首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに

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第31章:沼田の惨劇

肝試し大会

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 1559年5月上旬
 上野国沼田城二の丸南胸壁
 矢沢綱頼
(無茶口は絶対に信用しない懸命な人)


「よいか。儂が死んでもここは死守じゃ。死守というよりも、儂が殺されればこの殲滅区画の生きとし生けるものを皆殺しにせよ」

 儂は二の丸を任せている大隊長に厳命を下す。

 此奴ならきちんと戦略を理解して行動をするであろう。無駄な場外への突撃はせんであろうからな。

 無茶口には任せられん。
 奴なら城外でも殲滅戦をしようとしかねぬ。
 追撃戦は必須というのは、野戦において敵と同等以上の兵力がある時のみじゃ。
 またできうる限りの騎馬隊を突っ込ませる。沼田には騎馬隊などおらん。

 先程、宇佐美定満を名乗る老部将から降伏の意志を伝えられた。
 暫し様子を見た。
 柿崎あたりが生き残っていて、それを無視するやもしれぬからな。

 だがそれもなさそうじゃ。
 儂は持ってこさせた鉄で補強された頑丈な梯子を胸壁に降ろさせる。

 降りるのは儂一人で十分。
 人質は儂ではなく、ここにいる上杉勢数千の命じゃからな。
 儂らが人質を取っての交渉じゃ。

「ようお越しくださった。儂の城、いや大胡の城へ。いかがですかな、居心地は」

 既に幾本かの弩弓の矢を受けている老部将に、今日の天気を問いかけるように話し始めた。
 すこしは嫌味を言うても許されるじゃろう。
 この侵略者め!

「丁寧な、そして懇切丁寧な馳走痛み入る。相当念のいったご準備を為されたに違いないと感心致していた所。して矢沢殿、ここへ何をしにまいったのかな? 
 お伺いしてもよろしいか?」

 あくまでもこちらから降伏の条件を切り出させ、それを値切っていく作戦と見た。
 手ごわいの。

 ここまで来ても冷静さを失わぬ。
 流石大大名の宿老じゃ。
 だがそう易々と条件は譲らぬぞ。

「はて。先ほど、宇佐美殿から降伏の意志があるとの大声が聞こえたようでござるが。あれは某の空耳であったか。なればゆるりと、この梯子を上って帰ろうかの」

 周りがざわつく。

 宇佐美殿が手でそれを押さえる。
 大した統率力じゃ。

 この狂言回しのごとき周りへの説明。
 返って上杉勢を興奮させるだけか?

 武将同士のさや当てとしては面白かったが。
 

「では本題に入ろう。
 この沼田での戦。ここで終わるとすれば、この門内全ての上杉勢は捕虜という事でよろしいかな? 勿論傷を負った者には手当をするし、他のものにも水食糧も用意する。越後までの兵糧も用意しよう。
 だが100石取り以上の士分には残ってもらう。それ以下のものでも物頭辺りは帰したくはないのだがな。今回は大目に見よう。まだ大胡の損害は大きくないのだから、仕返しはこれくらいじゃな」

 あくまで上から目線での交渉。
 下手にでたらつけあがらせるだけじゃ。

「それは大きく出たな。矢沢殿。
 ここにいる数千の越後兵全てを倒せるだけの弾薬があるとでも? 確か大胡は煙硝が不足と聞いているが」

 そうきたか。
 まあ、これは予想済み。

「おお、これは誠にかたじけない。大胡がとんだご心配をおかけ申した。
 ご心配召されるな。煙硝は持ったいのうて、これからは弩弓の矢が寂しゅうしておりまする故、古くなって寂びた物から順に差し上げようかと。赤錆は体に良いと側聞致しまする」

 槍をこちらへ向けて周りを囲んでいた上杉の兵が、ぞくっと身震いした気配がする。
 周りの狭間を覗いている者もいる。

「わかり申した。矢沢殿。
 我ら上杉家臣。無駄死には政虎様のためにならぬと承知いたして居る。よって足軽を開放していただきたい。しかしそれ以上の士分であるが、儂の皴首で開放してはくださらぬか」

 それはまた、低すぎる条件を出してきたな。

 此奴は交渉事にも慣れている。
 最初の条件がかけ離れていれば、その中間地点で妥協するのが普通じゃからな。

 だが今回はそうもいかぬであろう。
 儂は大声で命令をした。

「次席指揮官! 儂に構わず、乱射3回! 撃てぃ!」

 合計3000発以上の鉄砲弾が飛び交う。

 宇佐美殿も儂もその場を動かぬ。
 動いたら負けじゃ。

 肝試し。
 敵の肝の座り方を見ている。

 じっと敵将の目を射貫くように見つめ続ける。

 周りの鉄砲など関係ない。
 宇佐美殿はこの数千の味方の命を背負っているのであろうが、儂は大胡300万の命を預かって今ここに立っている。

 ここが抜かれれば大胡の戦線は崩壊する。
 上野は、武田と上杉の草刈り場と化すであろう。

 断じて通すわけにはいかぬ。
 また今後、このような侵攻作戦を許すわけにはいかぬ。
 せめて。せめてじゃ。
 あと数年は来させぬ。

 そこまでの間、上杉の足腰を弱らせるのがこの沼田の仕事じゃ。
 儂の仕事じゃ。

 銃撃が止むとともに、覆われていた白煙の中から両肩に越後の兵を抱えた武将が姿を見せた。
 彼奴が噂の柿崎景家か? 狙撃手は仕留めそこなったか。運のよい奴じゃ。
 既に死んでいるのか、その2つの躯を下へ丁重に置く。
 周りは既に躯だらけじゃ。

「宇佐美のじじい! 何を勝手に停戦した! ここは何が何でも檻を食い破るのが越後の龍の家臣! 臆したか!!」

 流石越後一の先手衆の長じゃ。
 容易には屈せぬ。

 だが此奴を屈服させる効果は計り知れぬ。「あの柿崎でさえ」という風評が必要なのだ。

「おお。そこなるは越後有名な武将の、はて、誰でござったかな? 
 柏崎? 柿の木? ああ、ハンザキだったか? それはしぶとそうな名前じゃ」

 少しは吠えておれ。
 宇佐美を困惑させて選択肢を減らす。

「では宇佐美殿。柿崎殿の柏崎城を頂けますかな? もしくはその物頭以上の者を全てこちらで処断するとか」

 これが通れば、上杉の先鋒はいなくなる。
 また柿崎景家も生きてはおるまい。
 たとえ殿が開放しても、それを「内応を条件とした開放」として疑わせる事が出来る。この侮辱に堪えられる奴でもなさそうじゃ。

 どう出る?
 宇佐美定満

 ◇ ◇ ◇ ◇

 宇佐美定満
(惜しい人を)

 此奴。矢沢綱頼。
 とんだ曲者、いやあっぱれな奴じゃ。

 この地獄へ一人で降りてきおった。
 儂が止めねば上杉の兵によって、犬に食い散らかされた様に、ばらばらにされようものを。

 戦が上手いのは既に身に染みてようわかった。

 じゃがこの肝の座りようと交渉上手。上杉にこのような者が欲しいと心底思った。
 剛直な柿崎も徐々に戦場での働きはしなやかになって来た。

 だがまだまだじゃ。
 これからじゃ。

 儂は老い先短い。
 これからの上杉を背負って立つものを失うのは何としてでも避けたい。

 かといって足軽国衆を手放すこともできぬ。
 国衆は軍勢内政の基盤じゃ。

 これを潰されては今後戦が立ちいかぬ。
 内政も滞る。

 大胡が実力を持っているのにもかかわらず、領土をなるべく広げたがらなかったのは、内政の根幹である国衆の解体をしていたからだという。

 だから大胡は武将よりも先に国衆を潰したいはず。
 その方がこちらへ与える実質的な打撃が大きいとみている。
 だから儂と柿崎を人身御供として差し出し、なるべく多くの兵を国衆を越後と越中に返す事。

 これが交渉の目的とするべきじゃ。

 儂は改めてこの大胡の守備隊長、矢沢綱頼を見据えて近寄って行った。




 宇佐美定満。
 敗戦の責任を取って沼田城にて自刃。

 享年70。



 柿崎景家。
 捕縛され那和城へ連行。


 柿崎配下の柏崎衆。
 物頭以上は全て捕縛。


 城内に閉じ込められていた1000石以上の兜首は全員捕縛。
 それ以外は全員釈放。

 その釈放されたものの中に足軽の姿に身をやつした上杉景信の姿もあった。


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