30 / 35
30.新年祭
しおりを挟む
晩秋から冬に入り、私の周りはいっそ仰々しいほどの気遣いだった。
幸いにも重い悪阻はなく、ただ一日中眠かった。
そんな私を見て、オティーリエ様がおっしゃった。
「わたくしのねえやも、解雇される前にそんな感じでしたわ。母はとても怒っていました」
「なぜですか?」
「わたくしの教育に悪いから解雇したと。結婚もしていないのに妊娠するとはなんてふしだらな、と言っていましたが、後でねえやが結婚しなかった、いえ、できなかったのは母が許さなかったからだと知りました」
オティーリエ様は少し遠くを見るような目で続けた。
「解雇されたねえやは、ばあやにこっそりと手紙を託してくれて、しばらくは秘密の文通が続きました。楽しかった」
懐かしいものを見つめる、優しい目つきだ。
「でもすぐに、母にみつかってしまって…ばあやも解雇されました」
小さなため息をつく。
「母は時々、わたくしの楽しみを取り上げて憂さ晴らしをする人でした。『お前のため』と言うことは、ほとんど母の憂さ晴らしだと、大分後になって気づきましたが、わたくしは何も抵抗できませんでした。ねえやとばあやが解雇されたのは、わたくしがバシュロ様との婚約が決まった年でした。今となってわかったことですが…」
ふふっと悲し気に笑われる。
「母は王太子妃になる、たった七歳の娘に嫉妬していたのですわ。目につくわたくしのありとあらゆるお気に入りも捨てられました」
私はオティーリエ様の手を握った。
「今の生活がなんと素晴らしいことか。わたくし、甘えてしまわないように気をつけなくてはなりませんね」
「そんな、オティーリエ様。あなたには厳しい選択を迫っているのに」
オティーリエ様は明るくおっしゃる。
「冬物のドレスを見ましたわ。新年祭のドレスも。余り物のわたくしなのに、側妃としての待遇をしてくださって…カテーナで与えられた数十倍のものをいただいています」
オティーリエ様は最近は私の補佐をしてくださるようになった。私も任せられるものはお任せしている。今後我が国に残っても、フェディリア王国に行くとしても無駄になるものではない。
まるで殻を脱ぎ捨てたように、オティーリエ様は変わられた。
仕立てられた新しい冬物のドレスを、ありがたそうに受け取る姿はまるで別人のようだ。
私はと言うと新年祭の頃には眠気もおさまってきて、大きくなっていくお腹が愛おしい。
侍医はもう安定期に入ったから、少し散歩のような運動を許可してくれた。
それでも周りは仰々しく世話を焼いてくれ、新年祭の席では毛織物や毛皮で覆われた、クッションをたくさん置いた椅子が用意された。侍女二人が私を支えるように付き従い、バシュロ様に手を取られて会場に入った。
新年祭の神事が終わると、私は国王陛下に呼ばれて玉座の下へ進んだ。
「ここにベルナデットを正式に側妃から王太子妃に昇格させることを宣言する」
と、厳かに宣言された。新しく作られた王太子妃のティアラを授けられることになり、屈もうとすると
「屈まずともよい。体に障る」
国王陛下は満面の笑顔だ。
アシャール子爵家で蔑ろにされた子供時代。「持参金はない。学費も出せない。王宮でメイドとして働け」と言い渡された十二歳の絶望。あれよあれよと言う間に決まった、側妃の未来。
側妃として生涯二番目の人生を歩むはずだった。
様々な事を乗り越えて、今私はバシュロ様の第一の人となった。
側妃から王太子妃へ。
夜会の前に、休憩がてら軽食をとっている時、国王陛下が提案してきた。アシャール子爵家についてだ。
「其方の両親だが、不敬罪を申し付けようと考えている」
私は少し慌てた。
「アシャールの者が、何かまた要求してきたのですか?」
「またではない。かなり頻繁にきている」
苦笑する国王陛下。
「あの両親から、よくベルナデットのような娘が育ちましたね。あなたはプライブ伯爵家の影響が強いのでしょう」
王妃殿下がおっしゃる。
「アシャール子爵からは、コリンヌの学費の援助を願い出られている。何度もな。その上、コリンヌの結婚の世話をしろと言う」
なんて図々しい。
「アシャール子爵家とわたくしは、プライブ伯爵家から示談金が支払われ、王家から慰労金が支払われた時点で、縁が切れたと理解できていないのですね」
私はほとほと呆れ果てた。
「コリンヌは酷いね。学業も不調、素行は不良。君の威をかさにきる言動をしているそうだ」
思った以上に酷い。
「コリンヌはアマンド修道院に入れましょう」
王妃殿下がおっしゃる。
アマンド修道院は王都の東にある、女子の学問を専門とする修道院だ。修道院の厳しい規律の生活をしながら尼僧が生活や作法や学問まで厳しく躾けてくれる。
「さて、不敬罪だが…」
国王陛下が私を見る。
「どうだ、ベルナデット。何か良い案はないか」
私は少し考えた。
「そうですね。母と妹との面会はいかがでしょう?そこで全ての援助をわたくしが断れば、母も妹もわたくしを罵倒するでしょう」
「王太子妃を罵倒か。十分不敬だ」
国王陛下は笑われた。
「ベルの身に危険はないの?」
バシュロ様が案じてくださる。
「バシュロが隣室に控えて守りなさい」
王妃殿下がおっしゃる。
細かい打ち合わせは後ですることになり、それぞれ夜会の支度へ散って行った。
新年祭のドレスは力を入れて作られた。私の皇太子妃就任後初の公式行事であるからだ。
アイスブルーのイブニングドレスは、胸の辺りに切り替えがあり、膨らんできた腹部を覆っている。
オティーリエ様のドレスは淡いグリーンだ。
私達はかつてないほど打ち解けている。
それを少し不満げに見るバシュロ様。
「今年は君とダンスができないからね」
そう言って、ずっと傍にいてくださった。
幸いにも重い悪阻はなく、ただ一日中眠かった。
そんな私を見て、オティーリエ様がおっしゃった。
「わたくしのねえやも、解雇される前にそんな感じでしたわ。母はとても怒っていました」
「なぜですか?」
「わたくしの教育に悪いから解雇したと。結婚もしていないのに妊娠するとはなんてふしだらな、と言っていましたが、後でねえやが結婚しなかった、いえ、できなかったのは母が許さなかったからだと知りました」
オティーリエ様は少し遠くを見るような目で続けた。
「解雇されたねえやは、ばあやにこっそりと手紙を託してくれて、しばらくは秘密の文通が続きました。楽しかった」
懐かしいものを見つめる、優しい目つきだ。
「でもすぐに、母にみつかってしまって…ばあやも解雇されました」
小さなため息をつく。
「母は時々、わたくしの楽しみを取り上げて憂さ晴らしをする人でした。『お前のため』と言うことは、ほとんど母の憂さ晴らしだと、大分後になって気づきましたが、わたくしは何も抵抗できませんでした。ねえやとばあやが解雇されたのは、わたくしがバシュロ様との婚約が決まった年でした。今となってわかったことですが…」
ふふっと悲し気に笑われる。
「母は王太子妃になる、たった七歳の娘に嫉妬していたのですわ。目につくわたくしのありとあらゆるお気に入りも捨てられました」
私はオティーリエ様の手を握った。
「今の生活がなんと素晴らしいことか。わたくし、甘えてしまわないように気をつけなくてはなりませんね」
「そんな、オティーリエ様。あなたには厳しい選択を迫っているのに」
オティーリエ様は明るくおっしゃる。
「冬物のドレスを見ましたわ。新年祭のドレスも。余り物のわたくしなのに、側妃としての待遇をしてくださって…カテーナで与えられた数十倍のものをいただいています」
オティーリエ様は最近は私の補佐をしてくださるようになった。私も任せられるものはお任せしている。今後我が国に残っても、フェディリア王国に行くとしても無駄になるものではない。
まるで殻を脱ぎ捨てたように、オティーリエ様は変わられた。
仕立てられた新しい冬物のドレスを、ありがたそうに受け取る姿はまるで別人のようだ。
私はと言うと新年祭の頃には眠気もおさまってきて、大きくなっていくお腹が愛おしい。
侍医はもう安定期に入ったから、少し散歩のような運動を許可してくれた。
それでも周りは仰々しく世話を焼いてくれ、新年祭の席では毛織物や毛皮で覆われた、クッションをたくさん置いた椅子が用意された。侍女二人が私を支えるように付き従い、バシュロ様に手を取られて会場に入った。
新年祭の神事が終わると、私は国王陛下に呼ばれて玉座の下へ進んだ。
「ここにベルナデットを正式に側妃から王太子妃に昇格させることを宣言する」
と、厳かに宣言された。新しく作られた王太子妃のティアラを授けられることになり、屈もうとすると
「屈まずともよい。体に障る」
国王陛下は満面の笑顔だ。
アシャール子爵家で蔑ろにされた子供時代。「持参金はない。学費も出せない。王宮でメイドとして働け」と言い渡された十二歳の絶望。あれよあれよと言う間に決まった、側妃の未来。
側妃として生涯二番目の人生を歩むはずだった。
様々な事を乗り越えて、今私はバシュロ様の第一の人となった。
側妃から王太子妃へ。
夜会の前に、休憩がてら軽食をとっている時、国王陛下が提案してきた。アシャール子爵家についてだ。
「其方の両親だが、不敬罪を申し付けようと考えている」
私は少し慌てた。
「アシャールの者が、何かまた要求してきたのですか?」
「またではない。かなり頻繁にきている」
苦笑する国王陛下。
「あの両親から、よくベルナデットのような娘が育ちましたね。あなたはプライブ伯爵家の影響が強いのでしょう」
王妃殿下がおっしゃる。
「アシャール子爵からは、コリンヌの学費の援助を願い出られている。何度もな。その上、コリンヌの結婚の世話をしろと言う」
なんて図々しい。
「アシャール子爵家とわたくしは、プライブ伯爵家から示談金が支払われ、王家から慰労金が支払われた時点で、縁が切れたと理解できていないのですね」
私はほとほと呆れ果てた。
「コリンヌは酷いね。学業も不調、素行は不良。君の威をかさにきる言動をしているそうだ」
思った以上に酷い。
「コリンヌはアマンド修道院に入れましょう」
王妃殿下がおっしゃる。
アマンド修道院は王都の東にある、女子の学問を専門とする修道院だ。修道院の厳しい規律の生活をしながら尼僧が生活や作法や学問まで厳しく躾けてくれる。
「さて、不敬罪だが…」
国王陛下が私を見る。
「どうだ、ベルナデット。何か良い案はないか」
私は少し考えた。
「そうですね。母と妹との面会はいかがでしょう?そこで全ての援助をわたくしが断れば、母も妹もわたくしを罵倒するでしょう」
「王太子妃を罵倒か。十分不敬だ」
国王陛下は笑われた。
「ベルの身に危険はないの?」
バシュロ様が案じてくださる。
「バシュロが隣室に控えて守りなさい」
王妃殿下がおっしゃる。
細かい打ち合わせは後ですることになり、それぞれ夜会の支度へ散って行った。
新年祭のドレスは力を入れて作られた。私の皇太子妃就任後初の公式行事であるからだ。
アイスブルーのイブニングドレスは、胸の辺りに切り替えがあり、膨らんできた腹部を覆っている。
オティーリエ様のドレスは淡いグリーンだ。
私達はかつてないほど打ち解けている。
それを少し不満げに見るバシュロ様。
「今年は君とダンスができないからね」
そう言って、ずっと傍にいてくださった。
2,015
お気に入りに追加
3,634
あなたにおすすめの小説
側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました
ひとみん
恋愛
タイトル変更しました!旧「国王陛下の長い一日」です。書いているうちに、何かあわないな・・・と。
内容そのまんまのタイトルです(笑
「側妃を迎えたいと思うのだが」国王が言った。
「了承しました。では今この時から夫婦関係は終了という事でいいですね?」王妃が言った。
「え?」困惑する国王に彼女は一言。「結婚の条件に書いていますわよ」と誓約書を見せる。
其処には確かに書いていた。王妃が恋人を作る事も了承すると。
そして今更ながら国王は気付く。王妃を愛していると。
困惑する王妃の心を射止めるために頑張るヘタレ国王のお話しです。
ご都合主義のゆるゆる設定です。
私には何もありませんよ? 影の薄い末っ子王女は王の遺言書に名前が無い。何もかも失った私は―――
西東友一
恋愛
「遺言書を読み上げます」
宰相リチャードがラファエル王の遺言書を手に持つと、12人の兄姉がピリついた。
遺言書の内容を聞くと、
ある兄姉は周りに優越を見せつけるように大声で喜んだり、鼻で笑ったり・・・
ある兄姉ははしたなく爪を噛んだり、ハンカチを噛んだり・・・・・・
―――でも、みなさん・・・・・・いいじゃないですか。お父様から贈り物があって。
私には何もありませんよ?
あなたが私を捨てた夏
豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。
幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。
ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。
──彼は今、恋に落ちたのです。
なろう様でも公開中です。
処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される
葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。
彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。
ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。
父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。
あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。
この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。
さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。
そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。
愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。
※小説家になろうにも掲載しています
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!
もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる