首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

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第21章:北条滅亡?

領民に愛されるって大事よ

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 1556年1月上旬
 相模国松田城
 松田憲秀
(働き盛りの30歳。真面目で真摯な人)


「よくもおめおめと顔を出せましたな。度胸は買わせていただきますが御話次第では、すぐにでも小田原へ突き出す所存。そのお覚悟を」

 少しぐらいは嫌味を言うても構うまい。

 父は自らの失策とはいえ大胡に手玉に取られ、敵に取りもっとも都合の良い時期に開戦せざるを得ない状況へ持って行かれた。

 更には長綱様から託されていた上野方面の諜報にて多くの風魔を失い、それが元で風魔の裏切りを招いた。

 その結果が那波城攻囲戦における大殺戮だ。
 切腹を申し付けられなかっただけましというもの。
 
「はは。これは言葉もございませぬ。戦とはいえ、松田家には多大なるご迷惑をおかけし申した。この通り」

 戦に勝った大将が敗戦した大名の部将に、まさか頭を下げるとは思いもよらず少々たじろいだ。

 「迷惑」か。
 この大胡政賢という男。

 戦を「迷惑」と考えておるのか。
 つまり「北条が大胡に迷惑をかけた」ので
「迷惑を仕返した」という事か?
 
「あいや、またれい。松田家に対し迷惑をかけたのは某の方でござる。特に武蔵・相模・下総の領民に多大なるご迷惑をおかけいたした。誠に申し訳なく深くお詫び申し上げまする」

 また頭を下げてきた。
 その面持ちも誠に誠実そのもの。

 目も陳謝の心持ちしか見えぬ。
 私も父の元で様々な人物を観て、その表情からその人物の性格、心持ちの見抜き方を習ってきた。

 その私の目からしても、大胡政賢の表情からは陳謝の感情しか伝わってこぬ。

 これは相当に純粋な「戦嫌い」か、もしくは純粋な「大嘘つき」か、そのどちらかであろう。

「して、此度はどのような要件にて面会をお望みであろうか」

 先触れの使いが持参してきた書には
「お詫びをしたく面会を」
 とだけ書いてあった。

 だが、まさかそれだけで仇敵の宿老に面会などするはずもない。

「では単刀直入に。松田殿を大胡へお迎えいたしたい。知行は5万石相当の俸給にて」

 なんと!

 仇敵も仇敵。
 その宿老を調略するとは! 

 確かに父は1万石近い知行を持っていたのにもかかわらず、私は今1000石に満たぬ知行に削られている。
 普通ならば信じられぬ条件であると、喜び勇んで調略に乗るであろう。

 だが松田家は宗瑞(早雲)様からの御恩が計り知れぬものとなっている。
 伊豆の地、そして相模の地に根を降ろし、50年以上に渡りこの地を北条家の基盤として豊かな土地へ変えていった。

 その禄としての1万石だ。
 それをまだ何もせずに5万石などという俸禄で釣ろうとは笑止千万!

 私は勢いよく立ち上がり、右手に持っていた太刀を左に持ち替え鯉口を切った。

「お引き取り願おう。いや、小田原へ引っ立てる! 何もせぬうちからそのような禄で釣ろうなどと見くびられたものよ。5万石に釣られて主君を裏切るなど、この松田の家名に泥を塗る所業。死んでも出来ぬわ!」

 感情に任せるように見せ、相手の出方を伺う。

 吃驚びっくりして腰を抜かして逃げようとすれば、父に代わりこの鬱憤が晴らせよう。

 また何かを言い訳するのを
 聞くのも楽しかろう。

「……北条の内政。貴方とお父上が中心となり見ておられたのでしょうね。誠に立派。
 ですがそれは今までの時代において通用した内政です。その内政の方策では今後の日ノ本では通用いたしませぬ。
 これからは銭の世の中。知行制度では付いていけませぬ。新しき米には新しき俵が必要。その俵を編んでみませぬかな? それが某からの5万石で支払う仕事の中身でござる。民が毎日楽しみ働ける仕組みを作る事、ご一緒に楽しみませぬか?」


 これは……

 このような調略の仕方があるのか?
 思いもよらなかった。

 「儂の臣下になれ。さすればこれだけの知行をくれてやる」

 これが普通の調略だ。
 それも主君を裏切れとの強制。
 それが当たり前の戦の世。

 甘いと見るべきか、とことん「善人」と見るべきか。
 確として言えることは「尋常ならざる御仁」であろうという事。

 その時、政賢殿が言った。

「ああ、もう集まって参りましたな。これからこの地に朝日が射すように見えまする」

 襖の障子越しに夜半にもかかわらず、外に薄日が差して来ている?

「殿! 数きれぬ程の松明が屋敷を囲んでおりまする!」

 門を警護する軽格の者が駆け込んできた。
 もう譜代の家臣すらここには詰めていないのだ。

 「御免」と言いつつ、襖を開ける。

 そこには門を押し入ったのか、近郷の領民の主だった者が集まっている。


「松田様。
 爺様の代より松田様の善政、感謝しております。しかし最近、せっかく丹精込めて作った織物や細工物を安く買い叩かれてしまい、多くの者が内職をやめてしまいました」

「松田様。
 聞けば大胡領では年貢が4割という事。多くの村人が大胡へ行こうかと悩んでおりまする。何か止めるための知恵をお貸しください」

「松田様。
 この前の野分で壊れた水路を直す人手が足りませぬ。何とかお知恵を」

「松田様。
 村長でも種籾を貸すだけの余裕がなく、土倉にて借りた銭が払えなくなり申した。徳政をお願いいたします!」


 松田様!
 松田様!!
 松田様!!!


 数限りなく請願の声が聞こえてくる。

 解っているのだ。
 もうこの北条には、内政の手段が残されていないことを。
 今川と堺に縛られ徳政すらできぬ。
 その原因の多くはここにいる大胡政賢というものの策謀だ。
 だがそれを領民に言うても単なる言い訳にしか聞こえない。

 領民を守るのは領主だ。
 だから民はその領主に従う。
 その約束を領主が違えれば……
 それはもう内乱しかあるまい。

 これを狙って10年近く前から北条を、いや坂東全域に仕掛けをしていたのか。

 もしかしたらもっと広いのかもしれぬ。
 その網、日ノ本全てを覆うまでになっているのやもしれぬ。

 ……これでは勝てぬ。勝てぬはずじゃ。

 力なくそこに座り込んだ私の隣に小柄な男が座り込む。


「これから僕と一緒に、この人たちを幸せにしない? 
 きっと楽しいよ。
 遣り甲斐がある。
 それは保証するよ。
 だって大胡の皆、遣り甲斐をもって生きている人ばっかだもん」

 何だか知らぬが、涙がこぼれる。

 この男について行き、この世の在りようの変わってゆくさまを、豊かさに喜ぶ民の顔を見たくなってきた自分を感じていた。

 涙を流れるのも構わず、領民に大声でこう告げた。

「皆の者! 
 皆の安寧を守れぬ領主を許してくれ!
 今暫し、今暫し待ってくれぬか?
 儂は決めた。今決めた。
 皆の者の幸せを作り、それを守る。
 そのために生きる。
 庄兵衛、耕三、松蔵、半兵衛、そして皆。
 手伝ってくれるか?」

 皆が皆、それぞれの言葉で同意、従うと言っている。

「憲秀ちゃんって、やっぱり慕われているんだね。もっともっと多くの人に慕われようよ」

 何か大胡殿が言っているが、私の耳には入ってこなかった。

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