首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに

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第34章:駿河方面

疾き事、葛を飛ばすが如し

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 1559年5月2日
 駿河国入山瀬城北東15町
 滝川一益


 マジかよ。
 援軍が来ない?
 で、敵を誘引せよ?
 7000以上の敵を1500でどうやって引き留めるんだよ?

 予定では原のおっさんとキンカン頭が来ると同時に半包囲追っ払うんじゃなかったのか?

 偽報だな。……と、思いたい。
 が、この印は本物だ。

 殿さんの命令だぁ。
 弩弓の連絡だったのだろう。
 蝋で固めてあった。

 原殿の騎馬が200来ると?
 残りの兵は……甲斐へ向かう?

 葛山が兵を掌握して移動を開始したらしい。
 山中湖・河口湖・本栖湖を通って。

 既に動き出したという。
 事前に言ってほしいが!

 幸い、キンカン頭の兵2000がもうすぐこちらへ到着らしい。
 3700で何ができる? 
 相手の質はともかく8000だ。

 組織的なものも内藤が上手くやりくりしているらしい。
 士気も先の勝利で旺盛だろう。

 下手にこの陣を降りるわけにはいかない。
 平地で戦えば損害ばかり増える。
 先ほどのような堅実な仕寄りをされるとたまったもんじゃねえ。

 幸い、騎馬隊200とキンカン部隊の指揮は俺に一任された。

 騎馬は機動力が命。
 幸いこの地は平坦だ。
 機動に適している。

 キンカン部隊も通常の倍近い速さで動けるらしい。
 俺は無精髭をジョリジョリさせながら作戦を練った。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 5月3日
 入山瀬城と凡夫川の間
 内藤昌豊


 昨日占領した敵の防御線で陣を張ることも考えた。
 だがそれでは東海道が見渡せぬ。もし富士川へ敵の増援が移動したらそれに対応せねばならぬ。そのことから入山瀬城を落とすことにした。
 敵はせいぜい100。

 全員鉄砲を持っていても、仕寄り用の矢盾は多数持ってきている。
 我攻めですぐに落とせる。

 本隊は凡夫川を利用して防御陣地を作り始めた。

 3000であのしぶとい滝川の1500(もうそれ程いまい)を押さえる。
 それ以外の3000は二手に分け、一方で防御線構築。

 今一方で攻城。
 それほどの堅城ではない。
 あの程度の城は半日で落ちよう。

「内藤様! 東海道筋をご覧ください! 大胡の赤備え騎馬隊が西へ進軍中!」

 こちらへ来たか。
 床几からゆっくりと立ち上がる。
 既定の状況だと皆を落ち着かせねば兵が浮足立つ。

 額に手を当て遠目で東海道を見る。

 やはりここに陣を張ってよかった。
 見落とすところであった。
 赤い列が延々と続いている。

 ……大して長くない?

 精々200か。
 一列で行軍しているのか。
 多く見せるためか。

 何が目的にせよ200の騎馬隊が富士川を守備している弱兵400を襲う。
 これだけは避けたい。

 と、そこへ最悪の知らせ。

 おそいっ。今頃届くな! 小幡の軍勢が敗走だと? 確かな情報だという。
 尾根筋からも確認できた。

 ここで守備する手は封じられた。
 敵を破り騎馬隊の後背を衝くか。
 さもなくば退いて身延付近で騎馬隊の退路を断つか。

 ……間に合わぬか。
 あの滝川の部隊がそれを許さんだろう。

 だが3000も置いておけば足止めにはなるか。
 儂はその手配を開始した。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 滝川一益


 やはり手堅いぜ。
 すぐに後背がやばい事を察し、退くことにしたらしい。
 退き陣で殿軍を3000とかなんだ、そりゃ?
 つけ入る隙もねぇ。

 先陣であった凡夫川沿いの連中が退いていく。

 ここであと2000、いや1000でもいい。
 手持ちにあれば突き崩せる。
 なにせ敵の側面に布陣しているのだからよ。

 一度ひとたび崩れれば総退却だろう。

 キンカン頭の2000がいればなぁ。
 まだ今頃、御崎か。先ほど伝令が来たが、あと1刻は掛かるという。
 到着まで足止めできるか? 

 恨めしそうに御崎の方、東の方を見やる。その時またしても信じられぬ知らせが!

「滝川様! 南方20町、東海道筋に明智様の桔梗紋を上げた兵500。ゆっくりと北上しております!」

 ◇ ◇ ◇ ◇

 内藤昌豊


 なんだと?
 大胡の兵は何という神速なのだ?
 あの桔梗紋。
 明智というたか。

 滝山城の守備につく者3000。これが先の上杉政虎本隊との決戦に援軍として後詰して敗戦を免れた殿知らせがあったばかり。
 その戦から僅か3日でこの駿河へ?

 信じられぬ。

 500程は居よう。
 後続も1000は下るまい。
 2000以上もの敵が北上して、更には東からの横撃に我が方の3000は耐えられるはずがない。

 皆、訓練も行き届かぬ武田の精鋭とは言えぬものばかり。

 いち早く退くべきだ。
 先の大胡の築いた防御線で対陣するのだ。
 さすれば勝てはすまいが負けもせぬ。

 そこを3000で守る。
 残り3000で身延へ向かう。

 鉄砲は攻勢には向いて居らん。
 矢盾を連ねて長柄で防備すれば数で劣っていても何とかなる。

 儂は全ての矢盾を置いて、一刻も早く身延へ向かう事を決断した。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 2刻後夕刻 
 入山瀬城北1里
 内藤昌豊


 退き陣としては最速の速さで引くことが出来た。あの騎馬隊を防がねば甲斐は大胡に荒らされる。反旗を翻す者もいるやもしれん。
 命乞いしそうなやつらの顔が浮かんでくる。

 南風に変わった。
 海風か。

 折角あと一息で駿河を手に入れて海の恩恵を受ける事が可能であったが。
 仕方あるまい。

 問題は御屋形様の軍勢が大胡の主力を叩けるか。

 ……それも怪しくなってきた。

 明智の軍勢がこちらへ来たという事は上杉からの圧迫が弱まったという事。

「敗戦」
 の2文字が頭をよぎる。

 せめて儂だけでも甲斐へ戻り、治安を取り戻し復興の火種を残さねば。
 南風に変わったためか、海鳴りが聞こえた気がした。

 ?

 近づいてくる。
 これは……海鳴りではない!

 敗者の叫び声だ。
 殿軍が敗れた?
 何があった?

 今はそれを考える暇はない。
 これを鎮めねば。
 しかし、情け容赦なく鳴り響く、断続的な銃声。

 速い!

 敗者の敗走に追いついて銃撃とか、何という速さじゃ。
 既にここにいる兵も怯え始めた。馬蹄の音も聞こえる。騎馬隊もこちらへ向かっているか。
 富士川への進軍は欺瞞であったか!

 儂の統率の業ももう効かぬかもしれぬ。せめて敗走をする者共の命を守るために、大将自ら殿軍をするしかあるまい。

「馬ひけぃ! これより馬廻りのみにて殿軍を務める。甲斐に一歩たりとも入れさせるな。武田の誇りを示せ!」

 心なしかいつもの鬨の声よりも低い音だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 富士宮本宮東10町
 明智光秀

 
「遅れ申した。箱根の山が思うたよりきつく兵がへばり申した故」

 間に合わないと思った。
 しかし間に合わねば駿河に侵攻されるか、完全に防がれ殿の思惑である甲斐への直接侵攻もできなくなる。

 箱根を降りるとき、50程の騎馬を先行させて駿河の百姓に大量の銭を配った。そして500ばかりの者に明智の幟を持たせた。
 馬印も持たせた。
 偽兵の計だ。

 まんまと嵌まってくれた。
 敵が混乱している間に本隊が到着、即座に反転行進射撃を繰り返し蹴散らした。
 その穴を騎馬隊が突き抜け武田の軍はたちどころに壊乱。

 滝川殿の側撃も加わり、敗走とも言えぬ烏合の衆の流れとなり、敵の殿軍を巻き込んで甲斐へと帰って行った。

 私は滝川殿に挨拶をして、1晩休んだらすぐに関東へ戻る。

 今度は東部戦線が私たちを待っている。
 また、私の輝く場を与えられた。
 喜んでくれるか、煕子。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 5月5日
 甲斐国右左口砦
 原虎胤(いい爺さんだねぇ)
 

 右左砦が見えて来た。
 既に先鋒はその大手門を潜った。今頃武装を解除して里へ帰す準備をしているであろう。赤い糸のような流れがその砦を回るように街道を降りていく。
 堅城も内応すればただの家にしか過ぎない。

 その内応がそこかしこで起きた。
 扇動したのは穴山親子だ。葛山も小山田を説き伏せ現在東の鉄壁と謡われる岩殿城は葛山の兵が詰めている筈。

 その西を滝山城の軍勢1000の露払い、先導役として小山田の兵が躑躅ガ崎を目指していよう。

 見えた。
 砦を回り込むと視界が開け、我が故郷甲斐の盆地が一望の下じゃ。

 甲斐を出て6年か。
 面白い思いを沢山させてもらった。

 まさかあの飯富殿の赤備えの倍の騎馬隊を任されて縦横無尽に坂東の地を駆け巡れるとは思わなんだ。

 少しわがままを言わせてもらえば、突撃がしたかった。
 斬り込みに使いたかった、この騎馬隊を。

 解っておるのだ。

 それをやれば敵味方双方に多数の死傷者が出ると。
 だが儂は武将としてしか生きられぬ。

 だから後進を育てることにした。
 儂の代わりにいざというとき突破口を作る部隊になるようにと。

 これからの戦。
 騎馬隊は役に立たぬ。
 殊に鉄砲を持っている、大砲を持っている敵に突撃は自死行為だ。

 だが必要な時はある。
 戦場の山場で突入すれば一気に勝敗を付けることが出来よう。

 そして追撃戦。

 今後はそのための騎馬隊。
 もしくは軽騎兵として物見をする。

 寂しくはなるが、誇りは持てるじゃろう。
 切り札として存在する。
 赤い備えがある限り、敵は隙を見せられぬ。

 それだけで勲功をたてたことになる。

 徴兵された武田の足軽達が里に返されるのを待ってその後を追うように山を下りていく。

 これから甲斐はどのように変わっていくのであろうか?






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