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26.残酷な手紙

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 オティーリエ王女との二度目の新枕の儀は失敗に終わった。
 バシュロ様は嬉しそうに報告したが、私は複雑な気持ちだった。
 少しの安堵と罪の意識。
 王太子妃にならないうちに、オティーリエ王女は王女の身分でなくなる。
 解体が決まったカテーナ王国はカテーナの名前は消え、四公国となる。オティーリエ王女は王族に与えられた伯爵家の庶子となってしまうのだ。オティーリエ王女の母親は第三妃なので、伯爵令嬢に数えられない。母親の実家のストラウケン男爵の孫という立場になる。

 数日は静かな様子だったが、三日後授業が再開した日にオティーリエ王女は癇癪を爆発させた。今までで一番酷い。
 手あたり次第の物を投げつけ、泣き叫んだ。

 原因は授業ではなかった。カテーナ王国の実の母親から来た手紙を読んだことだ。
 最初は
「お母様からお手紙だわ」
 と嬉しそうに封を切った。
 オティーリエ王女がインジャル王国に嫁いで一年になるが、彼女個人宛ての手紙は初めてだった。
 読み進めるオティーリエ王女の顔がみるみる険しくなり、涙が流れた。涙が分厚く塗った白粉を押し流す。

 オティーリエ王女は、顔一面のそばかすを気にして、白粉を水と油で練ったものを塗っていた。そこに更に白粉の粉をはたくのだ。

 氷の花が発動しないことで私に敵意も害意もないのがわかっていたので、物に当たるオティーリエ王女が、鎮まるのをじっと待った。
 しばらくして息を切らしたオティーリエ王女は、きっと私を睨みつけてきた。

「なぜお前ばかり!」
 ダンと足を鳴らす。
「わたくしはお母様の言う通りに振舞ったのに!」
 ダン!ダン!
「お母さまは酷い!わたくしはどうしたらいいの!?」
 涙を流すオティーリエ王女。
「お前はいいわね。バシュロ様に愛されて、王妃様のお気に入りで!こんな酷い母親もいなくて」
 わあっと泣き崩れるオティーリエ王女。
 私はオティーリエ王女が泣くままにした。

 しばらくしてオティーリエ王女は、くすんくすんと鼻を鳴らしながら起き上がった。

 私はオティーリエ王女を抱き起して、ソファに座らせ、侍女に果実水を持ってくるように言いつけた。
「さ、これを飲んで。どうしてそんなにお怒りになっているのですか?」
 オティーリエ王女は疲れ切った顔で果実水を受け取り、片手に握りしめていた手紙を私に差し出した。
 読んでいいと言うことだろう。私はくしゃくしゃになった手紙を広げた。

『なぜわたくしをインジャル王国へ呼んでくれないの?王太子妃になったら呼び寄せるようにと言い付けたでしょう?カテーナはもうだめです。わたくしはもう王宮を追われて実家に帰ることになります。そんなこと耐えられない。お前がわたくしの面倒をみるべきです。一刻も早く迎えを寄こすように。こんなに待たされるなら、フェディリア王国の王弟の第四妃に出すのだったわ。インジャルの王太子妃になったら少しは役に立つだろうと思って、色々教えてあげたのに。本当に役立たずね。早く迎えを寄こしなさい』
 それはとても自己中心的で傍若無人で自分勝手な、誰かを思い出させる女性の手紙だった。そう、まるで私の実の母親のよう。

 手紙から顔を上げると、オティーリエ王女は弱弱しく笑った。
「あなたにはわからないでしょうね。こんな母親を持つ娘の気持ちなんか」
 いや、私には痛いほどわかる。それをバシュロ様達の力で振り切って、今ここで安泰に暮らしているのだ。
「あなたは側妃だけど、カテーナ王国が解体されたら役立たずの人質なんて王太子妃になんかしないでしょう?新枕の儀を二回も失敗したんだもの。きっとあなたが王太子妃になるのよね。わたくしはバシュロ様に嫌われているもの」
「わたくしには何とお答えしたらいいかわかりませんわ。でも…」
 私は意を決して言った。
「あなたのせいでもあるのです」
「なんですって?」
 オティーリエ王女は目を見開いた。

「バシュロ様がお嫌いになっているあなたは、この手紙の女性によく似ています。なぜそのようにお振舞いになったのですか?」
「そのようにって…」
「勉強は嫌い、贅沢は好き、我儘に、自分勝手に、人を人とも思わない、そんな言動をなぜしたのですか?」
 オティーリエ王女は黙り込む。
「わたくしは今日はずっとインジャル語で話しています。あなたはそれをきちんと聞き取っていらっしゃいますわ。今までも、ちゃんとわかっていらしたのでしょう?なぜ無知な振りをなさったの?」
「だって…」
 私の追及に弱弱しく答え始める。インジャル語だ。
「お母様は賢しげな女は愛されないって。男は我儘な女が好きだって…決してカテーナ語以外は話してはいけないって言うのよ。それに…」
 くすんと鼻をならして続ける。
「わたくしの発音は完璧ではないわ。それを指摘されるのが恥ずかしくて…」
「それでインジャル語もフェディリア語もわからない振りをなさっていたのですね」
「ええ…」

 やはりオティーリエ王女は、語学をちゃんと習得なさっている。

「それにインジャルでは贅沢し放題だって、お母様がおっしゃったの。あちらで婚礼衣装を調えてもらいなさい。色んなものを強請りなさい。そしていいものがあったら送りなさいって…だから化粧品を少し送ったの」
 私は思わず、オティーリエ王女の手を握った。

「恥ずかしかったわ。婚礼衣装も新しいドレスも持たずに輿入れするなんて」
 あの横暴さは、恥ずかしさの裏返しでもあったのだ。
「最初、二言目には"斬首"とおっしゃったのも、そのせいですか?」
「あれは…あれは言いすぎだって本当はわかっていたの。でもそう言うと、カテーナでは言うことを聞いてくれたのよ。だから、つい…」
下を向くオティーリエ王女は悲しそうだった。
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