首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに

文字の大きさ
上 下
190 / 339
第20話:最終局面

緑の狐改め、赤い狐

しおりを挟む
 1556年1月9日巳の刻(午前10時)
 武蔵国品川湊北4町
 東雲尚政
(酒を飲みながら戦場指揮をするようになった大胡の(顔が)赤い狐)


「大隊長。
 酔っぱらって馬から落ちないようお願いします。
 酒がもったいないですから」

 直属の部下たちが皆笑う。
 うヰすきいの入った瓢箪から、猪口に中之条の好きだったそれを注いで口に含む。

「酔っぱらって、作戦指揮を間違わないように願いますぜ」

 間違えるかよ。
 頭は至って冷静だ。
 というよりも今は
 考えがあらぬ方へ行かぬようにするために飲んでいる。
 中之条の事を考えないようにしないように。


「第1列目。
 発射位置に到達。
 第1小隊が火蓋を切りました」

 向え打つ敵、後備えに向けて第1列目が左右両端にいる小隊長と分隊長の号令一下、引き金を落とし50間(100m)先の敵足軽に射撃を加える。

 既に敵の弓矢は遠矢で連射をし始めている。
 数名の隊員が手傷を負って後退した。

 それに怯むような根性無しはこの隊には居ない。

 敵陣を見ると第一射で十数名の者が倒れた。
 敵は恐れつつも隊列を乱さない。
 流石は武田の兵だ。

「第1列目、その場で弾込め開始。
 第2列1列目の前に出ました……
 静止して火ぶたを切ります……
 射撃」

 発砲音と共に敵の長柄前列20名以上の者が倒れる。
 味方銃列の2列目は1列目の1間前で静止しての銃撃だ。
 そしてその場で徐に弾込めを始める。

 3列目の射撃。
 20名以上が手負いとなる。
 敵長柄の第1列目100名余りの内、半数が落伍、1列目が崩れる。

 もう2列目の士気が崩壊寸前となっているのが見える。
 4列目射撃。2列目潰走。
 5射目射撃。3列目潰走。
 6射目をする前に後備えの長柄が全て潰走した。
 
 なんだ、他愛無いもない。
 こちらの銃列は、あと2列残っているのに。

 だが敵の身になればもありなん。
 反撃を許されず、ただ鉄砲の的になるためだけに戦場で列を作っている事、誰が平気でいられようか。

 こちらの作戦行動もできるような部隊は、根性の座っている兵と指揮官が必要だ。
 殊に兵の間隔が1間以上開いている。
 兵の間を次の列の兵が通り抜ける必要があるからだ。
 普通の長柄の間隔の倍はある。

 この心許なさはやってみればわかる。
 兵は隣に戦友がいるから安心するのだ。
 この日ノ本で大胡の兵以外で、これが出来ようはずがない。

 ここまではまずまずの出来だが、これからが本番だ。

 右の台地からの弓を警戒せねばならん。
 あとは左の茂みからの奇襲。
 既に足元は綺麗にしてある(作者注:罠の解除)。

 この先、進むにつれ狭隘な戦場が急に広くなる。
 そこには本陣だけでなく攻囲戦をしている主力がいよう。
 本陣への突入を楽しんでいれば左右から包囲される危険がある。

 これに対応できるかが今回の戦の要諦だ。
 敵には相当「できる」奴がいるようだ。

 だが今回は決して失敗はしない。
 中之条の仇を討ってやる。

 ……ああ、また思い出しちまった。
 いかぬな、冷静でいなくては。

 俺はうヰすきいを、猪口で一気に喉へ流し込んだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 同日同刻
 武田信繫本陣
 山本勘助
(狐の好敵手)


「後備え、壊乱します。
 ばらばらに後退中。
 敵は殆ど損害無し」

 典厩様と側に控える儂の斜め前で騎乗、周囲を観察している兵が報告する。
 敵は東雲の竜騎兵と言ったか、騎乗して移動後鉄砲を射撃、そしてまた移動を繰り返す厄介な部隊。

 それがどうしたのか、馬を降り普通の鉄砲隊の様に戦っている。

 いや、普通ではないか。
 武田の鉄砲隊を束ねる春日殿の話によれば、鉄砲隊は主に防御に適しているとのこと。

 攻撃のための道具ではない。
 なぜならば移動すれば隊列が乱れて銃撃が乱雑となり、敵へ与える打撃が減ると。

 しかしどうじゃ。
 あの大胡の陣。

 遅いが着実にこちらへ向かってきよる。
 見事にこちらへ攻めてきている。

 しかも強大な打撃力を持ち、こちらの兵の士気を簡単に砕きおった。

「本陣を後退させ、内藤と馬場の備えを左右に広げ包囲をする。
 敵は左右が弱いと見た。
 勘助の見立てはどうじゃ」

 普段ならばそれでうまくいこう。
 じゃがあの東雲はそのような事、お見通しじゃろう。

 彼奴は切れる。
 儂と良い勝負であろう。

「あの者。そのような状況には対策を練っておりましょう。多分、あの銃列の左右、見えぬところに騎馬武者の一団を控えさせていると見まする」

 典厩様は、床几から立ち上がり北の戦場を見渡す。
 儂も立って見渡すが、この片目では遠くが見えぬ。
 先ほどの馬周りに左右に伏兵がいないか問いただす。

「馬を連れた兵が左右におよそ100見えまする」

「敵の部将は中央か……」

 目の行き届く場所に居座っているな。

 これは厄介だ。
 あれを崩すとなると……
 側撃か。

 台地の上には50余りの弓兵を潜ませている。
 右の茂みにも50の弩弓。
 これらも読まれていると見てよい。

 内藤殿の備えは既に消耗している。

 兵も600を切っている。
 馬場殿の備えは無傷だが300しかいない。
 小宮山殿の備えは200もいないし消耗も著しい。

 本陣には800。
 合わせて1800弱で800を包囲か。

 普通ならば包囲殲滅できる程の戦力だが、あの鉄砲の銃列は間違いなく中央を分断しよう。

 そして本陣の中央に突っ込んでくる。
 典厩様が危うい。

 進言しよう。

「ここは引くべきかと。勝機は殆どありませぬ。打撃力が違いすぎまする。包囲するまで本陣は持たぬかと」

 典厩様はまだ落ち着いている。
 内心はどうか知らぬが流石は晴信様の弟にして副将。
 ここで失うわけにはいかぬ。

「……引くか。
 品川は諦めるしかないか。ここまで来て、という気もせぬではないがこのままでは全滅か? 退き口は何処がある?」

 儂は
「目黒川沿いに北西に退く道」と
「荷と馬・甲冑を捨てて目黒川を泳いで渡る」ことと、
 そして……

「後備えを捨て石に搦め手門まで回り込み、品川へ侵入。品川に立て籠るか、そこに係留してある舟にて川を渡って撤退」
 の3つが考えられることを進言した。

「苦しい選択じゃな。北西は既に我ら武田自身の手により罠が仕掛けられ、さらには当たり前のように伏兵が居ろう。これを突破しているうちに後ろを襲われ挟み撃ちか。泳いで渡ればこの正月、兵の体力が持たぬ。
 そこへ川を渡った大胡兵が追ってくる。
 あとは搦め手門か」

 品川の防壁をぐるりと回り込み搦め手まで移動するうちに大手門まで東雲の陣が到着して品川内部から射撃されるやもしれぬ。
 いや、既に侵入している保科殿が抵抗するか。

 何をするにももう時間がない。
 敵はもう北3町に迫っている。

 今すぐできることは……
 

 その時、情勢が一気に動いた。

「大手門が開け放たれましてございまする! 内藤様の兵が侵入を開始!!」


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山
ファンタジー
信長以前の戦国時代の畿内。 そこでは「両細川の乱」と呼ばれる、細川京兆家を巡る同族の血で血を洗う争いが続いていた。 勝者は細川 氏綱か? それとも三好 長慶か? いや、本当の勝者は陸の孤島とも言われる土佐国安芸の地に生を受けた現代からの転生者であった。 史実通りならば土佐の出来人、長宗我部 元親に踏み台とされる武将「安芸 国虎」。 運命に立ち向かわんと足掻いた結果、土佐は勿論西日本を席巻する勢力へと成り上がる。 もう一人の転生者、安田 親信がその偉業を裏から支えていた。 明日にも楽隠居をしたいと借金返済のために商いに精を出す安芸 国虎と、安芸 国虎に天下を取らせたいと暗躍する安田 親信。 結果、多くの人を巻き込み、人生を狂わせ、後へは引けない所へ引き摺られていく。 この話はそんな奇妙なコメディである。 設定はガバガバです。間違って書いている箇所もあるかも知れません。 特に序盤は有名武将は登場しません。 不定期更新。合間に書く作品なので更新は遅いです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】サキュバスでもいいの?

月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】 勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

グライフトゥルム戦記~微笑みの軍師マティアスの救国戦略~

愛山雄町
ファンタジー
 エンデラント大陸最古の王国、グライフトゥルム王国の英雄の一人である、マティアス・フォン・ラウシェンバッハは転生者である。  彼は類い稀なる知力と予知能力を持つと言われるほどの先見性から、“知将マティアス”や“千里眼のマティアス”と呼ばれることになる。  彼は大陸最強の軍事国家ゾルダート帝国や狂信的な宗教国家レヒト法国の侵略に対し、優柔不断な国王や獅子身中の虫である大貴族の有形無形の妨害にあいながらも、旧態依然とした王国軍の近代化を図りつつ、敵国に対して謀略を仕掛け、危機的な状況を回避する。  しかし、宿敵である帝国には軍事と政治の天才が生まれ、更に謎の暗殺者集団“夜(ナハト)”や目的のためなら手段を選ばぬ魔導師集団“真理の探究者”など一筋縄ではいかぬ敵たちが次々と現れる。  そんな敵たちとの死闘に際しても、絶対の自信の表れとも言える余裕の笑みを浮かべながら策を献じたことから、“微笑みの軍師”とも呼ばれていた。  しかし、マティアスは日本での記憶を持った一般人に過ぎなかった。彼は情報分析とプレゼンテーション能力こそ、この世界の人間より優れていたものの、軍事に関する知識は小説や映画などから得たレベルのものしか持っていなかった。  更に彼は生まれつき身体が弱く、武術も魔導の才もないというハンディキャップを抱えていた。また、日本で得た知識を使った技術革新も、世界を崩壊させる危険な技術として封じられてしまう。  彼の代名詞である“微笑み”も単に苦し紛れの策に対する苦笑に過ぎなかった。  マティアスは愛する家族や仲間を守るため、大賢者とその配下の凄腕間者集団の力を借りつつ、優秀な友人たちと力を合わせて強大な敵と戦うことを決意する。  彼は情報の重要性を誰よりも重視し、巧みに情報を利用した謀略で敵を混乱させ、更に戦場では敵の意表を突く戦術を駆使して勝利に貢献していく……。 ■■■  あらすじにある通り、主人公にあるのは日本で得た中途半端な知識のみで、チートに類する卓越した能力はありません。基本的には政略・謀略・軍略といったシリアスな話が主となる予定で、恋愛要素は少なめ、ハーレム要素はもちろんありません。前半は裏方に徹して情報収集や情報操作を行うため、主人公が出てくる戦闘シーンはほとんどありません。 ■■■  小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも掲載しております。

処理中です...