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第33章:太郎は悩む
飯富
しおりを挟む1559年4月下旬
上野国倉賀野南西方1里弱(約3.5km)
飯富虎昌
(武田斬り込み隊長&赤備え&騎兵隊)
遅かったか。
間に合わなんだ。
急ぎ倉賀野に布陣する為、儂の騎馬隊のみで先行したが大胡の初動が速すぎた。
やはり常備軍とやらは行動が素早い。
情報が錯綜して、三ツ者の情報がいまいち信用が置けぬ。素ッ破の数に押されているのであろう。質も高いし他にも歩き巫女や御師の情報もある。
何とかせねば振り回されるだけじゃ。
倉賀野は既に大胡の主力部隊に包囲されている。
高々普通の小さな城とも言えぬ程度の砦が密集しているだけ。
我攻めをすればすぐに落ちる。
それを何をもたもたしているのか。
大胡は包囲して2日動かぬという。
降伏を勧めているという。
倉賀野で反旗を翻したのは殆どが旧北条家臣だというが。
ここで殲滅すると相模の統治が大変となるなどと考えておるのであろう。
甘い事よ。
儂は500騎の備えを任されている。
与騎も合わせると1200にもなる。
その訓練だけで手いっぱいじゃ。
あとのことは全て家臣と代官に任せているが、結局のところ戦に勝てなくば内政はうまくはいかぬ。だから大胡に手痛い一撃を食らわすために先の品川の戦となった。
それが負けた。
あのような無理な戦、勿論止めた。
儂は内政については全く知らぬが、こと戦に関しては一家言ある。元々北信濃を攻めれば越後長尾が出てくる可能性があったこと、勘助が必死に諫言して居ったが儂も一緒じゃった。
老練の前線指揮官である儂の意見を聞かず、出兵しての泥沼に入るところじゃったが、幸い越後との関係修復は可能であった。
北信濃の半分を放棄したが、それもこれも大胡の存在よ。
あれが北条を倒して関東に威を張った。
じゃが、まだ勢力拡張する程の兵がいないと踏んでの武蔵と相模への出兵。
その際に北信濃を放棄する事となった。
北信濃よりはるかに地味が肥えておる。
そこまでは良い。
問題はあの堺の連中じゃ。
なぜいう事を聞かねばならぬ!
越後との関係修復もこ奴らの意向があった。
いくら銭を借りておるとは言え、たかが商人。
おどして踏み倒せばよかろう。大名との関係も甲州金を使っての各要所へ賂を送ればよかろうに。
戦略の自由を手放せば勝てる戦も勝てぬ。
そう武田の嫡男、太郎義信様に密かに申し上げた。
義信様は筋が良い。
部将としては、だ。
残念ながら大将の器ではない。それも育てばよい大将となろうが。御屋形様と比べられれば大人と子供、周りから侮られよう。
じゃやから守役の儂が何とかせねばと思うが、儂も既に60近くなってしもうた。
あと10年か。
その間にせめて大将として戦場で十分な働きが出来ることを、皆に知らしめねばならぬ。
その試し胴としては
「大胡では強すぎる!」
大胡とはむしろ休戦あるいは同盟し、南進し駿河今川を攻めればよかったのだ。
言い訳は何とでも作ればよい。
義信様の内儀を送り返す。
そうでなければ今度は義元の娘を娶った義信様の立場がない。
あの桃ノ木川の戦の2年前に輿入れ。
もしあの頃の儂に戻れれば、顔を殴りつけてでも御屋形様を止めよう。
既にあの頃大胡は大量の鉄砲を持ち、北条の猛将綱成を討ち取っていた。
甘く見てはいかぬと何度も言うたが聞き入れなんだ。
目の前には、大胡の主力。
後藤透徹率いる4000。
儂は兵を二手に分けた。
本隊は3000直卒。
鏑川右岸(南)に500。
これは土地勘のある小幡親子に任せた。
父親は信用できないが息子は武田に恩義を感じていよう。
赤備えとして活躍し始めている。
儂らの手勢は後から大急ぎで駆けてきた足軽を含めて半数が騎馬。
一方、後藤は徒で鉄砲などを大量に持ち運んでいる。
大砲もあるやもしれぬ。
これに騎馬突撃するなどなど愚か者を通り越して、自死を願って居る者のみじゃ。
機動して側面か後ろへ廻り込んでの一撃後、離脱が良いであろうが……
左右の幅、北の山地から南の鏑川までが狭い所で4町。
もっと後退すべきだが倉賀野を後詰しに来たことを世間に知らしめねば、これから国衆が離反しかねぬ。
南の平井城がこちらへ靡き武田の旗を上げているが、大胡の兵を捕虜もしくは惨殺して居ろうから精々300もいまい。
動けるのは150か?
そんな小勢に対して後藤は500も南へ向けて配備しておる。
何を考えておる?
誘っているのであろうか。
物見を出してから問題なくば、その誘い乗ってやることも吝かではない。
真正面から戦うよりも遥かにマシじゃ。
所詮、小幡は使い捨て。
ここへ戻って所領を回復しても、もはや内政は大胡によって手が付けられぬくらい変わっていよう。
配下の内政を見ている者が言うには、そういう事だ。
御屋形様には申し訳ないが、此度の戦、無益なものと見る。
故に今後の武田の事を考え、太郎義信様に手柄を立てていただく事のみを考えようぞ。
◇ ◇ ◇ ◇
予定戦場南6町七輿山
小幡信真
(19歳の若武者。正史でも赤備え~)
親父殿はあまりにも日和見過ぎる。
「国衆とはこういうもの」と常日頃から言うているくせに、こと大胡のことになると「絶対に許さぬ」と自家撞着甚だしい。
そろそろ隠居の時期か?
このままではお家を潰すことになりかねん。
とはいうものの、この一帯。
鏑川流域は全て小幡のものであるか木場という地侍のものであった。
が、大胡に接収されていまでは、多くのものが大胡への忠誠熱い住人のみとなっているようだ。
少なくとも俺にはそう見える。
遺恨があるものは大胡ではない。
関東管領家だ。
それも以前の上杉憲当。
素直に大胡に降れば国衆として……
ああ、「国衆として」威を保ちたいのか。
名を取るため実を捨てるか。
ばかばかしい。
だが俺も既に武田に恩が出来てしまった。
殊に飯富様に可愛がられた。
飯富様の取り成しで赤備え50騎を預かる。
多分、この父を見張る役目であろう。
七輿山で日和見しないで、きちんと仕事をせいという事か。
俺は武田には後がないとみている。
御屋形様は既に破れかぶれになっているのではないのか?
以前聞いた話とは別人だ。
特に弟信繁様を失った後にひどくなったという。
他人の事ばかり考えずに俺の価値観を考える。
何がしたいのだ? 俺は。
少なくともこの親父殿の為には生きない。
では、この甘楽の地。
小幡の所領か?
それも違う。
武田の為か?
それほどの恩義を感じないし今後の見通しが暗い。
大胡に身を投じるか?
武士を捨てることになる。
では一体……
「信真様。
飯富様より使い番。
騎馬のみにて東方大胡勢後方を脅かせ、大物見せよとの事」
あの意味のなさそうに大勢の敵左翼。
まさか平井城への備えでもあるまい。
小幡勢への対策か。
それを探れと。
ワクワクするぞ!
敵の只中ではないか!
そうか。俺は戦場に居たいのだ。
戦場こそが我が住処。そこへ連れて行ってくれるものへ付いていく。
親父殿の元ではない。武田ではもう戦は出来ぬであろう。
大胡に降るか?
もしくは虎昌様についていくのが一番か?
無駄な戦はすまい。
きっと様々な戦場へ連れて行ってくれる。
そうと決まれば奉公せねば。
「赤備え100騎、付いて参れ。
大物見じゃ。楽しもうぞ!」
応!
と、勇ましき答え。
皆私と同じか?
戦狂いとも何とでも言え。
この緊張感、これこそ俺が生きているとの証拠だ。
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