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4.新年祭へ
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新年祭の招待状の翌日、プライブ伯爵家から手紙が届いた。大小いくつもの贈り物の箱も届けられた。
手紙はオルセー伯父からで、私を養女に迎えることを喜んでいた。
来年の夏に縁組をして籍を入れるために奔走しているそうだ。
あの両親と交渉するオルセー伯父に同情する。
この数日考えて、いくつかの利点にたどり着いた。
確かに王家に入内すれば、持参金はいらないどころか王家から支度金が出る。
王子の政務と王子妃の補佐ならば、文官と変わらない気がしてきた。違うのは生涯に渡っての就職である点だ。
もしも、アシャール子爵家の娘の身分で文官として出仕したら、必ず実家に仕送りを求められる。その点ではプライブ伯爵家の養女になれることはありがたい。
私に何もしてくれない両親に未練はない。
私はごく一般的な貴族と同じく、産まれてから三歳くらいまで乳母に育てられ、その後は侍女やメイド達に面倒をみられて成長した。両親との情が薄いのは、彼らが弟ダニエルと妹コリンヌにしか関心がなかったからだろう。
細かいことは世間知らずの頭では追い付かず、放っておくことにした。
とりあえず、私は成績優秀者でいることが重要だ。
十五歳のデビューの後は、側妃の契約を受けるか、断って自力で部屋を探すまでだ。いや、その頃にはプライブ伯爵家の養女になっているのだから、部屋にコリンヌを入れる必要もないかもしれない。
新年祭の招待状にはリゼット第一王女殿下からの手紙が同封されていた。
「ガーデン・パーティーと言っても冬なので温室で行います。暖かいので心配しないで。わたくしは赤のドレス、妹のセリーナは白のドレスです。当日は寮まで迎えの馬車を寄こします」
親切にドレスの色が被らないように知らせてくれていた。
デイドレスの中から、淡い緑色のものを選ぶ。プライブ家からの贈り物の中に、中心に向かって緑色が濃くなる花を模したファシネーターがあったからだ。
新年祭当日、私は自分で支度をすませ、プライブ家から贈られた紺色に白の毛皮の縁取りのあるマントを羽織って、ロビーで待機していた。
馬車止めに到着した音を聞いて外に出ると、なんとバシュロ第一王子殿下が馬車から出てきた。
「エスコートを許してくれるかな」
とにっこり微笑む。
まずい。
十二歳の頭でも、バシュロ第一王子殿下にエスコートされることは色々な意味で危ないことはわかる。
バシュロ第一王子殿下は側妃への外堀を埋めようとなさっている。
ここでエスコートを受けたら、後戻りはできないし、平和な学園生活から遠のく。
同じ学園にヘレン・アンダーソンと言う伯爵令嬢がいるのだが、彼女はバシュロ第一王子殿下に夢中で
「絶対に王子妃になる」
と公言してはばからない。
周囲から
「バシュロ第一王子殿下はカテーナ王国の王女殿下を王子妃に迎えると決定している」
と注意されても、うっとりした様子で
「バシュロ様はわたくしとの真実の愛に目覚めて、王子妃にしてくれるようになるのよ」
と、大きな声で言って顰蹙をあびている。
周囲の話の端々から、真実の愛どころか目通りしたこともないらしい。デビュー前ですものね。
「バシュロ第一王子殿下、恐れ多いことでございますが、どうかエスコートはご容赦ください」
礼をしたまま願うとバシュロ第一王子殿下は笑った。
「君は本当に頭がいいね。私がエスコートして会場に入る意味を察している」
当たり前です。
「わかったよ。エスコートはしない。馬車で送るだけ。下りる場所も別にしてあげる」
安堵したが、馬車の中はひどく気づまりだった。
バシュロ第一王子殿下は楽しそうに私に質問し続けた。
生徒会に入って仕事をすれば、月々金貨三十枚を得られるのはとても魅力的だが、それは高等部で部屋を借りる前提の話だ。
バシュロ第一王子殿下は微笑みながら言ったのだ。
「君が側妃として入ってくれるなら、王宮内に君の部屋を用意するよ。誰にも手出しできない安全な場所だろう?」
安全この上ないが危険もこの上ない。
今の時点でプライブ伯爵家の養女という立場と、将来の第一王子の側妃と言う立場に縋って利用できるかわからない。
バシュロ第一王子殿下はにこにこ笑いながら言った。
「時間はたっぷりあるから考えておいて。君が中等部の三年の冬季休暇までに決めて欲しい」
時間が短くなった!少しだけど。
「両親に話して君の資料を見せたら乗り気になってね、是非デビュタントの君を私がエスコートして発表したいと言い出したんだ」
どんどん逃げ場がなくなっていく気がする。
「そんなに青ざめないで。今日は楽しんで」
馬車は王宮に到着した。バシュロ第一王子殿下は扉の外へは出ず、私は従者に手を貸してもらって馬車を出た。
宮女の方に案内されて温室へ向かう。手前の控室でマントや手袋をあずかってもらい、温室へ入った。
暖かな空気と共に、美しいリゼット第一王女殿下が歩み寄ってきた。
「ようこそ、ベルナデット。セリーナ、こちらがベルナデットよ」
十歳のセリーナ第二王女殿下は可愛らしい少女だった。
「こんにちは、ベルナデット。わたくしのことは名前で呼んでね」
ああ、このパーティで王族と親しいことがどのくらい広まるのだろう。もう開き直るしかない。
手紙はオルセー伯父からで、私を養女に迎えることを喜んでいた。
来年の夏に縁組をして籍を入れるために奔走しているそうだ。
あの両親と交渉するオルセー伯父に同情する。
この数日考えて、いくつかの利点にたどり着いた。
確かに王家に入内すれば、持参金はいらないどころか王家から支度金が出る。
王子の政務と王子妃の補佐ならば、文官と変わらない気がしてきた。違うのは生涯に渡っての就職である点だ。
もしも、アシャール子爵家の娘の身分で文官として出仕したら、必ず実家に仕送りを求められる。その点ではプライブ伯爵家の養女になれることはありがたい。
私に何もしてくれない両親に未練はない。
私はごく一般的な貴族と同じく、産まれてから三歳くらいまで乳母に育てられ、その後は侍女やメイド達に面倒をみられて成長した。両親との情が薄いのは、彼らが弟ダニエルと妹コリンヌにしか関心がなかったからだろう。
細かいことは世間知らずの頭では追い付かず、放っておくことにした。
とりあえず、私は成績優秀者でいることが重要だ。
十五歳のデビューの後は、側妃の契約を受けるか、断って自力で部屋を探すまでだ。いや、その頃にはプライブ伯爵家の養女になっているのだから、部屋にコリンヌを入れる必要もないかもしれない。
新年祭の招待状にはリゼット第一王女殿下からの手紙が同封されていた。
「ガーデン・パーティーと言っても冬なので温室で行います。暖かいので心配しないで。わたくしは赤のドレス、妹のセリーナは白のドレスです。当日は寮まで迎えの馬車を寄こします」
親切にドレスの色が被らないように知らせてくれていた。
デイドレスの中から、淡い緑色のものを選ぶ。プライブ家からの贈り物の中に、中心に向かって緑色が濃くなる花を模したファシネーターがあったからだ。
新年祭当日、私は自分で支度をすませ、プライブ家から贈られた紺色に白の毛皮の縁取りのあるマントを羽織って、ロビーで待機していた。
馬車止めに到着した音を聞いて外に出ると、なんとバシュロ第一王子殿下が馬車から出てきた。
「エスコートを許してくれるかな」
とにっこり微笑む。
まずい。
十二歳の頭でも、バシュロ第一王子殿下にエスコートされることは色々な意味で危ないことはわかる。
バシュロ第一王子殿下は側妃への外堀を埋めようとなさっている。
ここでエスコートを受けたら、後戻りはできないし、平和な学園生活から遠のく。
同じ学園にヘレン・アンダーソンと言う伯爵令嬢がいるのだが、彼女はバシュロ第一王子殿下に夢中で
「絶対に王子妃になる」
と公言してはばからない。
周囲から
「バシュロ第一王子殿下はカテーナ王国の王女殿下を王子妃に迎えると決定している」
と注意されても、うっとりした様子で
「バシュロ様はわたくしとの真実の愛に目覚めて、王子妃にしてくれるようになるのよ」
と、大きな声で言って顰蹙をあびている。
周囲の話の端々から、真実の愛どころか目通りしたこともないらしい。デビュー前ですものね。
「バシュロ第一王子殿下、恐れ多いことでございますが、どうかエスコートはご容赦ください」
礼をしたまま願うとバシュロ第一王子殿下は笑った。
「君は本当に頭がいいね。私がエスコートして会場に入る意味を察している」
当たり前です。
「わかったよ。エスコートはしない。馬車で送るだけ。下りる場所も別にしてあげる」
安堵したが、馬車の中はひどく気づまりだった。
バシュロ第一王子殿下は楽しそうに私に質問し続けた。
生徒会に入って仕事をすれば、月々金貨三十枚を得られるのはとても魅力的だが、それは高等部で部屋を借りる前提の話だ。
バシュロ第一王子殿下は微笑みながら言ったのだ。
「君が側妃として入ってくれるなら、王宮内に君の部屋を用意するよ。誰にも手出しできない安全な場所だろう?」
安全この上ないが危険もこの上ない。
今の時点でプライブ伯爵家の養女という立場と、将来の第一王子の側妃と言う立場に縋って利用できるかわからない。
バシュロ第一王子殿下はにこにこ笑いながら言った。
「時間はたっぷりあるから考えておいて。君が中等部の三年の冬季休暇までに決めて欲しい」
時間が短くなった!少しだけど。
「両親に話して君の資料を見せたら乗り気になってね、是非デビュタントの君を私がエスコートして発表したいと言い出したんだ」
どんどん逃げ場がなくなっていく気がする。
「そんなに青ざめないで。今日は楽しんで」
馬車は王宮に到着した。バシュロ第一王子殿下は扉の外へは出ず、私は従者に手を貸してもらって馬車を出た。
宮女の方に案内されて温室へ向かう。手前の控室でマントや手袋をあずかってもらい、温室へ入った。
暖かな空気と共に、美しいリゼット第一王女殿下が歩み寄ってきた。
「ようこそ、ベルナデット。セリーナ、こちらがベルナデットよ」
十歳のセリーナ第二王女殿下は可愛らしい少女だった。
「こんにちは、ベルナデット。わたくしのことは名前で呼んでね」
ああ、このパーティで王族と親しいことがどのくらい広まるのだろう。もう開き直るしかない。
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