姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

文字の大きさ
上 下
2 / 36

2.七人の稀人

しおりを挟む
 この国では聖女が神殿に居る状態は必ずしも必須ではない。
 平安な治世の中では聖女自体必要とされてはいない。
 特に現在は神殿の長である聖女の席には、最も神力と聖力の強い女性が神女長として就いて神殿を統べればいいのだ。

 現在の神殿の一番の問題であり悩み事は半年前に先の神女長が老衰で務め困難となり隠居し、空席になったことだ。そこを埋める条件を満たす者は何人かいたが、いずれも幼く、まだ数年は教育と修業の必要があった。
 しかしそこは臨時の者を置き、候補の少女達を導けば良いだけの話。
 それなのに神官達は勝手に召喚の儀式を行ってしまったのだ。

 ここで不運だったのは、召喚できるだけの才能を持った神官が七人もいたことだ。

 神殿からの事後報告に一同あきれ果てた

 七人が、我も我もと召喚を希望した。
 そこで神官長は最も力のある者に召喚を許した。
 彼は異界より一人の乙女を召喚することに成功した。
 見目麗しい花のような乙女に歓喜したのも束の間、神官長と臨時の神女長代理が神への伺いを立てたところ、驚くべき答えが返ってきた。

「聖女の資質あらず」

 様々調べたところ、神力も聖力もないどころか、いずれの魔法の適正もないことが判明した。

 ただ美しく若いだけの娘であった。異界から召喚されたため、この世界の常識もなくマナーも知らず学力もなかった。

 召喚した神官は責任をとって、稀人の世話をすることを命じられた。

 さらに事を面倒にしたのは残りの六人の神官だった。
 我こそはとおかしな対抗意識で召喚の儀式を勝手に行い、結果として合計七人の無能だが美しい娘をこの地へ呼んでしまった。

 七人の娘の名は召喚順に、マリ、ホノカ、マイ、アカリ、ミサ、シノブ、ラン。

 召喚は一人が生涯一度に限られていた。

 残された七人は能力がなくとも、こちらの都合で召喚した稀人だ。
 孤児院も兼ねる神殿が切り捨てられるわけもなく、神殿に留め置き神に仕えるようとりはかった。
 しかし、少女達は一人を除き学問や雑務を拒み、我こそが真の聖女であると主張し、様々な要求をし始めた。

 こんなお仕着せ服はイヤだ。
 部屋や寝具が粗末で眠れない。
 食事が口に合わない。
 等々…

 せめて少しでも不自由を解消し、望みを叶えようと尽くした結果、思いもよらぬ出費になった。

 果てにはそれぞれいがみ合い争うようになり、また勝手に外へ出ようとして神殿は混乱に陥った。

 持て余した神殿長が神殿で最も力のある神官に助けを求め、その者が神との交流を求め七人の娘達の返還をはかったが力足らずに命を落とした。

 すっかり困り果て、一体どうしたらいいものかと各々の希望を聞くと、六人は判で押したように異口同音に王城に行き王立学園に入学することを求めた。
 稀人であるからだろうか。恐ろしいほど的確にある部分の事情に通じていた。
 一人を除く六人は特にそれぞれ男性達の名前を上げて、傍に行くことを求めた。

 いずれも有力貴族、うち2人は王族である。十二人だ。

 第一王子ジウン、第二王子ダイル、シンダール侯爵令息ザイディー、エイナイダ公爵令息ジリアン、クルドー侯爵令息セイディ、シェイン伯爵令息エグゼル、ナイアル伯爵令息ガイ、サンクルード伯爵令息ジグムンド、サグワー伯爵令息アンリ、シュナウツ伯爵令息エリック、ダイクロン伯爵令息エドガー、クサンク伯爵令息ジュリア。

 理由はわからないがその十二人をめぐって、六人は諍いを始めた。
 表立って言い争うのではなく、それぞれが被害を言い立てたのだ。
 誰に叩かれた、嫌味を言われた、持ち物を損なわれた等々。
 誰もが被害を訴え、混乱は極まった。

 そして神殿予算も悲鳴を上げ始めた。

 そこで王城へ救援依頼と言う形の尻拭いを求めてきたのだ。

 北奥の離宮の準備が整い、七人を迎え入れたわたくしは再び憂鬱に襲われ頭を抱えたくなった。

 七はここでの常識から学んでもらわなくてはばらないため、それぞれに二人の侍女がつけられた。侍女は身の回りの世話と共に教育係でもあった。
 王立学園に入学希望であれば、常識はもちろん、基礎の初等教育と最低限のマナーと行儀作法を修めてもらわなくてはならない。
 七人は召喚した神官が一応の身元保証人であり後見人ではあるが、身分は庶民として扱われる。

 もちろん、いずれかの貴族が養子に迎える意向も今後出るかもしれないが、今はまだ秘匿されている。

 王立学園では広く生徒を募っている。庶民は最初庶民科に入学し、学舎も立ち入りも制限されマナーと礼儀作法を学ぶ。貴族と接しても無礼にならないことを認められれば、白いタイが臙脂色に変えられ広く交流を許される。
 卒業後に文官や武官として勤めるために有効な人脈を作ることも学園の目的であるからだ。

 庶民はより良い上司や勤務先を求め、貴族は部下や腹心を作るために。

 しかしそれ以前に迎え入れた七人には大きな問題があった。

 まず、六人自分が聖女であることを主張すること姦しい。
 聖女である自分の特権を求めるばかりなのだ。
 残る一人は静かだが、内にこもって怯えている。

 わたくしが「あなた方は稀人としてこの国である程度の優遇をされることになりました」と伝えれば色めきだって喜んだ。
 続いて「しかし、あなた方は聖女にあらずと神が告げられました」と言えば、わたくしには理解不能な反応を示した。

「さすが悪役令嬢シャイロ、最初から落としてくるわね!」
「絶対にザイディー様はお救いするんだから!!」

 ザイディーはわたくしの婚約者だが、「アクヤクレイジョウ」やら「救う」やらはどんな意図があるのだろう。

 わたくしは深くため息をついた。

 わたくし、この王国の第一王女であると自己紹介致しましたよね?
 無礼打ちにして面倒ごとをここで終わらせてもよろしいかしら?

 …致しませんが…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

処理中です...