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31.闇の匂いと嘆き
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「知らせておきたいことがあるの」
報告会でわたくしは意を決して言おうと思った。
「闇の精霊の匂いがしたの」
一同がざわりとする。
「最初に会った時にかすかに感じたのだけど、パーティーの席で誰かはっきりわかったわ」
「闇の精霊って…彼女達は神殿にいたのにですか?王宮はシャイロ様のお力で干渉できないのでしょう?」
リスベットが驚きを隠せない表情で問う。
この場に居るのは、ジウン、ダイル、ザイディー、ランスフィア、リスベット、アリシア、コンスタシア、エグゼル、エリック、ガイ、宰相のクルドー侯爵、内務大臣シェイン伯爵、神殿管理大臣エイナイダ公爵だ。
この話をするに当たって、父上と兄上達、エイナイダ公爵に事前に相談していた。ごく限られた者にしか明かしていない事も含まれているからだ。
「神殿では闇の神アイテリアルも祀っていことはご存じでしょう?」
「はい。闇の精霊の災いからアイテアル神が守護してくださっていると教えられました」
アリシアが応える。
「そう。そうなの。でもそれは一部の話で公にしていない事があるのよ」
場は静まり返る。
「女王反対派が神官を唆したか、または神官に内通者がいて闇の精霊との契約の儀式を神殿にいる間に施された者がいたわ」
エイナイダ公爵を見ると、黙って頷く。
「この話はこれから重要になってくるので、ここにいる方にはお話しします。口外は固く禁じます」
わたくしは一旦息を調えて、神殿の秘匿に触れる話を始めた。
闇を統べる男神アイテリアルは光を統べる女神テミルの夫であることは誰もが知っていることだ。
2人の間には娘女神である地を統べるアッテンと風を統べるリディアがいる。
女神リディアが司るのは風。光を遮る雲を払い、また雲を吹き寄せ光を遮る気まぐれな女神。
母女神テミルと父男神アイテリアルの中立にいる女神だ。
しかしそれは公にされている話。
女神リディアの真の姿、公にされていない秘匿された力は「アッテンジュジュ」と呼ばれるものだ。
これは大きな光をやや小さな闇が両側から支える姿で表され、神殿でも神殿長と上級神女達にしか明かされていない。神殿上層部と王家の秘密でもある。
闇の精霊は世界に災いをもたらすと言われているが、実は全てがそうではなく、ごく一部の闇の精霊によるものだ。
闇の男神アイテリアルは闇の精霊を従えているが、それは決して邪悪なものではない。闇の男神アイテリアルの下にいる間は、眠りと死を司り、無垢な存在だ。
それを邪悪な思いを以って人間が従属させて災いを起こすのだ。
人によって闇の精霊を操ることができ、災いを起こすことや邪悪な目的に使役できることを隠すために、一般的には「闇の精霊は邪悪」と教えられる。
闇の精霊を使役することは禁術である。
たいてい1人の力と思いで1体の召喚が精いっぱいだろう。
そして闇の精霊は元々無垢で善良なため、人の思いに染まりやすく、また壊れやすい。思いを強く注ぎ続けないと自然に消滅してしまう。
召喚した闇の精霊は人の体の中に取り込まれ、育てられる。
育てられなかった者には残滓によって、闇の精霊の使役者が操ることができる。
育てることに成功して使役者になった者は、体のどこかに契約印が現れる。
「契約印はこういう形をしているわ」
古い本を開けて見せた者は黒い丸の中に燃え盛るような炎の印だ。
「契約印はこの丸の中の炎が本物の炎のように揺れ動くの。おそらくマイの胸の辺りに契約印が浮かんでいるはずよ」
「そういえば、パーティーの間何度も胸元を覗き込んで笑っていました」
コンスタシアが言う。
「とても不気味だったわ」
とアリシア。
「恐ろしいことになりましたね」
リスベットが震える。
ランスフィアは真っ青な顔色だ。
場を見まわしてから続ける。
「昔は賢者や識女が闇の精霊と契約をして、医術に使ったそうなの」
再び場がざわめく。
「悪い意味ではないわ。眠りと死を司ると言ったでしょう?これは怪我や病気の鎮静効果にもなり、また手の施しようのない者を安らかに送るためにも使ったそうなの」
しかし、闇の精霊を暗殺や呪いのような邪悪な目的で使役する者が当然現れ、それを憂いて禁術としたのは500年前の女王レディアルだった。以来、神殿の一部の者と王族の間でひっそりと語り継がれてきた。
「闇の精霊と契約した者は、マイ、アカリ、シノブ、レイの4人」
皆の顔が強張っている。
「アカリ、シノブ、レイは育てに失敗しているわ」
「ではマイは成功していると!?」
エグゼルが問う。
「ええ。残念ながら成功しているわ。まだ使役者にまではなっていないけれど。でも使役者になれば他の3人を操ることができてしまう」
場は沈黙に包まれた。それほどこの国では、闇の精霊は恐ろしい存在だと根付いているのだ。
そしてわたくしは第二の秘密を打ち明け始めた。
「わたくしの別名をご存じよね?」
皆が頷く。
「テミル・リディア。女神テミルと女神リディアの祝福を受けた者、光の聖女と思っているでしょう?」
沈黙は同意の証。真実を知っている兄上達やエイナイダ公爵は厳しい顔でわたくしを見ている。
わたくしは胸元から長い鎖に繋がったものを出した。
赤子の手ほどの大きさのメダルで七色に光る石の両側にやや小さな黒い石が嵌っている。
「これが"アッテン・ジュジュ"の象徴。わたくしはこれが使えるの」
この説明では今ひとつ伝わらないだろう。
「つまり、わたくしは闇の力も使えるの。だから闇の精霊の気配や匂いがわかるのよ」
皆に驚きの表情が浮かぶ。
「もしもマイが闇の精霊の使役者になって災いを起こすならば、それを制圧できるのはわたくししかいないのよ」
皆、何も言わない。
「それでね」
打って変わってわたくしは明るい声で続ける。
「マイが契約者にならないように、アカリとシノブから闇の精霊の残滓が抜けるように協力していただきたいの」
にこっと笑う。
「そんな方法がありますの?」
不安そうにコンスタシアが尋ねる。
ここからジウン兄上達が引き継ぐ。
「我々も不本意だし、リスベット嬢とアリシア嬢とコンスタシア嬢にも申し訳ない方法なのだが…」
「私たちが哀れな生贄となって、三人の機嫌をとるのさ」
ダイル兄上がおどけた仕草で言う。
「我々って私達もですか!?」
エグゼルが心底嫌そうに問うた。
「エグゼル、ガイ、エリック、すまん!」
「リスベット嬢、アリシア嬢、コンスタシア嬢、本当に申し訳ない!」
ジウン兄上とダイル兄上が頭を下げる。
「それ、私もですよね?」
ザイディーが恨みがましい声で言う。
「当たり前だろう。君が一番人気があるじゃないか!」
「お願いよ。少しの間でいいの」
私は皆を伏し拝まんばかりの仕草で頼み込む。
「この三人を先に元の世界に戻す目途がついたのよ。三ヶ月後よ」
わたくしの発言にアリシアが驚く。
「最低でも一年かかると伺っていましたのに。さすがシャイロ様ですわ」
「全員は無理なのだけど、三人ならできるの。先にこの三人を戻して火種を消すわ」
自分の思い人にあれこれされる嫌さや怒りはわたくしも経験した。正直、これからザイディーがあの娘達に微笑みかけ優しい言葉をかけることを考えただけで、身も心も焼けつくような気持になる。抱き着かれたら、しなだれかかられたら、と思うと悋気の火の玉になってしまいそうだ。
「わたくし!わたくしがんばりますから!!」
思わず大きな声を上げるとエイナイダ公爵が破顔一笑。
「泣くほどお嫌なことを自ら進んでおやりになるとは、君主の鑑でございますね」
気づくとわたくしは涙をこぼしていたのだ。
ランスフィアとリスベットとアリシアとコンスタシアはわたくしに近づいてきて背や手を撫でて慰めてくれる。
恥ずかしいけれど嬉しい。
「シャイロ様って可愛い方だったのですね」
わたくしの頭を抱き寄せながらリスベットが言う。
「だってわたくし達…」
必死に涙を止めようとしながら言わなくてはならないことを言う。
「続けて"悪役令嬢"として割り込んで、思い人が"ヒロイン"の味方をするのを見なくてはいけないのよ?」
わたくし達"悪役令嬢"四人は、ひしと抱き合った。
闇の精霊の深刻な空気は消えてしまい、慰め合う戦友の集会になって終わった。
それをエイナイダ公爵とクルドー侯爵とシェイン伯爵が、微笑みながら見ていた。
報告会でわたくしは意を決して言おうと思った。
「闇の精霊の匂いがしたの」
一同がざわりとする。
「最初に会った時にかすかに感じたのだけど、パーティーの席で誰かはっきりわかったわ」
「闇の精霊って…彼女達は神殿にいたのにですか?王宮はシャイロ様のお力で干渉できないのでしょう?」
リスベットが驚きを隠せない表情で問う。
この場に居るのは、ジウン、ダイル、ザイディー、ランスフィア、リスベット、アリシア、コンスタシア、エグゼル、エリック、ガイ、宰相のクルドー侯爵、内務大臣シェイン伯爵、神殿管理大臣エイナイダ公爵だ。
この話をするに当たって、父上と兄上達、エイナイダ公爵に事前に相談していた。ごく限られた者にしか明かしていない事も含まれているからだ。
「神殿では闇の神アイテリアルも祀っていことはご存じでしょう?」
「はい。闇の精霊の災いからアイテアル神が守護してくださっていると教えられました」
アリシアが応える。
「そう。そうなの。でもそれは一部の話で公にしていない事があるのよ」
場は静まり返る。
「女王反対派が神官を唆したか、または神官に内通者がいて闇の精霊との契約の儀式を神殿にいる間に施された者がいたわ」
エイナイダ公爵を見ると、黙って頷く。
「この話はこれから重要になってくるので、ここにいる方にはお話しします。口外は固く禁じます」
わたくしは一旦息を調えて、神殿の秘匿に触れる話を始めた。
闇を統べる男神アイテリアルは光を統べる女神テミルの夫であることは誰もが知っていることだ。
2人の間には娘女神である地を統べるアッテンと風を統べるリディアがいる。
女神リディアが司るのは風。光を遮る雲を払い、また雲を吹き寄せ光を遮る気まぐれな女神。
母女神テミルと父男神アイテリアルの中立にいる女神だ。
しかしそれは公にされている話。
女神リディアの真の姿、公にされていない秘匿された力は「アッテンジュジュ」と呼ばれるものだ。
これは大きな光をやや小さな闇が両側から支える姿で表され、神殿でも神殿長と上級神女達にしか明かされていない。神殿上層部と王家の秘密でもある。
闇の精霊は世界に災いをもたらすと言われているが、実は全てがそうではなく、ごく一部の闇の精霊によるものだ。
闇の男神アイテリアルは闇の精霊を従えているが、それは決して邪悪なものではない。闇の男神アイテリアルの下にいる間は、眠りと死を司り、無垢な存在だ。
それを邪悪な思いを以って人間が従属させて災いを起こすのだ。
人によって闇の精霊を操ることができ、災いを起こすことや邪悪な目的に使役できることを隠すために、一般的には「闇の精霊は邪悪」と教えられる。
闇の精霊を使役することは禁術である。
たいてい1人の力と思いで1体の召喚が精いっぱいだろう。
そして闇の精霊は元々無垢で善良なため、人の思いに染まりやすく、また壊れやすい。思いを強く注ぎ続けないと自然に消滅してしまう。
召喚した闇の精霊は人の体の中に取り込まれ、育てられる。
育てられなかった者には残滓によって、闇の精霊の使役者が操ることができる。
育てることに成功して使役者になった者は、体のどこかに契約印が現れる。
「契約印はこういう形をしているわ」
古い本を開けて見せた者は黒い丸の中に燃え盛るような炎の印だ。
「契約印はこの丸の中の炎が本物の炎のように揺れ動くの。おそらくマイの胸の辺りに契約印が浮かんでいるはずよ」
「そういえば、パーティーの間何度も胸元を覗き込んで笑っていました」
コンスタシアが言う。
「とても不気味だったわ」
とアリシア。
「恐ろしいことになりましたね」
リスベットが震える。
ランスフィアは真っ青な顔色だ。
場を見まわしてから続ける。
「昔は賢者や識女が闇の精霊と契約をして、医術に使ったそうなの」
再び場がざわめく。
「悪い意味ではないわ。眠りと死を司ると言ったでしょう?これは怪我や病気の鎮静効果にもなり、また手の施しようのない者を安らかに送るためにも使ったそうなの」
しかし、闇の精霊を暗殺や呪いのような邪悪な目的で使役する者が当然現れ、それを憂いて禁術としたのは500年前の女王レディアルだった。以来、神殿の一部の者と王族の間でひっそりと語り継がれてきた。
「闇の精霊と契約した者は、マイ、アカリ、シノブ、レイの4人」
皆の顔が強張っている。
「アカリ、シノブ、レイは育てに失敗しているわ」
「ではマイは成功していると!?」
エグゼルが問う。
「ええ。残念ながら成功しているわ。まだ使役者にまではなっていないけれど。でも使役者になれば他の3人を操ることができてしまう」
場は沈黙に包まれた。それほどこの国では、闇の精霊は恐ろしい存在だと根付いているのだ。
そしてわたくしは第二の秘密を打ち明け始めた。
「わたくしの別名をご存じよね?」
皆が頷く。
「テミル・リディア。女神テミルと女神リディアの祝福を受けた者、光の聖女と思っているでしょう?」
沈黙は同意の証。真実を知っている兄上達やエイナイダ公爵は厳しい顔でわたくしを見ている。
わたくしは胸元から長い鎖に繋がったものを出した。
赤子の手ほどの大きさのメダルで七色に光る石の両側にやや小さな黒い石が嵌っている。
「これが"アッテン・ジュジュ"の象徴。わたくしはこれが使えるの」
この説明では今ひとつ伝わらないだろう。
「つまり、わたくしは闇の力も使えるの。だから闇の精霊の気配や匂いがわかるのよ」
皆に驚きの表情が浮かぶ。
「もしもマイが闇の精霊の使役者になって災いを起こすならば、それを制圧できるのはわたくししかいないのよ」
皆、何も言わない。
「それでね」
打って変わってわたくしは明るい声で続ける。
「マイが契約者にならないように、アカリとシノブから闇の精霊の残滓が抜けるように協力していただきたいの」
にこっと笑う。
「そんな方法がありますの?」
不安そうにコンスタシアが尋ねる。
ここからジウン兄上達が引き継ぐ。
「我々も不本意だし、リスベット嬢とアリシア嬢とコンスタシア嬢にも申し訳ない方法なのだが…」
「私たちが哀れな生贄となって、三人の機嫌をとるのさ」
ダイル兄上がおどけた仕草で言う。
「我々って私達もですか!?」
エグゼルが心底嫌そうに問うた。
「エグゼル、ガイ、エリック、すまん!」
「リスベット嬢、アリシア嬢、コンスタシア嬢、本当に申し訳ない!」
ジウン兄上とダイル兄上が頭を下げる。
「それ、私もですよね?」
ザイディーが恨みがましい声で言う。
「当たり前だろう。君が一番人気があるじゃないか!」
「お願いよ。少しの間でいいの」
私は皆を伏し拝まんばかりの仕草で頼み込む。
「この三人を先に元の世界に戻す目途がついたのよ。三ヶ月後よ」
わたくしの発言にアリシアが驚く。
「最低でも一年かかると伺っていましたのに。さすがシャイロ様ですわ」
「全員は無理なのだけど、三人ならできるの。先にこの三人を戻して火種を消すわ」
自分の思い人にあれこれされる嫌さや怒りはわたくしも経験した。正直、これからザイディーがあの娘達に微笑みかけ優しい言葉をかけることを考えただけで、身も心も焼けつくような気持になる。抱き着かれたら、しなだれかかられたら、と思うと悋気の火の玉になってしまいそうだ。
「わたくし!わたくしがんばりますから!!」
思わず大きな声を上げるとエイナイダ公爵が破顔一笑。
「泣くほどお嫌なことを自ら進んでおやりになるとは、君主の鑑でございますね」
気づくとわたくしは涙をこぼしていたのだ。
ランスフィアとリスベットとアリシアとコンスタシアはわたくしに近づいてきて背や手を撫でて慰めてくれる。
恥ずかしいけれど嬉しい。
「シャイロ様って可愛い方だったのですね」
わたくしの頭を抱き寄せながらリスベットが言う。
「だってわたくし達…」
必死に涙を止めようとしながら言わなくてはならないことを言う。
「続けて"悪役令嬢"として割り込んで、思い人が"ヒロイン"の味方をするのを見なくてはいけないのよ?」
わたくし達"悪役令嬢"四人は、ひしと抱き合った。
闇の精霊の深刻な空気は消えてしまい、慰め合う戦友の集会になって終わった。
それをエイナイダ公爵とクルドー侯爵とシェイン伯爵が、微笑みながら見ていた。
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