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第26章:四境戦争
う、上杉さん。それは妄想です
しおりを挟む1559年3月中旬
相模国鎌倉常楽寺
上杉政虎
(はい!既定路線入りました~。天と地と!)
「見事なお裁き。感服仕り致しました。
この里見刑部、関東管領様により一層の忠勤お誓いいたしまする」
白々しすぎて反吐が出る。
だが此奴は使える。
大胡を押さえるには、此奴を引き込むしかなくなった。
数合わせではあるが大胡の周囲に味方がいないことが大事。
兵力を拘置できる。
先の桶狭間の戦。
あの虐殺を平気でやってのける大胡。
その火力もさることながら兵の士気が恐るべきものとなっている。
また先年の越中における富山城の戦で大胡から借りた黒鍬衆(工兵というたか)の凄まじき力。浮舟を繋げて大河に橋を半日で作り上げるとは。
お蔭で敵一向宗の軍勢の背後に出て、思い切り攪乱させ20倍の敵を屠ることが出来たが。
皆が
『軍神!』
『越後の龍!』
『毘沙門天の化身!』
と騒ぐほど、
心が冷えて固まってゆく。
……この俺が
大胡政賢に嫉妬しているだと?
認めたくない。
絶対に認めたくない。
あ奴を視界から消し去りたい。
そう、それが毘沙門天様の命ぞ!
大胡を潰して坂東に平和を。
それが儂の使命!
「そうでございまするか!
やはり毘沙門天様のお声が下りられましたか。
大胡を潰せと。
坂東に平和をと、そう毘沙門天様のご下知が!」
そうか。
儂の口を借りて
『毘沙門天様が仰られた』のか。
大胡を潰せと。
毘沙門天様の御名ならば絶対になされなければならぬ。
それを邪魔だてする者は仏敵!
成敗してくれる。
高揚感で酒を飲みたくなった。
が、これからは絶対に負けられぬ。
酒は飲まぬ。
なぜならこれは仏法を守る戦いなのだ。
儂の中には神が下っておられる。
己が全てを神仏に捧げるべきだ。
女性も小姓もいらぬ。
既に本願寺や比叡山も味方だ。
勿論、公方様も先に古河に帰られた晴氏様も。
あとは大胡に敵対している者、全てを結集して族滅してくれよう。
それが我が内なる神仏のご意志ぞ。
儂の前で板の間に頭をめり込ませるように額ずいている里見刑部。
このように皆、神仏の命に背かぬような乱れ無き世を作り出そうぞ。
◇ ◇ ◇ ◇
同日深夜
鎌倉岩牢
石堂順蔵
配下の精鋭が牢の回り50間程の敷地の掃除(敵の排除)を完了した。
牢の錠前の鍵を誰も持っていなかったため、今、静かに牢の格子を鋸で切り取っている。鋸が小さいため時間が掛かる。
「殿、これを。肩の腫れを押さえねば。湿布をご自分で貼れまするか?」
政影殿が上泉殿配下の者が用意した湿布を手渡そうとするが、殿は動けないらしい。
相当深く肩を極められたらしい。
顔も腫れている。
早く元に嵌めなおさねば癖になる。
「頭、切れました」
配下が作業完了を告げる。
闇夜のような暗い穴へ政影殿が飛び込むように中へ入り、殿の縄を解く。
これもきつく縛ってある。
「……えいちぴー、上げておいてよかったよ。
もうれっどぞーん。政影君おぶって~」
よかった。
まだ声が出せる。
たとえ空元気でもまだ間に合う。
これから逃避行となる故、瀕死では危険だ。
「殿。玉縄まで1里。急ぎまする。
揺れますがご覚悟召され」
政影殿が背中の背負子に乗っていただき、縄で苦痛でない程度に縛り付ける。
鎌倉は切通を経てしか軍勢は通れない。
しかし忍者には関係ない。
既に鉤縄を伝っての道を作っておいた。
そちらを通る。
どうせ切通は外に出られないように見張りの軍勢がいよう。
幸い、大胡の兵は殆どここ鎌倉には入って居なかった。
首脳部の10名余りがいたのみ。
拘束されていたその方々も解放し御同道願っている。
逃げたことを気取られぬように、変わり身が得意な者を中心として置いて来た。
大胡の軍勢が駐屯している玉縄までは安全であろう。
ここは大胡領だ。
しかし関東管領の就任の挨拶の場で捕らえられるとは思ってもみなかった。
しくじりだ。
まず上杉が寝返ったこと自体を掴めなかった。
幸綱様も赤面して悔しがっていた。
……遂に大胡は四境に敵を作ったか。
北に上杉、
西に武田。
東に里見。
多分宇都宮と佐竹も同心していよう。
外交で何処かを切り崩せるか?
佐竹に狙いを付けて智円殿が動いているが芳しくないとの事。
宇都宮は重臣の芳賀高定が謀略調略に長けているという。
伊勢神宮の神勅も効かなくなってきた。
完全に里見に加担して大胡に牙を剥いて来た。
里見はこちらの攪乱に堪え、ここ1年で内政が落ち着きを取り戻し軍備に力を入れ出した。
既に総兵力2万は越えよう。
宇都宮と合わせて35000程。
上杉は遠く越前手取川までを掌中に収め120万石を超えた。
3万は容易に動員できるであろう。
武田も領国の内政と軍備が整いつつある。
これに今川が加わったならば降伏の道しか残されていなかったであろう。
だが相手の300万石7万名に対抗する大胡も250万石と、それに加え200万石程度の資金力がある。そして技術力では遥かに上を行く。
問題は「如何に損害軽微で勝つ」かだ。
そのためには調略が最初の戦いだ。
これから始まる忍びの戦。
儂が先頭に立つ。
岩戸になっている牢と、囮で脱出を偽装する進路である
化粧坂切通との間。
その方角から見張りに出しておいた手練れの者が手負いで帰ってきた。
「頭……豪の者。
一人……ぐっ」
手槍で肩を突かれたか。
素ッ破の体術をものともしない手槍の業。
強敵だ。
殿の隣で護衛を務める伊勢守殿がその傷の槍筋を見極める。
「これは儂が相手をしよう。
石堂殿。殿の護衛を頼む」
そしてゆっくりと見えるが、槍を片手にするすると移動してその敵に向かう。
「そこ在るは大胡左中弁殿か?
逃がしませぬぞ。
この大熊朝秀、命に代えてここは通さぬ!」
死闘が始まった。
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