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1.王立学院入学
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その年の秋、私ベルナデット・アシャールは王立学院中等部に入学した。
試験で三位になった私は文官コースを選び、成績優秀者として学費と寮費の免除と月々の報奨金を約束された。寮の部屋は東南向きの一人部屋で居心地がよさそうだった。少なくとも実家よりは。
これから私は中等部、高等部の文官専門科の六年間、ここで過ごせるように成績優秀者でいなくてはならない。
なぜなら我が家、アシャール子爵家には私に使うためのお金がないからだ。
王立学院へ行く意思を伝えた時、母ディアーヌは言った。
「うちにはコリンヌの持参金で手いっぱいなの。ダニエルの学費と結婚費用もあるでしょ。あなたの学費は払えないわ。もちろん、持参金も出せないの」
ダニエルは二歳下の弟、コリンヌは私の四歳下の妹だ。
「お前には王宮に働きにいってもらうつもりだった」
父ドミニクが追い打ちをかける。
私の中で、プチーンと何かが切れる音がした。
つまりこの両親は、私に犠牲になれと暗に言ったのだ。
弟は跡取りなので仕方ないが、今八歳の妹には持参金をつけて嫁がせるが、私は弟妹のために働けと言うのだ。
今まで散々妹と差をつけられてきたが、もうたくさんだ。
私は十二歳で、アシャール子爵家との決別を決めた。
働きましょう。ただし六年後に文官として。
そこで私は奥の手を出した。
「わたくしが今年から進学せずに奉公に出ると知ったら、プライブのお祖父様とお祖母様が心を傷めるでしょう。もしかしたらプライブの伯父様が…」
なんだったら、プライブ伯爵家へ逃げ込んでもいいのよ。と言う棘を含ませる。
プライブ伯爵家は父の実家で、娘がいないオルセー伯父は私を大層可愛がっている。
我儘でうるさい妹のコリンヌは、「豆嵐」と呼んで嫌っている。コリンヌが遊びに来るときは、貴重品や壊れ物を片付けるほどだ。
両親は言葉に詰まった。そこに畳み掛ける。
「試験だけは受けさせてください。成績上位者には学費も寮費も免除されて、生活全般を援助してもらえます」
そうしてようやく私は王立学園の試験を受けて、見事成績上位者として実家になんの面倒もかけずに入学が決まった。制服は支給。三食は学院内で保証される。
嬉しいことに、この状況を知ったプライブ伯爵家から、月金貨二十枚の援助を申し出られた。もちろん両親には内密に。
学院から出る報奨金が月金貨五枚。その他、細々とした報奨金も出るが、プライブ家の温情はありがたい。
入学式の日、私はプライブ家からの援助に深く感謝することになる。
私は一刻も早くアシャール家から出たくて、寮へ早々と引っ越した。
部屋が調って、のびのびと過ごしていたが、成績優秀者の親として入学式に参列した母は、私の寮の部屋を見て言ったのだ。
「ここならコリンヌが入っても大丈夫そうね。あなたには簡易ベッドを入れればいいのだし」
なんですって!?
私には学費すら出せないと言ったその口で、コリンヌを入学させる気なの?
しかも私が勝ちとったベッドをあけ渡せと?私は簡易ベッド?
絶望している暇はない。
下宿から通う生徒もいる。妹が入学するまでに、ここを出て生活の場を定めなくてはならない。
文句を言え?
ばからしい。
この人にはコリンヌが一番で、私などどうでもいいのだ。十二年間の生活で痛いほど思い知っている。父親は事なかれ主義の優柔不断な人で、声の大きな者に追従する気質だ。さらに婿養子であることも、立場の危うさに追い打ちをかけている。
プライブのオルセー伯父の妻クレールの兄のバイエ伯爵家のファビアンと、コリンヌとの縁談を進めようとしているのを知っている。
オルセー伯父が、私との縁談だと思って問い合わせてきたのだ。
ファビアンは現在十六歳だ…
私が持参金云々の話を打ち明けて、
「わたくしを嫁がせる気はないようなのでコリンヌだと思います」
と答えると、なんとも言えない渋い顔になった。クレール伯母も顔色を変え、
「実家に問い合わせます」
と慌てていた。
本当になぜ、我が家は、いやこの両親はこんなにも常識がないのだろう?
そういう私もつい最近まで、これが普通なのだと思っていた。
正確には、私と弟が家庭教師から初期教育を習っていた場に、二年前に妹が参加するようになってから異常さに気づいたのだ。
妹が初期教育の場に来てから、家庭教師は四人替わった。
ごく当たり前の教育や礼法を教える行為を妹が嫌がれば、母は家庭教師を替えた。今の家庭教師は母におもねる、妹に甘い嫌な女だ。
そんな家からようやく解放されたと安堵したのに、四年後にここに、この部屋に妹が来る?
とんでもない。
私は四年後を待たずに、ここを出る決意をした。
プライブ家からの援助は本当にありがたい。
中等部の間に節約と報奨金でお金を貯めて、どこか居心地のいい下宿か部屋を借りよう。
寮に居れば三食が保証されるが、出ても昼食は保証される。
質素に倹約すればどうとでもなる。
試験で三位になった私は文官コースを選び、成績優秀者として学費と寮費の免除と月々の報奨金を約束された。寮の部屋は東南向きの一人部屋で居心地がよさそうだった。少なくとも実家よりは。
これから私は中等部、高等部の文官専門科の六年間、ここで過ごせるように成績優秀者でいなくてはならない。
なぜなら我が家、アシャール子爵家には私に使うためのお金がないからだ。
王立学院へ行く意思を伝えた時、母ディアーヌは言った。
「うちにはコリンヌの持参金で手いっぱいなの。ダニエルの学費と結婚費用もあるでしょ。あなたの学費は払えないわ。もちろん、持参金も出せないの」
ダニエルは二歳下の弟、コリンヌは私の四歳下の妹だ。
「お前には王宮に働きにいってもらうつもりだった」
父ドミニクが追い打ちをかける。
私の中で、プチーンと何かが切れる音がした。
つまりこの両親は、私に犠牲になれと暗に言ったのだ。
弟は跡取りなので仕方ないが、今八歳の妹には持参金をつけて嫁がせるが、私は弟妹のために働けと言うのだ。
今まで散々妹と差をつけられてきたが、もうたくさんだ。
私は十二歳で、アシャール子爵家との決別を決めた。
働きましょう。ただし六年後に文官として。
そこで私は奥の手を出した。
「わたくしが今年から進学せずに奉公に出ると知ったら、プライブのお祖父様とお祖母様が心を傷めるでしょう。もしかしたらプライブの伯父様が…」
なんだったら、プライブ伯爵家へ逃げ込んでもいいのよ。と言う棘を含ませる。
プライブ伯爵家は父の実家で、娘がいないオルセー伯父は私を大層可愛がっている。
我儘でうるさい妹のコリンヌは、「豆嵐」と呼んで嫌っている。コリンヌが遊びに来るときは、貴重品や壊れ物を片付けるほどだ。
両親は言葉に詰まった。そこに畳み掛ける。
「試験だけは受けさせてください。成績上位者には学費も寮費も免除されて、生活全般を援助してもらえます」
そうしてようやく私は王立学園の試験を受けて、見事成績上位者として実家になんの面倒もかけずに入学が決まった。制服は支給。三食は学院内で保証される。
嬉しいことに、この状況を知ったプライブ伯爵家から、月金貨二十枚の援助を申し出られた。もちろん両親には内密に。
学院から出る報奨金が月金貨五枚。その他、細々とした報奨金も出るが、プライブ家の温情はありがたい。
入学式の日、私はプライブ家からの援助に深く感謝することになる。
私は一刻も早くアシャール家から出たくて、寮へ早々と引っ越した。
部屋が調って、のびのびと過ごしていたが、成績優秀者の親として入学式に参列した母は、私の寮の部屋を見て言ったのだ。
「ここならコリンヌが入っても大丈夫そうね。あなたには簡易ベッドを入れればいいのだし」
なんですって!?
私には学費すら出せないと言ったその口で、コリンヌを入学させる気なの?
しかも私が勝ちとったベッドをあけ渡せと?私は簡易ベッド?
絶望している暇はない。
下宿から通う生徒もいる。妹が入学するまでに、ここを出て生活の場を定めなくてはならない。
文句を言え?
ばからしい。
この人にはコリンヌが一番で、私などどうでもいいのだ。十二年間の生活で痛いほど思い知っている。父親は事なかれ主義の優柔不断な人で、声の大きな者に追従する気質だ。さらに婿養子であることも、立場の危うさに追い打ちをかけている。
プライブのオルセー伯父の妻クレールの兄のバイエ伯爵家のファビアンと、コリンヌとの縁談を進めようとしているのを知っている。
オルセー伯父が、私との縁談だと思って問い合わせてきたのだ。
ファビアンは現在十六歳だ…
私が持参金云々の話を打ち明けて、
「わたくしを嫁がせる気はないようなのでコリンヌだと思います」
と答えると、なんとも言えない渋い顔になった。クレール伯母も顔色を変え、
「実家に問い合わせます」
と慌てていた。
本当になぜ、我が家は、いやこの両親はこんなにも常識がないのだろう?
そういう私もつい最近まで、これが普通なのだと思っていた。
正確には、私と弟が家庭教師から初期教育を習っていた場に、二年前に妹が参加するようになってから異常さに気づいたのだ。
妹が初期教育の場に来てから、家庭教師は四人替わった。
ごく当たり前の教育や礼法を教える行為を妹が嫌がれば、母は家庭教師を替えた。今の家庭教師は母におもねる、妹に甘い嫌な女だ。
そんな家からようやく解放されたと安堵したのに、四年後にここに、この部屋に妹が来る?
とんでもない。
私は四年後を待たずに、ここを出る決意をした。
プライブ家からの援助は本当にありがたい。
中等部の間に節約と報奨金でお金を貯めて、どこか居心地のいい下宿か部屋を借りよう。
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