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30.新年祭
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晩秋から冬に入り、私の周りはいっそ仰々しいほどの気遣いだった。
幸いにも重い悪阻はなく、ただ一日中眠かった。
そんな私を見て、オティーリエ様がおっしゃった。
「わたくしのねえやも、解雇される前にそんな感じでしたわ。母はとても怒っていました」
「なぜですか?」
「わたくしの教育に悪いから解雇したと。結婚もしていないのに妊娠するとはなんてふしだらな、と言っていましたが、後でねえやが結婚しなかった、いえ、できなかったのは母が許さなかったからだと知りました」
オティーリエ様は少し遠くを見るような目で続けた。
「解雇されたねえやは、ばあやにこっそりと手紙を託してくれて、しばらくは秘密の文通が続きました。楽しかった」
懐かしいものを見つめる、優しい目つきだ。
「でもすぐに、母にみつかってしまって…ばあやも解雇されました」
小さなため息をつく。
「母は時々、わたくしの楽しみを取り上げて憂さ晴らしをする人でした。『お前のため』と言うことは、ほとんど母の憂さ晴らしだと、大分後になって気づきましたが、わたくしは何も抵抗できませんでした。ねえやとばあやが解雇されたのは、わたくしがバシュロ様との婚約が決まった年でした。今となってわかったことですが…」
ふふっと悲し気に笑われる。
「母は王太子妃になる、たった七歳の娘に嫉妬していたのですわ。目につくわたくしのありとあらゆるお気に入りも捨てられました」
私はオティーリエ様の手を握った。
「今の生活がなんと素晴らしいことか。わたくし、甘えてしまわないように気をつけなくてはなりませんね」
「そんな、オティーリエ様。あなたには厳しい選択を迫っているのに」
オティーリエ様は明るくおっしゃる。
「冬物のドレスを見ましたわ。新年祭のドレスも。余り物のわたくしなのに、側妃としての待遇をしてくださって…カテーナで与えられた数十倍のものをいただいています」
オティーリエ様は最近は私の補佐をしてくださるようになった。私も任せられるものはお任せしている。今後我が国に残っても、フェディリア王国に行くとしても無駄になるものではない。
まるで殻を脱ぎ捨てたように、オティーリエ様は変わられた。
仕立てられた新しい冬物のドレスを、ありがたそうに受け取る姿はまるで別人のようだ。
私はと言うと新年祭の頃には眠気もおさまってきて、大きくなっていくお腹が愛おしい。
侍医はもう安定期に入ったから、少し散歩のような運動を許可してくれた。
それでも周りは仰々しく世話を焼いてくれ、新年祭の席では毛織物や毛皮で覆われた、クッションをたくさん置いた椅子が用意された。侍女二人が私を支えるように付き従い、バシュロ様に手を取られて会場に入った。
新年祭の神事が終わると、私は国王陛下に呼ばれて玉座の下へ進んだ。
「ここにベルナデットを正式に側妃から王太子妃に昇格させることを宣言する」
と、厳かに宣言された。新しく作られた王太子妃のティアラを授けられることになり、屈もうとすると
「屈まずともよい。体に障る」
国王陛下は満面の笑顔だ。
アシャール子爵家で蔑ろにされた子供時代。「持参金はない。学費も出せない。王宮でメイドとして働け」と言い渡された十二歳の絶望。あれよあれよと言う間に決まった、側妃の未来。
側妃として生涯二番目の人生を歩むはずだった。
様々な事を乗り越えて、今私はバシュロ様の第一の人となった。
側妃から王太子妃へ。
夜会の前に、休憩がてら軽食をとっている時、国王陛下が提案してきた。アシャール子爵家についてだ。
「其方の両親だが、不敬罪を申し付けようと考えている」
私は少し慌てた。
「アシャールの者が、何かまた要求してきたのですか?」
「またではない。かなり頻繁にきている」
苦笑する国王陛下。
「あの両親から、よくベルナデットのような娘が育ちましたね。あなたはプライブ伯爵家の影響が強いのでしょう」
王妃殿下がおっしゃる。
「アシャール子爵からは、コリンヌの学費の援助を願い出られている。何度もな。その上、コリンヌの結婚の世話をしろと言う」
なんて図々しい。
「アシャール子爵家とわたくしは、プライブ伯爵家から示談金が支払われ、王家から慰労金が支払われた時点で、縁が切れたと理解できていないのですね」
私はほとほと呆れ果てた。
「コリンヌは酷いね。学業も不調、素行は不良。君の威をかさにきる言動をしているそうだ」
思った以上に酷い。
「コリンヌはアマンド修道院に入れましょう」
王妃殿下がおっしゃる。
アマンド修道院は王都の東にある、女子の学問を専門とする修道院だ。修道院の厳しい規律の生活をしながら尼僧が生活や作法や学問まで厳しく躾けてくれる。
「さて、不敬罪だが…」
国王陛下が私を見る。
「どうだ、ベルナデット。何か良い案はないか」
私は少し考えた。
「そうですね。母と妹との面会はいかがでしょう?そこで全ての援助をわたくしが断れば、母も妹もわたくしを罵倒するでしょう」
「王太子妃を罵倒か。十分不敬だ」
国王陛下は笑われた。
「ベルの身に危険はないの?」
バシュロ様が案じてくださる。
「バシュロが隣室に控えて守りなさい」
王妃殿下がおっしゃる。
細かい打ち合わせは後ですることになり、それぞれ夜会の支度へ散って行った。
新年祭のドレスは力を入れて作られた。私の皇太子妃就任後初の公式行事であるからだ。
アイスブルーのイブニングドレスは、胸の辺りに切り替えがあり、膨らんできた腹部を覆っている。
オティーリエ様のドレスは淡いグリーンだ。
私達はかつてないほど打ち解けている。
それを少し不満げに見るバシュロ様。
「今年は君とダンスができないからね」
そう言って、ずっと傍にいてくださった。
幸いにも重い悪阻はなく、ただ一日中眠かった。
そんな私を見て、オティーリエ様がおっしゃった。
「わたくしのねえやも、解雇される前にそんな感じでしたわ。母はとても怒っていました」
「なぜですか?」
「わたくしの教育に悪いから解雇したと。結婚もしていないのに妊娠するとはなんてふしだらな、と言っていましたが、後でねえやが結婚しなかった、いえ、できなかったのは母が許さなかったからだと知りました」
オティーリエ様は少し遠くを見るような目で続けた。
「解雇されたねえやは、ばあやにこっそりと手紙を託してくれて、しばらくは秘密の文通が続きました。楽しかった」
懐かしいものを見つめる、優しい目つきだ。
「でもすぐに、母にみつかってしまって…ばあやも解雇されました」
小さなため息をつく。
「母は時々、わたくしの楽しみを取り上げて憂さ晴らしをする人でした。『お前のため』と言うことは、ほとんど母の憂さ晴らしだと、大分後になって気づきましたが、わたくしは何も抵抗できませんでした。ねえやとばあやが解雇されたのは、わたくしがバシュロ様との婚約が決まった年でした。今となってわかったことですが…」
ふふっと悲し気に笑われる。
「母は王太子妃になる、たった七歳の娘に嫉妬していたのですわ。目につくわたくしのありとあらゆるお気に入りも捨てられました」
私はオティーリエ様の手を握った。
「今の生活がなんと素晴らしいことか。わたくし、甘えてしまわないように気をつけなくてはなりませんね」
「そんな、オティーリエ様。あなたには厳しい選択を迫っているのに」
オティーリエ様は明るくおっしゃる。
「冬物のドレスを見ましたわ。新年祭のドレスも。余り物のわたくしなのに、側妃としての待遇をしてくださって…カテーナで与えられた数十倍のものをいただいています」
オティーリエ様は最近は私の補佐をしてくださるようになった。私も任せられるものはお任せしている。今後我が国に残っても、フェディリア王国に行くとしても無駄になるものではない。
まるで殻を脱ぎ捨てたように、オティーリエ様は変わられた。
仕立てられた新しい冬物のドレスを、ありがたそうに受け取る姿はまるで別人のようだ。
私はと言うと新年祭の頃には眠気もおさまってきて、大きくなっていくお腹が愛おしい。
侍医はもう安定期に入ったから、少し散歩のような運動を許可してくれた。
それでも周りは仰々しく世話を焼いてくれ、新年祭の席では毛織物や毛皮で覆われた、クッションをたくさん置いた椅子が用意された。侍女二人が私を支えるように付き従い、バシュロ様に手を取られて会場に入った。
新年祭の神事が終わると、私は国王陛下に呼ばれて玉座の下へ進んだ。
「ここにベルナデットを正式に側妃から王太子妃に昇格させることを宣言する」
と、厳かに宣言された。新しく作られた王太子妃のティアラを授けられることになり、屈もうとすると
「屈まずともよい。体に障る」
国王陛下は満面の笑顔だ。
アシャール子爵家で蔑ろにされた子供時代。「持参金はない。学費も出せない。王宮でメイドとして働け」と言い渡された十二歳の絶望。あれよあれよと言う間に決まった、側妃の未来。
側妃として生涯二番目の人生を歩むはずだった。
様々な事を乗り越えて、今私はバシュロ様の第一の人となった。
側妃から王太子妃へ。
夜会の前に、休憩がてら軽食をとっている時、国王陛下が提案してきた。アシャール子爵家についてだ。
「其方の両親だが、不敬罪を申し付けようと考えている」
私は少し慌てた。
「アシャールの者が、何かまた要求してきたのですか?」
「またではない。かなり頻繁にきている」
苦笑する国王陛下。
「あの両親から、よくベルナデットのような娘が育ちましたね。あなたはプライブ伯爵家の影響が強いのでしょう」
王妃殿下がおっしゃる。
「アシャール子爵からは、コリンヌの学費の援助を願い出られている。何度もな。その上、コリンヌの結婚の世話をしろと言う」
なんて図々しい。
「アシャール子爵家とわたくしは、プライブ伯爵家から示談金が支払われ、王家から慰労金が支払われた時点で、縁が切れたと理解できていないのですね」
私はほとほと呆れ果てた。
「コリンヌは酷いね。学業も不調、素行は不良。君の威をかさにきる言動をしているそうだ」
思った以上に酷い。
「コリンヌはアマンド修道院に入れましょう」
王妃殿下がおっしゃる。
アマンド修道院は王都の東にある、女子の学問を専門とする修道院だ。修道院の厳しい規律の生活をしながら尼僧が生活や作法や学問まで厳しく躾けてくれる。
「さて、不敬罪だが…」
国王陛下が私を見る。
「どうだ、ベルナデット。何か良い案はないか」
私は少し考えた。
「そうですね。母と妹との面会はいかがでしょう?そこで全ての援助をわたくしが断れば、母も妹もわたくしを罵倒するでしょう」
「王太子妃を罵倒か。十分不敬だ」
国王陛下は笑われた。
「ベルの身に危険はないの?」
バシュロ様が案じてくださる。
「バシュロが隣室に控えて守りなさい」
王妃殿下がおっしゃる。
細かい打ち合わせは後ですることになり、それぞれ夜会の支度へ散って行った。
新年祭のドレスは力を入れて作られた。私の皇太子妃就任後初の公式行事であるからだ。
アイスブルーのイブニングドレスは、胸の辺りに切り替えがあり、膨らんできた腹部を覆っている。
オティーリエ様のドレスは淡いグリーンだ。
私達はかつてないほど打ち解けている。
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