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第32章:橋の上のホラティウス
橋上・1
しおりを挟む1559年4月下旬
上野国馬山西城
大野忠治
(国定ではないんです)
この馬山城。
本来ならば、ここ下仁田街道はここからの鉄砲射撃で、まずは通行不可能となる。
筈だった!
だがあの下仁田昌茂とかいう土豪の裏切りによって、鉄砲と火薬を全て持って行かれた。
俺が間抜けだったとしか言いようがない。
訓練目的とは言え、半数位はここに残しておくべきであった。
彼奴を信用し過ぎたせいだ。まさかあれだけ優遇されて、元の石高の数倍に相当する利益を上げるようになった指令が裏切るとは!
何が目的かは知らぬが、こうなっちまったものは仕方ない。
この手持ちの武器で戦うしかない。
幸い城塞までは取り上げられていない。
それはそうだな。
運がいい。
そう思う事にする。
「中隊長。国峰城からの増援に対抗するため不通橋を落としたのはいいけど、馬山川を渡られる心配はないですかい?」
この小西と俺しか華蔵寺で戦術講義を受けた者はいない。
だから今、地図を見ている者は俺と2人だけだ。
他の小隊長は橋の上とこちら側に簡易阻塞を作っている。
「ああ。嬉しいことに武田の先陣9000は先に通り過ぎて大胡の殿の本隊の対策で必死だという文が届いた。忍者様様だな。
向こう岸にいるのは小幡の馬鹿息子の方が率いる200程度だ。
長男が来たらやばかったもな。
彼奴が率いているんじゃ、ろくなことが出来んだろう。
馬山川を渡ろうとしてもその渡瀬を見つける事なんざ出来まい。
彼奴に味方する在地のもんは居らんだろうが」
折角、ここ数年で裕福になった土地を武田に荒らされるのでは庶民にとってたまったものではない。
協力する奴はいまい。
ただ脅されて、という事はあるからあらかじめ鳴子は付けておこう。
「馬山東城は放棄。その鉄材木材等を持ってくることが間に合えばよいが、ダメなら諦めよう。兵を休ませる余裕が欲しい」
180人総出で木を切り倒し、馬山東城で使われていた釘有刺鉄線などを持ってこさせた。
これで二つの橋を封鎖する。
だが大したものは作れないがな。
鹿砦は無理。
逆茂木用の金具がない。
少しだけ東城に使ってあった有刺鉄線が持ってこれただけでも幸いだ。
これを武田の奴らが切っている間に狙撃……
できんか。
火薬はあるが鉄砲がない。
弩弓も6丁のみ。
矢は200本程度あったが、1丁30本じゃあなぁ。
大事に使って敵の先頭を倒すか、できるだけ指揮官を狙うしかないか。
元々の防御施設はあるが、全て鉄砲があるという前提で作ってある。
まさか長柄や手槍に頼る戦いになるとは。
それすらないがな。
太刀のみでどうやって戦えと?
俺は鉄砲には自信があるが弩弓はあまり得意じゃなんだよな。
誰かに任せるか。
最低でも3日。
できれば5日の時間を稼げれば、武田の先遣隊を捕捉できると思う。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日
「敵の使い番を2人倒してから2日。流石に気付いたようで。遂に物見が来ました。その向こうに敵の先鋒らしき部隊がいますねぇ」
この砦くらいの小規模な馬山西城は眺望がいい。
だがそれも南に張り出した山並に邪魔されて南に掛かる太郎橋の20間程西までしか見えない。
もうすぐ弓矢の射程だ。
「干し魚はどれだけ取れた?」
「まあ大して取れませんでしたよ」
「そうか」
仕方がない。
既に先程、全員戦闘配置につかせた。
小西も配置についた。
第1小隊60人は弩弓3丁を持って、南の太郎橋の西にある尾根に隠れての狙撃と印地打ち。
それ以外、落とせるものは何でも落とす。
お前らの糞でもいいぞ、と言っておいた。
第2小隊60人は北の次郎橋を確保。
第1小隊の退路を確保するために、二つの橋の間にある切通を守る。
第3小隊は北の不通橋を下仁田の奴らが通らないように牽制だ。
此奴らが使えればいいのだが。
あとで案山子でも立てて置いて戦力をこちらへ持ってこようか。
俺の直属として、補給班兼予備兵力、たった8人だが馬山西城で様子を伺い増援と必要物資を届ける。
だがその必要物資ってなんだ?
精々の所、水くらいか?
「敵先兵。 太郎橋を渡り始めました。中央の障害物を排除にかかります。第1小隊弩弓で狙撃開始」
敵の先兵を数人負傷させて、一旦後退させた。
こちらの狙撃兵がどこにいるか見当を付けたらしい。
だがな。
そこはよじ登れんぜ。
鉤縄が掛かるところはあるが大量の石が用意してある。
これがあって助かったぜ。
元々の防御計画ではこの場所が狙撃場所だったからな。
それ用の防御設備はある。
有刺鉄線もある。
が、この有刺鉄線。
鉤縄が引っ掛かるんだよな。
痛しかゆしだ。
また仕寄りが始まった。
今度は幾重にも矢盾を持った移動で工作をする兵を守っている。
それもあれだ、鉄の付いたやつ。
こっちが鉄砲をわんさか撃ってくると思っているんだろうな。
そうできれば、あの程度の矢盾は打ち抜ける。
8匁の楓1号ならば矢盾は通用しねぇ。
投石が始まった。
結構いい腕をしているぜ。
どんどん敵に当たる。
だが向こうも弓兵を出してきやがった。
弩弓もいるなぁ。
投石もできなくなってきた。
そろそろ撤退か。
まだ半刻も立っていないのによ。
先陣を受け持っている小西へ手旗で指示を出す。
第1小隊が切通の北へ出て次郎橋まで後退する。
その後を受けて第2小隊が切通を守る。
ああ。
太郎橋が落とせればな~。
あいつは太い鉄で出来た「わいやあ」とかいう頑丈な綱で出来ている。
いざというときに落とせる仕組みはあるが「そのための大量の火薬」がない!
ざまぁねえな……
この切通は鎌倉の化粧坂よりも狭い躰道だ。
槍すら振り回せねぇ。
馬車が1台通れるくらい、いやもっと狭いか。
槍で突くか太刀での戦いとなる。
弓矢と弩弓は使えるだろうが、味方を撃たずに敵を射る程のゆっくりとした立ち回りは出来ないだろう。
地べたに這いつくばって避けようとも壁に張り付こうとしても、そこで斬られてしまいじゃ。
そんな馬鹿なことはするまい。
武田はまず矢盾をおし出しての進軍となる。
そこへ勿論罠として有刺鉄線や城塞築城の際の仕掛け、落とし穴が待ち受ける。
矢盾が倒れたときに弩弓が飛ぶ。
矢盾を持ちあげるまでに3名がやられる。
その後に新陰流の使い手が立ちふさがり敵を追い散らす。
飛んでくる矢は切り落として、また交代する。
その内、対策は練られるであろうが、取り敢えず半刻は稼げた。
今度は火薬樽辺りか?
それに備えて水を撒いておく。
くそっ!
大事な水を使わないといかん。
今頃、最前線で小西の奴が悪態をついているだろうな。
ああ、奴の場合はボヤキか。
◇ ◇ ◇ ◇
同刻同場所西
秋山虎繫
(昔は信友で通っていましたが今はこっちが本当らしいとかで)
この狭い道を通るのに先鋒になっちまった。
案の定、攻めあぐねる。
こういう奴は小山田の方が得意なんじゃねぇか? 彼奴の城、岩殿城はこういった狭いところだらけだ。なぜ俺が受け持たねばならん。
もう攻め始めてから1刻半。
火炎壺も放り込んだが消し止められちまった。
むこうも必死だろう。
どうにか国峰城と一緒に下仁田城、倉賀野城まで調略成功したが、肝心の難関であるこの城塞地帯を手に入れ損ねた。
それも飯富殿や馬場、高坂の軍勢が通り越した後の間隙をついて占拠しやがった。
早く落として合流せねば。
もしもこの分断された状態で先陣の9000が大胡本隊に攻撃されたら目も当てられん。
一番危惧していた
「橋を落とされる」事。
これがなかった。
何故なのか?
御屋形様の読みではもっと引き入れてから決戦をし、一兵残らず討ち取るために待ち構えているのであろうと。
先陣を潰されたら似たようなことになると思うが、大胡は此度の戦で完全に武田の息の根を止めようとしに来ているという。
乾坤一擲の大戦。
その幸先で躓いた。
早くここを押し通らねば。
高坂の備えに鉄砲は集中配備されている。
本隊には鉄砲の数は少ない。
そのうちの50丁をお借りして先手に持たせる。
あの切通を強引に押し通る!
敵は伊勢守の弟子が多いと聞く。
弓矢程度はよけられてしまう。
鉄砲を連射しつつ前進する。
それと共に左手の尾根を越える。
この上に登れば向こうの陣は丸見え。
二つ目の橋を落とされる前に狙撃もできよう。
時間はかかっているが日没までには第二の橋の袂まで行けるであろう。
そこまで行ってしまえば、あそこは吊り橋。
一方を落とされても修復は容易。
ただ敵との撃ち合いとなるときつい。
それを狙っているのか?
ただそれを超えれば3つ目の橋は向こうに味方がいる故、修復は容易。
先が見えてきた。
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