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28.ガーデン・パーティーとヒロイン達(1)
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ガーデン・パーティーは陽光に恵まれた替えの穏やかな日だった。
この時期のパーティーの開催趣旨は、収穫期の始まりを寿ぎ、これから冬の社交シーズンまで領地での仕事に向かう方々への餞の席だ。
うち三回は"ヒロイン"達が参加するもので、招待客は女王反対派と協力してくださる貴族の方々、主に"攻略対象"の家族、そして"攻略対象"の婚約者とその家族。
申し訳ないが、"攻略対象"の婚約者とその家族には事情を話してはいない。だからわたくし達"悪役令嬢"が、彼女達が傷つかないように守ってさしあげなくてはならない。
今回招いた方達はザイディー以外は既婚なので、おいそれとは怯まないだろう。むしろ既婚であるが故に、娘達が纏わりついてもよほどのことがなければ醜聞にならないはずだ。
ジウン兄上の奥方のエリス、ダイル兄上の奥方のマデリーンは事情を知っていておもしろがっている。
サンクルード伯爵令息ジグムンドの奥方セアラは二十歳でおっとりした方だが芯が強く社交上手だ。今日は淡い緑に薄紅の小花を一面に刺繍したドレスをお召になり、髪は低い位置で軽く結ってレースのリボンを巻き込んで飾っている。
わたくし達は自分の婚約者に近づく"ヒロイン"を払えばいいのだ。初演ではあるが容易だろう。
さて、"ヒロイン"達にはガーデン・パーティーにあたってドレスを新調してさしあげた。すでに二着あるが、わたくしの采配で仕立てたものなので、"ヒロイン"達の好みが反映されていないからだ。
仕立て屋に「流行に外れても良いが常識と予算の範囲内で好きに注文を取れ」と"ヒロイン"の好みを出来得る限り反映させているはずだ。仕立て屋はデザインブックから型を選ばせ、色と飾りを決める方法をとったという。
マイは光沢のある濃い紫の地に銀色の花蔦刺繍、襟と袖口のレースが風に揺れている。黒髪はそのまま背中に流れ、レースのリボンで押さえている。扇を握りしめて、紫の目は暗く沈み込んでいるように見える。
現れてから何度も襟元を引っ張る仕草をしているのが妙だ。
マリは金髪をふわふわとさせ、両サイドにピンクのリボンを飾り、ドレスもピンク。リボンとレースで飾り立てている。
アカリは無作法な娘だった。最初こそおとなし気に振舞ったが、すぐに話し方も所作もぞんざいで品が悪いものになった。
今日のドレスはやはり光沢のある濃い紫で、仕立て屋にはもっと襟を開けろとか袖を短くしろとかの無茶を言った。
ギリギリまで要望を飲んだドレスは、やや下品な印象だ。
袖は肘の上で絞られそこから幅広のレースが垂れている。胸元も強調するように鎖骨が見える開き方で、深紅の大きな花飾りがつけられている。
スカートは細身で歩きにくそうだ。
ホノカが新調したドレスも仕立て屋泣かせで、また黄色と黒の組み合わせを選んだという。
黄色と黒の組み合わせでわたくしは、海を渡った南のシンデアナ帝国にいるという大きな猛獣を思い出した。
光沢のある黄色の生地に襟と袖口と裾が黒、光沢のある黒…
青い髪に黄色と黒。目がチカチカしそう。
ふわっとしたスカートは動くたびにゆらゆら揺れた。
シノブはおとなし気な見かけを装っているが、かなり粗暴な性格だ。
ジュリア・クサンク伯爵令息狙いなのだが、彼はまだ十二歳でとても会わせることはできない。それを未だに信じることができず、騒いでいる。そして元の世界へ戻ることを頑なに拒んでいるくせに、この世界に馴染もうともしない。
今日のドレスは純白でたくさんのフリルで段がたくさん重ねられている。生地自体は薄いのだが、フリルが多すぎて重たげに見える。
ミサは…ミサは一番苦手かもしれない。不気味なのだ。
兄上達は「ばかで頭のおかしな尻軽女」と言っていたが、わたくしはミサはかなり頭が回ると思っている。言動が計算されたもので、おそらく元の世界では「可愛らしい無邪気な少女」そのものなのではないだろうか。おそらくミサが五歳くらいの幼さなら、彼女の言動はお行儀は悪いが元気でちょっと慌て者で可愛い女の子に見えるだろう。
そのような振る舞いを淑女であるべき年齢の女性がするので、なんとも不気味に見えてしまうのだ。
彼女のドレスはこれまたピンク。レイに比べると光沢があり、腰にペプラムがふわふわっと広がり、その下からギャザーの寄ったスカートが広がっている。
彼女によく似合うデザインだ。
金髪の巻き毛は両側で白いリボンで結ばれている。
開催の挨拶はわたくしだ。
わたくしが十五歳で社交界デビューしてから、父上は公的な場にほとんど出なくなった。元々社交が苦手な引っ込み思案な方なのだ。その前もジウン兄上とダイル兄上に任せていたことが多い。
「皆様、今年もめでたい収穫月を迎え、これから領地での執務でお忙しくなる前のひと時を楽しくお過ごしくだされば幸いに存じます。今日は"倹約姫シャイロ"の厳しい目をかいくぐって料理人が腕を奮った料理とお菓子をお召し上がりくださいませ」
招待客が笑う。
「昼間なので酒蔵の鍵はわたくしが守って渡しておりませんから、メイド達が茶蔵を占拠しておいしいお茶をお淹れ致しております。また果実水もございますのでお好きな方をお持ちください」
再び笑いに満ちた会場に果実水のグラスを掲げて開催の挨拶を終わる。
立食なので、皆自由に料理や菓子の置かれたテーブルを回りながら談笑する。メイド達は果実水や冷やしておいたお茶を乗せたトレイを持って会場を回り、お茶担当はテーブルで淹れたてのお茶を承る。このテーブルはその陰にいくつかの竈があり、常にお湯を沸かしているので見た目でそれとわかる警備がついている。もちろん、異物や薬物の混入を警戒して各テーブルや会場内にメイドや警備が目を光らせている。
挨拶を終えたわたくしがザイディーにエスコートされて会場の中へ進み入ると、なんとマイ、マリが走り寄ってきた。そしていち早く近くに来たマリがステンと転び次いでマイが転んだ。
淑女が人前で走るのも問題だが、転ぶとは…
乙女ゲームって面白いわ。本当にこうなるのね。では次はわたくしに罪を着せるのね。期待してしまう。逆にザイディーはわたくしの手を少し強く握った。緊張しているようだ。
マリがすぐに起き上がり「ひどいわ!シャイロ様!」と言ったので、わたくしは本気で可笑しくなってしまい扇を広げて笑いを隠した。
次いマイがふるふる震えながら少し身を起こし「いたぁい…どうしてこんなことをするんですか?」と上目遣いの涙目で訴える。
いやだ、ちょっと楽しくなってきた。
「まあ、勝手に転んでわたくしのせいになさいますの?このような場で走るなんてはしたないですわよ?それとも裾に足がもつれましたの?」
少し顎を上に反らして見下げるようにする。
「まだお作法のお勉強が足りていないようですわね。もう部屋にお帰りになって復習してはいかが?」
うまく「おーっほっほっほっほ」と高笑いができないので、うっすらと暗く「ふふふふ」と笑ってみせる。
この笑い方は、リスベット達に「怖いですわ、シャイロ様」と言われたのだが。ランスフィアには「逆にイイです!」と褒められた。
「いやぁん、こわいぃ」と言ってマリがザイディーにしなだれかかる。
わたくしは扇をたたみ、ザイディーの腕に抱き着いたマリの腕を押さえた。咄嗟にやってしまったのだ。
ものすごく嫌だ。ザイディーに触らないで!やっぱり楽しくなんてないわ。
「マリ嬢、ザイディーはわたくしの婚約者です。無暗に触れないでくださいませ」
マリはチロっとわたくしを見てさらに強く絡みつき、上目遣いでザイディーを見た。
「ザイディー様、シャイロ様がこわぁい」
「シャイロの言う通りだ。離れてくれ」
ザイディーは手ひどく振りほどくのはさすがにできずにいたが、どうにか腕を抜いた。
「わたくし達、皆様にご挨拶があるのであなた方にかまっている暇はございませんの。さ、ザイディー、参りましょう」
スッとその場から立ち去ろうとすると、ぬうっとマイが行く手を塞いだ。
マイの目はやはり暗く沈み込んでいた。紫が黒に見えるかと思える。
「やっぱり…」
マイが暗い声で呟くように言う。
「シャイロ様はひどい人ですね。私の夢を砕いて…」
わたくしはゾッとした。前に見たマイはこんな暗い表情や話し方ではなかった。
夢を砕くも何も、エドガーが二十七歳で既婚であったという事実を告げただけだ。
「私、諦めませんから!」
マイは踵をを返してその場を離れていった。
エドガーと奥方のリュシュアンのところへ行くかと、内心ハラハラしながら扇の影でマイを追う。マイはそのまま会場の端まで歩いていき、休憩所のテントのテーブルに座った。そのまま動く気配はない。
なんとなく不気味で、わたくしは暗澹とした不安を覚える。思わずザイディーの手を強く握ってしまった。握り返されて目を上げると、「大丈夫」とザイディーが目顔で安心させてくれた。
この時期のパーティーの開催趣旨は、収穫期の始まりを寿ぎ、これから冬の社交シーズンまで領地での仕事に向かう方々への餞の席だ。
うち三回は"ヒロイン"達が参加するもので、招待客は女王反対派と協力してくださる貴族の方々、主に"攻略対象"の家族、そして"攻略対象"の婚約者とその家族。
申し訳ないが、"攻略対象"の婚約者とその家族には事情を話してはいない。だからわたくし達"悪役令嬢"が、彼女達が傷つかないように守ってさしあげなくてはならない。
今回招いた方達はザイディー以外は既婚なので、おいそれとは怯まないだろう。むしろ既婚であるが故に、娘達が纏わりついてもよほどのことがなければ醜聞にならないはずだ。
ジウン兄上の奥方のエリス、ダイル兄上の奥方のマデリーンは事情を知っていておもしろがっている。
サンクルード伯爵令息ジグムンドの奥方セアラは二十歳でおっとりした方だが芯が強く社交上手だ。今日は淡い緑に薄紅の小花を一面に刺繍したドレスをお召になり、髪は低い位置で軽く結ってレースのリボンを巻き込んで飾っている。
わたくし達は自分の婚約者に近づく"ヒロイン"を払えばいいのだ。初演ではあるが容易だろう。
さて、"ヒロイン"達にはガーデン・パーティーにあたってドレスを新調してさしあげた。すでに二着あるが、わたくしの采配で仕立てたものなので、"ヒロイン"達の好みが反映されていないからだ。
仕立て屋に「流行に外れても良いが常識と予算の範囲内で好きに注文を取れ」と"ヒロイン"の好みを出来得る限り反映させているはずだ。仕立て屋はデザインブックから型を選ばせ、色と飾りを決める方法をとったという。
マイは光沢のある濃い紫の地に銀色の花蔦刺繍、襟と袖口のレースが風に揺れている。黒髪はそのまま背中に流れ、レースのリボンで押さえている。扇を握りしめて、紫の目は暗く沈み込んでいるように見える。
現れてから何度も襟元を引っ張る仕草をしているのが妙だ。
マリは金髪をふわふわとさせ、両サイドにピンクのリボンを飾り、ドレスもピンク。リボンとレースで飾り立てている。
アカリは無作法な娘だった。最初こそおとなし気に振舞ったが、すぐに話し方も所作もぞんざいで品が悪いものになった。
今日のドレスはやはり光沢のある濃い紫で、仕立て屋にはもっと襟を開けろとか袖を短くしろとかの無茶を言った。
ギリギリまで要望を飲んだドレスは、やや下品な印象だ。
袖は肘の上で絞られそこから幅広のレースが垂れている。胸元も強調するように鎖骨が見える開き方で、深紅の大きな花飾りがつけられている。
スカートは細身で歩きにくそうだ。
ホノカが新調したドレスも仕立て屋泣かせで、また黄色と黒の組み合わせを選んだという。
黄色と黒の組み合わせでわたくしは、海を渡った南のシンデアナ帝国にいるという大きな猛獣を思い出した。
光沢のある黄色の生地に襟と袖口と裾が黒、光沢のある黒…
青い髪に黄色と黒。目がチカチカしそう。
ふわっとしたスカートは動くたびにゆらゆら揺れた。
シノブはおとなし気な見かけを装っているが、かなり粗暴な性格だ。
ジュリア・クサンク伯爵令息狙いなのだが、彼はまだ十二歳でとても会わせることはできない。それを未だに信じることができず、騒いでいる。そして元の世界へ戻ることを頑なに拒んでいるくせに、この世界に馴染もうともしない。
今日のドレスは純白でたくさんのフリルで段がたくさん重ねられている。生地自体は薄いのだが、フリルが多すぎて重たげに見える。
ミサは…ミサは一番苦手かもしれない。不気味なのだ。
兄上達は「ばかで頭のおかしな尻軽女」と言っていたが、わたくしはミサはかなり頭が回ると思っている。言動が計算されたもので、おそらく元の世界では「可愛らしい無邪気な少女」そのものなのではないだろうか。おそらくミサが五歳くらいの幼さなら、彼女の言動はお行儀は悪いが元気でちょっと慌て者で可愛い女の子に見えるだろう。
そのような振る舞いを淑女であるべき年齢の女性がするので、なんとも不気味に見えてしまうのだ。
彼女のドレスはこれまたピンク。レイに比べると光沢があり、腰にペプラムがふわふわっと広がり、その下からギャザーの寄ったスカートが広がっている。
彼女によく似合うデザインだ。
金髪の巻き毛は両側で白いリボンで結ばれている。
開催の挨拶はわたくしだ。
わたくしが十五歳で社交界デビューしてから、父上は公的な場にほとんど出なくなった。元々社交が苦手な引っ込み思案な方なのだ。その前もジウン兄上とダイル兄上に任せていたことが多い。
「皆様、今年もめでたい収穫月を迎え、これから領地での執務でお忙しくなる前のひと時を楽しくお過ごしくだされば幸いに存じます。今日は"倹約姫シャイロ"の厳しい目をかいくぐって料理人が腕を奮った料理とお菓子をお召し上がりくださいませ」
招待客が笑う。
「昼間なので酒蔵の鍵はわたくしが守って渡しておりませんから、メイド達が茶蔵を占拠しておいしいお茶をお淹れ致しております。また果実水もございますのでお好きな方をお持ちください」
再び笑いに満ちた会場に果実水のグラスを掲げて開催の挨拶を終わる。
立食なので、皆自由に料理や菓子の置かれたテーブルを回りながら談笑する。メイド達は果実水や冷やしておいたお茶を乗せたトレイを持って会場を回り、お茶担当はテーブルで淹れたてのお茶を承る。このテーブルはその陰にいくつかの竈があり、常にお湯を沸かしているので見た目でそれとわかる警備がついている。もちろん、異物や薬物の混入を警戒して各テーブルや会場内にメイドや警備が目を光らせている。
挨拶を終えたわたくしがザイディーにエスコートされて会場の中へ進み入ると、なんとマイ、マリが走り寄ってきた。そしていち早く近くに来たマリがステンと転び次いでマイが転んだ。
淑女が人前で走るのも問題だが、転ぶとは…
乙女ゲームって面白いわ。本当にこうなるのね。では次はわたくしに罪を着せるのね。期待してしまう。逆にザイディーはわたくしの手を少し強く握った。緊張しているようだ。
マリがすぐに起き上がり「ひどいわ!シャイロ様!」と言ったので、わたくしは本気で可笑しくなってしまい扇を広げて笑いを隠した。
次いマイがふるふる震えながら少し身を起こし「いたぁい…どうしてこんなことをするんですか?」と上目遣いの涙目で訴える。
いやだ、ちょっと楽しくなってきた。
「まあ、勝手に転んでわたくしのせいになさいますの?このような場で走るなんてはしたないですわよ?それとも裾に足がもつれましたの?」
少し顎を上に反らして見下げるようにする。
「まだお作法のお勉強が足りていないようですわね。もう部屋にお帰りになって復習してはいかが?」
うまく「おーっほっほっほっほ」と高笑いができないので、うっすらと暗く「ふふふふ」と笑ってみせる。
この笑い方は、リスベット達に「怖いですわ、シャイロ様」と言われたのだが。ランスフィアには「逆にイイです!」と褒められた。
「いやぁん、こわいぃ」と言ってマリがザイディーにしなだれかかる。
わたくしは扇をたたみ、ザイディーの腕に抱き着いたマリの腕を押さえた。咄嗟にやってしまったのだ。
ものすごく嫌だ。ザイディーに触らないで!やっぱり楽しくなんてないわ。
「マリ嬢、ザイディーはわたくしの婚約者です。無暗に触れないでくださいませ」
マリはチロっとわたくしを見てさらに強く絡みつき、上目遣いでザイディーを見た。
「ザイディー様、シャイロ様がこわぁい」
「シャイロの言う通りだ。離れてくれ」
ザイディーは手ひどく振りほどくのはさすがにできずにいたが、どうにか腕を抜いた。
「わたくし達、皆様にご挨拶があるのであなた方にかまっている暇はございませんの。さ、ザイディー、参りましょう」
スッとその場から立ち去ろうとすると、ぬうっとマイが行く手を塞いだ。
マイの目はやはり暗く沈み込んでいた。紫が黒に見えるかと思える。
「やっぱり…」
マイが暗い声で呟くように言う。
「シャイロ様はひどい人ですね。私の夢を砕いて…」
わたくしはゾッとした。前に見たマイはこんな暗い表情や話し方ではなかった。
夢を砕くも何も、エドガーが二十七歳で既婚であったという事実を告げただけだ。
「私、諦めませんから!」
マイは踵をを返してその場を離れていった。
エドガーと奥方のリュシュアンのところへ行くかと、内心ハラハラしながら扇の影でマイを追う。マイはそのまま会場の端まで歩いていき、休憩所のテントのテーブルに座った。そのまま動く気配はない。
なんとなく不気味で、わたくしは暗澹とした不安を覚える。思わずザイディーの手を強く握ってしまった。握り返されて目を上げると、「大丈夫」とザイディーが目顔で安心させてくれた。
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