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5.稀人ホノカ
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ホノカはこの世界に有り得ない青い髪の娘だ。
瞳はグリーン。
髪と目の色の対比に、見る人の目がチカチカするような黄色に黒のレースをあしらったドレスを纏っている。オーバースカートの後ろ側が長いタイプだ。胸元が大きく開いている。
オーバースカートの余分な部分を取って、それで襟元を覆う飾りを作って付ければいいかもしれない。我が王城の針子達の腕はよろしいのよ。
「ご機嫌いかがでしょうか?ホノカ嬢」
挨拶をするがホノカはソファに座ったまま動かない。無礼な娘だこと。もうわたくしを忘れたのだろうか?ならばもう一度名乗らなければ。
「第一王女のシャイロです。稀人であるあなた方の当面の相談役とお考え下さい。
タルトを作らせましたので、後ほどお召し上がりください」
もうゆっくり茶話をする気は失せているので、持ってきた菓子を侍女に渡すよう、エイベルに目配せする。
「さっそくですが、ご不便は待遇と誰かとの面会希望でいらっしゃいますか?」
もはや婉曲に取り繕うのをやめ、事務的に話を進めることにした。
「あ…あっ…」
ホノカが言いよどむ。黙ってしばし待つとはじかれたように立ち上がりまくしたて始めた。
「あんたがジウン様やダイル様やザイディー様に会わせないようにしているんでしょう!?」
実はこのホノカは、何度も神殿を抜け出そうと騒ぎを起こし、離宮に移っても脱走を試みては警備をてんてこ舞いさせたと報告が上がっている。
ホノカの主張ではこの青い髪は神からもらったもので、だから自分は聖女であるという。
しかし、全員が自分の容姿を召喚の際に神から賜ったと主張している。その神はシェンリン神という、様々な境界や門をすべる神なのだが、少々いたずら好きの軽い性格の神様なのだ。
例えば、迷子や方向がわからなくなるのはこのシェンリン神のいたずらだと考えられている。神隠しや取り換えっ子もこの神のいたずらだ。
だからこそ、最も気軽に人に接し、召喚という御業を行えるのだが。
すでに無礼な態度や発言に食傷気味なわたくしは、やや投げやりになり、事務的に後をこなすことに決めていた。
エイベルに目配せし
「お召し替え願います」
もはや問答無用だ。
こんなみっともないドレスを、年頃の美しい娘、しかも異界より神の力で召喚した稀人に着せたままでいるなどわたくしの沽券に関わる由々しき事態だ。どうしてもこの艶のある黄色がいいのなら、柔らかな色、そうね、淡いグレイやベージュのシフォンかレースの飾りで和らげて、このばかみたいに細くしぼったウェストをふんわりさせればいいかしら?
後は喚き散らす声を無視して、エイベルと侍女に着替えをまかせる。
衝立から侍女の一人が出て来て何かを、ゴトンと重たげな音を立ててサイドテーブルに置く。それはコルセットだった。驚いたことに、甲冑のような金属のボーンが剥き出しだ。まるで金属の檻のようなコルセットだ。
金属を使ったコルセットは、やはり流行が廃れてから百年以上経つ。クリノリン・ドレスの禁止と共に廃れたのだ。しかし当時でさえ、布で包まれたものだったはずだ。
服飾職人はおそらく知識として知っていても、正確な作り方を知らなかったのだろう。まるで罠か拷問道具のように開閉式の金属の檻だ。これをつけていたとは…さぞかし苦しく痛かっただろう。可哀想に。
淡いグリーンのドレスに着替え終わる頃には、さすがに疲れたのだろう。息があがっていた。
茶菓を侍女に並べさせたティー・テーブルに着かせると、マリにも申し渡したことを事務的に述べる。
「お召し物は流行遅れなので、おあずかりして仕立て直してお届けいたします」
「今以上の待遇は当面認められません。今の待遇は一般的なものより遥かに厚遇なのです。どうかお聞き入れください」
「初対面の異性との面談は出来かねます。理由はあなたがはしたないと後ろ指を指されますし、お相手も面喰います。また面会の必要もありません」
「あなたを異界よりの稀人として出来得る限り優遇いたしますが、これ以上はできかねます。どうか学園入学に向けて勉学に励み、作法を身に着けてくださいませ。
学園入学は早くて来年の秋になります。
ご不便なことがあれば侍女を通して申し付けてくださいませ。快適に過ごされるよう助力いたします」
ああ、これを聞かなければならなかったわ。
「ホノカ嬢、この黄色と黒の組み合わせですが」
「なによ!?」
まだ落ち着かぬ息のままホノカが噛みつくように答える。
「この色の取り合わせでなくてはなりませんか?」
ホノカはポカンと口を開ける。
「ありていに申し上げるとこの取り合わせは今の流行では少々下品に思われかねないので、よろしければ違う組み合わせで仕立て直してもよろしいでしょうか?」
ホノカは真っ赤になって反論した。
「下品って何よ!!ザイディー様は黄色がお好きなのよ!!ジウン様の髪は黒だし、ダイル様はグリーンの目でしょ!!」
確かにザイディーは黄色が好きだ。しかしこんなギラギラした黄色ではなく、ティーローズの淡い黄色だ。そしてわたくしの婚約者の好みをなぜご存じなのかしら?会ったこともないはずの兄達の容姿も。これも神の御業の稀人所以かしら?
頭痛がするわ。
侍女が回収したドレスを見ると、確かに黄色の他に黒と緑がある。どのドレスにも飾りに他二色があしらわれ、単色ではどうにかなるものがなんとも下品な取り合わせになってしまい、台無しだ。
これを仕立てた職人の、視力の検査が必要かもしれない。
「ホノカ嬢、お気を悪くさせてしまったことは謝罪いたします。しかしこのままではどうしても見栄えがよろしくないので、あなたに似合うドレスに仕上げさせますのでご期待くださいませ」
ホノカはまだ何か言いたげだったが
「なっ…あっ…くっ…」と言いよどんでいるので、見ない聞かないで退出する。
エイベルの手で背後のドアが閉まる寸前に何かが割れる音がする。何を割ったのかしら?
「エイベル、すぐに稀人全員の部屋に使用人をやって、割れやすいものと高価なものを撤去するように通達して。わたくし、少し休みます。お祖母様の部屋にメイダと行きますから」
それから思いついて付け足した。
「今日から稀人のお食事のカトラリーは、陶器やガラスではなく銀器か銅器にして」
陶器やガラスは割れやすいのよ。
わたくしの腹の中をわかっているエイベルは少し笑って指示を出しに向かった。
兄達には「倹約姫」と言われているわたくしですもの。
祖母の部屋に落ち着いて考えを巡らせ始めたわたくしは、突然自分の見落としに気づいて愕然とした。
神殿!!
神殿から報告を受けていないわ!!
なぜこんなことを見落としてしまったの?
有力神官が一人亡くなっていたじゃない!
神殿もわたくし達も慌てていたのだわ。
わたくしは急いでメイダに命じた。
「今日の稀人との面談は終わりです。伝令を呼んでください」
伝令に午後に神殿訪問する旨の前触れを命じ、わたくしは訪問着に着替えるために自室へ急ぎ戻る。
昼食は…食欲などないわ。
エイベルとメイダに昼食休憩を言い渡し、少々の雑務を片付けながら神殿からの返事を待つことにした。
出来得るならば、シェンリン神との交信もしなければ。
ついでのようで申し訳ないが、非常事態なのでお許し願おう。
瞳はグリーン。
髪と目の色の対比に、見る人の目がチカチカするような黄色に黒のレースをあしらったドレスを纏っている。オーバースカートの後ろ側が長いタイプだ。胸元が大きく開いている。
オーバースカートの余分な部分を取って、それで襟元を覆う飾りを作って付ければいいかもしれない。我が王城の針子達の腕はよろしいのよ。
「ご機嫌いかがでしょうか?ホノカ嬢」
挨拶をするがホノカはソファに座ったまま動かない。無礼な娘だこと。もうわたくしを忘れたのだろうか?ならばもう一度名乗らなければ。
「第一王女のシャイロです。稀人であるあなた方の当面の相談役とお考え下さい。
タルトを作らせましたので、後ほどお召し上がりください」
もうゆっくり茶話をする気は失せているので、持ってきた菓子を侍女に渡すよう、エイベルに目配せする。
「さっそくですが、ご不便は待遇と誰かとの面会希望でいらっしゃいますか?」
もはや婉曲に取り繕うのをやめ、事務的に話を進めることにした。
「あ…あっ…」
ホノカが言いよどむ。黙ってしばし待つとはじかれたように立ち上がりまくしたて始めた。
「あんたがジウン様やダイル様やザイディー様に会わせないようにしているんでしょう!?」
実はこのホノカは、何度も神殿を抜け出そうと騒ぎを起こし、離宮に移っても脱走を試みては警備をてんてこ舞いさせたと報告が上がっている。
ホノカの主張ではこの青い髪は神からもらったもので、だから自分は聖女であるという。
しかし、全員が自分の容姿を召喚の際に神から賜ったと主張している。その神はシェンリン神という、様々な境界や門をすべる神なのだが、少々いたずら好きの軽い性格の神様なのだ。
例えば、迷子や方向がわからなくなるのはこのシェンリン神のいたずらだと考えられている。神隠しや取り換えっ子もこの神のいたずらだ。
だからこそ、最も気軽に人に接し、召喚という御業を行えるのだが。
すでに無礼な態度や発言に食傷気味なわたくしは、やや投げやりになり、事務的に後をこなすことに決めていた。
エイベルに目配せし
「お召し替え願います」
もはや問答無用だ。
こんなみっともないドレスを、年頃の美しい娘、しかも異界より神の力で召喚した稀人に着せたままでいるなどわたくしの沽券に関わる由々しき事態だ。どうしてもこの艶のある黄色がいいのなら、柔らかな色、そうね、淡いグレイやベージュのシフォンかレースの飾りで和らげて、このばかみたいに細くしぼったウェストをふんわりさせればいいかしら?
後は喚き散らす声を無視して、エイベルと侍女に着替えをまかせる。
衝立から侍女の一人が出て来て何かを、ゴトンと重たげな音を立ててサイドテーブルに置く。それはコルセットだった。驚いたことに、甲冑のような金属のボーンが剥き出しだ。まるで金属の檻のようなコルセットだ。
金属を使ったコルセットは、やはり流行が廃れてから百年以上経つ。クリノリン・ドレスの禁止と共に廃れたのだ。しかし当時でさえ、布で包まれたものだったはずだ。
服飾職人はおそらく知識として知っていても、正確な作り方を知らなかったのだろう。まるで罠か拷問道具のように開閉式の金属の檻だ。これをつけていたとは…さぞかし苦しく痛かっただろう。可哀想に。
淡いグリーンのドレスに着替え終わる頃には、さすがに疲れたのだろう。息があがっていた。
茶菓を侍女に並べさせたティー・テーブルに着かせると、マリにも申し渡したことを事務的に述べる。
「お召し物は流行遅れなので、おあずかりして仕立て直してお届けいたします」
「今以上の待遇は当面認められません。今の待遇は一般的なものより遥かに厚遇なのです。どうかお聞き入れください」
「初対面の異性との面談は出来かねます。理由はあなたがはしたないと後ろ指を指されますし、お相手も面喰います。また面会の必要もありません」
「あなたを異界よりの稀人として出来得る限り優遇いたしますが、これ以上はできかねます。どうか学園入学に向けて勉学に励み、作法を身に着けてくださいませ。
学園入学は早くて来年の秋になります。
ご不便なことがあれば侍女を通して申し付けてくださいませ。快適に過ごされるよう助力いたします」
ああ、これを聞かなければならなかったわ。
「ホノカ嬢、この黄色と黒の組み合わせですが」
「なによ!?」
まだ落ち着かぬ息のままホノカが噛みつくように答える。
「この色の取り合わせでなくてはなりませんか?」
ホノカはポカンと口を開ける。
「ありていに申し上げるとこの取り合わせは今の流行では少々下品に思われかねないので、よろしければ違う組み合わせで仕立て直してもよろしいでしょうか?」
ホノカは真っ赤になって反論した。
「下品って何よ!!ザイディー様は黄色がお好きなのよ!!ジウン様の髪は黒だし、ダイル様はグリーンの目でしょ!!」
確かにザイディーは黄色が好きだ。しかしこんなギラギラした黄色ではなく、ティーローズの淡い黄色だ。そしてわたくしの婚約者の好みをなぜご存じなのかしら?会ったこともないはずの兄達の容姿も。これも神の御業の稀人所以かしら?
頭痛がするわ。
侍女が回収したドレスを見ると、確かに黄色の他に黒と緑がある。どのドレスにも飾りに他二色があしらわれ、単色ではどうにかなるものがなんとも下品な取り合わせになってしまい、台無しだ。
これを仕立てた職人の、視力の検査が必要かもしれない。
「ホノカ嬢、お気を悪くさせてしまったことは謝罪いたします。しかしこのままではどうしても見栄えがよろしくないので、あなたに似合うドレスに仕上げさせますのでご期待くださいませ」
ホノカはまだ何か言いたげだったが
「なっ…あっ…くっ…」と言いよどんでいるので、見ない聞かないで退出する。
エイベルの手で背後のドアが閉まる寸前に何かが割れる音がする。何を割ったのかしら?
「エイベル、すぐに稀人全員の部屋に使用人をやって、割れやすいものと高価なものを撤去するように通達して。わたくし、少し休みます。お祖母様の部屋にメイダと行きますから」
それから思いついて付け足した。
「今日から稀人のお食事のカトラリーは、陶器やガラスではなく銀器か銅器にして」
陶器やガラスは割れやすいのよ。
わたくしの腹の中をわかっているエイベルは少し笑って指示を出しに向かった。
兄達には「倹約姫」と言われているわたくしですもの。
祖母の部屋に落ち着いて考えを巡らせ始めたわたくしは、突然自分の見落としに気づいて愕然とした。
神殿!!
神殿から報告を受けていないわ!!
なぜこんなことを見落としてしまったの?
有力神官が一人亡くなっていたじゃない!
神殿もわたくし達も慌てていたのだわ。
わたくしは急いでメイダに命じた。
「今日の稀人との面談は終わりです。伝令を呼んでください」
伝令に午後に神殿訪問する旨の前触れを命じ、わたくしは訪問着に着替えるために自室へ急ぎ戻る。
昼食は…食欲などないわ。
エイベルとメイダに昼食休憩を言い渡し、少々の雑務を片付けながら神殿からの返事を待つことにした。
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