10 / 35
10.側妃教育
しおりを挟む
「バシュロがオティーリエ王女に、贈り物の返礼品を使者に託しました。中身はなんだと思いますか」
王妃殿下が眉間に皺を寄せておっしゃったのは、翌週の側妃教育の場でだ。
まさか、先週言ったものではないでしょうね。鳩尾の当たりがきゅぅっと絞られる感じがする。
「存じ上げません。先週、お話しなさっていましたが、何をお贈りになったかまでは聞き及んでおりません」
無難に答える。
「あの子ったら!!」
王妃殿下は畳んだ扇を反対の掌にパシパシ叩きつける。怒っていらっしゃる。
「オティーリエ王女から贈られた純金の像を鋳溶かさせて、贈られた品物の宝石を全部剥がさせて、女性が片手では持ち上げられないような重さのペーパーナイフを作らせたのです」
静かに怒っていらっしゃる。
バシュロ殿下は、先週おっしゃった通りになさったのだ。
「ペーパーナイフですよ?関係を切りたいと誤解されたらどうしましょう」
私は先週の話から、必死にカテーナ王国の風習を調べた。
「王妃殿下、わたくし、先週バシュロ殿下がおっしゃったことは冗談だと思っていたのですが、念のためカテーナ王国の風習を調べました」
王妃殿下が私を見つめる。
「カテーナ王国ではそういう習慣はありませんでした。豊かな国ですので、華美なものが好まれ、きっと豪華なペーパーナイフは喜ばれるかと存じます。それに」
「それに?」
「文具を贈ることは『お便りをください』という意味になるそうです」
王妃殿下は明らかにほっとした顔になった。
「結果的によろしかったのね」
王妃殿下はまだ難しい顔だ。
「正直わたくしは驚きました。ペーパーナイフのことではなくオティーリエ王女の手紙です」
バシュロ殿下はあの手紙を見せたのだろうかと、内心ひやっとした。
「初めてオティーリエ王女から手紙をいただいたのですが…」
ため息を吐く。
「あんなに幼いとは思いませんでした。母国語さえ綴りを間違えているなんて」
私は知らぬ顔をするのに必死だった。
「周りの者は何をしているのでしょう?公式な使者に託した手紙の品格も教えないのでしょうか」
私も周りの者の無能さに、オティーリエ王女を心配してしまった。
「普段、あなたを見ているからでしょうね。同じ年齢だと言うのに、あなたはカテーナ語が堪能ですものね」
「いえ、まだ辞書を用いた読み書きが精いっぱいで、話すことは自信がございません」
王妃殿下は麗々しい巻き紙を渡してきた。正式な文書の形をとっていて、開封されていたが印章付きの蝋の封印がある。
「読んでみて」
オティーリエ王女からの手紙だ。
『親愛なる王妃様。オティーリエはバシュロ様とけっこむできることが嬉しいです。どうか今年もしょぞがをください。バシュロ様の金髪はきていでうらやますいです。わたくしもバシュロ様と並んで恥ずかしくないように、毎晩肌と髪の手入れをしています。ドレスもたくさん作りました。王妃様もごきげんうるわしいことをねがています』
読み終わって目をあけると、眉間に指を置いている王妃殿下の姿があった。
「どうですか。あなたと同じ十三歳としては」
どうですかとおっしゃれてましても…
「きっとオティーリエ王女は、無邪気な方なのですわ。わたくしのように必死に家族から逃げたいような事情がないのです。このくらいの綴りの間違いは、わたくしの級友でもたまにあります」
「それにしても内容が幼すぎます。公式の文書の形式を取りながらこれですよ?」
ふうとため息を吐く。
「わたくしが思うに、よく言えば伸び伸びと、悪く言えば甘やかされているのでしょうね」
首を振る王妃殿下。
「あと四年でどこまで成長するか見ましょう。もしもこのままの甘やかされた娘ならば…」
きっと私に向かう。
「あなたは二番目です」
「はい」
「決してオティーリエ王女より先んじてはいけません」
「はい。肝に銘じます」
わかっています。私は契約した側妃の立場ですもの。
「あなたはオティーリエ王女より半年早く入内します。式典はありませんが…」
言いよどむ。
「一応、新枕の儀として、入内から三夜バシュロが通います」
体中がひやっとする。
「半年です」
念を押すように王妃殿下がおっしゃる。
「わたくしとしては、オティーリエ王女が男児を産むまで閨を断っていただきたかったの。もしあなたが先に男児を産めば、いらぬ諍いが起こらないとも限りません」
首を振る。
「でももしも、嫁いで来たオティーリエ王女がこの調子ならば、わたくしはあなたを推します」
私の顔色は大丈夫だろうか。
「後宮はあなたが仕切って、王子を産んでくれたら喜ばしいと思います。バシュロは今のオティーリエ王女を気に入っていないようですし」
にこっと微笑む。
「王妃殿下、オティーリエ王女はお美しいですわ。きっと実際にお会いになったら、バシュロ殿下も愛するでしょう」
「バシュロが愛するのはあなたですよ。母として自信があります。たとえオティーリエ王女に情をかけても、あなたの方が上でしょう。自分で選んだ側妃ですもの」
私にその気はないと言っても選択の余地はない。
「バシュロにも申し付けますが、とにかくオティーリエ王女が入内して半年様子を見ます。見込みがないなら、あなたが頼りですが、とりあえず一年は閨を断るように。バシュロにも言いますが、決して流されないように」
私は心の底から、オティーリエ王女の成長を祈った。
王妃殿下が眉間に皺を寄せておっしゃったのは、翌週の側妃教育の場でだ。
まさか、先週言ったものではないでしょうね。鳩尾の当たりがきゅぅっと絞られる感じがする。
「存じ上げません。先週、お話しなさっていましたが、何をお贈りになったかまでは聞き及んでおりません」
無難に答える。
「あの子ったら!!」
王妃殿下は畳んだ扇を反対の掌にパシパシ叩きつける。怒っていらっしゃる。
「オティーリエ王女から贈られた純金の像を鋳溶かさせて、贈られた品物の宝石を全部剥がさせて、女性が片手では持ち上げられないような重さのペーパーナイフを作らせたのです」
静かに怒っていらっしゃる。
バシュロ殿下は、先週おっしゃった通りになさったのだ。
「ペーパーナイフですよ?関係を切りたいと誤解されたらどうしましょう」
私は先週の話から、必死にカテーナ王国の風習を調べた。
「王妃殿下、わたくし、先週バシュロ殿下がおっしゃったことは冗談だと思っていたのですが、念のためカテーナ王国の風習を調べました」
王妃殿下が私を見つめる。
「カテーナ王国ではそういう習慣はありませんでした。豊かな国ですので、華美なものが好まれ、きっと豪華なペーパーナイフは喜ばれるかと存じます。それに」
「それに?」
「文具を贈ることは『お便りをください』という意味になるそうです」
王妃殿下は明らかにほっとした顔になった。
「結果的によろしかったのね」
王妃殿下はまだ難しい顔だ。
「正直わたくしは驚きました。ペーパーナイフのことではなくオティーリエ王女の手紙です」
バシュロ殿下はあの手紙を見せたのだろうかと、内心ひやっとした。
「初めてオティーリエ王女から手紙をいただいたのですが…」
ため息を吐く。
「あんなに幼いとは思いませんでした。母国語さえ綴りを間違えているなんて」
私は知らぬ顔をするのに必死だった。
「周りの者は何をしているのでしょう?公式な使者に託した手紙の品格も教えないのでしょうか」
私も周りの者の無能さに、オティーリエ王女を心配してしまった。
「普段、あなたを見ているからでしょうね。同じ年齢だと言うのに、あなたはカテーナ語が堪能ですものね」
「いえ、まだ辞書を用いた読み書きが精いっぱいで、話すことは自信がございません」
王妃殿下は麗々しい巻き紙を渡してきた。正式な文書の形をとっていて、開封されていたが印章付きの蝋の封印がある。
「読んでみて」
オティーリエ王女からの手紙だ。
『親愛なる王妃様。オティーリエはバシュロ様とけっこむできることが嬉しいです。どうか今年もしょぞがをください。バシュロ様の金髪はきていでうらやますいです。わたくしもバシュロ様と並んで恥ずかしくないように、毎晩肌と髪の手入れをしています。ドレスもたくさん作りました。王妃様もごきげんうるわしいことをねがています』
読み終わって目をあけると、眉間に指を置いている王妃殿下の姿があった。
「どうですか。あなたと同じ十三歳としては」
どうですかとおっしゃれてましても…
「きっとオティーリエ王女は、無邪気な方なのですわ。わたくしのように必死に家族から逃げたいような事情がないのです。このくらいの綴りの間違いは、わたくしの級友でもたまにあります」
「それにしても内容が幼すぎます。公式の文書の形式を取りながらこれですよ?」
ふうとため息を吐く。
「わたくしが思うに、よく言えば伸び伸びと、悪く言えば甘やかされているのでしょうね」
首を振る王妃殿下。
「あと四年でどこまで成長するか見ましょう。もしもこのままの甘やかされた娘ならば…」
きっと私に向かう。
「あなたは二番目です」
「はい」
「決してオティーリエ王女より先んじてはいけません」
「はい。肝に銘じます」
わかっています。私は契約した側妃の立場ですもの。
「あなたはオティーリエ王女より半年早く入内します。式典はありませんが…」
言いよどむ。
「一応、新枕の儀として、入内から三夜バシュロが通います」
体中がひやっとする。
「半年です」
念を押すように王妃殿下がおっしゃる。
「わたくしとしては、オティーリエ王女が男児を産むまで閨を断っていただきたかったの。もしあなたが先に男児を産めば、いらぬ諍いが起こらないとも限りません」
首を振る。
「でももしも、嫁いで来たオティーリエ王女がこの調子ならば、わたくしはあなたを推します」
私の顔色は大丈夫だろうか。
「後宮はあなたが仕切って、王子を産んでくれたら喜ばしいと思います。バシュロは今のオティーリエ王女を気に入っていないようですし」
にこっと微笑む。
「王妃殿下、オティーリエ王女はお美しいですわ。きっと実際にお会いになったら、バシュロ殿下も愛するでしょう」
「バシュロが愛するのはあなたですよ。母として自信があります。たとえオティーリエ王女に情をかけても、あなたの方が上でしょう。自分で選んだ側妃ですもの」
私にその気はないと言っても選択の余地はない。
「バシュロにも申し付けますが、とにかくオティーリエ王女が入内して半年様子を見ます。見込みがないなら、あなたが頼りですが、とりあえず一年は閨を断るように。バシュロにも言いますが、決して流されないように」
私は心の底から、オティーリエ王女の成長を祈った。
2,039
お気に入りに追加
3,632
あなたにおすすめの小説
側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました
ひとみん
恋愛
タイトル変更しました!旧「国王陛下の長い一日」です。書いているうちに、何かあわないな・・・と。
内容そのまんまのタイトルです(笑
「側妃を迎えたいと思うのだが」国王が言った。
「了承しました。では今この時から夫婦関係は終了という事でいいですね?」王妃が言った。
「え?」困惑する国王に彼女は一言。「結婚の条件に書いていますわよ」と誓約書を見せる。
其処には確かに書いていた。王妃が恋人を作る事も了承すると。
そして今更ながら国王は気付く。王妃を愛していると。
困惑する王妃の心を射止めるために頑張るヘタレ国王のお話しです。
ご都合主義のゆるゆる設定です。
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
お金のために氷の貴公子と婚約したけど、彼の幼なじみがマウントとってきます
鍋
恋愛
キャロライナはウシュハル伯爵家の長女。
お人好しな両親は領地管理を任せていた家令にお金を持ち逃げされ、うまい投資話に乗って伯爵家は莫大な損失を出した。
お金に困っているときにその縁談は舞い込んできた。
ローザンナ侯爵家の長男と結婚すれば損失の補填をしてくれるの言うのだ。もちろん、一も二もなくその縁談に飛び付いた。
相手は夜会で見かけたこともある、女性のように線が細いけれど、年頃の貴族令息の中では断トツで見目麗しいアルフォンソ様。
けれど、アルフォンソ様は社交界では氷の貴公子と呼ばれているぐらい無愛想で有名。
おまけに、私とアルフォンソ様の婚約が気に入らないのか、幼馴染のマウントトール伯爵令嬢が何だか上から目線で私に話し掛けてくる。
この婚約どうなる?
※ゆるゆる設定
※感想欄ネタバレ配慮ないのでご注意ください
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
【完結】前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~
らんか
恋愛
ルーデンベルグ王国の王宮の広間。
ここで、私は婚約者であるライアン・ルーデンベルグ王太子殿下から、鋭い視線を浴びていた。
「ルーシー・ヘルツェビナ!!
お前との婚約は破棄だ! お前のような悪辣な女が王太子妃、ひいては王妃になるなど、この国の損失にしかならない!
私はここにいる心優しいマリーナ嬢を婚約者とする!
そしてお前は、この未来の王妃であるマリーナに対する様々な嫌がらせや、破落戸を雇ってマリーナを襲わせようとした罪により、娼館送りとする!」
有無をも言わせず、質素な立て付けの悪い小さな馬車に無理やり乗せられ、娼館送りとなり、その途中で私は死んだ。
……はずだったのに、何故また生きてるの?
しかも、今の私は幼い頃に戻っている!?
ならば。
人生の、やり直しが出来るのでは?
今世は、ライアン第一王子殿下の婚約者になりたくない!
ライアン様にもマリーナにも関わらずに、私は幸せに長生きする事を目標として生きていくわ!
妾の子である公爵令嬢は、何故か公爵家の人々から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
私の名前は、ラルネア・ルーデイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。
といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。
普通に考えて、妾の子というのはいい印象を持たれない。大抵の場合は、兄弟や姉妹から蔑まれるはずの存在であるはずだ。
しかし、何故かルーデイン家の人々はまったく私を蔑まず、むしろ気遣ってくれている。私に何かあれば、とても心配してくれるし、本当の家族のように扱ってくれるのだ。たまに、行き過ぎていることもあるが、それはとてもありがたいことである。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる