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36.憂鬱な姫君に甘い約束を《最終話》
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わたくしの中で、悪意に染められた闇の精霊達は癒されていた。
テミル・リディアでありアッテン・ジュジュの力を持つわたくしの中では、闇の気は善い方向にしかはたらかない。
しかしわたくし自身、ランスフィアに毒を無効化されたが、浅いとはいえ両わき腹に切り傷を負ったため、療養を余儀なくされた。
その間、エイベルとメイダはじめ侍女達に監視、基、まめまめしく仕えられながらベッドや長椅子に横たわったまま、事後処理を行う。
わたくしには少々辛い女王反対派の家族や縁者の処遇を決める書類や、娘達の処遇処置の相談が届く。主に娘達のことを任されている。
主要な罪人は父王と兄上達、宰相以下大臣たちとザイディーが取り仕切っている。
いずれの日か女王の座に就いた時、わたくしにはもっと重い責任が課されるが、こうやって分担して政務を行うのだ。
マリとホノカは最低二年の投獄の上、元の世界へ戻す。
二年間、北部の大きな湖、スラエンダ大湖水の中に浮かぶ島にある修道院の獄に繋ぎ、苦役を課す。
具体的な内容は、常に手枷と足枷を強いられる。朝晩跪いて罪状を読み上げられ、それを懺悔させる。そのまま経典を朗読。未だ字が読めないので、神女が言う言葉を繰り返させられる。
そして日中は無言の行と修道院での労働。主に島の荒地の耕作だ。
ミサは…
本当に憂鬱な決断だったのだが、女王反対派の情報を独自に探り、結果役に立ってしまったので、どうしても帰りたくないという意図を汲んで猶予を与えた。
条件つきで。
来年の王立学園の入学シーズンまでに教養を身に着けること。その上で庶民科に入学し、三年間問題を起こさず且つ優秀な成績を修めること。
それを成し遂げればこの国に留まることを許す。
但し庶民としてなので、王立学園の三年間で文官なり武官なり、または市井の仕事なりをみつけて卒業後は働かなくてはならない。運が良ければ結婚と言う道もある。
わたくしは二つの将来を予想した。
ひとつめはミサが恋愛がらみの問題を起こしたり、学業を疎かにして、元の世界へ戻す道。
ふたつめは、意外にも全てを達成し、意気揚々とこの国に残り結婚相手を求める道。
ミサは恋愛で頭がいっぱいなので、自立の道は選ばないだろう。
見目よい殿方を学園で見染める気がする。
その辺は賢いと言うかあざとい娘なので、ギリギリの域で押していくに違いない。
今はもう月が変わってジリーリアの花月だ。
ランスフィアは月末の王立学園入学に間に合うそうだ。
三日とあけずに訪ねてきてくれる。孤児院へも同じ頻度で通って、子供達の面倒を見てくれている。
護衛はイアン・エイナイダだ。
イアンは神聖力云々はさておき、あの日怯え切ったランスフィアを見て以来、庇護欲が爆発している。
ランスフィアについて孤児院に行くうちに神殿や孤児院の経営に詳しくなり、近い将来神殿管理大臣の祖父の補佐に就くことになった。
もうひとつ、わたくしには憂鬱の種がある。
父上や兄上達、ザイディー、リスベット、アリシア、コンスタシアも頻繁にお見舞いに来てくれるのだが、心配より説教の方が多いのだ。
彼らが最も怒っているのはザイディーの言う
「あなたはなんでも一人で背負いすぎです!」
という点だ。
リスベットからは
「わたくし達では何もできませんけれど、せめて頼っていただきたかったですわ」
と泣かれ、アリシアは
「イリラスの花月の学園祭までに戻られて、わたくしの歌劇を観るまでに回復しなければ許しません」
とツンとされた。
コンスタシアは最初、ただただ泣き崩れ自分を責めていたので、わたくしは心から申し訳なかったと謝罪した。
もちろん侍女兼護衛のエイベルとメイダからも事あるごとにお説教され
「倹約姫もお休みしてください」
と言い渡されて、豪奢な待遇を受けることを余儀なくされている。
わたくしはソーソニンの花月には床上げをしたが、雨の多いウラクースの花月いっぱいは休養を強いられた。
ある雨の日、ザイディーがわたくしから書類を受け取りに来た際、窓辺でお茶を楽しんだ。
「ザイディー?」
わたくしはザイディーの様子を窺うように呼んだ。
あの日以来、ザイディーは他人行儀と言うか、少し冷たい態度をとっている気がする。
「わたくしに愛想がついた?これからのことだけど…」
ザイディーがキッと厳しい表情でわたくしを見直す。
「もしも他に想いをかける人ができたのなら、婚約を解消してもいいのよ?」
ザイディーはガタっと音を立てて立ち上がる。
「心配しないで。あなたなら宰相になれるでしょうから」
言いかけてザイディーに強く手を握られる。
「あなたと言う人は!」
穏やかなザイディーが怒っている。
「王配の地位も宰相もどうでもいいのです!私は!」
強い口調だ。
「ただただ、あの日あなたを守れなかった自分が情けなくて悔しくて。あなたに素っ気ない態度をとっていましたが…」
最後の言葉は小さく尻窄みになる。
手の力はそのまま、傍らに片膝をついて椅子に座ったわたくしを見上げる。
「変わらず、いいえ、これまで以上に愛しています」
直截な愛を告げる言葉にわたくしは顔が熱くなる。
「しかし許しません。自分もあなたも」
責任感の強いザイディー。
「どうしたら許してもらえるのかしら?」
わたくしは問う。
「行動で示してください。必ず私を頼ってください。私を情けない人間にしないでください」
切々と訴えられる。
「約束するわ」
「言葉では足りません。あなたは私を愛していますか?」
わたくしはまた顔が熱くなり戸惑う。
「あ…愛していると思います」
「思います?」
「愛しています。あなただけです」
それでも厳しい顔のザイディー。わたくしは立ち上がった。
跪いたザイディーに身を屈め、額に唇を軽く落とした。
「足りませんね」
ザイディーは意地悪だわ。
次いで頬に唇を落とす。
「まだです」
これ以上を求められたわたくしは進退窮まる。
「目を…目を閉じてください」
わたくしのお願いに素直に従うザイディー。
ほんとうにずるいわ。
目を閉じたザイディーの唇に軽く触れるだけの口づけを落とすと、ザイディーはそのまま私の背に手を回し横抱きにして立ち上がる。
突然のことに驚いて何も言えず何もできない。
「これから絶対に他の者に口づけないと約束してください」
「あの、子供にも?」
ザイディーは一瞬目を瞠り、朗らかに笑った。
「それは例外として認めますが、ほどほどにしてください。そしてその二倍私にすることを約束してください」
わたくし達は甘い約束を交わす。
これから数年、わたくし達にはなさねばならない憂鬱な任務が課されているが、二人でならばやりとげられる。
ザイディーはしばらく雨の音に合わせて、わたくしを抱き上げたままワルツのステップを踏んだ。
くるくる回るうちに楽しくなっていく。
「学園祭の後のパーティでは、いや、今後いかなる場でも私以外と踊らないと約束してください」
「国賓でも?」
「国賓でも」
笑い合うわたくし達の声に雨音が重なった。
テミル・リディアでありアッテン・ジュジュの力を持つわたくしの中では、闇の気は善い方向にしかはたらかない。
しかしわたくし自身、ランスフィアに毒を無効化されたが、浅いとはいえ両わき腹に切り傷を負ったため、療養を余儀なくされた。
その間、エイベルとメイダはじめ侍女達に監視、基、まめまめしく仕えられながらベッドや長椅子に横たわったまま、事後処理を行う。
わたくしには少々辛い女王反対派の家族や縁者の処遇を決める書類や、娘達の処遇処置の相談が届く。主に娘達のことを任されている。
主要な罪人は父王と兄上達、宰相以下大臣たちとザイディーが取り仕切っている。
いずれの日か女王の座に就いた時、わたくしにはもっと重い責任が課されるが、こうやって分担して政務を行うのだ。
マリとホノカは最低二年の投獄の上、元の世界へ戻す。
二年間、北部の大きな湖、スラエンダ大湖水の中に浮かぶ島にある修道院の獄に繋ぎ、苦役を課す。
具体的な内容は、常に手枷と足枷を強いられる。朝晩跪いて罪状を読み上げられ、それを懺悔させる。そのまま経典を朗読。未だ字が読めないので、神女が言う言葉を繰り返させられる。
そして日中は無言の行と修道院での労働。主に島の荒地の耕作だ。
ミサは…
本当に憂鬱な決断だったのだが、女王反対派の情報を独自に探り、結果役に立ってしまったので、どうしても帰りたくないという意図を汲んで猶予を与えた。
条件つきで。
来年の王立学園の入学シーズンまでに教養を身に着けること。その上で庶民科に入学し、三年間問題を起こさず且つ優秀な成績を修めること。
それを成し遂げればこの国に留まることを許す。
但し庶民としてなので、王立学園の三年間で文官なり武官なり、または市井の仕事なりをみつけて卒業後は働かなくてはならない。運が良ければ結婚と言う道もある。
わたくしは二つの将来を予想した。
ひとつめはミサが恋愛がらみの問題を起こしたり、学業を疎かにして、元の世界へ戻す道。
ふたつめは、意外にも全てを達成し、意気揚々とこの国に残り結婚相手を求める道。
ミサは恋愛で頭がいっぱいなので、自立の道は選ばないだろう。
見目よい殿方を学園で見染める気がする。
その辺は賢いと言うかあざとい娘なので、ギリギリの域で押していくに違いない。
今はもう月が変わってジリーリアの花月だ。
ランスフィアは月末の王立学園入学に間に合うそうだ。
三日とあけずに訪ねてきてくれる。孤児院へも同じ頻度で通って、子供達の面倒を見てくれている。
護衛はイアン・エイナイダだ。
イアンは神聖力云々はさておき、あの日怯え切ったランスフィアを見て以来、庇護欲が爆発している。
ランスフィアについて孤児院に行くうちに神殿や孤児院の経営に詳しくなり、近い将来神殿管理大臣の祖父の補佐に就くことになった。
もうひとつ、わたくしには憂鬱の種がある。
父上や兄上達、ザイディー、リスベット、アリシア、コンスタシアも頻繁にお見舞いに来てくれるのだが、心配より説教の方が多いのだ。
彼らが最も怒っているのはザイディーの言う
「あなたはなんでも一人で背負いすぎです!」
という点だ。
リスベットからは
「わたくし達では何もできませんけれど、せめて頼っていただきたかったですわ」
と泣かれ、アリシアは
「イリラスの花月の学園祭までに戻られて、わたくしの歌劇を観るまでに回復しなければ許しません」
とツンとされた。
コンスタシアは最初、ただただ泣き崩れ自分を責めていたので、わたくしは心から申し訳なかったと謝罪した。
もちろん侍女兼護衛のエイベルとメイダからも事あるごとにお説教され
「倹約姫もお休みしてください」
と言い渡されて、豪奢な待遇を受けることを余儀なくされている。
わたくしはソーソニンの花月には床上げをしたが、雨の多いウラクースの花月いっぱいは休養を強いられた。
ある雨の日、ザイディーがわたくしから書類を受け取りに来た際、窓辺でお茶を楽しんだ。
「ザイディー?」
わたくしはザイディーの様子を窺うように呼んだ。
あの日以来、ザイディーは他人行儀と言うか、少し冷たい態度をとっている気がする。
「わたくしに愛想がついた?これからのことだけど…」
ザイディーがキッと厳しい表情でわたくしを見直す。
「もしも他に想いをかける人ができたのなら、婚約を解消してもいいのよ?」
ザイディーはガタっと音を立てて立ち上がる。
「心配しないで。あなたなら宰相になれるでしょうから」
言いかけてザイディーに強く手を握られる。
「あなたと言う人は!」
穏やかなザイディーが怒っている。
「王配の地位も宰相もどうでもいいのです!私は!」
強い口調だ。
「ただただ、あの日あなたを守れなかった自分が情けなくて悔しくて。あなたに素っ気ない態度をとっていましたが…」
最後の言葉は小さく尻窄みになる。
手の力はそのまま、傍らに片膝をついて椅子に座ったわたくしを見上げる。
「変わらず、いいえ、これまで以上に愛しています」
直截な愛を告げる言葉にわたくしは顔が熱くなる。
「しかし許しません。自分もあなたも」
責任感の強いザイディー。
「どうしたら許してもらえるのかしら?」
わたくしは問う。
「行動で示してください。必ず私を頼ってください。私を情けない人間にしないでください」
切々と訴えられる。
「約束するわ」
「言葉では足りません。あなたは私を愛していますか?」
わたくしはまた顔が熱くなり戸惑う。
「あ…愛していると思います」
「思います?」
「愛しています。あなただけです」
それでも厳しい顔のザイディー。わたくしは立ち上がった。
跪いたザイディーに身を屈め、額に唇を軽く落とした。
「足りませんね」
ザイディーは意地悪だわ。
次いで頬に唇を落とす。
「まだです」
これ以上を求められたわたくしは進退窮まる。
「目を…目を閉じてください」
わたくしのお願いに素直に従うザイディー。
ほんとうにずるいわ。
目を閉じたザイディーの唇に軽く触れるだけの口づけを落とすと、ザイディーはそのまま私の背に手を回し横抱きにして立ち上がる。
突然のことに驚いて何も言えず何もできない。
「これから絶対に他の者に口づけないと約束してください」
「あの、子供にも?」
ザイディーは一瞬目を瞠り、朗らかに笑った。
「それは例外として認めますが、ほどほどにしてください。そしてその二倍私にすることを約束してください」
わたくし達は甘い約束を交わす。
これから数年、わたくし達にはなさねばならない憂鬱な任務が課されているが、二人でならばやりとげられる。
ザイディーはしばらく雨の音に合わせて、わたくしを抱き上げたままワルツのステップを踏んだ。
くるくる回るうちに楽しくなっていく。
「学園祭の後のパーティでは、いや、今後いかなる場でも私以外と踊らないと約束してください」
「国賓でも?」
「国賓でも」
笑い合うわたくし達の声に雨音が重なった。
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