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《榊原の十一郎の謎解き》 その二
しおりを挟む畳敷きの廊下は、やがて、右手側が中庭になり、大きく開けた廊下へと差し掛かる。
左手側は、松並木と千鳥の描かれた襖がずらりと並んでいる。
松の大廊下だ。四人で歩いていると――、襖を切り裂いて、刀が飛び出してきた。
その刃が向かう先は、烏丸様。とっさのことだ。自分は、烏丸様を後ろから蹴倒して、刃から逃れさせた。
「ご無礼!」
「……また拙者の腰を潰す気か、十一郎」
襖を裂いて出てきた人影に、抜き打ちの刀をぶつける。鍔迫り合いを受け流し、人影の袖を引っ掴んで、中庭の方へと放り投げた。
目元以外の顔を黒い布で覆った人影は、刀を取り落としながらも、中庭の玉砂利の上で受け身を取って、こちらを鋭く睨んだ。
相貌はわからない。だが。
「ようやくお出ましか、赤龍法師」
呼びかけると、ややあってから、黒布の男が首を傾げ、声を発した。
「あれ? なぜ、拙僧だとわかったんです? よもや、卓越した推理力があれば、拙僧の正体なんかも、すべてわかるのですか」
「わかるわけがないだろう。拙者は謎解きが苦手なんだ」
「では、そちらの女隠密ですか」
黒布の男は、黒姫様を背後に隠しつつ、烏丸様に手を貸すあおばに目を向ける。
「いえ、やつがれは、毒で苦しむ中、なんとか順番と伝えただけにございます。先ほど再会したばかりですから、御曹司はご自分で謎を解かれたのでございますとも」
「でも、その御曹司は、わかるわけがないって言いましたよね? だったら、別人かもしれないじゃないですかぁ。……いや、この弁明はもう遅いか。喋っちゃっているし」
黒布をはらりとほどいて、息を呑むほど美しい禿頭の顔があらわれる。
「大当たりー、と。拙僧ですとも」
「……やっぱりか」
嘆息する。あおばは謎を解かれたと言ってくれたけれど、これは推理というより、単なる消去法でしかない。
「黒勝様が殺された夜、誰かが黒鉄庵の躙り口の開き戸を閉じ、かんぬきをかけた。そして、それは小四郎殿よりもあとで、翌朝、黒鉄庵に向かった芥川様達よりも前だ」
つまり。
「小四郎殿よりもあとに、わざわざかんぬきを閉めた者がいたことだけは、事実なんだよ。どうやってかは、まったくわからないが、それだけは事実だ」
そこで、正念から土壇場で聞いた証言が生きてくる。
「井戸から出た順番だよ。入ったのはあんたがいちばん最初だったが、出てきたのはあんたがいちばん最後だったって。だったら、最後のあんたがかんぬきを閉めたと考えるのが、おさまりが良い。大方、その時間で二の丸を漁っていたんだろう? それと……」
もう一つ。赤龍法師だと判断する後押しになった事実。
「……あんただけ、黒葛黒勝様と縁がないだろう」
芥川様は家老。おみつさんは母娘そろって情婦で、黒勝様は母の仇だった。同様に、やちよ婆にとっては娘の仇で、孫にも手を出した最悪の男。笹木小四郎は実の親子で、謀殺された祖父と叔父の恨みを継いでいた。
あの夜、城に忍び込んだ者達は、誰もかれもが黒葛黒勝を狙うだけの、個人的な理由があったのだ。……やけに態度の軽い流れの似非法師を除いては。
「個人的な理由がないのに城に忍び込むようなやつは、誰かに雇われた忍びの者くらいだろう。だから、あんたが忍びで、あおばに毒を盛った男だと勘付いた。思い返せば、ほかにもいろいろ、怪しいところはあったしな」
「……なぁるほど。それはたしかに拙僧しかおりませんね。浮気刀の十一郎殿、ぼんくらの昼行燈だと思っておりましたが、なかなかどうして、冴えているじゃないですか」
赤龍法師は頭を掻いた。
「いやね、拙僧はただ、この十年間やっていたように、いつも通り、書簡を届けていただけなんですよ。大名以外、誰にも見せない秘密の書簡というやつです」
力原様は、帳簿の指示を記した書簡を、忍びに届けさせていたのか。なるほど、堂々と花押を記すわけだ。いつでもおまえを暗殺できるぞと、共犯者に力を誇示する意味もあったのかもしれない。
「そうしたら、あの大名めが『力原様に繋がる証拠があるぞ』なんて言って、主を脅してきやがったのです。そうなったら、ねえ? やるしかないじゃないですか」
赤龍法師は、黒勝様を暗殺し、証拠の隠滅もしなければなくなった。
「おあつらえ向きに、勝手に我が主に恐怖しすぎて、凶兆の夢なんて見て、誰も信じられなくなって……、挙句に城から人払いです。楽な仕事だと思ったんですけど……」
「どれだけ拷問しても、口を割らなかったんだな?」
「ええ、そうです。仕方なく、証拠がありそうな二の丸を探し回ったんですけど、まさか、城の外に隠しているとは思いもしませんでした」
城の外、と言いながら、黒姫様に笑みを向ける。黒姫様は、ぎゅっと唇を引き結んで、睨み返した。
「……しかしだ。赤龍法師、あんたは結局、黒勝様の遺した証拠を見つけられず、黒鉄庵に戻った。あんたは拷問しただけだ。傷をつけて痛めつけ、毒を盛って動けなくはしても、殺しはしなかったはずだ。違うか?」
ここから先は、証拠のない想像だった。
「ええ、そうなんです。だから、びっくりしましたとも。証拠は見つからないし、朝も近いしで、今度は腕でも折って吐かせるかと黒鉄庵に戻ったら、黒勝の野郎、殺されてやがるのですから。拙僧以外いないはずの城内で。あれは困りました、本当に」
あっけらかんと言いやがる。……やはり、それが真相だったか。
おみつさんか、やちよ婆か、小四郎か――、誰かはわからないが、それぞれの恨みと得物を、突き立てたのだ。鎌と、鉈と、小刀を。
そして、彼らは自分が殺したと気づいていない。死体を刺しただけだと思っている。
けれど、あの三人がいたことで、赤龍法師の予定が――完全に狂った。
「面倒くさがって、躙り口を開け放して二の丸に行ったのが、よくなかったんですよね。あれがなければ、芥川様になすりつけられたかもしれないのに」
そう。それが、赤龍法師の最大の失敗だ。ちゃんと閉めていれば、あの三人はただ黒鉄庵の前で回れ右して帰るしかなかったのだから。
「いずれにせよ、拷問で口を割らせたら拙僧が殺していたに違いありませんが、情報を吐き出す前に殺されてしまうは、ねえ? だから、そう睨まないでいただけませんか、黒姫様。あんたの御父上を殺したのは、拙僧じゃないのですから」
「黙れ下郎。すべてを紐解けば、黒幕は力原野心様で、真の下手人は手先である貴様じゃ」
……実際問題。黒姫様が仇を討ちたいと願ったところで、誰もその現場を見ていない上に、刺した本人たちすらわかっていないだろう。自分が刺したとき、まだ生きていたか、どうかは。
だから、真にとどめを刺した者が誰か、判断できるものは、全てを見ていた仏様だけだ。そして仏様は、わざわざそれが誰か教えてくれたりはしない。見ているだけだから。
神仏ではない黒姫様は、黒葛の最後の姫として、誇り高く断言する。
「ゆえにわたくしは、あの三人は大義を持って城に行き、すでに死体であった父上を見つけただけじゃと考える。正当な恨みを、死体にぶつけただけじゃ。ならば仇ではない。仇は、貴様と力原野心様じゃ」
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