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第36章:信玄君、きみ、最後まで根暗だぞ!
【謀反】秀秋とはちょっと違う。大分違うか
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1559年5月8日未の刻前(午後1時前)
上野国甘楽郡富岡盆地西貫前神社北東丘陵
芦田信守
(敵だよん:信濃先手衆の大身)
儂ら信濃先手衆2500の守る東西に長い丘陵に、四半刻前から大胡の鉄砲が間断なく撃ちかけられている。
幸いにして北と東からの射撃は12間以上の坂の下から撃ちあげる故、精度も威力も少ない。
じゃが南からの射撃がたまらぬ。
川越しではあるが1町程の距離にて狙い撃ちして来よる。
南にいた者は丘陵の中央まで退いた。
儂にここの差配は任された。
信濃では3万石の大身じゃからな。
兵も目いっぱい900連れて来た。
弓兵200長柄400。
今川や北条相手なら相当な働きが出来る筈じゃが相手が悪い。矢盾を大量に作ることなど国衆には無理というもの。
鉄が買えんわい。
故にここ10日で連れて来た兵総出で丸太を作り弾除けを作った。
罠も仕掛けたが既に悉く外されたらしい。
しかしこの丸太、いざとなったら攻め上ってくる敵に落とし、と思うたがそこまで木を切り倒すことは出来んかった。
印地打ちの石だけは集めさせたがの。
敵の主力が登り始めた。
3000以上。
1000が鉄砲隊か。
2000のうち半数が長柄を置いて手槍に持ち替えての登坂か。
さて、弓矢と石をお見舞いするかの。
「皆の者!
弓を引き絞れい!
積年の恨みを込めた矢を大胡に食らわせてやれ!
射掛けよ!!」
儂の手勢が攻撃を開始すると左右の信濃衆の弓兵と印地隊が矢と石を放つ。にもかかわらず大胡の先頭はあの大胡の特徴である軽い矢盾を前面に押し立て被害を抑えつつ登ってくる。
殆ど矢は通用しない!
石が当たれば矢盾を飛ばすことは出来る。
じゃがそうそう当たるようなものではない。
既にあと10間まで迫った敵に、弓兵が矢盾を持っていない大胡兵を狙撃する。
いいぞ。次第に手負いが増えて来る。
このままいけば……
ずがががが~~~ん!!
ずがががが~~~ん!!
連続した鉄砲の射撃音が林で覆われた小高い丘に木魂する。
くそっ。
敵の先手の後方から登って来た鉄砲隊が既に25間まで迫っていた。
瞬く間に弓兵や印字打ちをしていた者がやられる。
もう立って弓を射ることなど出来まい。
こうなると槍と槍との白兵じゃ。
「長柄で脇を固めよ!
正面から登ってくる敵を、手槍を持つ者が迎え撃つ!
はげめぃ!」
与力の国衆が槍を持って逆落としに大胡兵に向かう。
じゃが……あの先頭を登ってくる巨漢はなんだ?
重そうな金綺羅の甲冑を着て楽々と登ってくる。
その敵に3人の武者が取りつく。
しかし正面から相対した味方武者を、その長大な槍で一突き。
すぐに強引に躯から抜き、木々を巧妙に避けるように振り回し左右の武者を吹き飛ばして、さらに前進してくる。
あれが大胡の先駆け大将、後藤透徹か?
あ奴をここで止めねば、お味方は崩れる。
「石を転がせい!
臆するな。
弓兵、あの巨漢は敵の先駆け大将ぞ!
彼奴を倒せば敵の士気は落ちる!
必ずや討ち取れい!」
一抱えもある石を2人掛かりで転がす。
弓兵が鉄砲の射撃での被害に臆することなく、集中してあの巨漢を狙い撃つ。
しかしあの巨漢は槍を地に突き刺し、両手に付いた小振りの盾で顔を覆い一身に攻撃を引き受けている。
しまった!
左右から敵の先手がすぐ直前まで迫って来た。
すぐに白兵戦となる。
高さは絶対的に有利。
ではあるがいつまで持ちこたえられるか。
先の評定では西に布陣する馬場殿の支援を受けられる筈。
増援を求める使い番を走らせることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
鏑川西岸主正面
高坂昌信
(敵:鉄砲隊1500を預かる。総勢2000)
大胡が桶狭間で使ったという鉄板で覆った櫓を組み、そこから指揮を執ることにした。北を見るとそこでは敵の主力が攻撃を開始していた。
敵の後藤隊か。
お味方左翼に張り出した小高い丘に配置されている信濃衆に攻撃を集中している。あそこを取られると北から攻め上る通路が開かれてしまう。
鏑川の西に広がる台地は、大胡の布陣する東岸から攻めるとすると谷底から約15間の落差のある坂を登らねばならぬ。
その攻め口として比較的登りやすい部分が2つある。
俺の正面の坂道と信濃衆とその西、太郎義信様の布陣する丘の間にある谷だ。
北の谷を義信様3400と信濃衆2500、そして馬場殿の兵2400で3方から攻撃して守る。
しかし今、東の丘が猛攻を受け、敵の手に落ちつつある。
それにもかかわらず馬場殿の備えが動かない。
馬場殿の備えが動けば一気に戦況が動くからであろう。
俺の左翼で援護する備えがいなくなれば大胡の鉄砲隊主力5000が、この西岸に押し寄せてくるのは必至。
ここの正面は15間の落差のある坂が1町続く。
いくら大胡の鉄砲の性能が良かろうとこの高さの優位は変わらぬ。重い鉄張りの矢盾を少しずつ前進させての仕寄りとなろう。
それに対して投げつける石と炮烙を用意した。
出来る限り敵を集中させるために数カ所の登り口をわざと開けて、そこに石や炮烙を投げ入れる。
これで大被害とはいかないまでも敵の兵の勢いを削ぎ、兵数を削りながら戦える。
味方の兵の損耗も少ない筈だ。
北にいる敵の4000近い軍勢が信濃衆を包囲して攻め立てる。それの支援に馬場殿の2400のうち1500程度が北を向いた。
いよいよか。
「正面の敵、渡河開始しました! 鉄砲を持っておりません」
やはりな。
鏑川はこの時期水量が多い。
故に足を滑らせれば火薬が濡れる。
後ろから慎重に運んでくるか。
想定済みである。ここを衝く。
500の手槍を装備した兵を用意した。
しかしこれは賭けだ。
すでに渡河した大胡兵が右翼の甘利勢1000の前面に布陣、銃口を甘利勢に向けているがこれが北へ向かう可能性がある。
そうなると河原にて鉄砲による横撃を受けて壊滅するであろう。
鏑川まで2町。
撃っても無駄だ。それを見越しての渡河であろう。
そうこうするうちに大胡兵はこちら岸へたどり着き装備を整え始めた。
まさか着替えまでするとは!
武田も甘く見られたものよ。多数の弓兵があれば遠矢で相当な被害を与えられたものを。何斉射かしたもののやはり被害は殆ど与えられなかった。
遂に大胡の行軍が始まった。
整然と横隊を組んでの行軍。
あのような凹凸の激しい地形で横隊を崩さないとは!
どれだけの訓練を積んできたのだ?
敵が坂を登り始めた。
斜めに走る街道を登る兵以外は真正面から突き進んでくる。
前面には小さめの盾で頭部を覆った兵が並んでいる。
あの兵どもを倒してからでないと後ろの銃列に被害を及ぼせないのか。
突然、幾人かの銃兵が立ち止まり膝撃ちの態勢を取った。
狙撃兵か?
がが~ん!
ばば~ん!
ばばば~ん!!
ばらばらな射撃が始まった。
距離は1町を切っている。
射撃を始める前にあの盾を持つ兵と狙撃兵を仕留めねば。
「敵を寄せ付けるな。石を落としてあの隊列を薙ぎ払え」
簡易な馬防柵とも言えない障害物の隙間から石や短い丸太が落とされる……筈だった。
だが。
ばば~ん!
ばば~ん!
ばば~ん!
立ち上がった途端、その兵は狙撃されて石と共に転がっていった。
いかぬ、兵が臆する。
少しでも体が大胡から見えると即座に狙撃されるらしい。
膝撃ちで鉄砲を撃ちかけるように指示を出す。
こちらの銃列から1500の弾丸が飛ぶ。
その多くが外れるか敵の盾に当たって無効化された。
しかしこれは仕方ない。
段々と敵は近づいてくる。
その内当たる。
またこちらの斉射。
敵が20人以上倒れる。
味方から歓声が上がる。
次の斉射で50名近くが倒れる。
この調子で敵を削っていけ。
その内士気も落ちる筈。
しかし、大胡兵は全く顔色も変えずに着実に近づき、1間程登ってくると膝を突き狙撃を始める。
こちらは矢盾に隠れているんだぞ!?
それがなぜ当たる?
敵の3射目が来た時、損害報告があった。
それを耳にしたときの俺の顔は急激に青ざめていったに違いない。
「右翼。1射目にて20名手負い。
2射目にて30以上。
3射目、50以上!」
「左翼。既に150以上が死傷!
全て顔を打ち抜かれています!
なんていう狙撃だ……」
最後の言葉を聞いて使い番を張り倒した。
士気を落とす気か!?
しかし。俺も同じ気持ちだ。
兵の練度が違い過ぎる。
まだ30間だぞ?
それも撃ちあげる弾を顔に当てるだと??
奴らは物の怪か?
大胡の兵の顔を遠目で見る。
心なしか敵の兵の右頬が大きいような気がする。
そうか。
右頬が腫れあがるまで毎日射撃訓練をしていたのか。
それもこの是政隊は殆ど実戦を経験していない。それでいて練度、士気が凄まじい。消耗をしていない選りすぐりの兵だ。
大きな戦は桶狭間だけだろう。その時も顔を撃ち抜いていたという。夜戦において篝火だけを頼りに。
そこに大胡の鉄の結束か。
これは何としても近づけてはいけない。
俺は配下の尻を蹴飛ばすような大声で命令を下した。
「火薬を全部使いきれ!
己の魂を込めた弾で大胡を一人でも倒せ!
一人一殺!
残りは後ろの小山田勢が槍で串刺しにしてくれる。相打ちする覚悟で狙え!
放て~ぃ!!!!」
配下の者に、一人が一人倒しても敵にはまだ1500人いるという現実を悟らせない方法はないものか……
右翼の甘利・秋山勢と対峙している1500の鉄砲隊が動き出した時が武田の最後になるのか。
◇ ◇ ◇ ◇
「マスケットとライフル銃の命中精度」
中々昔の命中精度がわからないのですが、
17世紀のヨーロッパの例ですと100ヤード=80mの距離で弓と鉄砲(マスケット)で試射。
20射中、弓が15的中。
マスケットが12的中だとか。
まずまず、常識的なところかと。
光秀の30間で10発中7発的中が
どの程度の大きさの的かはわかりませんがこんなもんかなあ。
だから基本的にこの時代は弾幕射撃での面制圧攻撃として鉄砲は使われます。
大胡はその莫大な火薬生産量と偏執狂的な是政隊の連中の訓練が生み出した的中率という事で。
なおライフル銃は丸弾でも相当な命中率の向上があったとか。
記録はまちまちですが160mでも半数ほどは当たったとか。
そして椎の実形に成型されるようになると、
200mでも顔の真ん中に命中させることがw。
ミニエー銃の性能がこれ。
それ以前ものこの程度。
ただしミニエーは連射性能向上で有名。
「後藤のおっさんの仕事」
もうお分かりのように、囮です!
目立つから重装甲付けて突進。
攻撃を一身に受けて配下を安全に白兵戦へ飛び込ませる。
「15間の高低差」
厩橋と違うのは厩橋は垂直な崖。
こっちは斜面が20度くらいの坂であるという事。
それに雑木林や竹林が生茂っている。
上野国甘楽郡富岡盆地西貫前神社北東丘陵
芦田信守
(敵だよん:信濃先手衆の大身)
儂ら信濃先手衆2500の守る東西に長い丘陵に、四半刻前から大胡の鉄砲が間断なく撃ちかけられている。
幸いにして北と東からの射撃は12間以上の坂の下から撃ちあげる故、精度も威力も少ない。
じゃが南からの射撃がたまらぬ。
川越しではあるが1町程の距離にて狙い撃ちして来よる。
南にいた者は丘陵の中央まで退いた。
儂にここの差配は任された。
信濃では3万石の大身じゃからな。
兵も目いっぱい900連れて来た。
弓兵200長柄400。
今川や北条相手なら相当な働きが出来る筈じゃが相手が悪い。矢盾を大量に作ることなど国衆には無理というもの。
鉄が買えんわい。
故にここ10日で連れて来た兵総出で丸太を作り弾除けを作った。
罠も仕掛けたが既に悉く外されたらしい。
しかしこの丸太、いざとなったら攻め上ってくる敵に落とし、と思うたがそこまで木を切り倒すことは出来んかった。
印地打ちの石だけは集めさせたがの。
敵の主力が登り始めた。
3000以上。
1000が鉄砲隊か。
2000のうち半数が長柄を置いて手槍に持ち替えての登坂か。
さて、弓矢と石をお見舞いするかの。
「皆の者!
弓を引き絞れい!
積年の恨みを込めた矢を大胡に食らわせてやれ!
射掛けよ!!」
儂の手勢が攻撃を開始すると左右の信濃衆の弓兵と印地隊が矢と石を放つ。にもかかわらず大胡の先頭はあの大胡の特徴である軽い矢盾を前面に押し立て被害を抑えつつ登ってくる。
殆ど矢は通用しない!
石が当たれば矢盾を飛ばすことは出来る。
じゃがそうそう当たるようなものではない。
既にあと10間まで迫った敵に、弓兵が矢盾を持っていない大胡兵を狙撃する。
いいぞ。次第に手負いが増えて来る。
このままいけば……
ずがががが~~~ん!!
ずがががが~~~ん!!
連続した鉄砲の射撃音が林で覆われた小高い丘に木魂する。
くそっ。
敵の先手の後方から登って来た鉄砲隊が既に25間まで迫っていた。
瞬く間に弓兵や印字打ちをしていた者がやられる。
もう立って弓を射ることなど出来まい。
こうなると槍と槍との白兵じゃ。
「長柄で脇を固めよ!
正面から登ってくる敵を、手槍を持つ者が迎え撃つ!
はげめぃ!」
与力の国衆が槍を持って逆落としに大胡兵に向かう。
じゃが……あの先頭を登ってくる巨漢はなんだ?
重そうな金綺羅の甲冑を着て楽々と登ってくる。
その敵に3人の武者が取りつく。
しかし正面から相対した味方武者を、その長大な槍で一突き。
すぐに強引に躯から抜き、木々を巧妙に避けるように振り回し左右の武者を吹き飛ばして、さらに前進してくる。
あれが大胡の先駆け大将、後藤透徹か?
あ奴をここで止めねば、お味方は崩れる。
「石を転がせい!
臆するな。
弓兵、あの巨漢は敵の先駆け大将ぞ!
彼奴を倒せば敵の士気は落ちる!
必ずや討ち取れい!」
一抱えもある石を2人掛かりで転がす。
弓兵が鉄砲の射撃での被害に臆することなく、集中してあの巨漢を狙い撃つ。
しかしあの巨漢は槍を地に突き刺し、両手に付いた小振りの盾で顔を覆い一身に攻撃を引き受けている。
しまった!
左右から敵の先手がすぐ直前まで迫って来た。
すぐに白兵戦となる。
高さは絶対的に有利。
ではあるがいつまで持ちこたえられるか。
先の評定では西に布陣する馬場殿の支援を受けられる筈。
増援を求める使い番を走らせることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
鏑川西岸主正面
高坂昌信
(敵:鉄砲隊1500を預かる。総勢2000)
大胡が桶狭間で使ったという鉄板で覆った櫓を組み、そこから指揮を執ることにした。北を見るとそこでは敵の主力が攻撃を開始していた。
敵の後藤隊か。
お味方左翼に張り出した小高い丘に配置されている信濃衆に攻撃を集中している。あそこを取られると北から攻め上る通路が開かれてしまう。
鏑川の西に広がる台地は、大胡の布陣する東岸から攻めるとすると谷底から約15間の落差のある坂を登らねばならぬ。
その攻め口として比較的登りやすい部分が2つある。
俺の正面の坂道と信濃衆とその西、太郎義信様の布陣する丘の間にある谷だ。
北の谷を義信様3400と信濃衆2500、そして馬場殿の兵2400で3方から攻撃して守る。
しかし今、東の丘が猛攻を受け、敵の手に落ちつつある。
それにもかかわらず馬場殿の備えが動かない。
馬場殿の備えが動けば一気に戦況が動くからであろう。
俺の左翼で援護する備えがいなくなれば大胡の鉄砲隊主力5000が、この西岸に押し寄せてくるのは必至。
ここの正面は15間の落差のある坂が1町続く。
いくら大胡の鉄砲の性能が良かろうとこの高さの優位は変わらぬ。重い鉄張りの矢盾を少しずつ前進させての仕寄りとなろう。
それに対して投げつける石と炮烙を用意した。
出来る限り敵を集中させるために数カ所の登り口をわざと開けて、そこに石や炮烙を投げ入れる。
これで大被害とはいかないまでも敵の兵の勢いを削ぎ、兵数を削りながら戦える。
味方の兵の損耗も少ない筈だ。
北にいる敵の4000近い軍勢が信濃衆を包囲して攻め立てる。それの支援に馬場殿の2400のうち1500程度が北を向いた。
いよいよか。
「正面の敵、渡河開始しました! 鉄砲を持っておりません」
やはりな。
鏑川はこの時期水量が多い。
故に足を滑らせれば火薬が濡れる。
後ろから慎重に運んでくるか。
想定済みである。ここを衝く。
500の手槍を装備した兵を用意した。
しかしこれは賭けだ。
すでに渡河した大胡兵が右翼の甘利勢1000の前面に布陣、銃口を甘利勢に向けているがこれが北へ向かう可能性がある。
そうなると河原にて鉄砲による横撃を受けて壊滅するであろう。
鏑川まで2町。
撃っても無駄だ。それを見越しての渡河であろう。
そうこうするうちに大胡兵はこちら岸へたどり着き装備を整え始めた。
まさか着替えまでするとは!
武田も甘く見られたものよ。多数の弓兵があれば遠矢で相当な被害を与えられたものを。何斉射かしたもののやはり被害は殆ど与えられなかった。
遂に大胡の行軍が始まった。
整然と横隊を組んでの行軍。
あのような凹凸の激しい地形で横隊を崩さないとは!
どれだけの訓練を積んできたのだ?
敵が坂を登り始めた。
斜めに走る街道を登る兵以外は真正面から突き進んでくる。
前面には小さめの盾で頭部を覆った兵が並んでいる。
あの兵どもを倒してからでないと後ろの銃列に被害を及ぼせないのか。
突然、幾人かの銃兵が立ち止まり膝撃ちの態勢を取った。
狙撃兵か?
がが~ん!
ばば~ん!
ばばば~ん!!
ばらばらな射撃が始まった。
距離は1町を切っている。
射撃を始める前にあの盾を持つ兵と狙撃兵を仕留めねば。
「敵を寄せ付けるな。石を落としてあの隊列を薙ぎ払え」
簡易な馬防柵とも言えない障害物の隙間から石や短い丸太が落とされる……筈だった。
だが。
ばば~ん!
ばば~ん!
ばば~ん!
立ち上がった途端、その兵は狙撃されて石と共に転がっていった。
いかぬ、兵が臆する。
少しでも体が大胡から見えると即座に狙撃されるらしい。
膝撃ちで鉄砲を撃ちかけるように指示を出す。
こちらの銃列から1500の弾丸が飛ぶ。
その多くが外れるか敵の盾に当たって無効化された。
しかしこれは仕方ない。
段々と敵は近づいてくる。
その内当たる。
またこちらの斉射。
敵が20人以上倒れる。
味方から歓声が上がる。
次の斉射で50名近くが倒れる。
この調子で敵を削っていけ。
その内士気も落ちる筈。
しかし、大胡兵は全く顔色も変えずに着実に近づき、1間程登ってくると膝を突き狙撃を始める。
こちらは矢盾に隠れているんだぞ!?
それがなぜ当たる?
敵の3射目が来た時、損害報告があった。
それを耳にしたときの俺の顔は急激に青ざめていったに違いない。
「右翼。1射目にて20名手負い。
2射目にて30以上。
3射目、50以上!」
「左翼。既に150以上が死傷!
全て顔を打ち抜かれています!
なんていう狙撃だ……」
最後の言葉を聞いて使い番を張り倒した。
士気を落とす気か!?
しかし。俺も同じ気持ちだ。
兵の練度が違い過ぎる。
まだ30間だぞ?
それも撃ちあげる弾を顔に当てるだと??
奴らは物の怪か?
大胡の兵の顔を遠目で見る。
心なしか敵の兵の右頬が大きいような気がする。
そうか。
右頬が腫れあがるまで毎日射撃訓練をしていたのか。
それもこの是政隊は殆ど実戦を経験していない。それでいて練度、士気が凄まじい。消耗をしていない選りすぐりの兵だ。
大きな戦は桶狭間だけだろう。その時も顔を撃ち抜いていたという。夜戦において篝火だけを頼りに。
そこに大胡の鉄の結束か。
これは何としても近づけてはいけない。
俺は配下の尻を蹴飛ばすような大声で命令を下した。
「火薬を全部使いきれ!
己の魂を込めた弾で大胡を一人でも倒せ!
一人一殺!
残りは後ろの小山田勢が槍で串刺しにしてくれる。相打ちする覚悟で狙え!
放て~ぃ!!!!」
配下の者に、一人が一人倒しても敵にはまだ1500人いるという現実を悟らせない方法はないものか……
右翼の甘利・秋山勢と対峙している1500の鉄砲隊が動き出した時が武田の最後になるのか。
◇ ◇ ◇ ◇
「マスケットとライフル銃の命中精度」
中々昔の命中精度がわからないのですが、
17世紀のヨーロッパの例ですと100ヤード=80mの距離で弓と鉄砲(マスケット)で試射。
20射中、弓が15的中。
マスケットが12的中だとか。
まずまず、常識的なところかと。
光秀の30間で10発中7発的中が
どの程度の大きさの的かはわかりませんがこんなもんかなあ。
だから基本的にこの時代は弾幕射撃での面制圧攻撃として鉄砲は使われます。
大胡はその莫大な火薬生産量と偏執狂的な是政隊の連中の訓練が生み出した的中率という事で。
なおライフル銃は丸弾でも相当な命中率の向上があったとか。
記録はまちまちですが160mでも半数ほどは当たったとか。
そして椎の実形に成型されるようになると、
200mでも顔の真ん中に命中させることがw。
ミニエー銃の性能がこれ。
それ以前ものこの程度。
ただしミニエーは連射性能向上で有名。
「後藤のおっさんの仕事」
もうお分かりのように、囮です!
目立つから重装甲付けて突進。
攻撃を一身に受けて配下を安全に白兵戦へ飛び込ませる。
「15間の高低差」
厩橋と違うのは厩橋は垂直な崖。
こっちは斜面が20度くらいの坂であるという事。
それに雑木林や竹林が生茂っている。
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エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。
彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
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あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
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小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。
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元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
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