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23.悪役令嬢の流儀
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「悪役令嬢の必須アイテムですね」
扇を渡すとランが言う。
わたくしは扇を三本持ってきた。今使う夏用の薄絹のものを二本。一本は淡い緑地に少し濃い色の蔦と白い小花が全体に刺繍されて、要に白い貝細工の花がついていて、そこから垂れた紐は白。もう一本は生成りに銀糸で鳥の刺繍、要には銀細工の羽の意匠をあしらい、垂れた二本の銀の紐の先に真珠がついている。もう一本は少し重厚なもので、花を織り出した銀色の緞子で、縁にレースの飾りがあり、要にはやや大きめのレースの白い花の布細工をあしらい、垂れた紐の先に房がついている。
「そうなの?貴婦人は必ず扇を持つのよ。作法の先生がおっしゃらなかった?」
扇は悪役令嬢の必須アイテム。どう使うのか聞かなければ。
「教わりました。それで貴族の令嬢が扇で顔を隠す理由がわかりました」
真面目な顔で言うラン。
「それで、悪役令嬢は扇をどう使うの?」
ランは小首をかしげて少し思案顔になったが、それがとても愛らしかった。
「ヒロインに嫌味を言う時にこんな感じで使うことが多いです」
ランは立ち上がり扇を開き顔の下半分近くを隠し、体をやや斜めにひねり顎を上げ頭を後ろに大きく反らし、上半身もかなり後ろに反らした。
「こうやって嘲笑うんです」
「悪役令嬢って、体幹がよろしいのね」
不自然な体勢で笑うのは大変だろうと思わず言うとランは笑った。
「体幹!確かにそうですね」
「具体的に何を嘲笑うの?」
「ヒロインに意地悪や嫌がらせをした時や失敗とか、あとは嫌味を言う時に使います」
「お行儀が悪いわね」
「それと、ヒロインを攻略対象が助けたり親し気にしたりしていると、悔しさのあまりへし折ります」
「へし折るですって!?これ、かなり丈夫なのよ?それにけっこう高価なのよ」
ランは扇の両端をを持ってぐっと力を込めてみて、言った。
「本当ですね!これは折れません」
ランに悪役令嬢の流儀を詳しく聞いたところ、だいたいこんな感じだった。
まず、庶民であることや身分が下であることを、事あるごとに論う。
行儀が悪い、マナーが悪い、婚約者のいる殿方に近づくなときつく言う。
足をかけて転ばせる。
噴水や池に持ち物を投げ込み、時にはヒロインを突き落とす。
持ち物を破損させる。
ドレスに飲み物をかけたり、破ったりする。
そして階段から突き落としたり、ひどい場合は毒を仕込んで飲ませようとする。
こういったことの積み重ねを攻略対象が知り、断罪されるのだ。
解せない。
高位貴族の令嬢らしからぬことばかりだ。
とりあえずできそうなことは、行儀やマナーを窘め、殿方との付き合い方を諭すことくらいだ。
他は考えられない。
ランと話していると、エイベルが大きな箱を五つ運んできた。メイダは様々な大きさの箱が乗ったカートを運び込む。
これから何度か行う予定のお茶会やガーデン・パーティーのためのドレスと小物だ。
これからお茶会やガーデン・パーティーを小規模ながら開催するので、稀人全員にお直しをしたドレスをお渡ししているが、ランの場合、神殿の儀式服がほとんどだったので新調した。
淡い紫に肘までの袖がゆるやかに広がり、縁に赤紫の小花を刺繍したもの。縦縞を織り込んだ若草色に襟と袖と裾にクリーム色のレースをあしらったもの。空色に白で蔦を刺繍したもの。クリーム色の地に白い花模様が織り込まれたもの。淡い赤紫に光沢のある薄い灰色の渦巻きの裾模様の刺繍の入ったもの。
ランの黒髪が映えるように誂えた。
レースや布細工の髪飾りやリボン、数種類のジュエリー・セット、靴、ストッキング、ハンカチ、スカーフ。
ランは目を見張り、見とれている。
少ししてはっと我に返ったように言う。
「こんなに…いいんですか?」
わたくしは少しうしろろめたい気持ちで言い訳がましく言う。
「あなたにも協力していただかなくてはならないから、これは言わば"戦闘用装備"だと思ってね」
ランはぐっと拳を握った。
「先ほどおっしゃっていた女王反対派の炙り出しですね。私は何をすればいいのでしょう?ヒロインの役目ですか?」
思いつめたような目のラン。
「いいえ、あなたにヒロインの役割は無理だと思うの。今更無作法な真似はできないでしょう?」
「あ…」
ランは不安そうな顔になった。
「あなたは表立っては何にもする必要はないわ」
「はい」
「わたくし達に悪役令嬢の流儀を教えていただきたいの」
「わかりました」
そこで場を和らげようと、わたくしはくすっと笑って続けた。
「その隙にわたくし達悪役令嬢隊が"ヒロイン"に嫌がらせや意地悪をするわ」
「悪役令嬢隊って」
「協力してくださる悪役令嬢はエグゼル・シェインの婚約者リスベット・サグワー伯爵令嬢、ガイ・ナイアル伯爵令息の婚約者のコンスタシア・ダイクロン伯爵令嬢、エリック・シュナウツ伯爵令息の婚約者のアリシア・サンクルード伯爵令嬢に決まりました。皆さまユーモアのある聡明な方々なので、ぜひわたくし達四人の悪役令嬢っぷりを楽しみにしていてね」
片目をつぶるとランは笑った。
「それと"攻略対象"として協力してくださるのは、エドガー・ダイクロン伯爵令息、ジリアン・エイナイダ公爵令息、エグゼル・シェイン伯爵令息、エリック・シュナウツ伯爵令息、ガイ・ナイアル伯爵令息です。もちろん、ジウン兄上にダイル兄上、ザイディーもよ。うまくやってくださるといいのですが」
「楽しみにしています」
ランの緊張は少しとけたようだ。
翌日の"お茶会"と言う名の悪だくみの場でリスベット嬢、コンスタシア嬢、アリシア嬢は大いに乗り気で盛り上がり、わたくし達四人は扇を使った悪役令嬢笑いの練習に興じたのだった。
しかし、さすがに持ち物やドレスを損なったり汚したり、転ばせる、水に突き落とすなどの危険なことはできないので、言葉と笑いだけで勝負をかけるしかないと意見は一致した。
頭の痛い憂鬱に、少し愉しい企みが加味された。
扇を渡すとランが言う。
わたくしは扇を三本持ってきた。今使う夏用の薄絹のものを二本。一本は淡い緑地に少し濃い色の蔦と白い小花が全体に刺繍されて、要に白い貝細工の花がついていて、そこから垂れた紐は白。もう一本は生成りに銀糸で鳥の刺繍、要には銀細工の羽の意匠をあしらい、垂れた二本の銀の紐の先に真珠がついている。もう一本は少し重厚なもので、花を織り出した銀色の緞子で、縁にレースの飾りがあり、要にはやや大きめのレースの白い花の布細工をあしらい、垂れた紐の先に房がついている。
「そうなの?貴婦人は必ず扇を持つのよ。作法の先生がおっしゃらなかった?」
扇は悪役令嬢の必須アイテム。どう使うのか聞かなければ。
「教わりました。それで貴族の令嬢が扇で顔を隠す理由がわかりました」
真面目な顔で言うラン。
「それで、悪役令嬢は扇をどう使うの?」
ランは小首をかしげて少し思案顔になったが、それがとても愛らしかった。
「ヒロインに嫌味を言う時にこんな感じで使うことが多いです」
ランは立ち上がり扇を開き顔の下半分近くを隠し、体をやや斜めにひねり顎を上げ頭を後ろに大きく反らし、上半身もかなり後ろに反らした。
「こうやって嘲笑うんです」
「悪役令嬢って、体幹がよろしいのね」
不自然な体勢で笑うのは大変だろうと思わず言うとランは笑った。
「体幹!確かにそうですね」
「具体的に何を嘲笑うの?」
「ヒロインに意地悪や嫌がらせをした時や失敗とか、あとは嫌味を言う時に使います」
「お行儀が悪いわね」
「それと、ヒロインを攻略対象が助けたり親し気にしたりしていると、悔しさのあまりへし折ります」
「へし折るですって!?これ、かなり丈夫なのよ?それにけっこう高価なのよ」
ランは扇の両端をを持ってぐっと力を込めてみて、言った。
「本当ですね!これは折れません」
ランに悪役令嬢の流儀を詳しく聞いたところ、だいたいこんな感じだった。
まず、庶民であることや身分が下であることを、事あるごとに論う。
行儀が悪い、マナーが悪い、婚約者のいる殿方に近づくなときつく言う。
足をかけて転ばせる。
噴水や池に持ち物を投げ込み、時にはヒロインを突き落とす。
持ち物を破損させる。
ドレスに飲み物をかけたり、破ったりする。
そして階段から突き落としたり、ひどい場合は毒を仕込んで飲ませようとする。
こういったことの積み重ねを攻略対象が知り、断罪されるのだ。
解せない。
高位貴族の令嬢らしからぬことばかりだ。
とりあえずできそうなことは、行儀やマナーを窘め、殿方との付き合い方を諭すことくらいだ。
他は考えられない。
ランと話していると、エイベルが大きな箱を五つ運んできた。メイダは様々な大きさの箱が乗ったカートを運び込む。
これから何度か行う予定のお茶会やガーデン・パーティーのためのドレスと小物だ。
これからお茶会やガーデン・パーティーを小規模ながら開催するので、稀人全員にお直しをしたドレスをお渡ししているが、ランの場合、神殿の儀式服がほとんどだったので新調した。
淡い紫に肘までの袖がゆるやかに広がり、縁に赤紫の小花を刺繍したもの。縦縞を織り込んだ若草色に襟と袖と裾にクリーム色のレースをあしらったもの。空色に白で蔦を刺繍したもの。クリーム色の地に白い花模様が織り込まれたもの。淡い赤紫に光沢のある薄い灰色の渦巻きの裾模様の刺繍の入ったもの。
ランの黒髪が映えるように誂えた。
レースや布細工の髪飾りやリボン、数種類のジュエリー・セット、靴、ストッキング、ハンカチ、スカーフ。
ランは目を見張り、見とれている。
少ししてはっと我に返ったように言う。
「こんなに…いいんですか?」
わたくしは少しうしろろめたい気持ちで言い訳がましく言う。
「あなたにも協力していただかなくてはならないから、これは言わば"戦闘用装備"だと思ってね」
ランはぐっと拳を握った。
「先ほどおっしゃっていた女王反対派の炙り出しですね。私は何をすればいいのでしょう?ヒロインの役目ですか?」
思いつめたような目のラン。
「いいえ、あなたにヒロインの役割は無理だと思うの。今更無作法な真似はできないでしょう?」
「あ…」
ランは不安そうな顔になった。
「あなたは表立っては何にもする必要はないわ」
「はい」
「わたくし達に悪役令嬢の流儀を教えていただきたいの」
「わかりました」
そこで場を和らげようと、わたくしはくすっと笑って続けた。
「その隙にわたくし達悪役令嬢隊が"ヒロイン"に嫌がらせや意地悪をするわ」
「悪役令嬢隊って」
「協力してくださる悪役令嬢はエグゼル・シェインの婚約者リスベット・サグワー伯爵令嬢、ガイ・ナイアル伯爵令息の婚約者のコンスタシア・ダイクロン伯爵令嬢、エリック・シュナウツ伯爵令息の婚約者のアリシア・サンクルード伯爵令嬢に決まりました。皆さまユーモアのある聡明な方々なので、ぜひわたくし達四人の悪役令嬢っぷりを楽しみにしていてね」
片目をつぶるとランは笑った。
「それと"攻略対象"として協力してくださるのは、エドガー・ダイクロン伯爵令息、ジリアン・エイナイダ公爵令息、エグゼル・シェイン伯爵令息、エリック・シュナウツ伯爵令息、ガイ・ナイアル伯爵令息です。もちろん、ジウン兄上にダイル兄上、ザイディーもよ。うまくやってくださるといいのですが」
「楽しみにしています」
ランの緊張は少しとけたようだ。
翌日の"お茶会"と言う名の悪だくみの場でリスベット嬢、コンスタシア嬢、アリシア嬢は大いに乗り気で盛り上がり、わたくし達四人は扇を使った悪役令嬢笑いの練習に興じたのだった。
しかし、さすがに持ち物やドレスを損なったり汚したり、転ばせる、水に突き落とすなどの危険なことはできないので、言葉と笑いだけで勝負をかけるしかないと意見は一致した。
頭の痛い憂鬱に、少し愉しい企みが加味された。
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