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11.稀人ミサ

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 ミサは豊かなブロンドに紫の瞳の小柄な娘だ。あつらえた衣類は膝どころか太腿がかなり上まで出るスカート丈で、神殿から護衛した騎士達は正視してはいけない気持ちと見ずにはいられない気持ちで葛藤して、チラチラと視線が揺れまくっていた。
 この国では子供でもそんな短い丈の衣類はない。男性用でも膝丈の上衣の下にトラウザーズ(丈の長いスボン)やブリーチズ(丈の短いズボン)にロングブーツを着用する。子供でなければ素足を出すことはない。
 離宮に到着してすぐに衣類を回収させて、用意させた衣装に着替えさせた。

 ミサが「ゼッタイリョウイキ」と喚いていたが…

 ミサの行儀は最悪で、持ってきたミルフィーユを手づかみでかぶりつき、パイの欠片がテーブルに飛び散り口元にクリームと共にへばりついても意に介さない有様だ。
 食べ終わって口元のクリームをペロリと舌で舐めとって「えへへ」と笑った様子に、わたくしはゾッとしてしまった。

 孤児院の小さな子供が同じことをした時は、なんて可愛いのだろうと抱きしめたくなったが、ミサの仕草はなんともいえない下卑たものを感じた。

 意地悪でミルフィーユを選んだ罰かもしれない。次からは食べやすいものにしよう。フィンガー・ビスケットやチョコレートのような。

 ミサは食べ方だけではない。全てに気味の悪いわざとらしさを感じる。背筋がザワザワする。

 挨拶から気持ち悪かった。

「あたしぃ、ミサって言います。ちょっと天然なので迷惑かけちゃうかも」
 と言って「えへ」っと笑った。
「テンネン」とは?お魚やジビエではないの?
「野育ち」や「山出し」と言う意味かしら?
 確かに野性味溢れる言動だ。

 茶菓を勧めると
「わあ!あたし、これ大好きぃ!」
 と大声で言って、いきなり手づかみでミルフィーユにかぶりついたのだ。

 食べ終わった今は、口の周りどころか手もベタベタだ。その指を舌でペロリと舐める。
 侍女が慌てて濡らしたリネンを差し出す。今まで驚きのあまり固まっていたのだ。
 ミサはまた「えへへ」と笑って
「やだぁ、夢中になっちゃったぁ」
 思わず「お腹が空いているの?」と聞きたくなった。

 チラとミサ付きの侍女に目をやると、眉間に皺を寄せて首を振る。
 どうやら手を焼いているようだ。

 顔と手をぐしぐしと拭いたミサはティーカップを手に取り、一気に飲み干してまた「えへへ」と笑った。
「あー、喉乾いちゃった」

 なんだろう?
 全てにおいて子供っぽいのに、妙な違和感がある。
 やたらに唇の片端を舌で舐め上げるからだろうか?

 わたくしは驚きと嫌悪でいっぱいになり、何から話せばいいか思案する。
 できたらすぐに逃げ出したい。しかしそうはいかない。

「ミサ嬢?あの、お困りになっていることやご不便はございますか?」
 ようやく言うとミサは「んー」と首を傾げ言った。
「外に出たいんだけど、ダメって言われるのよねー」
 そういえばミサは脱走をはかったものの、部屋のドア前で捕まるという報告があったおかしな娘だった。

「前もって申請してくだされば、庭園の散策はできますよ」
「ええー!一人で色々見たいのにぃ」
「それはできかねます。大切な稀人ですし、淑女は供なしでは出歩けないのです」
 ミサは片方の頬を膨らませて反対側に人差し指を添えた。
「堅苦しいの苦手なのよね」
 と不満顔だ。

 ゾワゾワする。なんだろう?この違和感は。

 もう言うべきことを言って退出しよう。

「ミサ嬢はまずマナーを修めてくださいませ。全てはそれからです」
 ミサは不満を露わにしたが、そのあからさまな睨み顔は今までの所作の何よりもしっくりきた。おそらくこれが素なのだろう。

「服は!?あたしの服は!?」
 あの肌着にも劣るものを着たいのか。絶対に許可できない。

「あの服はかなり非常識なので、のちほど流行の型に直してお届けしますね」
「流行なんてどうでもいいのよ!どうせこの服みたいにズルズル長いんでしょう!?イヤよ、こんなの」
「では外へはお出しできません」
「なんでよ!?」
「はしたないからです」
「でも『ハナシュゴ』のヒロインは!」
 そこではっとしたように口を押える。

 どうしよう。ここで言った方がいいだろうか。
 このあけすけな娘は、後で全員を集めて相違点を告げたら大騒ぎするかもしれない。

 わたくしはぐっと体に力を入れて、『ハナシュゴ』とやらとこの国の相違点を告げることにした。

 ミサはポカンと口を開けた。しかし話が進んでいくと
「ウソ!ウソよ!!そんなの信じないから!!」
 と喚きだした。

「あんたが破滅したくないからそんなウソを言うんでしょう!?」
 わたくしが破滅ということは、狙いはザイディーか逆ハーというものだろう。

 わたくしを害そうとするものに温情をかけるほど優しくないのよ?

「ともかく、申し上げることはこれまでです。どうするもあなた次第です」
 立ち上がり、踵を返して退出する。
 後ろでキーキー喚く声が聞こえるが無視が一番だ。

 午前中なのに疲れ切ったわたくしは一旦、おばあさまの部屋で休息をとることにした。
 昼食をとる気がしない。
 食欲はぐっと落ちて、昨夜はほとんど眠れなかった。

 先ほどのミサの所作を思い出し、昼食休憩後に稀人への差し入れに軽くつまめるお菓子をエイベルに持ってくるよう指示した。
「シャイロ様、昼食はいかがいたしますか?」
 食欲なんて全くない。それでもエイベル達を安心させるために軽めのものを頼む。
「スープとパンがいいわ。胃がムカムカするの」
 小さな頃から仕えてくれているエイベルはわたくしの心情をよく心得てくれて、スープと小さなデニッシュにさっぱりとした果実水を添えてくれた。
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