上 下
6 / 35

6.もはや戻れない

しおりを挟む
 バシュロ第一王子殿下は私を「未来の側妃」と言ってしまった。
 これを覆すのは、王家に背くことになる。

 私は頭が混乱し、気づくと生徒会室に居た。両隣にリゼット第一王女殿下とミレーヌ・ラレット侯爵令嬢がいて、私の髪や肩を撫でていた。
「すぐに王宮から迎えが来ますからね。王宮で髪を調えましょうね」
 リゼット様が慰めているようだ。

 私は髪よりも、「未来の側妃」と公言されてしまったことに呆然としていた。

 もはや戻れないではないか。

 ようやくバシュロ第一王子殿下の方を向くと
「ごめん」
 と言った。
「君には監視をつけていたのだけど、まさかあんなことをする令嬢がいるなんて思わなかったんだ。思わず言ってしまった」
「何をおっしゃったのですか!?」
 リゼット様が声を荒らげた。

「わたくしを未来の側妃と、皆様の前で…」
 ふるふると震えてきた。恐怖や心配ではなく怒りだ。
「バシュロ第一王子殿下!もう決定したも同じではないですか!わたくしの気持ちを優先するようなことをおっしゃいましたよね!?」
 思わず責め立てる。
「お兄様!!」
 リゼット様も詰め寄る。
「ベルナデットはまだ十二歳ですよ!こんな重責を負わせるなんて!」
「すまない」
 バシュロ第一王子殿下はさして悪びれた様子もなく謝罪した。
「新年祭で母上が君を見初めてね。それから君を調査して、どうしても君がいいとおっしゃるんだ。この夏、君がプライブ伯爵家の養女になったらすぐに、父上が宣旨を出すことが決定した」
 決定ですって?

 本当にもう戻れないのだ。

「側妃としての教育もあるし、来年からは王宮で暮らすことになる」

 この王子の顔に、ローテーブルに置かれたお茶をぶっかけたら不敬として話は覆るかしら。
「君は私を罵っていいよ。それだけのことをしたと思っている。だが政治なんだ。諦めてくれ」
 私はがっくり肩をおとした。泣くまいと必死だった。

 そしてそのままリゼット様に肩を抱かれて馬車に乗り、王宮へ連れていかれた。

 王宮で調髪を専門にしている侍女さんに髪を整えていただいた。
 切られた横髪を揃えて、自然にみえるようにカットされる。

「これを差し上げるわ。短い部分の上の方に留めたら可愛いわよ」
 リゼット様が花型の髪留めを両耳の上のところに留めてくださる。
「リボンもいいし、この部分だけ巻くのも可愛いわ」
 リゼット様はいくつもの可愛いリボンを目の前に並べて、私の髪に当ててはためすがめすしている。

「今夜は王宮に泊まって行きなさい。明日は寮まで送っていくわ。そのままメイド達が荷造りを手伝うから、プライブ伯爵家まで送るわ。今はタウンハウスにいるのよ」

 そっとハンカチが頬に当てられて、私は涙を零しているのに気づいた。

「その涙は髪を切られたせい?それともお兄様のせい?」
 リゼット様が慰めるように肩を抱く。
「わかりません。色々ありすぎて」
「そう」

 リゼット様は私をソファーへ連れて行った。隣に座って私を見ながら手を握る。

「今日、お兄様がやったことは、おそらくいい機会に飛びついた計算づくのことよ」
 私はリゼット様を見た。
「髪を切られる前に助け出したかったのはきっと本当よ。でも髪を切られたことで、あの令嬢達を排除するかっこうの理由ができたことを喜んでいるのも事実だわ」
 少し置いて続ける。
「わたくしもあなたを傷つける要因を排除できるのは嬉しく思っているの。これが政治なのよ」

 リゼット様は私の頬に手を当てて続ける。
「新学期が始まったら、皆があなたを見る目が変わるわ。だってお兄様が未来の側妃と言ってしまったし、あなたを抱いて連れて来たのよ。あなたは未来の側妃として振舞わなくてはいけないわ。毅然としてね」
 私は驚き、リゼット様は小さなため息を吐く。
「たった十二歳で側妃になる未来が決まってしまったことは可哀想だと思うわ。将来あなたは常に二番目としての立場なのですもの。でもしっかりするのよ。側妃になるまであと五年のうちに学んで、覚悟をつけられるように、わたくしも支えるわ」

 そして下を向いて少し小さな声で言った。
「わたくしは三年後にダイアード公爵家のドリュー様に降嫁するけれど、あなたが呼んだらかけつけるわ」

 私は混乱とありがたさで訳もわからなくなり泣いた。そんな私を抱きながら言った。
「お兄様には私から抗議しておくわ」

 そのまま王宮に泊まったが、一晩中まんじりともせずに朝を迎えた。
 食欲がなく朝食を断って寮へ向かおうとすると、バシュロ第一王子殿下が駆け寄ってきた。花束を渡して
「すまなかったと思っているが、どうか私の側妃になって欲しい。決して悲しい思いはさせないし、守るから」
 私は淑女の礼をしてから、花束を受け取り
「これから時間をかけてどこかへ行く者に、花束なんて無粋ですわ」
 と笑ってみせると、バシュロ第一王子殿下は少し安堵した顔になって微笑んだ。

 私はバシュロ第一王子殿下のエスコートで馬車に乗った。
「母上と父上が直接会えなかったことを残念がっていたよ。私は叱られた」
 当然です。

 その夏、私はベルナデット・アシャール子爵令嬢から、ベルナデット・プライブ伯爵令嬢になった。
 同時に、第一王子の未来の側妃という立場にも。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃を迎えたいと言ったので、了承したら溺愛されました

ひとみん
恋愛
タイトル変更しました!旧「国王陛下の長い一日」です。書いているうちに、何かあわないな・・・と。 内容そのまんまのタイトルです(笑 「側妃を迎えたいと思うのだが」国王が言った。 「了承しました。では今この時から夫婦関係は終了という事でいいですね?」王妃が言った。 「え?」困惑する国王に彼女は一言。「結婚の条件に書いていますわよ」と誓約書を見せる。 其処には確かに書いていた。王妃が恋人を作る事も了承すると。 そして今更ながら国王は気付く。王妃を愛していると。 困惑する王妃の心を射止めるために頑張るヘタレ国王のお話しです。 ご都合主義のゆるゆる設定です。

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

お金のために氷の貴公子と婚約したけど、彼の幼なじみがマウントとってきます

恋愛
キャロライナはウシュハル伯爵家の長女。 お人好しな両親は領地管理を任せていた家令にお金を持ち逃げされ、うまい投資話に乗って伯爵家は莫大な損失を出した。 お金に困っているときにその縁談は舞い込んできた。 ローザンナ侯爵家の長男と結婚すれば損失の補填をしてくれるの言うのだ。もちろん、一も二もなくその縁談に飛び付いた。 相手は夜会で見かけたこともある、女性のように線が細いけれど、年頃の貴族令息の中では断トツで見目麗しいアルフォンソ様。 けれど、アルフォンソ様は社交界では氷の貴公子と呼ばれているぐらい無愛想で有名。 おまけに、私とアルフォンソ様の婚約が気に入らないのか、幼馴染のマウントトール伯爵令嬢が何だか上から目線で私に話し掛けてくる。 この婚約どうなる? ※ゆるゆる設定 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでご注意ください

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

妾の子である公爵令嬢は、何故か公爵家の人々から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、ラルネア・ルーデイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。 といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。 普通に考えて、妾の子というのはいい印象を持たれない。大抵の場合は、兄弟や姉妹から蔑まれるはずの存在であるはずだ。 しかし、何故かルーデイン家の人々はまったく私を蔑まず、むしろ気遣ってくれている。私に何かあれば、とても心配してくれるし、本当の家族のように扱ってくれるのだ。たまに、行き過ぎていることもあるが、それはとてもありがたいことである。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

【完結】前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

らんか
恋愛
 ルーデンベルグ王国の王宮の広間。    ここで、私は婚約者であるライアン・ルーデンベルグ王太子殿下から、鋭い視線を浴びていた。     「ルーシー・ヘルツェビナ!!  お前との婚約は破棄だ! お前のような悪辣な女が王太子妃、ひいては王妃になるなど、この国の損失にしかならない!  私はここにいる心優しいマリーナ嬢を婚約者とする!  そしてお前は、この未来の王妃であるマリーナに対する様々な嫌がらせや、破落戸を雇ってマリーナを襲わせようとした罪により、娼館送りとする!」    有無をも言わせず、質素な立て付けの悪い小さな馬車に無理やり乗せられ、娼館送りとなり、その途中で私は死んだ。      ……はずだったのに、何故また生きてるの?  しかも、今の私は幼い頃に戻っている!?  ならば。  人生の、やり直しが出来るのでは?  今世は、ライアン第一王子殿下の婚約者になりたくない!  ライアン様にもマリーナにも関わらずに、私は幸せに長生きする事を目標として生きていくわ!      

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...