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第34章:駿河方面
俺に勝てると思うなよ!
しおりを挟む◇ ◇ ◇ ◇
1559年5月4日
駿河国富士宮浅間大社
滝川一益
(本当に強運?凶運でないことを祈ろう)
「っ、かぁああっ! またかよ!? もってけ泥棒!」
「悪いですなぁ、大隊長殿! これで酒代1か月ですぜ。大丈夫なんですかい?
懐具合は」
第2中隊長の松野がニヤニヤしながらこっちを見て、先に賭けてあった銭の山を懐の銭入れに入れやがった。
「ああ。それは大隊の金庫から……って嘘だよ。こういう時の為に殿から資金を頂いている。その銭で部下におごってやれぃ」
どうも俺の運というものはきちんと収支が取れているらしい。
殿の言う「運のばらんすしーと」が取れていて、賭博で損をすればするほど戦の運が上昇するという仮説が立てられて、今回試行するという事になった。
まあ懐具合を気にせず博打が出来るし、これで大隊の奴らに奢れるので問題はない。
「それじゃ戦勝祈願も済んだし、そろそろ第2中隊は富士川の守備に行ってくれ。
頼んだぞ。あそこを抜かれれば一気に駿府だ」
松田は仰々しく敬礼復唱して、その辺りの店で屯していた部下を引き連れ、南へ向かって部隊を行軍させる準備をし始める。
「……いったか?」
「はい。1人残っていますが一般の草かと。始末しますか?」
「脅して黙らせろ。無益な殺生は後の内政に支障が出る」
博打場所として借りていた茶屋の裏手から小さな声で忍びの報告を聞く。
聞き耳を立てていた草が三ツ者に繋ぎを付けて今の会話を報告したようだ。
こんな時のためにも賭博は必要なんだぜ。
「もう用は済んだか? 兄者よ」
でか物の弟が鼻を穿りながら声を潜めて聞いてくる。
此奴にしちゃあ上出来だ。
まあ、頭は悪くない。
戦の駆け引きは結構うまい。
「ああ。ではお前は打ち合わせ通り富士川を通せんぼだな。何人いる?」
「ああ? 鉄砲上手が20人くらいかな。それで十分よ」
おいおい。
あの狭い場所でも3町はある峡谷。
たった20人で防ぐ気か?
ああ21人か。
その1人が馬鹿でかいんだよな。戦力的に。
殿から頂いた特別製の大槍をひょいと持ち上げ、陣羽織を翻して西へ向かう。山道を抜けて馬坂の決戦場へ。
どうでもいいからよ。
頼んだぜ、弟よ。
遠江半国5万石分の働きをしなけりゃ5万年分の飯は無しだ。
ああ、彼奴の場合は1年で1石では足りんか。
じゃあ5千年分か。気張れよ!
◇ ◇ ◇ ◇
5月5日
白糸の滝
内藤昌豊
(昌秀という説もあり)
ここは清々しい。
大分暑くなってきた季節。
この滝付近は涼をとるにはもってこいだな。
これから5月の照り付ける日の光との戦になるかもしれん。
まずは富士宮に入ったならば塩を確保せねば。
「殿。三ツ者からの知らせにて。大胡の備え、1500の内500は富士川に向かうとの事」
「誠か?」
「確かに。滝川という大将と部将の松野というものの会話、
そして兵の端々で富士川に向かうとの声を拾いましてござる」
複数の情報ならば確度は高い。
しかし念にな念を入れる。
「物見は大物見とせよ。大胡の布陣は分かるか?」
「はっ。ここより3里南。入山瀬の小城から北東へ川沿い少し向こうに布陣しております」
半里まで近づいたら既に物見合戦だな。
どれだけ敵の備えを見切れるかで勝負は決まる。
勘助はその点、うまかった。
あの東雲の奇襲を見事に見切り大損害を与えた。
彼奴がいればな、此度も。
惜しい奴だった。
御屋形様には悪いが彼奴を軽く見ていた。
たかが足軽大将だと。
もっと作戦立案に使えばよかったのだ。
調略には全幅の信頼を置いていたが策士としての彼奴も使うべきであった。
今ごろ言っても仕方ないが。
上野に侵攻する軍勢は飯富様や馬場、高坂が付いている。他にも将帥がごまんといる。
この武田。美濃へ討って出ていれば、今頃瀬田の大橋(注)を渡っているかもしれなかった。
しかしあの大胡が銭でその可能性を潰した。
この武田が堺に良いように使いまわされた。もはや大勢は大胡と手を結ぶしかないのだが、御屋形様は何を躊躇っておいでなのか?
いや。
もうここまでくれば駿河を落とし、伊豆を掠め取るだけ。
敵は1500。
あとは西の滅亡寸前の同盟国今川の抑えとして数百の弱兵がいるだけ。
あとは……。三嶋に鬼美濃がいたな。
飯富様の真似をしての赤備え1500!
よく馬を集めたものだ。
銭があると何でもできるな。
羨ましい。
この1500の騎馬隊がどこへ来るか。
これで勝負はつく。
この富士宮周辺の平地での決戦となるだろう。
敵の鉄砲1500か?
それに騎馬隊1500。
こっちは足軽のみの8000を2正面に分ける。
富士川沿いに南下するのは400のみ。
これは囮。当たり前だ。
あの狭い所をわざわざ南下などするか。
向こうも500程度らしいから膠着状態でいればよい。
防備を固めさせる。
あとは葛山がきちんと鬼美濃をけん制できるかだな。
いまいち信用置けぬがこの際頼るしかない。
さて出立だ。
鬼美濃の居場所だけは必ず見つけ出さないといかん。
「出立! 前方に物見の網を張れ!
敵の物見も借り尽せ!」
儂は床几から立ち上がる。
神頼みというものは好きではないが、富士宮には戦勝祈願をしておこう。
その滝川という奴と儂との運比べだ。
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