姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

文字の大きさ
上 下
23 / 36

23.悪役令嬢の流儀

しおりを挟む
「悪役令嬢の必須アイテムですね」
 扇を渡すとランが言う。
 わたくしは扇を三本持ってきた。今使う夏用の薄絹のものを二本。一本は淡い緑地に少し濃い色の蔦と白い小花が全体に刺繍されて、要に白い貝細工の花がついていて、そこから垂れた紐は白。もう一本は生成りに銀糸で鳥の刺繍、要には銀細工の羽の意匠をあしらい、垂れた二本の銀の紐の先に真珠がついている。もう一本は少し重厚なもので、花を織り出した銀色の緞子で、縁にレースの飾りがあり、要にはやや大きめのレースの白い花の布細工をあしらい、垂れた紐の先に房がついている。

「そうなの?貴婦人は必ず扇を持つのよ。作法の先生がおっしゃらなかった?」
 扇は悪役令嬢の必須アイテム。どう使うのか聞かなければ。
「教わりました。それで貴族の令嬢が扇で顔を隠す理由がわかりました」
 真面目な顔で言うラン。

「それで、悪役令嬢は扇をどう使うの?」
 ランは小首をかしげて少し思案顔になったが、それがとても愛らしかった。
「ヒロインに嫌味を言う時にこんな感じで使うことが多いです」
 ランは立ち上がり扇を開き顔の下半分近くを隠し、体をやや斜めにひねり顎を上げ頭を後ろに大きく反らし、上半身もかなり後ろに反らした。
「こうやって嘲笑うんです」
「悪役令嬢って、体幹がよろしいのね」
 不自然な体勢で笑うのは大変だろうと思わず言うとランは笑った。
「体幹!確かにそうですね」

「具体的に何を嘲笑うの?」
「ヒロインに意地悪や嫌がらせをした時や失敗とか、あとは嫌味を言う時に使います」
「お行儀が悪いわね」
「それと、ヒロインを攻略対象が助けたり親し気にしたりしていると、悔しさのあまりへし折ります」
「へし折るですって!?これ、かなり丈夫なのよ?それにけっこう高価なのよ」
 ランは扇の両端をを持ってぐっと力を込めてみて、言った。
「本当ですね!これは折れません」

 ランに悪役令嬢の流儀を詳しく聞いたところ、だいたいこんな感じだった。

 まず、庶民であることや身分が下であることを、事あるごとに論う。
 行儀が悪い、マナーが悪い、婚約者のいる殿方に近づくなときつく言う。
 足をかけて転ばせる。
 噴水や池に持ち物を投げ込み、時にはヒロインを突き落とす。
 持ち物を破損させる。
 ドレスに飲み物をかけたり、破ったりする。
 そして階段から突き落としたり、ひどい場合は毒を仕込んで飲ませようとする。

 こういったことの積み重ねを攻略対象が知り、断罪されるのだ。

 解せない。
 高位貴族の令嬢らしからぬことばかりだ。

 とりあえずできそうなことは、行儀やマナーを窘め、殿方との付き合い方を諭すことくらいだ。
 他は考えられない。

 ランと話していると、エイベルが大きな箱を五つ運んできた。メイダは様々な大きさの箱が乗ったカートを運び込む。
 これから何度か行う予定のお茶会やガーデン・パーティーのためのドレスと小物だ。
 これからお茶会やガーデン・パーティーを小規模ながら開催するので、稀人全員にお直しをしたドレスをお渡ししているが、ランの場合、神殿の儀式服がほとんどだったので新調した。

 淡い紫に肘までの袖がゆるやかに広がり、縁に赤紫の小花を刺繍したもの。縦縞を織り込んだ若草色に襟と袖と裾にクリーム色のレースをあしらったもの。空色に白で蔦を刺繍したもの。クリーム色の地に白い花模様が織り込まれたもの。淡い赤紫に光沢のある薄い灰色の渦巻きの裾模様の刺繍の入ったもの。
 ランの黒髪が映えるように誂えた。

 レースや布細工の髪飾りやリボン、数種類のジュエリー・セット、靴、ストッキング、ハンカチ、スカーフ。

 ランは目を見張り、見とれている。
 少ししてはっと我に返ったように言う。
「こんなに…いいんですか?」

 わたくしは少しうしろろめたい気持ちで言い訳がましく言う。
「あなたにも協力していただかなくてはならないから、これは言わば"戦闘用装備"だと思ってね」
 ランはぐっと拳を握った。
「先ほどおっしゃっていた女王反対派の炙り出しですね。私は何をすればいいのでしょう?ヒロインの役目ですか?」
 思いつめたような目のラン。
「いいえ、あなたにヒロインの役割は無理だと思うの。今更無作法な真似はできないでしょう?」
「あ…」
 ランは不安そうな顔になった。
「あなたは表立っては何にもする必要はないわ」
「はい」
「わたくし達に悪役令嬢の流儀を教えていただきたいの」
「わかりました」

 そこで場を和らげようと、わたくしはくすっと笑って続けた。
「その隙にわたくし達悪役令嬢隊が"ヒロイン"に嫌がらせや意地悪をするわ」
「悪役令嬢隊って」
「協力してくださる悪役令嬢はエグゼル・シェインの婚約者リスベット・サグワー伯爵令嬢、ガイ・ナイアル伯爵令息の婚約者のコンスタシア・ダイクロン伯爵令嬢、エリック・シュナウツ伯爵令息の婚約者のアリシア・サンクルード伯爵令嬢に決まりました。皆さまユーモアのある聡明な方々なので、ぜひわたくし達四人の悪役令嬢っぷりを楽しみにしていてね」
 片目をつぶるとランは笑った。
「それと"攻略対象"として協力してくださるのは、エドガー・ダイクロン伯爵令息、ジリアン・エイナイダ公爵令息、エグゼル・シェイン伯爵令息、エリック・シュナウツ伯爵令息、ガイ・ナイアル伯爵令息です。もちろん、ジウン兄上にダイル兄上、ザイディーもよ。うまくやってくださるといいのですが」
「楽しみにしています」
 ランの緊張は少しとけたようだ。

 翌日の"お茶会"と言う名の悪だくみの場でリスベット嬢、コンスタシア嬢、アリシア嬢は大いに乗り気で盛り上がり、わたくし達四人は扇を使った悪役令嬢笑いの練習に興じたのだった。

 しかし、さすがに持ち物やドレスを損なったり汚したり、転ばせる、水に突き落とすなどの危険なことはできないので、言葉と笑いだけで勝負をかけるしかないと意見は一致した。

 頭の痛い憂鬱に、少し愉しい企みが加味された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...