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5.王都の噂話
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さて、どうしたものだろう。
怒りの中でデーティアは思案する。
フィリパ・ダンドリオンが蟄居しているのは、王都の東、ここから馬車で十日、王都からは12日ほどのダンドリオン領レムスだと聞いた。
子連れでは目立つし、まだ首も座っていない赤ん坊を連れて馬車も徒歩も危険だ。空間移動魔法でも今は危険だ。
せめて一ヶ月は経たないと、遠方へは連れていけない。
「あーあ、あたしが子育てするなんてね」
デーティアは自嘲した。
この日は町へ商品を持って行く予定だったが、赤ん坊がいては身動きが取れない。
魔法で伝言鳥を使いに出して「必要なら取りに来な」と伝える。
午後に町の商人ソランが香油を取りに馬車で来た。馬車にはデーティアの他の客も三人乗っていた。
料理用の乾燥ハーブとスパイスを買いに来た町の食堂"青い雌鶏亭"のハンナと、上品なご婦人が二人。
ハンナに
「いつものかい?」
と袋を渡す。
二人のご婦人は王都から来た商人の奥様方で、町で夫達が商品を仕入れる間に暇つぶしに占いを依頼にきたという。
ハンナは今年三十五歳になる。
ご婦人は年配の方が四十過ぎ、年下の方は三十過ぎくらいだろうか。
いつもなら面倒なと思う類の客だが、今日ばかりは歓迎だ。
噂好きのハンナが一緒なのも好都合。
赤ん坊の入った籠を横目で見て、商人とハンナに
「悪いね。商品を届けられなくて。叔母の甥っ子の嫁さんが産褥で死んでしまってね。嫁さんは人間なんだよ」
赤ん坊の存在は隠し通せるものではない。開き直って最初からいることを話しておく。
先に話題を提供すれば隠し事にならない。
「旅に出られるようになるまであたしが育てて、嫁さんの両親のところに送り届けなきゃならないのさ」
町の住民はデーティアのことをよく知っている。
ハーフ・エルフがハーフ・エルフを預かる。それだけの話だ。
四人にミントとレモンバームのハーブティーに蜂蜜を入れてすすめる。
「まあ、おいしいわ」
年配の方のご婦人が感嘆の声をあげる。
笑ってデーティアはローズマリーを練りこんだクラッカーもすすめる。
「このハーブティーは気分がさっぱりするよ。頭痛にも効く。クラッカーのローズマリーは血の巡りをよくして美肌効果がある。買って行くかい?」
十七歳くらいの少女に見えるデーティアのざっかけない口調にご婦人たちは少々驚いた顔をしながらも、ご婦人たちは是非にとハーブティーとクラッカーを購入する。
それを見たハンナは笑って
「奥様達、びっくりなさってるね。デーティアさんはあたしよりずっと年が上ですよ。半分エルフだから若く見えるんですよ。この人の作るものはみんな上等ですよ」
デーティアも笑って返す。
「そうさ、あたしはあんたたちのおっかさんやばあさんくらいの年だよ。ハンナが生まれた時に手伝いに行ったね。あの赤ん坊がもうこんな立派なおかみさんになっちゃってさ」
そしてご婦人達に向き直り
「さて、ご婦人方。占いをご所望とか。何を知りたいんだい?」
二人のご婦人は顔を見合わせ、年下の方が切り出した。
「王都での噂をご存じ?侯爵令嬢と男爵令嬢と第一王子のあの話」
待っていたとばかりにハンナが切りこむ。
「アレでしょう?男爵令嬢が王子をとっちまったってやつ。あれはどっちが本当なんですかね?」
ご婦人達は少し首を傾げた。
「噂では色々侯爵令嬢を悪く言う人もいますけどね、最近の騒ぎから考えると男爵令嬢が体を使って男達を誘惑してるって方が正しいような気がしますよ」
なんでも結婚を反対されている男爵令嬢は、「王子の子供を身籠った」と言い出したそうだ。
すると男爵令嬢に夢中な貴族子息達が「それは自分の子では」と騒ぎだした。
身持ちの悪さを露呈しそうになった男爵令嬢は一転して「狂言でした。わたしは誰ともそんな関係はありません」とよよと泣いたとか。
すると不思議なことに、王子も騒いでいた令息たちも口を揃えて「その通り」と言葉と態度をくるっと翻した。
これは妙だね。デーティアは思う。魔法の匂いがプンプンする。心を操る悪い魔法の悪臭だ。
「噂ではね、男爵令嬢はこう言ったんですって」
おかしくてたまらないと言う顔で年配のご婦人が言う。
「手を繋いだら赤ちゃんができると思っていたって」
商人も笑いに混じる。
「たいしたタマですねえ、その娘っこは」
「ええ、本当に」
「それでね、その話の真相を知りたいと思ったのですよ」
「よく当たるって評判なのですもの」
欲しかった噂のお礼にデーティアは占いに応じる。
「上つ方の醜聞だからね、あたしもはっきりこうだって言ったら危ない。もっとざっくりでいいかい?男爵令嬢が使っている美の秘密とか」
ご婦人達もハンナもきゃっきゃと笑って
「是非知りたい」
と言う。
デーティアは蝋燭を灯して集中した。
意識を男爵令嬢エルーリアへ飛ばし探り始めた。
金茶色の巻き毛、フワフワしたドレス。
男爵令嬢エルーリアの像が結び始める。
しかし何かがおかしい。
饐えた匂いが鼻をつく。悪臭の方だ。
よくない魔法の臭いだ。
それを探りながら、同時に罪のない依頼の化粧品を探る。
「王都の西のバンダンって店を知っているかい?」
デーティアが聞くと年下の方のご婦人が首を傾げる。
「バンダン?初めて聞きますわ」
年配のご婦人が言う。
「バンダンは娼館の名前ではなかったかしら?昔、お父様が行ったとか行かないとかでお母様と喧嘩になった時に聞いた覚えがあるわ」
ふぅん。デーティアは心の中で思う。
「じゃあ、その娼館で売っている化粧品なんだろうね。娼館では独自の処方の化粧品を扱うから」
「ほら、今の男爵夫人は酒場で働いていたそうだし。その前は娼館でもおかしくないわ」
人の悪い笑顔で年下のご婦人が言う。
「ドレスはレドメン、アクセサリーはシルインダだね」
「王室御用達じゃないの!」
「きっと王子が買い与えているのよ」
「あたしに言えるのはここまで。あとは反逆罪にされちまうよ」
また五人で笑い合った。
「やっぱり男爵令嬢はアバズレなのね」
「おやおや、たとえそう思ってもここだけにしとくれよ。王都に帰ったら声をひそめるんだよ」
デーティアは「しー」と言って、唇の前に人差し指を立てて見せて釘を刺した。
「あたしは男爵令嬢に憧れる方々に美の秘訣を占いで教えただけ。そこを間違えないでおくれ」
「しっかり覚えましたわ。憧れの男爵令嬢の真似は私達にはできないってことも」
くすくす笑いでご満悦の2人。
「さあ、ご婦人方」
デーティアは様々な商品を並べ始めた。
「バンダン秘伝の化粧品には及ばないが、あたしの化粧品もなかなかだよ」
「おいおい、デーティアさん。それじゃうちで買ってくれないじゃないか」
町の商人ソランが笑う。
「あたしゃしばらく子育てで町へ行けないんだ。いやならせっせと取りにくるんだね」
ご婦人達に向き直り、髪油や薔薇水のような美容液、植物から作った色粉やそれを油で練った口紅や爪紅、ハーブティー、刺繍入りのハンカチやレースといった小物をすすめる。
それぞれの買い物を終えて帰る4人を見送る。
二人のご婦人のお陰でサドン男爵令嬢エルーリアがだいぶはっきり視えた。
魔法の臭い、悪い魔法の悪臭がした。
エルーリアは全体をその魔法の網で覆わせている。
幻惑の魔法だ。それもかなり強い。それをさらに覆う饐えた魔法の悪臭。
裏に魔法使いか魔女が関わっている。
このあたりが王子や貴族令息を惑わせたものなのだろう。
結果、婚約者のフィリパは捨てられ、産まれた赤子も命を狙われた。
怒りの中でデーティアは思案する。
フィリパ・ダンドリオンが蟄居しているのは、王都の東、ここから馬車で十日、王都からは12日ほどのダンドリオン領レムスだと聞いた。
子連れでは目立つし、まだ首も座っていない赤ん坊を連れて馬車も徒歩も危険だ。空間移動魔法でも今は危険だ。
せめて一ヶ月は経たないと、遠方へは連れていけない。
「あーあ、あたしが子育てするなんてね」
デーティアは自嘲した。
この日は町へ商品を持って行く予定だったが、赤ん坊がいては身動きが取れない。
魔法で伝言鳥を使いに出して「必要なら取りに来な」と伝える。
午後に町の商人ソランが香油を取りに馬車で来た。馬車にはデーティアの他の客も三人乗っていた。
料理用の乾燥ハーブとスパイスを買いに来た町の食堂"青い雌鶏亭"のハンナと、上品なご婦人が二人。
ハンナに
「いつものかい?」
と袋を渡す。
二人のご婦人は王都から来た商人の奥様方で、町で夫達が商品を仕入れる間に暇つぶしに占いを依頼にきたという。
ハンナは今年三十五歳になる。
ご婦人は年配の方が四十過ぎ、年下の方は三十過ぎくらいだろうか。
いつもなら面倒なと思う類の客だが、今日ばかりは歓迎だ。
噂好きのハンナが一緒なのも好都合。
赤ん坊の入った籠を横目で見て、商人とハンナに
「悪いね。商品を届けられなくて。叔母の甥っ子の嫁さんが産褥で死んでしまってね。嫁さんは人間なんだよ」
赤ん坊の存在は隠し通せるものではない。開き直って最初からいることを話しておく。
先に話題を提供すれば隠し事にならない。
「旅に出られるようになるまであたしが育てて、嫁さんの両親のところに送り届けなきゃならないのさ」
町の住民はデーティアのことをよく知っている。
ハーフ・エルフがハーフ・エルフを預かる。それだけの話だ。
四人にミントとレモンバームのハーブティーに蜂蜜を入れてすすめる。
「まあ、おいしいわ」
年配の方のご婦人が感嘆の声をあげる。
笑ってデーティアはローズマリーを練りこんだクラッカーもすすめる。
「このハーブティーは気分がさっぱりするよ。頭痛にも効く。クラッカーのローズマリーは血の巡りをよくして美肌効果がある。買って行くかい?」
十七歳くらいの少女に見えるデーティアのざっかけない口調にご婦人たちは少々驚いた顔をしながらも、ご婦人たちは是非にとハーブティーとクラッカーを購入する。
それを見たハンナは笑って
「奥様達、びっくりなさってるね。デーティアさんはあたしよりずっと年が上ですよ。半分エルフだから若く見えるんですよ。この人の作るものはみんな上等ですよ」
デーティアも笑って返す。
「そうさ、あたしはあんたたちのおっかさんやばあさんくらいの年だよ。ハンナが生まれた時に手伝いに行ったね。あの赤ん坊がもうこんな立派なおかみさんになっちゃってさ」
そしてご婦人達に向き直り
「さて、ご婦人方。占いをご所望とか。何を知りたいんだい?」
二人のご婦人は顔を見合わせ、年下の方が切り出した。
「王都での噂をご存じ?侯爵令嬢と男爵令嬢と第一王子のあの話」
待っていたとばかりにハンナが切りこむ。
「アレでしょう?男爵令嬢が王子をとっちまったってやつ。あれはどっちが本当なんですかね?」
ご婦人達は少し首を傾げた。
「噂では色々侯爵令嬢を悪く言う人もいますけどね、最近の騒ぎから考えると男爵令嬢が体を使って男達を誘惑してるって方が正しいような気がしますよ」
なんでも結婚を反対されている男爵令嬢は、「王子の子供を身籠った」と言い出したそうだ。
すると男爵令嬢に夢中な貴族子息達が「それは自分の子では」と騒ぎだした。
身持ちの悪さを露呈しそうになった男爵令嬢は一転して「狂言でした。わたしは誰ともそんな関係はありません」とよよと泣いたとか。
すると不思議なことに、王子も騒いでいた令息たちも口を揃えて「その通り」と言葉と態度をくるっと翻した。
これは妙だね。デーティアは思う。魔法の匂いがプンプンする。心を操る悪い魔法の悪臭だ。
「噂ではね、男爵令嬢はこう言ったんですって」
おかしくてたまらないと言う顔で年配のご婦人が言う。
「手を繋いだら赤ちゃんができると思っていたって」
商人も笑いに混じる。
「たいしたタマですねえ、その娘っこは」
「ええ、本当に」
「それでね、その話の真相を知りたいと思ったのですよ」
「よく当たるって評判なのですもの」
欲しかった噂のお礼にデーティアは占いに応じる。
「上つ方の醜聞だからね、あたしもはっきりこうだって言ったら危ない。もっとざっくりでいいかい?男爵令嬢が使っている美の秘密とか」
ご婦人達もハンナもきゃっきゃと笑って
「是非知りたい」
と言う。
デーティアは蝋燭を灯して集中した。
意識を男爵令嬢エルーリアへ飛ばし探り始めた。
金茶色の巻き毛、フワフワしたドレス。
男爵令嬢エルーリアの像が結び始める。
しかし何かがおかしい。
饐えた匂いが鼻をつく。悪臭の方だ。
よくない魔法の臭いだ。
それを探りながら、同時に罪のない依頼の化粧品を探る。
「王都の西のバンダンって店を知っているかい?」
デーティアが聞くと年下の方のご婦人が首を傾げる。
「バンダン?初めて聞きますわ」
年配のご婦人が言う。
「バンダンは娼館の名前ではなかったかしら?昔、お父様が行ったとか行かないとかでお母様と喧嘩になった時に聞いた覚えがあるわ」
ふぅん。デーティアは心の中で思う。
「じゃあ、その娼館で売っている化粧品なんだろうね。娼館では独自の処方の化粧品を扱うから」
「ほら、今の男爵夫人は酒場で働いていたそうだし。その前は娼館でもおかしくないわ」
人の悪い笑顔で年下のご婦人が言う。
「ドレスはレドメン、アクセサリーはシルインダだね」
「王室御用達じゃないの!」
「きっと王子が買い与えているのよ」
「あたしに言えるのはここまで。あとは反逆罪にされちまうよ」
また五人で笑い合った。
「やっぱり男爵令嬢はアバズレなのね」
「おやおや、たとえそう思ってもここだけにしとくれよ。王都に帰ったら声をひそめるんだよ」
デーティアは「しー」と言って、唇の前に人差し指を立てて見せて釘を刺した。
「あたしは男爵令嬢に憧れる方々に美の秘訣を占いで教えただけ。そこを間違えないでおくれ」
「しっかり覚えましたわ。憧れの男爵令嬢の真似は私達にはできないってことも」
くすくす笑いでご満悦の2人。
「さあ、ご婦人方」
デーティアは様々な商品を並べ始めた。
「バンダン秘伝の化粧品には及ばないが、あたしの化粧品もなかなかだよ」
「おいおい、デーティアさん。それじゃうちで買ってくれないじゃないか」
町の商人ソランが笑う。
「あたしゃしばらく子育てで町へ行けないんだ。いやならせっせと取りにくるんだね」
ご婦人達に向き直り、髪油や薔薇水のような美容液、植物から作った色粉やそれを油で練った口紅や爪紅、ハーブティー、刺繍入りのハンカチやレースといった小物をすすめる。
それぞれの買い物を終えて帰る4人を見送る。
二人のご婦人のお陰でサドン男爵令嬢エルーリアがだいぶはっきり視えた。
魔法の臭い、悪い魔法の悪臭がした。
エルーリアは全体をその魔法の網で覆わせている。
幻惑の魔法だ。それもかなり強い。それをさらに覆う饐えた魔法の悪臭。
裏に魔法使いか魔女が関わっている。
このあたりが王子や貴族令息を惑わせたものなのだろう。
結果、婚約者のフィリパは捨てられ、産まれた赤子も命を狙われた。
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