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第21章:北条滅亡?
や、やめよ?あの城だけは
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1556年1月中旬
武蔵国八王子城
上泉秀胤
(だんだん一人前になって来た参謀。27歳)
奥から殿を先頭に、東雲殿と政影殿が広間へと入って来た。
殿の髷が半分解けている。
大分深く考えられたのか、悲しみ苦しみを味わったのか。
最近になって、やっと殿の髷の様子が感情や思考と関係しているという事を発見した。
側に使える者としては殿をお支えする必要度を解釈するのに大変役立つが、これではふとした拍子で外交や重要な対面で現れてしまう可能性がある。
(作者注:所謂アホ毛)
やはり政影殿の提案の様に、坊主頭とするか総髪にするかを考えねばならぬ時が来ているのやもしれぬ。
その後に続いて広間へ入って来られた東雲殿の様子が変だ。
ああ。付け髭をしておられぬ。
表情も冴えぬ。
殿の顔もいつもの明るさとは少し違う。作り笑顔のようだ。その証拠に奇矯な行動しながら入室をされておられぬ。
我々は車座になっている。その空いている席につかれると、殿は徐に土下座した。
「みんなごめん。僕が品川に法華宗徒の僧兵なんか置いたから、多くの人を死なせちゃった。
それに無理過ぎたんだよ。あんな飛び地に領土作っちゃって、防衛が儘ならなくなるの分かりきっているのに。それで武田の侵攻を招いちゃった。しかも自分は上洛するなんて最低な行動。
もし君たちが「自分のせいだ」とか思っているのなら違うよ。最終的な決断は僕がするのだし責任を取るのも僕。大戦略を戦略に落とし込むのは僕だもん。君たちはそれに従っただけ」
皆があっけにとられた。
皆には解り切ったことであったが、殿だけが分かっていないのであろうか?
政影殿が皆を代表するような形で殿に話しかけられた。
「殿。以前、桃ノ木川の橋の袂にて申し上げたこと。お忘れでしょうか? 殿が大胡に来て皆が変わり申した。勿論良い方向へ。感謝こそすれ、それを当たり前だと思うものは一人もおりませぬ。
大胡の皆が殿のお役に立ちたいと思うておりまする。殿が精いっぱい大胡の為、日ノ本の民の為を思うて苦心されている事、承知しておりまする。
失敗はお気に召されるな。
反省して総括して、次に生かすしかございませぬ。前に進まねば。止まったらその時から滅びへ向かうと殿が申していたこと、某が書き留めておりまする。
皆で助け合いながら前進しましょうぞ」
殿は涙を拭きながら、周りの一人一人の顔を確認するように顔を廻らせた。
皆、笑顔だ。
惚れ惚れするような様々な笑顔に囲まれながら殿は更に涙を流している。
今度はうれし泣きをしているようだ。
以前には見られなかった殿の脆さ、傷つきやすさを見て、皆はびっくりするよりも助けて差し上げねばという「主への思い」ではない「仲間」「友人」としての表情をしている。
皆、分かっていたのだ。
殿が無理していることに。
無理して明るく振舞っていたことに。
そしてそれにどれだけ皆が救われていたかということに。
だからこそ、これからも皆が分からぬような「ぼけ」を殿がかますのを見て、皆で明るく参ろう。
この穢れに満ちた戦乱の世を収束に導くために前進するのだ。
「では殿。いつものセリフで参りましょう」
某が促すと、殿は涙を吹き払って頷き、仰った。
「そうだね。……さあ。評定を始めよう」
これは突っ込まねばならぬセリフだと以前聞かされたが、どう突っ込んでよいのかまでは未だ分からぬ。
これでいいのだ。
皆は「それでは!」と気持ちを引き締め、2畳余りの広さの地図を囲んで現在の情勢を確認する。
「でー。その後の品川は?」
「道定殿と真田兄弟が守備についておりまする。
兵は守備隊の残兵350。
重傷者以外の100名は河を遡上できる高瀬舟にて利根川を一路那和へと向かわせておりまする」
昨夜品川より帰られたばかりの東雲殿が説明する。
「業政殿の最後。誠に上州の黄斑(虎)というに相応しい暴れようでした」
「そうね。あの人、それを望んでいたみたいだから。病気をして畳の上で死ぬよりかは戦場で果てたいと洩らしていたよ。色々な生き方があるね。
でも、若い皆は長く生きようね。
楽しく生きようね。そのために戦うのだぁああああ~」
「じょんとらぼるたの、きめぽおず」
と呼ばれている仕草をされてから、くるくると回りながら座布団へ着地なさる。
皆は殿が帰ってきたことだけで、安心と和やかさを取り戻したらしい。
やはり何処か緊張していたのだろう。
ここにいる者は、
臨時副将の真田幸綱殿
第1大隊長の後藤透徹殿
第2大隊長の大胡是政殿
第3大隊長の太田資正殿
第4大隊長の東雲尚政殿
素ッ破の頭目の石堂順蔵殿
戦闘工兵隊の佐竹義厚殿
特殊部隊隊長の疋田殿
内政官の新田政淳殿
祐筆の長野政影殿、
そして参謀の某。
原殿は太田殿の代わりに河越城方面の守備についている。
新田殿は那波城落城時の城代新田昌淳殿の子息で、これまでの8年間各地で内政を経験し、現在河越周辺の内政を取り仕切っている。
どうやら指導の業に長けているらしく、その元で働いた新人を幾人も辣腕内政官へと育て上げている。
「淳ちゃん、独り立ちできそうな内政官どのくらいいる?
10000人くらいいるといいなぁ♪」
「確実に任せられる者は5名。少々危うそうでも、そろそろ独り立ちできそうな者が8名です。後は公園の最上級生を使うしかありませぬ」
此度の戦で武田が占拠していた相模一国と武蔵南西部が編入されたことにより、およそ45万石。
今までの55万石と合わせて100万石を越えた。
押しも押されぬ立派な戦国の大名だ。
しかし内政官が足りない。
今に始まったことではないが虜囚となった士分と小頭以上の者は、軍人軍属内政官、そしてその他の職業に就くと宣誓したものだけを解放し上、野で仕事をしてもらう。
勿論監視の下で過ごしてもらう事になる。
「あ~。やっぱ学徒動員かぁ。なんか末期的症状、シクシク。その内中学生の勤労動員になっちゃう~」
このような時のために人材育成を最優先施策として進めてきた。
殿の言う事には
「教育ぽいんと最優先」だそうであるが、それでも間に合わない。
「内政はとりあえず北条の家臣の皆に手伝わせて凌ぎましょう。
足らぬ場合は村長を庄屋として格上げ。その息子に教育を。その内、内政官が育つでしょう故。きっとこれからも領国が広がるのでしょうから」
その最後の言葉に殿の体がピクッと反応した。
「……最初の頃は生き残るだけで精いっぱいだったんだけどね。
専守防衛。
でも経済圏を広げると、どうしても交通を遮断する人出てくる。だからそれを排除しないといけなくなる。そうやって段々戦線を拡大していく。
どこの時代、どこの世界でも同じなのかな? どうせやるなら負けない国民国家の形成までやっちゃおうとしたのが不味かったのかな。
……で、これからの
『自衛のための戦争』相手は誰?」
ぼやく様な発言の後に、皆に発言を求められた。
まずは智円殿が状況の整理をする。
「まずは拙僧から。
北条は完全に臣従、宿老たちは全員内政官と軍の指揮官として志願いたした。
ただ一人、長綱殿はそれを潔しとせず、剃髪し仏門に入り名を『幻庵宗哲』と変え、比叡山へと向かうとのこと。
殿の許可を求めておりまする。
今川は西での織田との諍いが頻繁になりつつあり、三河の松平の家臣が不穏な動きをしておりまする。
越後は未だ雪深く、動きは見えませぬ。
里見は現在、江戸周辺の仕置が終わりましたが、内政が全く行き届かず逃散も徐々に出ておりまする。
これから夏にかけて食料備蓄が怪しくなるかと。堺の支援がどこまでこれを支えられるか。
また、今年に入り下野の宇都宮が常陸の佐竹の支援を受け宇都宮城を奪還、その際氏康の支援が途切れたところに里見が代わって支援。
下野への影響力を増しています」
殿が顔をしかめて聞いている。
遂に下野方面の心配もせねばならなくなるか?
「それに関わることとして、殿の義父由良殿と足利長尾との間で渡良瀬川の水利を巡っての諍いが深刻となったことにより、十分な支援を受けられない佐野殿へ宇都宮からの圧力が増しております。
その内由良殿と佐野殿より援軍の要請があるやもしれませぬ」
皆の顔色も曇ってきている。
そこへ幸綱殿の言葉が。
「殿。ご心配を致さぬよう。
既に宇都宮の手は封じてございまする」
「え? ゆっきー。なに仕掛けたの?
それ早く聞きたい!!」
殿の燥ぎようを見て皆の顔が期待の色へと変わる。
「古河公方にてござる。
宇都宮は代々古河公方の忠臣。公方には多額の銭による支援をしております故、佐野殿と由良殿の連合には手を出しにくいかと。
それに宇都宮の当主、広綱は厚い伊勢信仰を持っておりまする。ここを衝いて御師の花屋藤吉が、伊勢神宮を通して帝の御意向と伊勢大神の御神勅として、坂東の安寧を求める旨を伝えましてございまする。
つまり大胡と争う事は御神勅と違う事に。よってその矛先、大胡へは向かいますまい」
皆の者から「おおっ」という感嘆の声が上がる。
さすがは幸綱殿。
智円殿の居ない間に外交の手を緩めず、謀略を廻らしておったとは。
「うんうん。それはうれし~よ~♪
油断は禁物だけど結構な足かせになるね。里見が何か策謀しても相手が神様じゃ動かせないでしょ~」
殿は伊勢の方角に向けて柏手を打ちながら礼を行う。
皆も釣られて遥拝する。
「じゃあさ。里見単独では攻めてこれないね。
武田も今回の損害を回復するまで、あと1年は動けないでしょ?
今川は織田相手で向こう向いてるし、今は内政に注力できる??」
その時、急にドスドスと足音が近づき火急の知らせと奏上。
太田殿の元へ使い番が向かった。
伝書を読み終えた太田殿の口から、皆の明るい笑顔を一瞬で曇らせる発言が飛び出す。
「先程、犬の早便にて……忍城が」
「やっと落ちた?」
「はい。そして開城引き渡しの際、長泰が下馬しなかったとして由良殿が乗馬鞭にて顔を打擲。怒りに満ちた長泰の家臣に由良殿、斬られてお亡くなりに!
その後、長泰も佐野殿の手により討ち取られ、忍城は那波の戦の折大胡の手により討ち取った泰季の一子長親を奉じて、また攻囲戦に。
忍城は意気軒高との事!」
父の泰季を討ち取られた長親。
確か今年11?
どのような男であるかは知らぬが、大変なことになった。
「うえぇええええ!
映画かよ!? 舟の上で狂言やっちゃう?
あかでみいしょーを取るような奇策やらないで~~~~~~~~」
殿のいつもの奇矯なる叫びが、此度は武蔵国に木魂する。
髷を束ねていた紙縒りがスポンと抜けた。
武蔵国八王子城
上泉秀胤
(だんだん一人前になって来た参謀。27歳)
奥から殿を先頭に、東雲殿と政影殿が広間へと入って来た。
殿の髷が半分解けている。
大分深く考えられたのか、悲しみ苦しみを味わったのか。
最近になって、やっと殿の髷の様子が感情や思考と関係しているという事を発見した。
側に使える者としては殿をお支えする必要度を解釈するのに大変役立つが、これではふとした拍子で外交や重要な対面で現れてしまう可能性がある。
(作者注:所謂アホ毛)
やはり政影殿の提案の様に、坊主頭とするか総髪にするかを考えねばならぬ時が来ているのやもしれぬ。
その後に続いて広間へ入って来られた東雲殿の様子が変だ。
ああ。付け髭をしておられぬ。
表情も冴えぬ。
殿の顔もいつもの明るさとは少し違う。作り笑顔のようだ。その証拠に奇矯な行動しながら入室をされておられぬ。
我々は車座になっている。その空いている席につかれると、殿は徐に土下座した。
「みんなごめん。僕が品川に法華宗徒の僧兵なんか置いたから、多くの人を死なせちゃった。
それに無理過ぎたんだよ。あんな飛び地に領土作っちゃって、防衛が儘ならなくなるの分かりきっているのに。それで武田の侵攻を招いちゃった。しかも自分は上洛するなんて最低な行動。
もし君たちが「自分のせいだ」とか思っているのなら違うよ。最終的な決断は僕がするのだし責任を取るのも僕。大戦略を戦略に落とし込むのは僕だもん。君たちはそれに従っただけ」
皆があっけにとられた。
皆には解り切ったことであったが、殿だけが分かっていないのであろうか?
政影殿が皆を代表するような形で殿に話しかけられた。
「殿。以前、桃ノ木川の橋の袂にて申し上げたこと。お忘れでしょうか? 殿が大胡に来て皆が変わり申した。勿論良い方向へ。感謝こそすれ、それを当たり前だと思うものは一人もおりませぬ。
大胡の皆が殿のお役に立ちたいと思うておりまする。殿が精いっぱい大胡の為、日ノ本の民の為を思うて苦心されている事、承知しておりまする。
失敗はお気に召されるな。
反省して総括して、次に生かすしかございませぬ。前に進まねば。止まったらその時から滅びへ向かうと殿が申していたこと、某が書き留めておりまする。
皆で助け合いながら前進しましょうぞ」
殿は涙を拭きながら、周りの一人一人の顔を確認するように顔を廻らせた。
皆、笑顔だ。
惚れ惚れするような様々な笑顔に囲まれながら殿は更に涙を流している。
今度はうれし泣きをしているようだ。
以前には見られなかった殿の脆さ、傷つきやすさを見て、皆はびっくりするよりも助けて差し上げねばという「主への思い」ではない「仲間」「友人」としての表情をしている。
皆、分かっていたのだ。
殿が無理していることに。
無理して明るく振舞っていたことに。
そしてそれにどれだけ皆が救われていたかということに。
だからこそ、これからも皆が分からぬような「ぼけ」を殿がかますのを見て、皆で明るく参ろう。
この穢れに満ちた戦乱の世を収束に導くために前進するのだ。
「では殿。いつものセリフで参りましょう」
某が促すと、殿は涙を吹き払って頷き、仰った。
「そうだね。……さあ。評定を始めよう」
これは突っ込まねばならぬセリフだと以前聞かされたが、どう突っ込んでよいのかまでは未だ分からぬ。
これでいいのだ。
皆は「それでは!」と気持ちを引き締め、2畳余りの広さの地図を囲んで現在の情勢を確認する。
「でー。その後の品川は?」
「道定殿と真田兄弟が守備についておりまする。
兵は守備隊の残兵350。
重傷者以外の100名は河を遡上できる高瀬舟にて利根川を一路那和へと向かわせておりまする」
昨夜品川より帰られたばかりの東雲殿が説明する。
「業政殿の最後。誠に上州の黄斑(虎)というに相応しい暴れようでした」
「そうね。あの人、それを望んでいたみたいだから。病気をして畳の上で死ぬよりかは戦場で果てたいと洩らしていたよ。色々な生き方があるね。
でも、若い皆は長く生きようね。
楽しく生きようね。そのために戦うのだぁああああ~」
「じょんとらぼるたの、きめぽおず」
と呼ばれている仕草をされてから、くるくると回りながら座布団へ着地なさる。
皆は殿が帰ってきたことだけで、安心と和やかさを取り戻したらしい。
やはり何処か緊張していたのだろう。
ここにいる者は、
臨時副将の真田幸綱殿
第1大隊長の後藤透徹殿
第2大隊長の大胡是政殿
第3大隊長の太田資正殿
第4大隊長の東雲尚政殿
素ッ破の頭目の石堂順蔵殿
戦闘工兵隊の佐竹義厚殿
特殊部隊隊長の疋田殿
内政官の新田政淳殿
祐筆の長野政影殿、
そして参謀の某。
原殿は太田殿の代わりに河越城方面の守備についている。
新田殿は那波城落城時の城代新田昌淳殿の子息で、これまでの8年間各地で内政を経験し、現在河越周辺の内政を取り仕切っている。
どうやら指導の業に長けているらしく、その元で働いた新人を幾人も辣腕内政官へと育て上げている。
「淳ちゃん、独り立ちできそうな内政官どのくらいいる?
10000人くらいいるといいなぁ♪」
「確実に任せられる者は5名。少々危うそうでも、そろそろ独り立ちできそうな者が8名です。後は公園の最上級生を使うしかありませぬ」
此度の戦で武田が占拠していた相模一国と武蔵南西部が編入されたことにより、およそ45万石。
今までの55万石と合わせて100万石を越えた。
押しも押されぬ立派な戦国の大名だ。
しかし内政官が足りない。
今に始まったことではないが虜囚となった士分と小頭以上の者は、軍人軍属内政官、そしてその他の職業に就くと宣誓したものだけを解放し上、野で仕事をしてもらう。
勿論監視の下で過ごしてもらう事になる。
「あ~。やっぱ学徒動員かぁ。なんか末期的症状、シクシク。その内中学生の勤労動員になっちゃう~」
このような時のために人材育成を最優先施策として進めてきた。
殿の言う事には
「教育ぽいんと最優先」だそうであるが、それでも間に合わない。
「内政はとりあえず北条の家臣の皆に手伝わせて凌ぎましょう。
足らぬ場合は村長を庄屋として格上げ。その息子に教育を。その内、内政官が育つでしょう故。きっとこれからも領国が広がるのでしょうから」
その最後の言葉に殿の体がピクッと反応した。
「……最初の頃は生き残るだけで精いっぱいだったんだけどね。
専守防衛。
でも経済圏を広げると、どうしても交通を遮断する人出てくる。だからそれを排除しないといけなくなる。そうやって段々戦線を拡大していく。
どこの時代、どこの世界でも同じなのかな? どうせやるなら負けない国民国家の形成までやっちゃおうとしたのが不味かったのかな。
……で、これからの
『自衛のための戦争』相手は誰?」
ぼやく様な発言の後に、皆に発言を求められた。
まずは智円殿が状況の整理をする。
「まずは拙僧から。
北条は完全に臣従、宿老たちは全員内政官と軍の指揮官として志願いたした。
ただ一人、長綱殿はそれを潔しとせず、剃髪し仏門に入り名を『幻庵宗哲』と変え、比叡山へと向かうとのこと。
殿の許可を求めておりまする。
今川は西での織田との諍いが頻繁になりつつあり、三河の松平の家臣が不穏な動きをしておりまする。
越後は未だ雪深く、動きは見えませぬ。
里見は現在、江戸周辺の仕置が終わりましたが、内政が全く行き届かず逃散も徐々に出ておりまする。
これから夏にかけて食料備蓄が怪しくなるかと。堺の支援がどこまでこれを支えられるか。
また、今年に入り下野の宇都宮が常陸の佐竹の支援を受け宇都宮城を奪還、その際氏康の支援が途切れたところに里見が代わって支援。
下野への影響力を増しています」
殿が顔をしかめて聞いている。
遂に下野方面の心配もせねばならなくなるか?
「それに関わることとして、殿の義父由良殿と足利長尾との間で渡良瀬川の水利を巡っての諍いが深刻となったことにより、十分な支援を受けられない佐野殿へ宇都宮からの圧力が増しております。
その内由良殿と佐野殿より援軍の要請があるやもしれませぬ」
皆の顔色も曇ってきている。
そこへ幸綱殿の言葉が。
「殿。ご心配を致さぬよう。
既に宇都宮の手は封じてございまする」
「え? ゆっきー。なに仕掛けたの?
それ早く聞きたい!!」
殿の燥ぎようを見て皆の顔が期待の色へと変わる。
「古河公方にてござる。
宇都宮は代々古河公方の忠臣。公方には多額の銭による支援をしております故、佐野殿と由良殿の連合には手を出しにくいかと。
それに宇都宮の当主、広綱は厚い伊勢信仰を持っておりまする。ここを衝いて御師の花屋藤吉が、伊勢神宮を通して帝の御意向と伊勢大神の御神勅として、坂東の安寧を求める旨を伝えましてございまする。
つまり大胡と争う事は御神勅と違う事に。よってその矛先、大胡へは向かいますまい」
皆の者から「おおっ」という感嘆の声が上がる。
さすがは幸綱殿。
智円殿の居ない間に外交の手を緩めず、謀略を廻らしておったとは。
「うんうん。それはうれし~よ~♪
油断は禁物だけど結構な足かせになるね。里見が何か策謀しても相手が神様じゃ動かせないでしょ~」
殿は伊勢の方角に向けて柏手を打ちながら礼を行う。
皆も釣られて遥拝する。
「じゃあさ。里見単独では攻めてこれないね。
武田も今回の損害を回復するまで、あと1年は動けないでしょ?
今川は織田相手で向こう向いてるし、今は内政に注力できる??」
その時、急にドスドスと足音が近づき火急の知らせと奏上。
太田殿の元へ使い番が向かった。
伝書を読み終えた太田殿の口から、皆の明るい笑顔を一瞬で曇らせる発言が飛び出す。
「先程、犬の早便にて……忍城が」
「やっと落ちた?」
「はい。そして開城引き渡しの際、長泰が下馬しなかったとして由良殿が乗馬鞭にて顔を打擲。怒りに満ちた長泰の家臣に由良殿、斬られてお亡くなりに!
その後、長泰も佐野殿の手により討ち取られ、忍城は那波の戦の折大胡の手により討ち取った泰季の一子長親を奉じて、また攻囲戦に。
忍城は意気軒高との事!」
父の泰季を討ち取られた長親。
確か今年11?
どのような男であるかは知らぬが、大変なことになった。
「うえぇええええ!
映画かよ!? 舟の上で狂言やっちゃう?
あかでみいしょーを取るような奇策やらないで~~~~~~~~」
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エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。
彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。
彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。
しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。
そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。
しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。
更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。
彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。
マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。
彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。
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あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。
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