4 / 11
4.王家の醜聞
しおりを挟む
王家の印章付き指輪!
これはただごとではない。
一瞬どうしたものかと思ったが、自分で身を守る術のない赤ん坊だ。
保護するしかない。
一度連れ帰って、王家に問い合わせよう。
そう考えながらも、デーティアは心に苦々しい感情が湧くのを押さえられなかった。
よりにもよって王家か。
デーティアは赤ん坊を抱いて家へ戻った。
幸い、デーティアの家には子を産んだばかりのヤギが三頭おり、乳の心配はなかった。
「さて、どうしたものかね」
独り言を言って考えた。
先ほどは王家に問い合わせようと思ったが、問い合わせて「はい、左様でございます」とばかりにすんなり事が運ぶだろうか?
「どうやら訳ありのようだね、おまえさん」
デーティアは満腹して眠る赤ん坊に問いかけた。
どちらにしろ今日は疲れた。
事を探るのは明日にしよう。
デーティアは赤ん坊の籠を自分のベッドの奥に置いてしばしの眠りに就いた。
「どうせ朝までに、何度も起こされるだろうよ」
デーティアの考えは外れ、赤ん坊は日が昇るまでぐすっすり眠った。
朝の太陽に赤ん坊の髪はキラキラと金色に輝いていた。赤みがかった金髪、瞳はロイヤル・パープル。王家によくでる色だ。
王家縁の子供に間違いはない。
加えて男の子だ。
朝の乳をあげて、沐浴をさせようと産着を脱がせると、赤ん坊の二の腕に小さな痣があることに気が付いた。
赤いスペードだ。
デーティアは背筋に冷たいものを感じた。
これは王の剣を司るダンドリオン侯爵家の直系に現れるものじゃないか。
王家の印章付き指輪にダンドリオン家直系の痣。
これでこの子の出自の見当がつかない者はよほどの田舎者か馬鹿者だ。
デーティアの住むこの森は王都から馬車で一日ほど。
さほど大きくはないが、町に行けば王都の噂には事欠かない。
王家には今年十八歳になる第一王子がいる。第一王子キリアンには幼い頃からの婚約者がいる。それがダンドリオン侯爵家の長女フィリパだ。
フィリパは完璧な淑女と言われる女性で十七歳。
十五歳の時から王宮で暮らし、事実上王子妃として遇されている。何事もなければ八ヶ月前の建国祭に結婚式を挙げる予定だった。
ところが直前に突然婚約破棄を言い渡されて、生家へ戻された。
理由は王子キリアンが「真実の愛」をみつけたからだと伝わっている。
相手は元庶民のサドン男爵令嬢エルーリア。
サドン男爵が後添いとして迎えた酒場の女アイリーンの連れ子だ。
アイリーンによく似た豊満で妖艶な体に似合わない、天使のような童顔の娘だとか。
婚約破棄の噂を聞いた時、デーティアは
「大方、酒場女の手練手管と体に骨抜きされたんだろうよ」
と苦々しく吐き捨てた。
後から伝わってきた噂は二つに分かれていた。
嫉妬に狂ったフィリパがエルーリアを苛烈に虐め倒したとか、それを王子キリアンが怒って断罪したとか、エルーリア寄りのもの。
もうひとつは、エルーリアが主要な貴族の令息を誘惑し、フィリパに濡れ衣を着せて陥れたフィリパ寄りのもの。
エルーリア寄りの噂では、エルーリアが体を使って貴族令息を篭絡したと誹謗中傷したというものや、逆にフィリパが体で彼らを誘惑したというものもあって、色々と矛盾が多い。
その時は「ばかばかしい」と聞き流していたが、今になってデーティアは考えた。
「王宮に住む完璧な淑女が、多くの貴族子息を体で誘惑?有り得ないね。なんの得もないしね」
酒場女の娘だからとばかにする気はないが、フィリパ派の噂の方が正しいのだろう。
それにしてもこの赤ん坊は…
新しく縫い上げた産着を着せながらデーティアは思う。
王家のロイヤル・パープルの瞳にダンドリオン侯爵家直系の証の痣。
第一王子キリアンと元婚約者フィリパ・ダンドリオンの間の子供だろう。
王子は婚約者と関係を持ったにも関わらず、ポッと出の小娘を選んで婚約者を捨てたのだ。
エルーリアがサドン男爵家に来たのはたった一年前。
それまでは王子は確かにある意味で婚約者フィリパを認め愛していたのだろう。
「だから色恋なんてくだらないんだよ」
デーティアは吐き捨てた。
王族らしく国のためになる婚姻関係で満足しておけばいいものを、小娘の体に溺れるなんて笑えるね。そんなにいい女なのかね。と。
最近の噂によると、国王はキリアンとエルーリアの結婚に反対で揉めているという。
業を煮やしたエルーリアは、さらにあれもこれもとフィリパの罪状を並べ立て、王子はフィリパを国外追放か修道院に幽閉しろと国王に迫っていると言う。
もちろん、国王はそれを撥ねつけて「目を覚ませ」と諭していると言う。
これらのことは秘密にされているが、秘密と言うものは隠せば隠すほど露見するものなのだ。
しかもエルーリアが盛大にフィリパの悪行を喧伝させている。
この町の者でさえ
「ありゃあ、エルーリアっていう娘っこの大嘘だな」
とわかっている。
大体見えてきた。
この赤ん坊はフィリパが蟄居先で秘密裏に産んだ王子との子供だ。
国外追放や修道院幽閉で子供の存在を知られることを恐れて、森へ捨てられたのだろうか。
いや、この赤子の存在が邪魔な者の仕業である可能性が高い。
王家の赤子だからこそ、ここにいるのかもしれない。
デーティアは怒りで血が沸騰しそうだった。
これはただごとではない。
一瞬どうしたものかと思ったが、自分で身を守る術のない赤ん坊だ。
保護するしかない。
一度連れ帰って、王家に問い合わせよう。
そう考えながらも、デーティアは心に苦々しい感情が湧くのを押さえられなかった。
よりにもよって王家か。
デーティアは赤ん坊を抱いて家へ戻った。
幸い、デーティアの家には子を産んだばかりのヤギが三頭おり、乳の心配はなかった。
「さて、どうしたものかね」
独り言を言って考えた。
先ほどは王家に問い合わせようと思ったが、問い合わせて「はい、左様でございます」とばかりにすんなり事が運ぶだろうか?
「どうやら訳ありのようだね、おまえさん」
デーティアは満腹して眠る赤ん坊に問いかけた。
どちらにしろ今日は疲れた。
事を探るのは明日にしよう。
デーティアは赤ん坊の籠を自分のベッドの奥に置いてしばしの眠りに就いた。
「どうせ朝までに、何度も起こされるだろうよ」
デーティアの考えは外れ、赤ん坊は日が昇るまでぐすっすり眠った。
朝の太陽に赤ん坊の髪はキラキラと金色に輝いていた。赤みがかった金髪、瞳はロイヤル・パープル。王家によくでる色だ。
王家縁の子供に間違いはない。
加えて男の子だ。
朝の乳をあげて、沐浴をさせようと産着を脱がせると、赤ん坊の二の腕に小さな痣があることに気が付いた。
赤いスペードだ。
デーティアは背筋に冷たいものを感じた。
これは王の剣を司るダンドリオン侯爵家の直系に現れるものじゃないか。
王家の印章付き指輪にダンドリオン家直系の痣。
これでこの子の出自の見当がつかない者はよほどの田舎者か馬鹿者だ。
デーティアの住むこの森は王都から馬車で一日ほど。
さほど大きくはないが、町に行けば王都の噂には事欠かない。
王家には今年十八歳になる第一王子がいる。第一王子キリアンには幼い頃からの婚約者がいる。それがダンドリオン侯爵家の長女フィリパだ。
フィリパは完璧な淑女と言われる女性で十七歳。
十五歳の時から王宮で暮らし、事実上王子妃として遇されている。何事もなければ八ヶ月前の建国祭に結婚式を挙げる予定だった。
ところが直前に突然婚約破棄を言い渡されて、生家へ戻された。
理由は王子キリアンが「真実の愛」をみつけたからだと伝わっている。
相手は元庶民のサドン男爵令嬢エルーリア。
サドン男爵が後添いとして迎えた酒場の女アイリーンの連れ子だ。
アイリーンによく似た豊満で妖艶な体に似合わない、天使のような童顔の娘だとか。
婚約破棄の噂を聞いた時、デーティアは
「大方、酒場女の手練手管と体に骨抜きされたんだろうよ」
と苦々しく吐き捨てた。
後から伝わってきた噂は二つに分かれていた。
嫉妬に狂ったフィリパがエルーリアを苛烈に虐め倒したとか、それを王子キリアンが怒って断罪したとか、エルーリア寄りのもの。
もうひとつは、エルーリアが主要な貴族の令息を誘惑し、フィリパに濡れ衣を着せて陥れたフィリパ寄りのもの。
エルーリア寄りの噂では、エルーリアが体を使って貴族令息を篭絡したと誹謗中傷したというものや、逆にフィリパが体で彼らを誘惑したというものもあって、色々と矛盾が多い。
その時は「ばかばかしい」と聞き流していたが、今になってデーティアは考えた。
「王宮に住む完璧な淑女が、多くの貴族子息を体で誘惑?有り得ないね。なんの得もないしね」
酒場女の娘だからとばかにする気はないが、フィリパ派の噂の方が正しいのだろう。
それにしてもこの赤ん坊は…
新しく縫い上げた産着を着せながらデーティアは思う。
王家のロイヤル・パープルの瞳にダンドリオン侯爵家直系の証の痣。
第一王子キリアンと元婚約者フィリパ・ダンドリオンの間の子供だろう。
王子は婚約者と関係を持ったにも関わらず、ポッと出の小娘を選んで婚約者を捨てたのだ。
エルーリアがサドン男爵家に来たのはたった一年前。
それまでは王子は確かにある意味で婚約者フィリパを認め愛していたのだろう。
「だから色恋なんてくだらないんだよ」
デーティアは吐き捨てた。
王族らしく国のためになる婚姻関係で満足しておけばいいものを、小娘の体に溺れるなんて笑えるね。そんなにいい女なのかね。と。
最近の噂によると、国王はキリアンとエルーリアの結婚に反対で揉めているという。
業を煮やしたエルーリアは、さらにあれもこれもとフィリパの罪状を並べ立て、王子はフィリパを国外追放か修道院に幽閉しろと国王に迫っていると言う。
もちろん、国王はそれを撥ねつけて「目を覚ませ」と諭していると言う。
これらのことは秘密にされているが、秘密と言うものは隠せば隠すほど露見するものなのだ。
しかもエルーリアが盛大にフィリパの悪行を喧伝させている。
この町の者でさえ
「ありゃあ、エルーリアっていう娘っこの大嘘だな」
とわかっている。
大体見えてきた。
この赤ん坊はフィリパが蟄居先で秘密裏に産んだ王子との子供だ。
国外追放や修道院幽閉で子供の存在を知られることを恐れて、森へ捨てられたのだろうか。
いや、この赤子の存在が邪魔な者の仕業である可能性が高い。
王家の赤子だからこそ、ここにいるのかもしれない。
デーティアは怒りで血が沸騰しそうだった。
14
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
【短編集】あなたが本当に知りたいことは何ですか?
ひかり芽衣
恋愛
「私を信じるなら、これを飲ませてごらん?」
それは、”一つだけ知りたい真実を知ることが出来る薬”だった……
カトリーヌの住む町には魔女がいる。人々は忌み嫌っており、森のハズレの魔女の家に人々は近づこうとしない。藁にもすがる想いの者を除いて……
果物屋の看板娘カトリーヌは、ひょんなことから魔女に小瓶を手渡され、上記セリフを言われる。
実は最近のカトリーヌは、恋煩いという名の病を罹っていた。片想いをしている幼馴染ローイの気持ちが知りたくて……
オムニバス形式というのでしょうか? 共通テーマのある短編集です。各章ごとに完結しているので、一つだけ読んでも大丈夫です。
各章毎に一気に投稿するので、毎回一応完結で投稿します。
書きたい時に書いて投稿します!
こんな薬が手に入ったなら、あなたならどうしますか?
色々なバージョンを読んでいただけたらと思います!
よろしくお願いいたします^ ^
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない
結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。
ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。
悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。
それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。
公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。
結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。
毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。
恋愛小説大賞にエントリーしました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる