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プルネスライム
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「ねぇ、私、今日こそ死んじゃうと思うんだ」
私は震えながら隣に話しかけるようにそう呟いた。隣からすぐに返事が返ってきたが、それは人間の声色で、しかし普通の人間なら絶対に返さないであろう返事を返してきた。
『本日のウルカク地方の天候は、晴れ。しかし接近中の低気圧の影響により、底冷えする寒さが身に染みる一日になるでしょう』
とてもにこやかな女性の声でソレはそう言った。返事の内容を頭の中でかみ砕くのにおよそ1秒と半分くらい。
内容が理解できると私はムカついてソレの足を蹴飛ばした。静かな山岳地帯にゴンと良い音が響く。
「どうせ寒いのは私だけですよ。これだから自動機械は気が利かないって言われるのよ。あー、嫌だ嫌だ」
つまり「寒いのは事前にわかってたんだし我慢しろ。寒いのはお前だけでオレは寒くない」という意味なのだ、たぶん。ほんのちょっと足を伸ばしただけでコートの中を這いあがってくる冷気に身を震わせる。
蹴られた二足歩行の気が利かないバカは、まるで文句を言うかのように、今度は男性の声で賑々しく商品を絶賛し始めた。
『へぇ、こいつは素晴らしいタイツだね! まるで足が勝手に上へと引っ張られるようだ。これなら毎朝のジョギングも楽にできそうだぜ!』
曰く「二足歩行型の精密機械の足を蹴っ飛ばすとは何事か」と言ったところだろうか。今度は喩えが悪すぎて解読に2秒ちょっと悩んでしまった。実にコミュニケーションをとるのが難しい奴である。
私のいる現在地、ウルカク地方のヘトレーベ山脈の一角、崖の上に出来たちょっと大きめの池が見渡せる場所にちんまり座っている。
生えてる樹はほぼセンザイを中心とした針葉樹林のみ。吹いてくる風は乾いた寒風。日差しはいいのにまるで温かくならないこの山肌は、常温動物には非常に生きづらい場所である。鼻水をじゅるり。
私は目の前に広げてある地図を見て、場所の確認をしながら時間を潰す。そうでもしてないと寒さが本当に辛い。たき火の一つでもあればかなりマシになるのだが、それもできない。
分厚い毛皮のコートの下で何度も手を擦りながら何度もつぶやいた一人言を繰り返す。
「寒冷地の山間(やまあい)で、雪解け水が溜まった池であることが最低条件。時間は夕暮れから深夜まで。時期は春先で降雪が止んだくらいの時期、つまり今ぐらい……。今日こそは見られると思うんだけどなぁ……」
『いっけなーい、寝坊しちゃった! なんで目覚まし時計が止まってるのよー! もうっ!!』
今度はわかりやすい。可愛い少女の声を出したソレをまた蹴っ飛ばした。ゴン。また寒さが這い上がってきたので、コートを体に巻き付け直す。
くだらない言い合いをしているうちに日が落ちたらしい。私はそろそろのはずだ、と期待半分疑惑半分で身を乗り出した。崖下の池を見下ろす。
日が落ちて山間に隠れだす。池に変化なし。
陽光が完全に隠れ暗くなる。池に変化なし。
完全に夜のとばりが訪れる。池に変化なし。
月が昇り始め、星が瞬きだす。空気が冷たいうえに人里離れているからか、まさに満天の星空だった。手が届きそうな夜空とでも言うべき絶景である。池に変化なし。
「今日も外れかなぁ……」
『リピート アフター ミー。アイ ハブ ア ペンソォ』
ゴン。
しばらく待ち続けるも、まったく変化がない池に嫌気がさして私はまたキャンプ地に戻ろうとする。
洞窟の中は居心地が良いとは決して言えないけれど、焚火が使えるだけかなりマシなのだ。この底冷えする寒さは本当に身に堪える。
私がほんの僅かな荷物をまとめて帰ろうとすると、今度はアッチから蹴りつけてきた。大して強くはなかったが、冷えた体に金属での打撃は骨に響く。
私が振り向いて思い切り文句を言ってやろうと思ったら、ソイツはワチャワチャと慌てふためいていた。手がないソイツは頭に生えたアンテナで必死に私の背後を指し示そうとしている。私は振り返って、息を飲んだ。
池が光り輝いていた。
プルネスライムという生き物がいる。無害なスライムの一種で、主に鉱石を主食とする。
プルネスライムは鉱石を溶かす力はそれなりに強いが、他に秀でた攻撃性を持っていない。そのため他の生物に襲われないように、動植物の少ない寒さの厳しい地域の、しかも水の底にへばりついて生活している。
彼らが唯一水底から浮き上がってくるときは、季節の変わり目である。
「来た! 静かにしてね!」
『想像できるだろうか。この大地に根付く生命のいぶ……』
「静かにしろっつってんの!」
私は小声で怒鳴りつける。プルネスライムは警戒心が強い。ここでやめられたら今までの苦労が水の泡だ。
プルネスライムは春になると移動を開始する。暖かくなると他の生物が活発になるのを知っているため、それから逃げるためだ。
ただその移動の仕方がとても派手だ。だからこそ、私はここで待っていた。
池が淡く光り輝いている。その光はよく見ると、小さい光点がたくさん寄り集まってできている光だ。そのため、水面が揺れるたびに光がチラチラと揺れる。
小さい光点一つ一つがプルネスライムの核であり、軽く数百匹のプルネスライムが一斉に発光していることがわかる。私はすかさずソイツに指示を出した。
「写真、浮かび上がるまで容量1割、連射、よろしく」
今度は返事をしなかった。仕事は真面目にする奴なのだ。私はチラリと後ろを振り向いて、先程まで話しかけていたソイツの姿を見た。
二本足による自律走行型のカメラ。無線機能付きで人工知能を内臓した非戦闘用機械兵。太古の昔に娯楽目的で使われていた骨董品。
名前は特につけていないが、とりあえずカメラと呼んでいる。カメラがさせるパシャパシャと撮影音を聞きながら、私は池の様子を伺う。
プルネスライムたちは水底で蠢いている。核がグニグニと動き回るため、さらに光の乱舞が複雑に変化する。
それだけでもとても綺麗で見ごたえはあったが、本当に撮りたい写真はこれではない。まだかなまだかなとワクワクして待つ。
「そろそろかな……」
池の底で好き勝手に乱れ散っていた光が、全体に平均的に散らばるようになる。明かりが全体的に散ったことで明るさはより強くなったが、綺麗さと派手さは逆に減ってしまったように見える。
一番明るい状態でしばらく池が光っていると、だんだんと水面が盛り上がってくる。水が増えている。理由は簡単だ。プルネスライムたちが水底を止めているのだ。
プルネスライムは池ごと移動する。池の水の周囲を自分たちの体で覆い、流れていく水を溜めて増やすのだ。水が池の縁より高く盛り上がり、その周囲をプルネスライムが覆っていく。
「おー、聞いてたよりすごい光景だ……」
どんどん水が増えていく。プルネスライムが体を伸ばし、溜まる水量をどんどん増やしていく。水が増えていき、プルネスライムが伸び、さらに水が溜まっていく。
とうとう半球状にまでなったプルネスライムと池。これはこれで見ものなので、写真を容量1割から2割まで増やして撮るようにカメラに指示しておいて正解だった。
「タイミングはわからないけど、急に浮かぶと思う。そしたら一気に残りの容量使い切っちゃって。全力で撮って」
『力がほしいか、ならばくれてやる!』
完全に球状になったプルネスライムたち。彼らが水底にいるのはちゃんと理由がある。
水分を吸収しているうちは、プルネスライムはとても粘度が高く、スライムらしい体質をしている。しかし彼らは空気に触れると、溶解質の体が固まり始め、最終的に石ころのようになってしまうのだ。死にはしないのだけど全く動けなくなってしまう。
そしてその性質を利用して、この移動方法が編み出されたのだ。だんだんとプルネスライムの光が強くなっていく。
「たぶんもうすぐ」
さらに少し待つ。球状だったプルネスライムがほんの少し縮んだような気がした。初めて見たけれど、間違いなく次の瞬間だ、と私は確信する。その通りだった。
爆音。球体のプルネスライムが弾け飛んだ。そりゃもうものすごい勢いで。
「うおわっ!?」
水風船の一点に穴を開けたときと全く同じ状況が起こった。プルネスライムの膜が空気に触れて縮み、その圧力に耐えかねた底の方のプルネスライムたちが結束を解いたのだ。
そして縮んだ分だけ水が一気に放射され、池ごとプルネスライムが空を飛んだ。一瞬で自分のいる崖より高く舞い上がる。
「撮って! 撮れてる!? うわぁ、こえぇぇ!!」
私は大声をあげた。思わず指さしてプルネスライムたちの軌跡を追跡する。カメラのパシャパシャ音が最大の速度で連射する。大興奮である。
プルネスライムのうち、底の方にいた個体が散らばっていく。一説によると、この超移動のときついでに産卵を行うらしい。弾丸スライム群からキラキラと光り輝くスライムの核が落ちていく。
まるで谷底から飛び上がった流星が、たくさんの小さい破片を落としながら遠くへと飛び去って行くように見えた。思わず綺麗で見惚れてしまう。
さすがに山一つ越えるほどは飛ばないようだったが……完全に私のいる場所からは見えない位置まで飛んで行ってしまった。光弾がどこかに着地したズシンという地響きだけが聞こえる。
着地と同時に光り輝くのを辞めたようで、すぐにどこまで飛んでいったかわからなくなってしまった。
崖下の、元々池があった場所を覗いてみる。池の大きさが一回り大きくなっていた。雪解け水が少しずつ流れ込み、新しい水たまりができている。
と、よく見るとそこに置き去りにされたプルネスライムの姿が見えた。グニグニと鈍足で動いて、その新しい水たまりへと向かっていっている。
敵を害する機能はほとんどないくせに、耐久力はあの衝撃に耐えうるほどらしい。スライム恐るべし。
「……思ってたよりすごい光景だったね……。写真きちんと撮れてた?」
『本日のシェフのおすすめはこちら。季節の野菜を使ったシェフのきまぐれサラダです』
「後できちんと確認しますか。どんな写真が撮れてるか楽しみだわ」
私は目的のものが見れて満足しながら片付けを始める。気付いたら深夜12時を過ぎていた。かれこれ6時間近くも魅入っていた計算になる。
ブルリと少しだけ震えてから、野営地の洞窟へと足早に戻った。
…………
「って、写真ブレブレじゃないか! ほとんど撮れてない!! ふぇ、ふぇっくし!」
後に画像データを紙に焼いて確認したところ、ほとんどの写真は使い物にならない状態だった。特に至近距離はカメラの横移動が激しく、カメラの中央に映ってはいるものの光による残像が酷い状況だった。
そのため綺麗に映っている写真は池の中で膨らんでいる場面と、少し遠くへ飛び去っているところだけだった。これだけでも一応、十分価値はあるのだが……。
「せっかく頑張って1週間も張って、情報集めや道具集めで経費かかって、しかも風邪まで引いたってのに、売れそうなのは半分だけかぁ……。ふぁっくしっ!」
『今回は負け戦だったな。しかし生きていればまた良いこともある』
ゴン。
隣にいたカメラの足を蹴っ飛ばして、私は宿屋の布団にくるまって不貞寝した。
今日の豆知識「プルネスライムは食用可。味はいまいち」
私は震えながら隣に話しかけるようにそう呟いた。隣からすぐに返事が返ってきたが、それは人間の声色で、しかし普通の人間なら絶対に返さないであろう返事を返してきた。
『本日のウルカク地方の天候は、晴れ。しかし接近中の低気圧の影響により、底冷えする寒さが身に染みる一日になるでしょう』
とてもにこやかな女性の声でソレはそう言った。返事の内容を頭の中でかみ砕くのにおよそ1秒と半分くらい。
内容が理解できると私はムカついてソレの足を蹴飛ばした。静かな山岳地帯にゴンと良い音が響く。
「どうせ寒いのは私だけですよ。これだから自動機械は気が利かないって言われるのよ。あー、嫌だ嫌だ」
つまり「寒いのは事前にわかってたんだし我慢しろ。寒いのはお前だけでオレは寒くない」という意味なのだ、たぶん。ほんのちょっと足を伸ばしただけでコートの中を這いあがってくる冷気に身を震わせる。
蹴られた二足歩行の気が利かないバカは、まるで文句を言うかのように、今度は男性の声で賑々しく商品を絶賛し始めた。
『へぇ、こいつは素晴らしいタイツだね! まるで足が勝手に上へと引っ張られるようだ。これなら毎朝のジョギングも楽にできそうだぜ!』
曰く「二足歩行型の精密機械の足を蹴っ飛ばすとは何事か」と言ったところだろうか。今度は喩えが悪すぎて解読に2秒ちょっと悩んでしまった。実にコミュニケーションをとるのが難しい奴である。
私のいる現在地、ウルカク地方のヘトレーベ山脈の一角、崖の上に出来たちょっと大きめの池が見渡せる場所にちんまり座っている。
生えてる樹はほぼセンザイを中心とした針葉樹林のみ。吹いてくる風は乾いた寒風。日差しはいいのにまるで温かくならないこの山肌は、常温動物には非常に生きづらい場所である。鼻水をじゅるり。
私は目の前に広げてある地図を見て、場所の確認をしながら時間を潰す。そうでもしてないと寒さが本当に辛い。たき火の一つでもあればかなりマシになるのだが、それもできない。
分厚い毛皮のコートの下で何度も手を擦りながら何度もつぶやいた一人言を繰り返す。
「寒冷地の山間(やまあい)で、雪解け水が溜まった池であることが最低条件。時間は夕暮れから深夜まで。時期は春先で降雪が止んだくらいの時期、つまり今ぐらい……。今日こそは見られると思うんだけどなぁ……」
『いっけなーい、寝坊しちゃった! なんで目覚まし時計が止まってるのよー! もうっ!!』
今度はわかりやすい。可愛い少女の声を出したソレをまた蹴っ飛ばした。ゴン。また寒さが這い上がってきたので、コートを体に巻き付け直す。
くだらない言い合いをしているうちに日が落ちたらしい。私はそろそろのはずだ、と期待半分疑惑半分で身を乗り出した。崖下の池を見下ろす。
日が落ちて山間に隠れだす。池に変化なし。
陽光が完全に隠れ暗くなる。池に変化なし。
完全に夜のとばりが訪れる。池に変化なし。
月が昇り始め、星が瞬きだす。空気が冷たいうえに人里離れているからか、まさに満天の星空だった。手が届きそうな夜空とでも言うべき絶景である。池に変化なし。
「今日も外れかなぁ……」
『リピート アフター ミー。アイ ハブ ア ペンソォ』
ゴン。
しばらく待ち続けるも、まったく変化がない池に嫌気がさして私はまたキャンプ地に戻ろうとする。
洞窟の中は居心地が良いとは決して言えないけれど、焚火が使えるだけかなりマシなのだ。この底冷えする寒さは本当に身に堪える。
私がほんの僅かな荷物をまとめて帰ろうとすると、今度はアッチから蹴りつけてきた。大して強くはなかったが、冷えた体に金属での打撃は骨に響く。
私が振り向いて思い切り文句を言ってやろうと思ったら、ソイツはワチャワチャと慌てふためいていた。手がないソイツは頭に生えたアンテナで必死に私の背後を指し示そうとしている。私は振り返って、息を飲んだ。
池が光り輝いていた。
プルネスライムという生き物がいる。無害なスライムの一種で、主に鉱石を主食とする。
プルネスライムは鉱石を溶かす力はそれなりに強いが、他に秀でた攻撃性を持っていない。そのため他の生物に襲われないように、動植物の少ない寒さの厳しい地域の、しかも水の底にへばりついて生活している。
彼らが唯一水底から浮き上がってくるときは、季節の変わり目である。
「来た! 静かにしてね!」
『想像できるだろうか。この大地に根付く生命のいぶ……』
「静かにしろっつってんの!」
私は小声で怒鳴りつける。プルネスライムは警戒心が強い。ここでやめられたら今までの苦労が水の泡だ。
プルネスライムは春になると移動を開始する。暖かくなると他の生物が活発になるのを知っているため、それから逃げるためだ。
ただその移動の仕方がとても派手だ。だからこそ、私はここで待っていた。
池が淡く光り輝いている。その光はよく見ると、小さい光点がたくさん寄り集まってできている光だ。そのため、水面が揺れるたびに光がチラチラと揺れる。
小さい光点一つ一つがプルネスライムの核であり、軽く数百匹のプルネスライムが一斉に発光していることがわかる。私はすかさずソイツに指示を出した。
「写真、浮かび上がるまで容量1割、連射、よろしく」
今度は返事をしなかった。仕事は真面目にする奴なのだ。私はチラリと後ろを振り向いて、先程まで話しかけていたソイツの姿を見た。
二本足による自律走行型のカメラ。無線機能付きで人工知能を内臓した非戦闘用機械兵。太古の昔に娯楽目的で使われていた骨董品。
名前は特につけていないが、とりあえずカメラと呼んでいる。カメラがさせるパシャパシャと撮影音を聞きながら、私は池の様子を伺う。
プルネスライムたちは水底で蠢いている。核がグニグニと動き回るため、さらに光の乱舞が複雑に変化する。
それだけでもとても綺麗で見ごたえはあったが、本当に撮りたい写真はこれではない。まだかなまだかなとワクワクして待つ。
「そろそろかな……」
池の底で好き勝手に乱れ散っていた光が、全体に平均的に散らばるようになる。明かりが全体的に散ったことで明るさはより強くなったが、綺麗さと派手さは逆に減ってしまったように見える。
一番明るい状態でしばらく池が光っていると、だんだんと水面が盛り上がってくる。水が増えている。理由は簡単だ。プルネスライムたちが水底を止めているのだ。
プルネスライムは池ごと移動する。池の水の周囲を自分たちの体で覆い、流れていく水を溜めて増やすのだ。水が池の縁より高く盛り上がり、その周囲をプルネスライムが覆っていく。
「おー、聞いてたよりすごい光景だ……」
どんどん水が増えていく。プルネスライムが体を伸ばし、溜まる水量をどんどん増やしていく。水が増えていき、プルネスライムが伸び、さらに水が溜まっていく。
とうとう半球状にまでなったプルネスライムと池。これはこれで見ものなので、写真を容量1割から2割まで増やして撮るようにカメラに指示しておいて正解だった。
「タイミングはわからないけど、急に浮かぶと思う。そしたら一気に残りの容量使い切っちゃって。全力で撮って」
『力がほしいか、ならばくれてやる!』
完全に球状になったプルネスライムたち。彼らが水底にいるのはちゃんと理由がある。
水分を吸収しているうちは、プルネスライムはとても粘度が高く、スライムらしい体質をしている。しかし彼らは空気に触れると、溶解質の体が固まり始め、最終的に石ころのようになってしまうのだ。死にはしないのだけど全く動けなくなってしまう。
そしてその性質を利用して、この移動方法が編み出されたのだ。だんだんとプルネスライムの光が強くなっていく。
「たぶんもうすぐ」
さらに少し待つ。球状だったプルネスライムがほんの少し縮んだような気がした。初めて見たけれど、間違いなく次の瞬間だ、と私は確信する。その通りだった。
爆音。球体のプルネスライムが弾け飛んだ。そりゃもうものすごい勢いで。
「うおわっ!?」
水風船の一点に穴を開けたときと全く同じ状況が起こった。プルネスライムの膜が空気に触れて縮み、その圧力に耐えかねた底の方のプルネスライムたちが結束を解いたのだ。
そして縮んだ分だけ水が一気に放射され、池ごとプルネスライムが空を飛んだ。一瞬で自分のいる崖より高く舞い上がる。
「撮って! 撮れてる!? うわぁ、こえぇぇ!!」
私は大声をあげた。思わず指さしてプルネスライムたちの軌跡を追跡する。カメラのパシャパシャ音が最大の速度で連射する。大興奮である。
プルネスライムのうち、底の方にいた個体が散らばっていく。一説によると、この超移動のときついでに産卵を行うらしい。弾丸スライム群からキラキラと光り輝くスライムの核が落ちていく。
まるで谷底から飛び上がった流星が、たくさんの小さい破片を落としながら遠くへと飛び去って行くように見えた。思わず綺麗で見惚れてしまう。
さすがに山一つ越えるほどは飛ばないようだったが……完全に私のいる場所からは見えない位置まで飛んで行ってしまった。光弾がどこかに着地したズシンという地響きだけが聞こえる。
着地と同時に光り輝くのを辞めたようで、すぐにどこまで飛んでいったかわからなくなってしまった。
崖下の、元々池があった場所を覗いてみる。池の大きさが一回り大きくなっていた。雪解け水が少しずつ流れ込み、新しい水たまりができている。
と、よく見るとそこに置き去りにされたプルネスライムの姿が見えた。グニグニと鈍足で動いて、その新しい水たまりへと向かっていっている。
敵を害する機能はほとんどないくせに、耐久力はあの衝撃に耐えうるほどらしい。スライム恐るべし。
「……思ってたよりすごい光景だったね……。写真きちんと撮れてた?」
『本日のシェフのおすすめはこちら。季節の野菜を使ったシェフのきまぐれサラダです』
「後できちんと確認しますか。どんな写真が撮れてるか楽しみだわ」
私は目的のものが見れて満足しながら片付けを始める。気付いたら深夜12時を過ぎていた。かれこれ6時間近くも魅入っていた計算になる。
ブルリと少しだけ震えてから、野営地の洞窟へと足早に戻った。
…………
「って、写真ブレブレじゃないか! ほとんど撮れてない!! ふぇ、ふぇっくし!」
後に画像データを紙に焼いて確認したところ、ほとんどの写真は使い物にならない状態だった。特に至近距離はカメラの横移動が激しく、カメラの中央に映ってはいるものの光による残像が酷い状況だった。
そのため綺麗に映っている写真は池の中で膨らんでいる場面と、少し遠くへ飛び去っているところだけだった。これだけでも一応、十分価値はあるのだが……。
「せっかく頑張って1週間も張って、情報集めや道具集めで経費かかって、しかも風邪まで引いたってのに、売れそうなのは半分だけかぁ……。ふぁっくしっ!」
『今回は負け戦だったな。しかし生きていればまた良いこともある』
ゴン。
隣にいたカメラの足を蹴っ飛ばして、私は宿屋の布団にくるまって不貞寝した。
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