姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

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6.神殿狂騒曲

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 神殿から返事を持った伝令はなかなか戻らなかったので、それを急かす伝令を送る羽目になった。
 わたくしが神殿に行く先触れだけでもよかったのだが、稀人達を迎える際に行った時の神殿の様子を考えると、少しばかり優しくしてあげたい気持ちがあったのだ。
 憔悴しきったその様子を今のわたくしには十分慮ることができる。二人に会っただけで嫌気がさした。日頃静かで俗世離れした神殿にとっては、嵐のような混乱の日々だったことだろう。
 今まで縁のなかった種類の服飾や食事を贖い、その出費に目玉が飛び出る思いをしただろうし、あの娘達を御するには皆の手には余っただろう。
 だからこそ、折りたくない膝と腰を折って王宮に助けを求め、わたくしに縋ったのだけど。

 神殿はわたくしにこそ縋りたくなかったはずだ。
 わたくし抜きで事を成したいが故に、異界から召喚を行ったのだから。
 結果は大失敗で、七人全てが「聖女にあらず」と告げられた。

 これについてわたくしは考えた。
 聖女召喚の儀式ではなく、ただの「異界よりの召喚」という軽はずみなことをなぜ行ったのか。
 いくらいたずら好きシェンリン神でも、こんな混乱を喜んで行うとは思えない。

 まだ「おそらく」という推測の域を出ないが…
 神殿の召喚能力を持つ七人の神官は、「召喚を行える」だけの能力しかなかったのではないか。つまり具体性がなかったのだ。

 いつの代にも召喚能力のある神官は何人も現れる。
 わたくしが書物で読んだ「聖女召喚の儀」は、いつも国の大難に聖女の力が必須であるが、その聖女不在の時に行われる。そして複雑で何重もの陣を数人がかりで何十日にも渡って敷き、召喚能力が強い何人かの神官によって行われていた。
 それなのに今回は一人につき一人の召喚が為されている。異常事態だ。そしてなんと軽々しい。

 不敬な物言いになるが、相手はいたずら好きなシェンリン神だ。
 そこでわたくしは再びはっと思い当たり、血の気が引くのを覚えた。

 まさかを召喚の儀に頼ったのか。

「まさか」が頭の中でぐるぐる回って気分が悪い。

 平和ボケした神殿を放っておきすぎた。

 シェンリン神には必ず姉神のギタール女神を共に立てなければならないのに。シェンリン神のいたずらを押さえるために秩序を司るギタール女神が必須だということを知らないわけはない。

 わたくしは矢も楯もたまらず立ち上がり伝令を呼んだ。
「神殿へ参ります。先触れを!」

 馬車を急がせて神殿前で降りれば、なんと先に行かせた二人の伝令と先触れが、門前で戸惑った顔で立っていた。
「これはどうしたことです?」
 聞けば青ざめた顔で伝令達が我も我もと説明しだす。

「お言葉は伝えましたが」
「神殿に入れてもらえないのです」
「お返事もありません」

 わたくしはそのまま神殿の門へ向かい、明らかに狼狽えている門の神殿兵に命じた。
「門を開けなさい」

 怯え切った神殿兵は慌てて開門した。

 神殿の中は異常なほど静まり返っていた。
 いつもいそいそと忙しく働く人々の姿がない。歩を進めるとそこここから神女や巫女が駆け寄ってくる。

「シャイロ姫様!どうかご慈悲を!」
 そう叫んで仮の聖女の椅子を任せた統括神女が駆け寄ってきた。

「説明を」
 わたくしは感情を押さえて命じた。

 統括神女によると、召喚を行った神官長および神殿長は亡くなった神官のもがりを理由に、神殿奥の儀式場に籠っているという。その間の神殿の運営も孤児院の運営も放ったまま、何の指示もない。
 神女や巫女、中級や下級神官でどうにか孤児院の子供達と自分達の糊口を凌いでいたという。
 稀人が召喚されてから食料の供給が減っており、明日はどうしたものかわからない有様だという。
 よく見れば、常に清浄を課されている神殿内は埃っぽく、人員もうっそりとしてなんとなく汚れているように見える。

「神女のサラは無事ですか?」
「ここにおります」
 神殿の予算と運営を任せている神女のサラが進み出てきた。
「一体どういうことです?」
「神殿の予算はすべて神官アデルが掌握してしまいました。どう抗議しても敵いません。そして今は病を理由に閉じこもっております」
「すぐに神官アデルの部屋に踏み込んで、全権を取り上げなさい」
 神殿兵に指示を飛ばした。
「これから運営権を神女長マルタに、予算を神女サラに託します」

 わたくしは苛立った。
 殯ですって?
 殯は遺体に明らかな死の徴が現れない場合のみ行われるものだ。

 神女や巫女には少し待つよう命じ、そのまま奥の儀式場へ向かう。
 扉に嵌った魔法石に手をかざすと、わたくしのマナを認識して扉が開く。

 目に入ったのは、台の上に横たえられたほとんど布の塊にしかみえない薄い人の体と、周りに倒れ伏すようにしている八人だった。
 台の上の人物は命を落とした神官であろう。
 台に近づきその顔を認め、わたくしは思わず口に手をやる。

 その人物はわたくしの幼い頃の師、神官デニアウムだった。
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