 と笑う。
「まあ、どうして?」
 尋ねる王妃殿下に、オティーリエ様が答える。
「わたくし、ストラウケンの祖父を信用していないのですわ。今まで見向きもしなかったのに、今更なんのつもりだろうと、少し不愉快になりました。それに」
 一息おいてオティーリエ様が続ける。

「手紙には『ぜひ、王太子妃殿下に召し上がっていただくように』と書いてあったのですが、紅茶はお腹のお子にあまりよろしくないのでしょう?ですから、お勧めせずに自分でいただくことにしました。そうしたら…」
 少しためらってオティーリエ様は続ける。
「妙に甘い香りの紅茶でしたが、味は苦いのです。砂糖とミルクを淹れると薬草臭くて、インジャルのお茶になれた今ではとても口に合いませんでした。お菓子は日持ちのする焼き菓子で、アイシングが美しいものでしたが、これも苦い後味がして、傷んでいたのだと思います」

 聞いている王妃殿下の顔が険しくなった。
「それは今どこにありますか」
 王妃殿下の顔色に驚いたオティーリエ様は、侍女に尋ねた。
「今朝、処分するように渡した紅茶とお菓子はどうしましたか?」
 侍女は
「まだ控えの間にございます」
 と答えた。
「すぐ持ってきてちょうだい」
 王妃殿下が厳しい声で命じた。

 侍女は慌てて件の紅茶とお菓子を持ってきた。

 王妃殿下は紅茶の缶を開けて香りを嗅ぎ、焼き菓子も同じようにした。

「これはおそらく毒です」
「なんですって!?わたくし、口にしましたが何事もございませんでした」
 蒼白な顔色になるオティーリエ様に、王妃殿下が宥めるように言った。
「あなたは大丈夫です。これは子流しの毒なのです。わたくしは側妃達にこれと同じものを盛られて、バシュロの前の子を失ったのです」
 私達は言葉を失った。

「オティーリエさん、よくぞ気を回してくださいました。ありがとう」
 王妃殿下がオティーリエ様に礼を言う。
「さっそく出所ともども調査します。途中ですが、失礼しますね」

 王妃殿下が去った席では、オティーリエ様は蒼白な顔色で震えていた。

「ストラウケンのお祖父様も、わたくしを捨て駒にしたのですね…ベルナデット様を狙うなんて…」
 震えるオティーリエ様を私は肩を抱くことしかできなかった。

 調査の結果、王妃殿下のおっしゃる通りの毒物だった。

「離宮に封じている者達が暗躍していたのです。オティーリエさんの母君を通じてストラウケン男爵に、このお茶を勧めたのです。ベルナデットの身を害するために」
 報告に来た王妃殿下は厳しい顔でおっしゃった。  

「わたくしの懐妊がわかってすぐ、側妃達がお祝いだと言ってお茶会を開いたのです。その席でこれと同じものを勧められました」

 王妃殿下は妊娠中だからとお茶は断ったのだが、側妃達が「体にいい薬草茶だからせひ一口だけでも」と言うので口をつけた。妙に甘ったるい香りなのに苦みが舌を刺したそうだ。側妃達はさらに「ミルクと砂糖を入れればいいですわ」と勧めたが、やけに薬草臭さが増してとても飲めなかった。すると「お菓子ならよろしいでしょう」と焼き菓子を勧められた。これも苦い後味がして、半分も食べられなかった。
 しかし、それで十分だった。
 王妃殿下が早々に席を立つと、床にみるみる血の池が広がり、胎児はあっけなく流れてしまった。
 王妃殿下はその後、高熱におかされ数か月床に就いた。

 側妃達は自分達も王妃殿下より多く口にしたことを証拠に、無実を主張した。
 そのお茶と焼き菓子の出所は不明のままだった。側妃達は「献上品」と口を揃えた。どうやら国外へ逃亡したらしい。

 その後、細心の注意を払った末、二年後にバシュロ様に恵まれたが、今度は二人に毒を盛り、毒見にひっかかって二人は離宮に封じられた。

「もはや離宮の者達にも容赦はなりません。此度はもっと厳しく処罰することになりました」

 離宮の元側妃二人は、西の山脈の麓の砦に幽閉となった。今後はどことも連絡を取ることは許されない。

 四公国は毒の出所を厳しく捜査している。ストラウケン男爵は元カテーナ王国であった四公国によって処罰された。爵位と領地没収の上、当主であるストラウケン男爵は処刑。その親族は孫に至るまで修道院に生涯幽閉。
 これによって、オティーリエ様は貴族でなくなってしまった。

 そこで側妃の地位も剥奪されたが、国王陛下の温情でカテーナ女伯爵に叙爵された。今後は私の話し相手コンパニオンとして、王宮に今とほぼ同じ待遇のまま留まることになった。

「わたくし、なんとお礼を申し上げたらいいか…」
 涙ぐむオティーリエ様。
「お礼を申し上げるのはわたくしの方です。オティーリエ様が、わたくしの身を案じてくださらなかったら、今頃どうなっていたか…」
「そうですよ、オティーリエさん」
 王妃殿下もおっしゃる。
「此度のことで、あなたは元のご家族と完全に切り離されました。生涯、連絡を取り合うこともできません。それでもよろしかったのでしょうか」
 憂い顔の王妃殿下の言葉に、オティーリエ様は
「わたくしを愛していない、大切にしてくれない人達ですもの。未練はございません。むしろ感謝しております」
 ときっぱり言い切った。

 私にはその気持ちが痛いほど分った。

 わたくし達は、同士なのだ。
 家族と言う檻からもがき出て、ようやく大海に放たれた魚のようなものだ。
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