赤の魔女は恋をしない

チャイムン

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8.細工は流流

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 やはりデーティアが遠目で見破った通り、エルーリアに幻惑の魔法がかかっている。見た目に錯覚を与える魔法だ。魅了の魔法と時間固定の魔法もだ
 その魔法の網をかいくぐって本当の姿を視たデーティアは呆れた。

 あれが「豊満で妖艶な体に似合わない天使の如きあどけない顔」のエルーリアだって?
 デーティアは心底驚いた。
 確かに豊満な胸を見せつけるように大きく開いたデコルテから谷間が見えるドレス、腰は中のコルセットはもちろん、外側もボディスでぎゅっと絞っていた。

 しかし魔力で視ればドレスの下はだらしなくたるんだ中年女のものじゃないか。

 顔も化粧が濃く、小さめの目を隈どって大きく見せ、まつ毛は獣の毛を加工したものを張り付けている。唇はぽってりしているが、白粉で小さく見せている。
 盛りを過ぎた中年の娼妓がよく使う化粧法だ。

 それをアンダリオの幻惑の魔法があたかも素顔のように自然に見せている。
 さらに魅了の魔法と時間固定の魔法の網が覆う。
 しかしそれらはアンダリオがかけた当時よりずいぶん劣化しているようだ。

 なんだ?この娘、いや、女は。

 この中年女を少女と認識する周囲の者、とりわけ男たちは。

 確かに見た目は幻惑の魔法によってだ。
 だが隣の部屋でエルーリアと王子はベッドでをしている。

 体に触ればわかるもんじゃないかね?服を全部は脱がないのかと下品な考えに及んでしまう。

 娼館でよく使う媚薬効果のある香のせいだろうか?
 だとしたら、あたしがもっとよく効く香を調合してやろうじゃないか。
 王子や男爵だけではなくてエルーリアやアイリーンも夢中になる特別なものをね。
 媚薬効果ではなく香りに夢中になって離せなくなるものだ。

 あたしは媚薬どころか惚れ薬も作れない。
 だけど人の心を操るものならできる。

 気づいた時には今までの媚薬効果は切れているってわけさ。

 次に術をかけ直すまでに、懐深く入ってやる。
 バンダンのものより品質のいい化粧品や香を作って使わせてやる。二度とバンダンのものに戻れないいいものをね。

 じわりしわりと食い込んで蝕んで、ジルリアとフィリパへの仕打ちを思い知らせてやる。

「いい化粧品はないか」
 案の定アイリーンが尋ねてきた。

 デーティアは持ってきた鞄の中から、数種類の香油と白粉と色粉を取り出して化粧品を調合して見せた。
「これはも発色もよくて崩れにくい上に肌にもいいよ。朝晩の洗顔の後に使う化粧水も作れるよ。材量と道具さえあればね。閨の香もお手のものさ」

 そう言ってデーティアはフードを取って別の幻惑の魔法をかけ直した顔を見せた。20代半ばの女の顔だ。
「あたしは五十歳だけどね、この化粧品を使えばここまで誤魔化せるよ」
(本当は七十二だけどね。エルフではまだまだ若輩さ)

 アイリーンは飛びつき、早速試して好感触を得た。

 当たり前さね。が作ったものだからね。娼館のものとは品が違うよ。

 アイリーンは追加を要求し、エルーリアも求めたので、部屋に上等な材料と道具が運ばれた。
 デーティアはせっせと仕掛けを忍ばせた化粧品を作り、ハウランの世話をした。死なない程度に。
 ハウランから魔法吸球リタラーガを取り上げるまで死なれたら困る。

 少しずつ慎重にハウランを魔法の素で拘束し、リタラーガを自分に結び付ける。
 近いうちに使い物にならなくなるハウランから取り上げるために。

 ハウランはリタラーガで魔力酔いが極まっており、もう正気ではない。
 こんな男の世話をするのは業腹だが仕方がない。

 世話をしながらハウランの記憶を探る。
 ハウランは野心に満ちた男で、師匠のアンダリオがアイリーンとエルーリアの依頼を受けてすぐに、この二人の企みに気づき自分の欲も叶えようと目論んだ。半人前の見習いが師匠を超えるために、男爵夫人が持っていたリタラーガを望んだのだ。巧みに二人を唆して。

 リタラーガを手に入れたハウランは親子に魔女や魔術師を集めさせて、さらに魔力を吸い取った。
 もちろんアンダリオともう一人の弟子のエリンに気づかれたが、その時にはリタラーガが吸い取った魔力が勝った。
 さらにこれ以上の魔法を拒んだアンダリオは、エリンと共に拷問にかけられた末に殺された。今際の際に吸い取ったアンダリオの魔力は膨大で、ハウランは廃人寸前まで魔力酔いを起こし、そのまま魔力を求め続けた。

 こんな男、同情の余地なんて砂粒ほどもない。
 デーティアは苦々しく思った。

 次の魔法をかけた後、デーティアはアイリーンとエルーリアに言った。

「この男、もう虫の息だよ。あと三日もたないね」
「そんな!」
 エルーリアは叫んだ。

「ねえ、あんた!コイツが抱えているものを扱えない?」
 しめた。
 喜びを隠してデーティアは渋い顔をした。

「この魔法道具は見たことないね。扱えるかどうかやってみてもいいかい?」
「ええ、やってみて」
 お許しが出たのでデーティアは堂々と、しかし表面ではおっかなびっくりを装ってリタラーガに手を伸ばす。
 自分の魔法の素で包み込んだリタラーガは封印寸前になっている。これなら触っても大丈夫だ。

 そこでハウランを魔法で小突いて身じろぎをさせた。

「今はダメだね。この男が息を引き取る間際に引き離さなきゃね」

 エルーリアは耳障りな甲高い声で笑った。
「コイツが死ねばいいの?じゃあ、死んでもらうわ」
 ためらいもせずにデーティアが使っている作業台の上に置いてあったナイフを握る。ハウランに向かうとその首にナイフを突き立てた。

 ヒゥっという呼吸音がして、ハウランは体を震わせる。
「早く!早く取って!」

 リタラーガを抱え込むハウランの腕が震える。
「まだだ、まだ」
 デーティアはわざと焦らす。
 この男にはぎりぎりまで苦しんでもらいたい。容易く死なせはしない。

 エルーリアは焦れてナイフを抜き取り、更に数回体に突き立てた。
「まだ!?」
「もうすぐさ」
 最後の震えの後、ハウランは死んだ。

 デーティアは慎重にリタラーガを手に取り、エルーリアに差し出した。
 怪しく赤く明滅するリタラーガに引き寄せられるエルーリア。
「おっと、お嬢様。それ以上近づくと危ないよ」
 化粧が溶けちまう。デーティアは心の中で嘲笑った。

「あたしでもずっと持ってはいられない。この布に包んで鞄に入れておくよ」
 嘘をつき、封印の魔法陣を組み込んだ布で包む。
 もうこのリタラーガは封印が完了した。
 後はいかにもリタラーガの魔力が働いているようにみせかけて術をかける。そして事が済んだら、安全な場所に安置しなくてはならない。

 デーティアはハウランの遺体をいかにも嫌なものをみるように言った。
「これ、さっさと片付けてくれてないかね?」

 すぐに数人の風体の悪い男性質がハウランの遺体を持ち去った。

「ちゃんと魔法は続けられるんでしょうね?」
 エルーリアは詰め寄る。
「この男の数倍の力があるよ。あたしの化粧品でも術でももうわかっているだろう?」
 エルーリアはすぐに笑って言った。
「もっと派手な口紅が欲しいの。建国祭に婚約発表してくれるって約束してくれたから。間に合う?」

 建国祭は二か月後だ。
「ああ、もちろん」
 あんたへの報復もね。
 デーティアは心の中でほくそ笑んだ。
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